男の罪を見つめた火の玉~宮崎・独居2女性連続強盗殺人事件②~

待ち伏せ

松田は11月25日午前3時、潜伏していた資材置き場の小屋から出た後、目についた倉庫やビニールハウスなどに忍び込んでは、防寒具や食料(ミカンなど)を次々盗んだ。
そして、橋田さん方の裏手に当たる空き家に入り込み、そこでまた計画を練っていた。
すでに橋田さんを殺害してでも金品を奪おうと考えていた松田は、凶器になり得るものがないか探していた。
ふと、自転車の車輪部分にあるスポークが目に入った。
松田は、この針金状の金属をどうにか加工すれば、凶器の代わりになるのではと考えた。

その後、空き家を出てから橋田さん方が見える竹藪に身を潜め、橋田さんの動向を探った。
昼を過ぎたころ、タクシーがやってきて橋田さんを乗せると来た道を戻っていったのを見届けた。橋田さんはいつも3時ころには店に来ていたといい、松田は午後3時を過ぎても橋田さんが戻らないことからきょうはこのまま店を開けると判断し、竹藪から橋田さん方の裏手に回り無施錠の台所の窓から室内へと入り込んだ。
家の中に現金はなかったが、松田はこのまま出ていくことは出来なかった。
仕事を終えた橋田さんは、必ず売上金を持って帰るはずだ。室内にあった売り上げの管理ノートを見ると、少なくとも1日に3万円程度は持ち帰っていることが窺われた。
松田はそのまま、橋田さん宅にとどまり続けた。
橋田さんが帰宅した後、どうやって殺害するかをシミュレーションしながら、気が付くと松田は寝入ってしまっていた。

午前零時、車の音で橋田さんが帰宅したことに気づいた松田は、寝室隣の居間に身を潜め、なんのためらいもなく当たり前に寝室の電気をつけようとした橋田さんの背後から羽交い絞めにし、手に持っていた包丁を橋田さんに突き立てた。
しかし、刃物が刺さった感触がなく、また橋田さんもうめき声をあげるでもなく「殺さんで!殺さんで!」と言ったため一旦は殺害を躊躇したというが、引き返すことは出来ないと思いなおし複数回包丁を突き立てた。
それでも刺さった感触がなかったことで、橋田さんを刺し殺すのはやめ、仰向けにベッドに押し倒すと、そのまま首を絞めた。
やがて動かなくなった橋田さんの首を再度絞め、確実に死亡したことを確認すると売上金3万7千円の入った黒いカバンと、玄関に置いてあった鍵の束を奪って逃げた。

逃亡生活

松田が3万7千円を握りしめ向かった先はパチンコ店だった。そして、28日までにはそのほとんどを使い果たす。
翌29日、かつての上司の実家が近くにあることを思い出して忍び込み、そこで1万円を盗んだが、またもやパチンコですべてを使ってしまう。
もちろん、遊興のためでもあるが、それを増やそうという意図もあったのだろう。しかしそううまくいくはずもなく、やはり現金を奪う以外にないと思い、忍び込める家がないか思案した。
ふと、国富町の守江さんが経営する雑貨店を思い出した。あの店には、一度客として行ったことがあった。そうだ、何も知り合いの家でなくても、高齢の独居女性の家ならばやりやすいのではないか。
ただ、思いついたときにいた場所から国富町のその店までは距離があった。移動手段を持ち合わせなかった松田はいったん思いとどまる。
12月1日、側溝にはまって放置されていた自転車をみつけ、それに乗って移動を始めた。
その後、盗みをする場所を求めてさまよい、夜は資材置き場や工事用の倉庫などをみつけて過ごした。
4日には大胆にも実家近くへ舞い戻り、かねてから独り暮らしだと知っていたAさん方へ忍び込もうとしたが、先に述べた通りAさんが在宅していて、しかも顔を見られてしまう。
慌ててAさん方を後にし、翌5日には昼間家人が誰もいなくなるとわかっていたBさん方へ侵入。しかし現金は見つからず、腹が減っていたため家にあったインスタントラーメンを食べ、菓子やみかんを盗んだ。
この数日、忍び込んだ場所で安全靴や食料などを盗んだものの、現金を手にできずにいた松田は、切羽詰まっていた。
空腹と、12月の寒さがその焦りに拍車をかける。食べ物だけなら盗みに入った家の冷蔵庫でも開ければありつけるものの、そんな生活がいつまでも続かないことは理解していた。
かといって、住み込みの仕事を探すとか、そういうことは考えられなかった。橋田さんを殺害する前なら、違ったかもしれないが、もう松田は引き返せなくなっていた。

まとまった額の金が要る。その金を手にして出来るだけ遠くに逃げよう、先の事は逃げてから考えよう…とにかく、金が要る。
しかし、銀行強盗などは出来るはずもなく、松田はいよいよあの雑貨店へ押し入るしかないと考えるようになった。

第二の犯行

12月7日の朝、身を潜めていたビニールハウスを出た松田は、しばらく橋のたもとで時間を潰し、午前10時ころ意を決して国富町の守江さん経営の雑貨店を目指した。
車で20分ほどの距離のその場所についたのは、午後2時ころだった。
店に入ろうとしたとき、店の前の自販機に商品を詰めていた守江さんの姿があった。守江さんはこちらに気づいていないのか、作業をやめない。
松田はそっと店内に入り、先に現金のありかを探ろうとしたが、一向に守江さんは店に入ってこなかった。
松田はそのまま店の奥へ回り、裏手の倉庫内で守江さんの不意をついて殺害しようと目論んでそのタイミングをはかっていた。
夜9時ころになると家の中の物音も静まったのでそっと倉庫の窓から守江さんの家の中を覗きみてみると、ちょうど茶の間が見え、こたつで転寝をしている守江さんの姿が見えた。
チャンスだと思った松田は、勝手口からこっそり中へ忍び込もうとしたが、勝手口には鍵がかかっていた。工具でこじ開けようとしてみたが、どうにも開かなかった。
そのうち、守江さんが就寝前の入浴をしていることに気づく。
そこで入浴を終えたころを見計らって物音をわざとたてて、様子を見に扉を開けたところを押し入ろうと考えた。
しかし物音をたてる間もなく、入浴を終えた守江さんが換気のためだろうか、勝手口のドアを10センチほど開けたという。
それを見逃さず、松田はドアを押し開けようとした。異変に気付いた守江さんが必死で押し戻してきたというが、高齢女性に耐えられるはずもなくドアは開いてしまう。
入浴後、身支度も十分に整えていなかった守江さんは体を隠すようにして立ち竦んでいた。
次の瞬間、大声で悲鳴を上げた守江さんを松田は押し倒し、俯せの状態で首を絞めた。さらに、確実に死亡させるため、あらかじめ準備していたビニールひもでさらに強く締め上げた。
時計は午後10時を指していた。
松田は守江さん殺害後、居室にあったバッグの中に多数の祝儀袋があるのをみつけた。中には現金がまだ入っており、さらに家の中にあった釣銭用の硬貨などをかきあつめ、総額63万円余りを強奪、逃走した。
翌日、変わり果てた姿の守江さんを長女が発見したのは先に述べたとおりである。
松田は守江さんを殺害した後、ホテルに連泊し、連日パチンコやスナックに金を使いまくった。
時にはホステスに高価なプレゼントを贈るなどし、3日間で26万円を消費した。
どこか遠くへ逃げる算段はどこへ行ったのか、そういった素振りは全くなく、松田はただただ欲望を満たすためだけに金を使っていた。

死刑判決

人口の少ない、のどかな地方都市を震撼させた連続強盗事件は、どうにか年内に犯人逮捕となった。
しかし、捕まった犯人は被害者の橋田さんとは顔なじみ、それどころか、実家はさほど遠くない場所にあったことで、地域の人々は憤りの中にもどこか複雑な思いも抱いていた。

一審の宮崎地裁。検察は死刑を求刑していた。弁護側は、松田の幼少時期の不遇な生活や、遺族へ謝罪の手紙を出すなどの行為をあげ情状面に訴え、犯行自体も数日前に思いついたことで、殺害せずに奪えればそれにこしたことはないとも考えていたと主張。
しかし、小松平内裁判長は、「犯行は計算され、冷血で、極めて悪意を持っていた」と松田が金を奪うためには殺害してでも奪うという確固たる意志のもとで強盗殺人を行ったと認定した。
判決は求刑通りの死刑。弁護側は控訴した。

福岡高裁宮崎支部では、弁護側の主張はさらに苦しく、時に遺族の感情を逆なですることも厭わないものとなった。さらには絞殺という殺害手段は残虐とまでは言えないという苦肉の主張を展開した。
弁護側は、被害者の家族構成や年齢なども持ち出し、高齢、あるいは独居の女性で扶養すべき家族もいないことなどを挙げ、遺族に与える心理的、経済的な影響は少ないとまで言い出した。すげーな。
これはいくら何でも遺族は激怒したのではないだろうか。
独居とはいえ、橋田さんも守江さんも日ごろから家族と密な関係を保っていた。その証拠に、橋田さんの遺体を発見したのは実母であるし、守江さんの場合は長女である。愛する家族の殺害された遺体を発見するなど、想像するだけでも息が苦しくなる。それを、心理的な影響が少ないなどとよく言えたもんだと変な意味で感心すらする。
橋田さんには、娘がいた。実母だけでなく、娘も極刑を望んでいたし、それこそが母の無念を晴らす唯一の手段であると訴えた。
守江さんも同じである。夫を亡くして10年、80歳を超えても日々店を守り、時には畑で収穫した野菜を近隣の人に分けるなど、面倒見の良いおばあちゃんだった。
しかも、第一発見者の長女は、いつものように母親を訪ねた際、見慣れぬ自転車があることに気づいていた。
けれどまさかその瞬間、この後守江さんを殺害しようと企んでいた人間が倉庫に潜んでいたなどとは夢にも思わず、やり過ごしてしまった。
これをどれだけ後悔することになったか、にもかかわらず、心理的な影響がないとどうして言えるのか。考えたかわかりそうなもんだが、弁護士さんもそれが仕事なので言うしかなかったのかもしれない。
岡崎稔裁判長は、絞殺という手段が残虐といえないとしても、被害者が屈強な男性ではなく、非力な中年あるいは高齢の女性であったことを考えると、それ自体がすでに残虐と言える、とした。
また、遺族への心理的影響が少ないという主張に対しても、働き盛りの一家の担い手が被害者の場合はそれが一層甚大であるということであって、そうでないからと言ってもその命が奪われた結果が重大でないわけではないと一蹴した。

さらに、事件後の松田の行いをつぶさに見ていくと、橋田さん殺害の直後こそは後悔の念も沸いていたようだが、その翌朝にはさっさとパチンコ屋に繰り出していること、その夜に赴いたスナックで橋田さんの事件の話題を振られても平然としていた点、そしてなにより、日にちを置かずして第二の強盗殺人に及んでいること自体、悔やんだ気持ちが持続したとはいえず、人命軽視がはなはだしいと断罪した。
加えて、橋田さんと松田の実家が近いことなどで、近隣の人々に与えた衝撃や、その後の地域社会での複雑な思いを考えればその結果も重大であると述べた。
高裁の判断は一審判決支持、死刑だった。

その後上告し、最高裁でも争われたものの、上告棄却となって2007年、死刑が確定した。

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