私を捨てるなら、死んで。~木更津年下夫殺害死体遺棄事件③~

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光子と私

私は光子と似ている。30代半ばで離婚し、子供を連れてバツイチになった。その後、職場に出入りしていた9歳年下の現夫と再婚しているが、光子と同じように当初は周囲の反対があった。
とはいっても、私の場合は反対していたのは私の愚かさを知っていた私の両親であり、夫に対して「こんな娘ではあなたが苦労する」といって反対していたのだ。
また、夫の両親、兄、親類はなぜか私を好いてくれた。一度は極道の世界にまで足を踏み入れた息子には、年の離れた姉さん女房がちょうど良いと思ったのかもしれない。

結婚して7年になるが、幸い、夫は高校生になる私の息子の良き理解者として、今もしっかりと家族の大黒柱でいてくれているし、夫としても私にちゃんと向き合ってくれていると思っている。



しかし、結婚前には、光子と同じような修羅場があった。
だから、私には光子の焦りや不安は手に取るようにわかるし、光子の言動を見るにつけ、我がことを思い出していたたまれなくなるのだ。
特に、光子が夫を尾行し思わず声をかけてしまう場面や、公衆の面前で夫にすがって醜態をさらすといった場面では、叫びたい衝動に駆られるほど、光子の心が痛いほどわかる。

だからと言うわけではないが、私はこの若い夫が好きになれない。
亡くなった方に大変申し訳ないが、あなたがしたことは、人ひとりの人生を弄んだと言っても過言ではないと申し上げたい。
若かった、では済まされないのだ。人の人生をなんだと思っているのだ。あなたが光子に抱いた感情は、最初から愛ではなかった。未熟な自分でも「バツイチ子持ちの世間から相手にされない四十路女」であれば、自分でも救えると、頼りにしてもらえると思ったのではないか。それを愛と呼ぶなら勝手に呼べ。しかし、それは愛ではない、勝手な思い上がりだ。
難しい言葉でいうところの、メサイアコンプレックスに近い状態ではなかったのか。

でなければ、親に結婚を認めてもらう際に、「救ってあげたい母娘がいる」などといえるだろうか。光子は知っていたのだろうか、自分は他人に救ってもらう立場だと思われていると。
これは、あきらかに光子を自分より不幸であると決めつけているに他ならない。しかし、現実には看護師であり保健師である光子の方が、採用されたばかりの市職員よりははるかに稼げる立場である。光子さえ、その気になれば、バリバリ働いて娘を育てることが出来たはずだ。
それなのに、「救ってやる」と言われ結婚生活を始めた借家は、事件後テレビなどで見た視聴者が「どれだけ貧乏なんだ」「これは昭和の貧困家庭レベル」というほどに酷い家だった。
そういう家に住みながら、ふたりは土地の購入をしている。この極端に振れる行動はどういったことなのだろう。




事件後、光子はどうして愛人ではなく夫を殺したのか、ということから、夫の生命保険目当てだったのでは?という憶測が流れた。一部では、180センチの大柄な成人男性の死体を、150センチと小柄な女性が一人で担いで遺棄したりできるのか、共犯者がいるのでは、とも言われた。実際、事件の夜、夫と光子と両方の車がなかったという証言もあった(定かではない)。
たしかに、夫を殺害してから夜が明けて娘が起きるまでの数時間に、遺体を車まで運び、血で汚れた室内を片付けるなど、迅速な行動がとられている。
また、夫の地元の友人の間では、浮気をしていたのは光子であり、その浮気相手が共犯なのではないかといった噂まで流れた。

裁判では光子の浮気については触れられていないようで、その点は不確かである。しかし、よそに男がいたら、ここまで夫に執着することがあるだろうか。夫も浮気をしているのだから、お互いさま、もしくは離婚を切り出してくれても問題はないのではないだろうか。
経済的な面を考えても、一生涯食べていける資格を光子は持っている。同年代の男性よりも、経済的に困ることなどはないはずだ。
そもそも、経済的な不安で離婚を迷うような女ならば、最初の結婚を維持したであろう。
ギャンブルや借金なども特にない光子が、お金で殺すなんてことは私は見当違いとみる。

では、なぜ夫を殺したのか。
愛していたから。この私の愛を、あなたは裏切った。裏切っただけでなく、私を貶め、心などないかのようにふるまい、あげく、私との生活を「地獄だった」と言った。浮気相手の女など、もうどうでもいい。
愛しているから、殺すしかなかった。

光子の本心は、女として、愛されたかった、ただそれだけではなかったか。

事件から15年。光子は50歳を過ぎ、こちら側へ戻っているだろう。
自分が殺したあの人の亡霊を引き連れて。

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参考文献
悪魔が殺せとささやいた : 渦巻く憎悪、非業の14事件
「新潮45」編集部編 新潮社, 2008.11


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