双葉ハイムで死んだ女③~宇都宮・男女4人殺傷放火事件~

大洗町の漂流遺体


後藤らは指名手配となり、その後逮捕された。
取り調べの中で、後藤、小野寺らは中村さんとのトラブルを動機として挙げたが、それにしてもここまでの事態に発展することへの疑問は拭えなかった。
中村さんとのトラブルは、先にも述べた通り簡単に言うと後藤の意に反することをやった、ただそれだけである。そこには金銭も絡んでいなければ、後藤がなにか不利益を被ったと言うようなこともない。
そもそも後藤も、中村さんに対してすぐさま追い込みをかけるというようなこともしておらず、殴る蹴るくらいはしただろうが複数回中村さんと直接話し合いも持っており、中村さんが後藤に対し怯えて逃げ隠れしているという風でもなかった。

それが、男女4人に覚せい剤を大量に打ち、殺傷して放火するという事態に発展するというのはどうにも理解に苦しむ展開だった。

しかし、供述や捜査でわかったことなどを踏まえると、この「些細なトラブル」こそが、後藤にとってなによりも許しがたかった、ということが分かってくる。

宇都宮で事件が起こる前に、大洗町沖の太平洋上に浮かんだ漂流遺体。
実はその遺体の男性も、後藤と小野寺に殺害された一人だったのだ。そして、その男性とのトラブル、殺害動機こそが、この宇都宮事件の突飛とも思える犯行を理解するうえで重要なものだった。

大洗町の漂流遺体は、その後の調べで茨城県常陸太田市新宿町の人材あっせん業、斎藤正二さん(当時33歳)と判明していた。
斉藤さんは服役した過去があり、その時に後藤と知り合っている。後藤は、「斉藤とはそれほど親しい関係ではなかった」と話しているが、後藤が面倒をみていた人物(以下A)が逃走した際、その情報を得るために斉藤さんと連絡を取り合うようになった。

一方で斉藤さんは、別の暴力団組員に対しセルシオを売却した際、車検証をつけずに渡し、そのことでその組員とトラブルになっていた。斉藤さんは、自身が借金をしていたAに対し、「セルシオを売ったヤクザが金を払わない。鍵を渡すから引き揚げてそれを売って、借金に充当してほしい」旨告げた。
その話を信じたAは、言われた通り合いかぎを受け取り、組員のセルシオを勝手に売却してしまう。金を払っていた組員は怒り、当然斉藤さんの仕業だと思ったものの確証がなく、どうにもできないでいた。
しかしその直後、Aから事の真相を打ち明けられ激怒、7月29日に斉藤さんを知人宅へ呼び出し、Aと同席の上激しく斉藤さんを追求したが、斎藤さんはシラを切りとおした。
そしてその際、自身の関係する組の幹部に仲裁を求めたが拒否され、困った斉藤さんが頼ったのが後藤だった。

後藤に対し、斎藤さんは「大勢にセルシオを盗んだと責められているので助けてほしい」と言った。その電話をAがひったくって後藤に真実を説明している間に、なんと斉藤さんは逃げた。
その頃後藤は、水戸市内の知人宅(先生宅?)でバーベキューの準備に励んでいたが、斎藤さんからのその電話が気になっていた。当初は相手にしないつもりだったが、このまま斉藤さんを突き放すのもかわいそうだと思いなおし、その準備を抜けて小野寺とともに斉藤さんを捜しに出た。
同日9時30分。斉藤さんから再度電話を受け、待ち合わせ場所で落ち合った後藤は、Aやトラブル相手の組員らと直接話し合おうと斉藤さんに持ちかけた。
しかし斉藤さんはそれより先にお世話になっている叔父貴(!)のところに行くと言い出したので、後藤らはそちらへ向かうことにした。
すると、叔父貴の家に近くなるにつれ、斎藤さんがそわそわしはじめ、「実は叔父貴のところにあるセルシオにマークⅡのナンバーがついてるんでヤバイんスよ」などと言い出し、トラブル相手の組員のところへ行くと言い出した。
仕方がないのでそちらへ車を走らせると、Aがトラブルの根源であり、自分には非がないということを道中しゃべっていた斎藤さんが、今度は「人の目があるからいけない」などと言い、さらにはAと会うのも渋る始末だった。
その間、後藤は斉藤さんのある噂を思い出していた。斉藤さんは暴力団関係者であるものの、その界隈では誰からも相手にされていない人間であり、嘘の多い人物であるというものだった。後藤自身も、斎藤さんのことを「人の悪口を言い、言わなくてもいいことをしゃべってしまうなどトラブルの多い人間」だとわかっていた。

さらに、後藤は自分と斉藤さんの間のことも思い出していた。
出所後間もない斉藤さんに頼まれ、後藤は無担保で200万円を貸していたのだ。当面は金にも困るだろうと、後藤なりに斉藤さんを案じてのことだったが、その返済も全くされていなかった。
そして、今回の車に関するトラブルも、実は斉藤さんが後藤に金を返せないがために起ったことだというのもわかっていた。

そこで後藤はもう斉藤さんにかかわっても無駄だと思いなおし、ほかに車があるならそれでも良いと告げると、斎藤さんは「病院にクラウンが置いてある」と言ったため、病院へ向かった。
するとそこでも斉藤さんは「実はマフラーが壊れている」と言ったり、さらにはAのフェアレディZを見かけたなどと言って後藤らに追いかけさせるなどした。
Aの車を追いかけている最中、当のAから電話を受けた後藤は、その電話でこのトラブルの張本人が斉藤さんであることを確信した。

その上で、最後に斉藤さんに対し、「Aと直接会って話し合えるか」と確認したが、斎藤さんはのらりくらりと態度を濁したままだった。

おそらく、後藤と小野寺の堪忍袋の緒が切れたのはここである。

同行した小野寺によれば、斎藤さんの態度は酷いものだったという。
業を煮やした二人が斉藤さんの体をガムテープなどで縛り上げている最中も、
「それでも斎藤は相変わらず危機感のない声で、いやあー勝手に持ってかれたんです、自分は悪くないじゃないですか、なんですかこれ、などと言っておりました。良次さんが斉藤に、俺を裏切っているだろう、正直に言えよ、などと言っていたのですが、斎藤は時折へらへらと笑顔を見せるなどしながら、なんなんですかこれは、やめてくださいよぉー、などと言っていた」
というのだ。
さらに、後藤が殺害をほのめかしてもなお、「勘弁してくださいよぉー」と緊張感のない声で言うばかりだったという。・・・シャブ食ってたんか??

結局、斎藤さんはスマキにされて那珂川にかかる橋の欄干に立たされても、命乞いや謝罪などしなかった。
そして、そのまま橋の上から突き落とされ、長いこと漂流する間魚に喰われながら、太平洋上まで出てしまったのだ。

ヤクザのメンツと別の顔


後藤が何よりもこだわったのは、ヤクザのメンツだった。
中学を出て以降、一貫して暴力団の業界に身を置いてきた後藤にとってそれが一番大切なものだったのだろう。
後藤は私よりも15歳以上年上だから、昭和を生きたヤクザともいえるだろう。今でこそ武闘派はバカにされるのかもしれないが、Vシネマどころじゃない時代をヤクザとして過ごしてきた後藤は、今のように一般人と見分けがつかないヤクザではなく、ある意味「分かりやすいヤクザ」だったのかもしれない。

先の水戸事件における斉藤さんとのトラブルを見ても、後の宇都宮事件の小堀さん、中村さんらの事件と同様、なんか中学生みたいなトラブルである。
しかしだからこそ、許せなかったのだろう。こんなくだらないことで、自分を巻き込んだにもかかわらず舐めたマネしやがって、と。

一方で、裁判資料を読んでいくとそこには暴力的で人間とは思えないような後藤の、思いがけない一面も見えてくる。

水戸事件でも、後藤は斉藤さんを殺害するその直前まで、斎藤さんを案じ、しようがないなと思いながらも自ら行動してトラブルを収めようとしている節がある。
小野寺はこうも言う。
「私は良次さんが斉藤のことを殺すにしろ殺さないにしろ、その前に本当のことを聞き出したいのならばもっと締めて言わせればいいのではないかとおもっておりました。しかし、良次さんは私にも締めろなどとは全く言わず、斎藤に対しても正直に言え、などと言うばかりで、私からすれば生ぬるい追及しかしておりませんでした。」

この点は弁護士が上告の際にしたためる趣意書にも詳しく書いてしまうほどで、あまりに頑張りすぎてこの件は被害者の斉藤さんが悪い!みたいなことになってしまっているくらいである(いやたぶん悪いんだけども)。

また、宇都宮事件についても、後藤のよくわからない一面が垣間見える。
当初、小堀さんらを監禁していたのは知り合いの元組員の家だった。しかし、「ここでは迷惑がかかるから」と、わざわざ場所を移している。
さらに、小堀さん宅に場所を移した後、偶然居合わせて監禁される羽目になってしまった女性陣に対し、逃げないよう一応拘束したものの、舎弟らが針金状のもので拘束したことを気にしていたという。
これは被害者の供述にもあるので真実だと思うが、女性らの手足に針金が食い込んでいるのを見た後藤は、「二人が痛そうにしているのを見て、それじゃあ痛いから、何か違うもので縛ってやれ」といい、針金の代わりになるようなものを探させている。
さらに、キッチンのフローリングに座らされている女性たちを見て、「下に何か敷いてないと痛いだろう、毛布か何かあるだろう、敷いてやれ」とも言った。
もちろん、そんな事を言いながら女性たちの服を脱がせるなどの行為もしており、だからなんだと言われればそれまでなのだが、その服の脱がせ方ひとつにも後藤は口を出す。
共犯の一人が小林さんの服を脱がすためにナイフで服を切っていたところ、後藤は「なにも服を切らなくてもいいじゃないか」と言い、さらに女性たちをレイプしようとした仲間の一人に対しては「てめぇ、みんなが見てるのに恥ずかしくないのか」と叱責した。

被害者である稲見さんもこう証言している。

「シャワーを浴びて来いと言われて仕方なくシャワーを浴びた後、脱衣所で体を拭いていると後藤が来て、そのまま裸で部屋へ戻れと言われたのでせめてもの抵抗に嫌です、と言うと、後藤はバスタオルを私に渡しました。」
「潤美ちゃんの服を切っている男に対しては、切らなくていいだろう、ちゃんと脱がしてやれ等と言っていました」
「裸でエアコンがかかった部屋にいたせいか、覚せい剤を打たれていたせいか寒くて仕方がなく、それを訴えると後藤は誰かに言って服を持ってこさせ、私の上半身にかけさせました。」

小野寺も、先に部屋を出る際、後藤が稲見さんに対して
「稲見さんごめんな、もうシャワー浴びて服着ていいよ」
などと言っていたと証言し、別の男も、なかなか風呂から出てこない稲見さんを心配して
「あの子大丈夫か、ちょっと見てこい」
と指示されたと話す。

しかし、そういった直後、小林さんが死亡していることに気付くやいなや、優しい言葉を書けたはずの稲見さんを含め、ハサミでめった刺しにして火の海に放置するのだ。この極端な言動はどういうことなのだろうか。私はそこが一番謎だった。

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