双葉ハイムで死んだ女④~宇都宮・男女4人放火殺傷事件~

人間性のかけら

後藤が稲見さんらに見せた「気遣い」は果たして何だったのだろう。
それは、後藤の供述に答えがあった。
そもそも後藤は、放火して全員死なせるつもりはなかった。脅して痛めつけて、二度と逆らえないようにする、それが目的だった。その一環として、小堀さん宅にあった金目のものもついでにいただいていこう的な考えはあったにせよ、最初から全員ぶち殺したる、とは思ってなかったはずだ。

だから、稲見さんに「ごめんな、もういいよ」と言ったのだろう。

ではどこで歯車が変わったのか。
それは、小林さんの「予想外の死」であった。

後藤は覚せい剤を使用してきた。だから、その匙加減などはある程度把握していた。高濃度とはいえ、死なないであろう予測のもとに、4人に注射したのである。
裁判資料によれば、小林さんを除いた3人は過去に覚せい剤を使用した経験があったという。
さらに、小林さんも小堀さんと同棲しているという点で、覚せい剤の経験があると後藤は思い込んでいた。
実際、4人は同濃度の覚せい剤を、女性二人にはほぼ同量を注射して、稲見さんは自分でシャワーを浴びられるほどだったために油断していたのだという。だから、この次注射したら死んでしまうレベルにあったとはわからなかった。
後藤の予想に反し、小林さんの状態が急激におかしくなって、後藤は「パニックに陥った」という。
そしてその瞬間、スイッチが切りかわったのだろう。生かしておいても意味はないとして、全員殺害するしかないと方向性を変えたのだ。

後藤については残忍で恐ろしいという印象よりも、むしろ面倒見がよく自分に懐く、あるいは頼ってくる人間に対しては非常に親身になっていたという話が多い。
懲役に行った人間の家族に経済的援助をしたり、子供達をかわいがったり、映画「凶悪」でもそういった場面は描かれている。
それはひとえに、後藤自身が他人を信頼する性分であることが要因だろう。だからこそ、「裏切られた」時の反応は常軌を逸する。なんていうんだっけ、可愛さ余って憎さ100倍?
後藤が後に先生こと三上静男を告発するきっかけも、まさにこの「裏切り」であった。後藤が面倒をみていた清水という男のことを、後藤は三上にくれぐれもよろしくと頼んでいた。この清水という男は若干知的に問題があった可能性があり、独りで生活していくのは厳しい人間だったという。だからこそ、後藤はこの清水のことを気にかけていた。

しかし、安心しろと請け負った三上は、その約束を反故にする。それだけでなく、清水を自殺に追い込んだのだ。
この件から考えても、後藤は少なくとも自ら理由もなく他人に危害を加えるというタイプの人間ではない。

小林さんと稲見さんへの仕打ちは理解できるものではないとしても、少なくともほかの3人には、後藤には後藤なりの「おとしまえ」をつける必要があったのだ。

人生が”あおり運転”

暴力団の世界は一般人には理解しがたい。実家が組事務所でもない限り、その内情やその世界で生きる人々の感覚など絶対分からないだろう。

私は若いころ、子供にピアノを教えていたが、その教え子の一人が「組長の娘」であった。なんにも知らずに自宅マンションへ伺うと、組の教えを書いた額がドーンと出迎えてくれて私はのけぞったが、美人な奥さんと可愛い子供たち、お父さんもいかつくて夏でも長袖だったけど私には優しかった。

そう、何の害もない人間にはヤクザだって無害である。しかし、そこに利害が発生した途端、豹変するのがおそらくヤクザなのだろう。

後藤は先にも述べたとおり、むやみやたらに自己の私利私欲のためにだれかれ構わず殺害したのとはちょっと違う。
後に後藤によって引っ張り出された先生こと三上静男は私利私欲の塊だったろうが、それの片棒を担いだ後藤には、「大義名分」があった。
後藤から見れば、殺害された誰もが「殺害されるだけの理由があった」のだ。

那珂橋から突き落とされた斉藤さんは、100万歩譲っても後藤を舐めてかかっていたことは否めないし、そもそも後藤以外の人間に殺されてもおかしくなかった。
もっと言えば、後藤が関わっていたことで斉藤さんは他の人間に殺されずに済んでいた部分もあったと私は思う。

小堀さんと中村さんも、斎藤さんほどではないしても後藤を甘く見ていた。それが正しいとか正しくないとか、正義感とかそういうことは関係なくて、後藤を舐めてかかっていたのは間違いない。そして、全員が組員ではないにしても、ヤクザの世界とかかわりを持っていた。
「命までは取られないだろう」
そう思っていたとしたら、昭和のヤクザである後藤が激高しても仕方ないよな、とは思う。だってヤクザだよ?

ヤクザの人生は終始あおり運転そのものである。その道に足を踏み入れた時から、いやというほどVシネマを見せられ、自分自身を煽って煽って生きていくのだ。
乗っている車が何であれ、運転しているのはヤクザなのだ、それに舐めたマネをかましてくる奴は高速道路で止めてでも、後ろからダンプで追突してでも目に物言わせなければならない(たとえ話ですよ)のがヤクザの世界だ。だから一般の人々はそれらを無視し、道を譲り目を合わさず知らない顔でやり過ごさなければならない。何度も言うが、良いとか悪いとかそういう話ではないのだ。
しかし、煽られた側がさらに上を行くヤクザだった場合はどうだろう。
YouTubeに有名なあおり運転動画がある。軽バンが走行(めっちゃ安全運転)していると、すぐ後ろにいきり倒した軽四がぴったりと張りつく。そして、誰が見てもあおり運転が始まるわけだが、しばらく走ったところで軽バンから肩で風切るお兄さんが下りてきて、煽り倒していた後続の軽四の運転手がボコられるというある意味清々しい動画だ。

しかし、後藤の場合は煽られた側だ。擁護しているわけでもなんでもなく、普通に見てそう思う。斉藤さんは嘘をつき、何度も猶予があったにもかかわらず最期までそれを見誤った。
小堀さんと中村さんも、ヤクザに義理を欠くという信じられないことをやってしまった。同じヤクザでも殴ったり蹴ったり、金で解決とかしてくれるならまだよい。中にはそれで許してくれないヤクザもいるのだ。

被害者と言えたか

法律上というか、加害者被害者の区別を強いてつけるとすれば後藤は加害者だし、斎藤さん、小堀さん、中村さんは被害者だ。小林さんと稲見さんに至っては被害者以外のなにものでもない。

しかし、小林さんと稲見さんがなぜ巻き込まれたか、を考えたとき、見方は少し変わってくる。
後藤らに小堀さんが自宅へ連れていかれた際、鍵がないから入れないと伝えていたことは先にも述べたとおりだ。
だから、同棲相手の小林さんに持ってこさせることになった。これがなければ、小林さんも稲見さんも巻き込まれる可能性は非常に低くなったはずだ。
実は小堀さんは鍵を持っていた。にもかかわらず、持っていないと嘘を言い、ならば女に持ってこさせろと言われてそれに従った。拳銃を突き付けられ、覚せい剤を打たれている状況下に、自分の交際相手を呼ぶか普通。これがもし後藤だったら、絶対に女を呼ぶような真似はしていない、このカシオミニを賭けてもいい。

そして、小堀さんと中村さんはこの事件の後、自身も覚せい剤取締法違反で逮捕されている。容疑は、この事件が起こったその日、覚せい剤を所持していたというものだ。
裁判では、裁判長からこう諭された。
「あなたが覚せい剤を持っていたことが、小林さんの命を奪う原因になった可能性が高いことを忘れないように」
おそらく、小堀さん宅で使用された覚せい剤は小堀さんが所持していたものだったのだろう。実際、金目の物を探している最中に、黒い箱の中から覚せい剤を見つけたという供述もある。
もしも小堀さんが覚せい剤を持っていなければ、小林さんに覚せい剤が打たれることはなかったかもしれない。
小林さんは、あまりの苦しさに、恋人の小堀さんに「殺してくれ」と頼むほどだった。
もちろん、直接的な加害者は後藤だけれども、その前段階として小堀さんらが後藤に対して取ってきた行動は何度も言うけど良い悪いは別にしてありえない行動だった。だってヤクザだよ?
肩書としては小堀さんらは暴力団員ではなかったのだろう、しかし、一般人から見たらなんの変りもなかった。
小林さんと稲見さんにひとつだけ落ち度があったとするならば、付き合う相手を間違えた、それだけだろう。シャブ中はダメだぞ…

凶悪

ご存知の通り、後藤良次はこの水戸事件と宇都宮事件で死刑判決を下されたのち、自身が信頼していた男に裏切られたとしてまた激怒、今度は殺せないから雑誌記者に頼んで表に出ていない殺人を告白した。
そしてそれらは新潮45で「上申書殺人」として連載され、後藤の話が本当だったことが証明された。

これは映画化されたが、実際の後藤良次もおそらくこのまんまなんだろうなという印象だった。
一部異なる点はあるものの、宇都宮事件、水戸事件も作中で描かれている。
(おそらく斉藤さんはあんな感じだったんだろうなとは思う。)

先生こと三上静男はこの宇都宮事件、水戸事件の裁判で証人として供述もしている。そこでも何食わぬ顔で後藤の人となりを証言し、自身との関わりあいについて述べている。
この頃すでに三上の尻拭いをさせられていた後藤だったが、三上との関係についてこれ以上の話を後藤は一切していない。
それも、ただひたすら先生のことを信じていたからだろう。残してきた舎弟のことが気がかりだったからだろう。
そんな後藤の性格を三上は見抜いていた。しかし、最後の最後の詰めが甘かった。ヤクザは命を奪うことへのハードルが低い。だから利用してきた、うってつけだった。
ただ、ヤクザは自身の命へのハードルもまた低いということを、三上はよくわかっていなかった。さらに言えば、義理と筋を通すということを、この三上は軽んじていた。後藤にだけは、それをしてはいけなかった。

そしてそれは、宇都宮事件、水戸事件の被害者にも言える事だろう。

 

だって、ヤクザだよ?

「双葉ハイムで死んだ女④~宇都宮・男女4人放火殺傷事件~」への9件のフィードバック

  1. こんばんは!折原です。
    後藤良次の意外な一面が見えて面白かったです。

    後藤は平成2年4月2日に群馬県館林市で起きた暴力団組長射殺事件で逮捕され、凶器が発見されずに不起訴になった過去があります。
    本人も認めているので恐らく犯人だったのでしょう。
    この時、後に高見澤勤に射殺された組長らしき人も逮捕されています。
    他に平成11年に宇都宮市内で男性を殺害したとも供述したようですが、現場の状況と供述が一致せず、立件されていません(自殺として処理)。

    自殺した舎弟ですが、藤田というのは仮名で本名は清水広幸といいます。
    あおり運転の動画、調べたら兵庫県高砂市ですねぇ…

    1. 折原さん、コメントありがとうございます☺
      あー、藤田は仮名でしたか、訂正しておきます!
      組長射殺が不起訴ってのも凄いですよね。勘ぐりですが、この時期の栃木とか群馬の県警はどうかしてたんでしょうか??
      自殺した舎弟の詳しい話までは調べなかったのですが、他のサイトでもやはりこの舎弟との関係が後藤の本来の姿ではないかといった推察がありました。
      個人的には、この後藤にまつわる関係者の中であの先生をもってしても懐柔できなかった内妻がいちばん怖いです(笑)

    2. 後藤は「ヤクザ株式会社」に入社したサラリーマンという感じです。

      今回の事件、一般人では考えられない事件ですね。

      被害者が全員悪い人と感じます。小林さんには気の毒とは思いますが。

      後藤はさっさとヤクザをやめれば良かったと思います。というか転職ですね。コンビニの店長とかいけたかも?

      今回、後藤の振り回され方が滑稽で、深く考えることはなかったのです。

      が、今回の作品は面白かったです。この作品を映画化にして欲しいぐらいです。

      1. 後藤は私にはヤクザという人生がいない、と思えたのですが、そういう見方もあるのですね。
        確かに、最強のコンビニ店長になりそう・・・
        情に厚く、何よりも筋や義理を重んじるタイプは男性に多いと思いますが、生きすぎるとこのような事件が起こってしまうわけで、何事も程度問題ですね。
        私も正直、登場人物全員カタギではないと思ってます。女も、そういう世界の男と関係した時点でカタギとはいえません。
        古い事件なので小林さん以外は一応仮名にはしましたが、自分たちの事件が「凶悪」でも描かれ、特に小堀さんはどう思っているのでしょうね。

  2. 双葉ハイム、恐いですね〜。
    今回も読み応えがあって引き込まれました。
    私的に、嬉しかったのはカシオミニ‼︎
    漆原教授じゃないですか〜*\(^o^)/*

    1. にしも さま
      分かっていただいてありがとうございます(笑)
      ふざけちゃいかんと思いながら、すみません。

      この事件は、後藤良次と三上静男の事件よりも私には興味深い事件でした。
      無関係の人間が巻き込まれるというのは、名古屋のドラム缶殺人もそうですが、この双葉ハイムの事件は大変な事件なんだけれどもなんかこう、「うわーーーー」みたいな予期せぬ事態がどんどん起きて、みたいな印象があります。
      亡くなった方はお気の毒ですが、交際相手はよく選ばなければならんなぁと思いました。

  3. あおり運転の場所、よく知っています。通行量が多い1本道で、前に遅い車が走っていたりすると、イライラしてしまいます。

    ただ、この辺りは祭りが盛んな所で、気の荒い人間も多いのです。

    この辺りを通る時は少し緊張します。

    1. ひめじの さま
      煽り運転、ダメ、絶対!ですよね。
      もちろんこの動画のように降りてきてわーわーいうのもよくないですが、前後の状況が明らかに後続車に非がありますから、まぁ、スカッと動画になるのでしょうね。
      私が暮らす松山では「伊予のはや曲がり」と言いまして、右折時に対向の直進者よりも先に右折することに命をかけている人が結構います。特に年配からご老人。
      道が狭いので、右折レーンがない所が多かった頃、後続車に迷惑をかけないための手段だったのかもしれませんが、ダメですよね。

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