男の罪を見つめた火の玉~宮崎・独居2女性連続強盗殺人事件~

平成13年11月26日

女性はその日、隣の家の灯りが朝になっても付きっぱなしになっていることに気が付いた。
夜遅くまで仕事をして帰宅し、疲れてそのまま寝てしまったのだろう、そう考えながらその家に入っていった。
勝手知ったるその家は、女性の53歳になる娘が暮らす家で、実家の隣という安心感からか、玄関に鍵がかかっていないこともあった。
電気を消そうと寝室へ向かった女性が目にしたのは、ベッドの上であおむけに倒れ、胸から血を流して息絶えた娘の姿だった。
殺害されていたのは橋田とし子さん。西都市内でスナックを経営していた。

強盗殺人

橋田さんは経営する西都市右松のあるスナックへは、タクシーで通っていた。職業柄、飲酒するのが常であったため、帰りも必ずタクシーを呼んで帰宅していた。
その際も、必ず運転手を指名し、店にタクシーが来ても運転手の名前を確認してから店のドアを開けるなど、非常に用心深かった。
小さなスナックで、売り上げもさほど多額とは言えなかったが、それでも売上金を持って帰宅することもあって非常に慎重に行動していたという。
当初は殺人事件としての捜査だったが、その後の捜査で橋田さんが日常に使用していた黒のバッグがなくなっていることなどから、強盗殺人の可能性も出てきていた。

事件発生から2日後、自宅近くの川にかかる橋の下で、橋田さんのものと思われる黒のバッグが発見された。自宅の鍵や通帳などはあったが、財布と小銭入れ、そして橋田の印鑑が無くなっていた。
通帳には残高が数十万円あったようだが、事件後も引き出された様子はなかった。

警察は聞き込みなど捜査を続けたが、事件発生から10日経っても、有力な情報を得られずにいた。というのも、橋田さんはスナックを経営しており、その客や交友関係をまず洗い出したものの、陽気でなんでも口にする橋田さんを悪くいう人はおらず、またトラブルなども皆無だった。
自身は娘がいたが、すでに成人しており別々に暮らしていた。娘との関係も良好で、個人的な怨恨などの線は薄かった。

小学校近くの住宅街にあったその店も、近隣とのトラブルもなく、自宅周辺の住民らも「地区の行事や奉仕活動にもきちんと参加する人。気さくで明るい人。」と口をそろえる。

橋田さん殺害の捜査が進展しない中、車で20分ほどの距離の東諸県郡国富町で、82歳の女性が殺害される事件が起こる。

平成13年12月8日


この日の午後7時過ぎ、国富町岩知野の雑貨店を営む真子守江さん(当時82歳)が自宅で亡くなっているのを訪ねてきた長女が発見する。
守江さんは首を絞められた形跡があり、殺人事件として捜査が始まった。

守江さんは自宅横に店舗を構え、たばこや雑貨などを販売して生活していた。
高齢の母親を心配し、近くに住む長女らが頻繁に連絡を取ったり、直接会うなどしており、事件のあった前日7日の夕方には長女が守江さんと会っていた。
翌8日は、朝から店のシャッターが閉められたままで、電話しても守江さんが出ないことから心配して訪ねてきた長女が守江さんを発見したのだ。
死亡推定時刻は前日の午後10時ごろとみられ、遺体の状況からおそらく入浴後に着替えをしている最中に何者かが勝手口から侵入し、居合わせた守江さんを殺害したと見られた。

宮崎県内では、先の橋田さんの事件のほかにも、県職員の女性が殺害される事件も起きており、ついに3件目の、いずれも独居女性が殺害されているという共通点から、連続犯の疑いも視野に入れて捜査が行われた。
守江さんが経営する雑貨店では、自販機荒らしなどの被害届が出てはいたものの、今回は店の品物が荒らされた形跡はなく、橋田さんの事件でも依然として重要な手がかりもなかった。

しかし、長女は守江さんが殺害された日、店の前に見慣れぬ自転車が停まっていたことを覚えていた。
不審に思いはしたものの、その時はそのままやり過ごしていた。
実はその時間、後に守江さんを殺害することになる犯人は、そこにいたのだ。

犯人逮捕

守江さんの店にあったその見慣れぬ自転車は、ほかの住民にも目撃されていた。
住民は、念のためその自転車の防犯登録番号を控えていた。
警察の調べで、その自転車は西都市内で盗難されたものと判明。事件にかかわっている可能性が強まった。

一方12月5日、橋田さん方近くの民家で、納屋を物色する男が目撃されていた。たまたま在宅していたAさんが見とがめ、男に声をかけると、男は何やら言い訳めいたことを口にして足早にその場を去ったという。
納屋には物色したような形跡はあったものの、特に何かを盗られたということはなかったが、Aさんはその男を知っていた。
すぐ近くに実家がある男で、噂では10月ころから行方不明になっていて家族が捜索願も出していたということだった。
Aさんは警察に家宅侵入の被害届を出し、警察は男を指名手配する。おそらくこの時点で、この男が一連の強盗殺人に関与しているという見方が強かったのだろう。
県警は防犯登録を頼りに片っ端から自転車を捜し歩いた。西都市内、宮崎市内、男はパチンコが好きだという情報も得ており、繁華街なども重点的に調べ上げていった。
12月11日、ついに自転車を宮崎市内で発見する。おそらく付近のパチンコ店にいるのではないかとの見方から、周辺のパチンコ店を訪ねると、男がいた。
男は任意同行され、Aさん方の納屋に侵入したことを認めたため逮捕となった。
そして、その後橋田さんと守江さんを殺害し、金品を奪ったことも認めたため、連続強盗殺人犯として逮捕されたのだった。

男は松田康敏(当時33歳)。橋田さん方からそう遠くない場所に実家があり、橋田さんが経営するスナックで手伝いをさせてもらっていたこともあった。
守江さんの経営する雑貨店にも一度客として訪れたことがあったといい、どうやら松田は独り暮らしの女性を狙っていたと思われた。

取り調べで、「消費者金融に借金があった。殺人を犯してでも金を奪いたいと思っていた。」と話した。
松田は、たまたま空き巣に入った家で家人に見つかり咄嗟に殺害したのではなく、初めから殺してでも金を奪うつもりだったのだ。

男の人生

松田は不遇な幼少期を送っていた。生まれた翌年に両親は離婚、姉とともに父方の祖父母に育てられた。
父親は再婚したが、子育てには無頓着で、一方でそれを不憫に思ったのか、祖母には過保護に育てられたという。
小学5年の時、ある理由で養護施設に預けられた。中学卒業までをそこで過ごし、中学を出た後は高校へは行かなかった。
未成年の頃から窃盗の前科があり、職も長くは続かなかった松田は、平成元年から6年の間に窃盗で4度服役している過去を持つ。
平成7年4月に仮釈となった松田は、パチンコ店の店員として働くようになる。そして、同僚の女性と結婚し、二人で花屋を営むなど更生の兆しが見えたかに思われたが、その結婚は3年で終止符が打たれる。
その後、実家へと戻り、平成11年の夏からは土木作業員の職を得た。
離婚はしたものの、この頃の松田はなんとか更生しようとしていたようで、実父の経済的な援助も得て借金なども返済し、それまでに比べると非常にまじめに生活をしているように見えた。

しかし、平成12年。昔の友人との再会で松田の人生は再び転がり落ち始める。
誘われるがままにパチンコにのめりこむようになり、夜の街へも頻繁に繰り出すようになった。
仕事もやめ、収入が途絶えると再び消費者金融に手を出した。順調に返済を続けていた借金はみるみる間に膨れ上がり、実父方へも督促が来た。
居づらくなった松田は、平成13年10月に家出。行くあてなどなかった。
パチンコで勝てばスナックで消費し、有り金が底をつくと実母の預金から無断で金を引き出しもした。
パチンコで生活できるはずもなく、1か月もしないうちに手持ちの金はなくなってしまう。

松田は完全に過去の自分に戻っていた。今更実家にも、実母にも頼れないことから、残された道は住み込みなどで働くか、あるいは「盗む」かしかなかった。
松田は後者を選んだ。
11月20日、職場の同僚であった男性の家の窓から侵入して金品を探り、そこで1万円を盗んだ。
さらに24日には別の知人宅へ忍び込むも、金銭は見当たらなかったため代わりにその家にあったカップラーメンを食べて空腹を満たした。
その日の夜、無断で入った資材置き場の小屋で悶々と考えていると、これはどうやっても現金が必要であるという結論にたどり着く。
松田はなぜか「知人宅」をばかりを狙っていた。生活パターンを把握していることで、不在時を狙いやすいというのが理由だったが、そこでふと、10年ほど前に一時期働いていたスナックを思い出した。
それが橋田さんのスナックである。客としても訪れていたそのスナックで、手伝いをさせてもらった松田は、その時カラオケの装置から金を盗んでいた。すぐにばれたものの、実父が返済したためこの件は事件化しなかったようだ。
松田は橋田さんが当時店の売り上げを持ち帰っていることや、自宅の場所、そして近隣から目につきにくい立地であることも知っていた。
隣に実家があるものの、女所帯であることも把握していた松田は、万が一見つかっても逃げおおせることが可能だと踏んだ。
そして、逃げおおせるための手段として、殺害もやむなしと考えてもいた。

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