あなたと、地獄の果てまでも~大和市・連続主婦強盗殺害事件④~

共同作業

一人目のターゲットは弘子さんに決めた。
いつ実行するかという話になった際、庄子が8月28日、あるいは29日はどうかと言うと、章代は「あの家は夫の給料日が25日だから、早い方がいい」と提案。
実行日は28日と決まった。
その際、二人でやらなければ意味がないから、殺害時はふたりで首を絞めると決めた。そして、重要な事項である「天国を見せる」ことについても、章代が先に弘子さんに対してわいせつ行為に及ぶことも決めた。
そのほか、怪しまれないように室内に入るため、まず章代が訪問することや、財布の置き場所なども確認した。

この時、文子さんに対する殺害方法や、5人のほかにも殺害対象として、行きつけの喫茶店のママ、章代が勤めていた2軒目のスナックのママ、同じアパートの住人の名を挙げた。彼(彼女)らについては、冬のボーナスが支給される12月にやろうとも話し合っていた。

8月28日、弘子さん殺害の最終確認をしたのは章代だった。ふたりでアパートを出ると、午後1時半ころに弘子さんのマンションの部屋の前についた。
計画通り、まずは章代が一人で弘子さん宅に上がり、その後庄子もそこへ合流した。
章代の生活を案じていた弘子さんは、二人が仲良く一緒にいるのを見て安堵したという。章代はその姿を見て、やはり弘子さんを殺害するのはやめようと庄子に持ちかけたが、庄子はやるしかないという態度だった。
体の不自由な弘子さんのために、マッサージを持ちかけた章代は、弘子さんを和室の布団の上に俯せに寝かせ、庄子がマッサージを買って出た。
気を許していた弘子さんは、言われるがまま体をゆだねていた。次の瞬間、二人に襲い掛かられ、必死で抵抗するもついに殺害されてしまった。
この時、「天国を見せる」ことは出来なかったばかりか、その入り口にすらたどり着けなかった。

事件後、金を手にした二人は保土ヶ谷の金沢さん宅へ向かった。しかし、庄子は章代を近くの喫茶店で待たせ、自分一人で金沢さんに会いに行った。
夜、事件は大きく報道されていた。しかし二人は臆することもなく、いつものように行きつけのスナックで飲み、カラオケで井上陽水の歌を歌い、その翌日もスナックで焼酎のボトルを入れるなどして陽気な様子だったという。
30日には行きつけの喫茶店「A」で行われたパーティーにも参加。その後も、9月3日から山川さんを誘って丹沢の七沢温泉へ一泊し、同月10日からは山川さんの誘いの応じる形で群馬県内へ2泊の旅行に出かけた。
しかし弘子さんから奪った金はあっという間に底をつき、山川さんから15万円を借りていた。

金がなくなったことで、次のターゲットである文子さん殺害も現実味を帯びてきた。ふたりは文子さんの殺害についても話し合うようになり、同一犯と思われないよう、水の張った浴槽に沈めて殺そうと決めた。
文子さんと庄子は面識がないため、二人そろって訪問しても怪しまれると考え、章代が子供のことを口実に家に上がらせてもらい、鍵を開けたままのドアから庄子が押し入るという段取りを組んだ。

実行日は9月14日。体格の良い文子さんを抑圧するため、拘束するための包帯やガムテープ、スタンガンも用意した。
しかし14日は文子さんが不在であったため17日に改めたが、その日は来客の気配があったため断念、最終的に19日に実行となった。
弘子さんの時と同様、ふたりは一緒にアパートを出、章代もかつて暮らしたあのマンションへと向かった。
途中、公園で日本酒を飲んだ。文子さん宅へ向かうと、またもや他人の気配があったことから近くの公園で時間を潰していた時、ふと、庄子が言った。
「今日はやめるか」
しかし章代は、「今日、やる」と答えた。

「長い間家を空けていました。久しぶりにあいさつに来ました。」

インターフォン越しに文子さんに何食わぬ顔でそういった章代を、文子さんは訝しむことなく家へ招き入れた。
同じ子を持つ母親同士、そもそも文子さんは章代に悪意など持っていなかった。お互いの近況や子供の様子などを話す間、鍵を掛けなかった玄関から庄子がこっそり忍び込んできていた。
スタンガンを持った庄子は、突然現れた見知らぬ男に驚く文子さんの腹部にスタンガンをあて、押し倒した後喉元をおさえると、文子さん宅の包丁を用いて脅し、暴行を働いた。
庄子が言うところの天国が終わると、顔全体にガムテープや包帯を何重にも巻き付けたうえ、計画通り水を張った浴槽に顔を沈めた。

しかし文子さん宅からは、現金6万円しか奪えなかった。
弘子さんを殺害したときは、何食わぬ顔でスナックをはしごし、連日飲み仲間らと連れ立って遊び歩いていた二人だったが、文子さんから奪えた金が少なかったからなのか、それまで頻繁に姿を見せていた飲み屋街にも、9月20日以降は以前より現れなくなった。
最後にスナックで目撃されたのは、公開手配となった9月25日の夜。
庄子と章代は「附田」のほかに「藤原」章代の結婚時の姓である「鈴木」などとその場その場で名前を変えて、夫婦を装っていた。
そして公開手配された夜、たまたま一緒に飲んでいた仲間に対し、「逃げたい・・・」とぽつりと呟いたという。

逃げる金もほとんどなかった二人は、公開手配の29時間後、あっけなく逮捕された。

摩訶不思議な供述

強盗、殺人などの罪で起訴された庄子は、「強盗ではなく殺害が目的だった」として犯行目的は否認した。章代は当初こそ、否認していたが、裁判が始まった頃には全面的に認めていた。
ただ、庄子は常に、「自分が一人でやった」と述べていた。

しかし、なぜそんなことをやろうと考えたのかという点については、庄子は章代に話したとおりの摩訶不思議な話を裁判でも展開した。
当然のことながら、祈祷師・金沢さんや、金沢さんに引き合わせた山川さんらも証言台に立つことになった。

庄子は一貫して金沢さんからお告げのように言われたことであると主張したが、当然金沢さんは何のことだかわかるはずもなく、また、章代も山川さんも、「同席していた時にそんな話は全く出ていない」と全面的に否定した。
すると庄子は、章代にも言ったように「テレパシー会話」を用いたというのである。
この、テレパシー会話については金沢さん自身も、そういった能力を持っていると認めてはいるものの、内容については当然否定した。

また、庄子は金沢さんのその「力」について、金沢さんがこれまでに他人をそういった力によって殺害したことがあると言っていたなどとも話した。
しかしこれは、金沢さんと仲の悪かった人がその後急死した、という話がもとになっており、決して金沢さんが呪い殺したみたいな話ではない。
そもそも金沢さんは祈祷師であり、人々の体の悪い部分の痛みを和らげたり、精神的な部分でのいわば拠り所的な存在であって、陰陽師でも魔法使いでもない。
信者らからのお布施や付け届けで生活していたにしても、保土ヶ谷の自宅は豪邸とは言えない普通の家で、お布施自体も強要などしていなかった。
実際、弘子さんと文子さんから奪った金の一割をお布施にするよう言われたと庄子は証言したが、金沢さんにお布施として渡ったのは5万円とメロン一個であり、そのバランスから考えても金沢さんがそのようなことを主導するメリットは皆無であった。
捜査段階での供述も、裁判が始まると二転三転することも多く、到底信用に足るとは思えなかった。

庄子を担当した青木孝弁護士も、逮捕されてすぐの9月28日、庄子から「5人殺せば幸せになれる。殺害方法も祈祷師に示唆された」「あと3人殺せなくて残念」などと話しす庄子を見て、正気で言っているとは思えなかった。
一方で、「金だけが目的であれば、あんな残酷な強盗殺人をやる必要がない」とも考えた。
裁判では、荒唐無稽な庄子の話に沿った弁護を展開してはみたものの、裁判所には「自己の罪業の深さに対する恐れを軽減する自己欺瞞のまやかし」と一蹴された。

また、庄子の単独犯行の東京事件についても、弁護側は「澄子さんとは合意の上での性交渉であり、かつ、キャッシュカードから金を引き出したのも任意に交付を受けたのだとして強盗も強姦もそういった事実はなく、よって被害者澄子さんの供述は信用できない」と主張、ただ、ベランダから窓を割って入ったことと性交渉を持ったことは認めるという、苦しい展開を見せたが、当然ながら、荒唐無稽と言わざるを得ないこの主張は完全に否定される。
同時審理の章代は、庄子とは違ってすべてを認めていた。その中で、被害者に対しても申し訳ないことをしたと涙を流して詫びた。
検察は、「従属的とはいってもそれは死刑にすべき最低ラインを大きく越えたところでの話」としてふたりともに死刑を求刑した。
平成15年4月30日。
横浜地方裁判所は求刑死刑に対し、庄子は死刑、章代は「従属的であった」として無期懲役の判決を言い渡した。

それでも青木弁護士には、どうしても「これで事件がすべて解明できたとは思えない」と感じていた。それは、庄子と章代の関係、そしてなにより、庄子が一貫して章代のことを案じ続け、自身が死刑、章代には無期懲役の判決が出た瞬間の、庄子の行動にあった。

 

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