暴力夫を餓死させて晴らした妻の怨~四日市・痛風夫餓死殺害事件~

平成17年月23日夕方

近鉄四日市市駅にほど近い交番に、女が訪れた。
応対した署員に対し、付き添いの親族とみられる人に支えられながら、女は自宅で夫が死亡していることを伝えた。

県警四日市南署員が女とともに堀木2丁目の自宅アパートへ向かうと、玄関からは異様な臭気が漏れていた。

付き添ってきた親戚によれば、この女から夫が死んでいると電話を受け、驚いて一緒に交番にやってきたという。
夫は長年通風を患ってほぼ寝たきりだったというが、女は
「昨日普通に話したのに、朝になったら死んでいた」
と話した。

しかし、現場を確認した誰の目にも、夫が死亡したのが今朝ではないことは一目瞭然であった。

体重29キロ

布団にこそ寝かされていたもののその夫は、仰向けの状態で夏にもかかわらず分厚い冬用の布団を頭からすっぽりとかぶせられ、布団は排せつ物で汚れていた。
署員が布団を剥ぐと、55歳の成人男性であるにもかかわらず、体は骨と皮だけに痩せ細り、皮膚は乾燥して茶色に変色したからだが横たわっていた。
関節部分には褥瘡ができ、手当てを施された形跡もなかった。
栄養失調のためか、腹部が膨満し、その体重は後の司法解剖で30キロを切っていたことが判明する。死因は餓死だった。

亡くなっていたのは、このアパートに暮らす森本泰実さん(当時55歳)。1年半前からこのアパートで妻と二人暮らしだったという。
警察は、現場や泰実さんの遺体の状況などから、寝たきり状態にあった泰実さんに適切な介護や世話を故意に怠ったとして、同居する妻ののり子(当時46歳)を殺人の容疑で逮捕した。
のり子は、捜査員に対して「水しか与えていなかった」といった供述もしており、さらには「夫がこのまま死んでもええと思った」とも話した。

一方でのり子は、寝たきりで働けない夫の代わりに、新聞配達をして家計を支えていた。
二人がこのアパートに越してきたのは平成16年の1月。大家の高齢の男性に、「夫が病気で働けなくなったので、前のマンションを売ってきた」と話した。
その時点で泰実さんの体調は悪く、仕事はしていなかった。ふたりには成人した子供もいたようだが、関係があまり良くないのか、二人以外の人間をそのアパートで見ることはなかった。

泰実さんの病気は「痛風」で、以前住んでいたマンションでも頻繁に救急車を呼ぶ姿が見られたという。
酒好きだったという泰実さんは、トラックの運転手をしていたが、7年前から痛風が悪化し、仕事ができる状態ではなくなっていた。
しかし、泰実さんは生活態度を改めるそぶりはなく、また、妻ののり子も夫の体を気遣い病院に連れて行くなどの様子もなかった。

堀木のアパートへ越してからは近所づきあいは少なく、かといってこれといったトラブルなどもなかったが、以前住んでいたマンションではこの夫婦は有名だった。
大家に「マンションを売ってきた」と話したのり子だったが、実際はローン滞納の末の競売で退去せざるを得なかったのだ。

異様な夫婦

泰実さんがまだトラック運転手だった頃、この夫婦は分譲マンションを購入して住んでいた。
しかし、その生活は荒み、マンションの住人らからは苦情が相次いでいた。
夫婦は犬や猫を多頭飼育していたのだが、その世話をろくにせず、同じ階や夫婦の部屋の上下などはとてつもない悪臭に悩まされていた。
ゴミも分別などせずに放置し、さらにそのゴミが散乱してマンションの共用スペースも侵食されていった。
管理組合には苦情が殺到、さらに酒を飲んでは昼間から酔っぱらっている泰実さんが騒いだり、時には妻ののり子に暴力を振るうなどしていることも問題視されていた。

痛風の治療もせず、食事管理も全くしなかった泰実さんは案の定、体調が急激に悪化する。
仕事に行けなくなると途端に一家の経済は回らなくなった。
ローンが払えなくなり、マンションの管理費は複数年にわたって滞納、ガスや電気も止められ、挙句水道も給水停止となった。
この状態でも何年かはマンションを出ずにいられたようだが、冬の寒い時期にはロウソクだけが「暖房器具」だったという。

やがてマンションは競売となり、やむなく夫婦は堀木の古い2階建てアパートに越したのだった。

四つん這いの男

事件が発覚する数か月前から、このアパートの周辺では異様な光景が目撃されていた。
この夫婦と同じアパートに暮らす住人によると、ある時ドアを叩く音がしたが、人が立っていればすりガラス越しに見える人影が見えなかった。
不審に思いながらドアを開けようとすると、今度は何かがつっかえてなかなか開かない。ようやく開けると、そこにはドアにもたれかかるようにして座り込む白髪頭の男性の姿があった。
やせ衰え、どう見ても普通ではないその男性は、自力で立つことも難しそうだったと言う。
住人がどうしたのかと尋ねると、「水道を止められた、水をください・・・」と蚊の鳴くような声を絞り出した。
慌てて住人が水をもってくると、一気に飲み干し、よろよろと這いつくばりながら部屋へ戻っていったという。

別の近隣住民の話はもっと強烈だ。
このアパートの前の電柱は、ゴミ集積ポイントとなっていたのだが、ある時からそのゴミ集積場に「四つん這いの男」が現れるようになった。
多くのゴミが出され、ゴミ収集車が来るまでの間にその男は現れた。
近くの古びたアパートの階段を、四つん這いのような格好で這いずって降りてくるその男性は、出されたごみの袋をあさっていたという。

異様な光景に思わず凝視してしまった通行人に対して、「ゴミの分別が出来ているかの確認をしてるんだ!」と男はむきになって言った。
しかし、別の住人は、男がゴミ袋を漁り、時に生ごみを食べている様子を目撃してしまう。

「あのアパートにはどんな人が住んでいるんだろう…」

その四つん這いの男は、泰実さんだった。その時点で泰実さんは外見上も普通の状態ではなかったが、「どこからどう見ても大人」であることが、周囲の声を沈めてしまった。
当時の自治会長の耳にもその異様なうわさは届いていた。が、同時にひとり暮らしの老人ではなく、家族が、妻が同居しているということも把握していた。
そして、妻がどうやら泰実さんの世話をあまりしていないということも伝え聞いていたという。
しかし、大人の世帯のことにとやかく首を突っ込むのもはばかられた。それに、誰も泰実さんからSOSは受け取っていなかった。

6月、泰実さんは這いずることもできなくなっていた。

考えることを止めた妻

のり子はなぜ、泰実さんを餓死させたのだろうか。
表向きは経済的な問題と話してはいた。たしかに、働けない泰実さんのかわりに新聞配達をしていたのり子だが、その収入は10万円にも満たないものだった。
しかし、マンションを競売にかけられた経緯などを考えると、おそらく破産状態にあったであろうし、怠けて働かないのではなく、病気で働けない泰実さんの状態を考えれば、生活保護という選択もあったはずだ。
しかし、この夫婦は生活保護を受けていなかったし、光熱費は滞ってはいたものの、アパートの家賃は遅滞することなく支払われていたという。
収入の8万円のうち、半分の4万円を家賃に充てれば、残りは4万円。これでは最低限度の生活もままならないのは誰の目にも明らかだ。

しかし、のり子はその生活を続けた。
泰実さんを病院に連れていくことはなく、自分が仕事に出る間は泰実さんを自宅に放置していた。
自身の食事は弁当で済ませていたといい、時折泰実さんに与えることもあったというが、基本的に泰実さんに食事を与えることはしていなかった。
腹を減らした泰実さんは、生ごみを漁るようになる前は近所の人に食材を分けてほしいと頼む姿も見かけられていた。
世話らしい世話はほとんどしてもらえず、自力でトイレにも立てなくなったあとは排せつも垂れ流す状態だった。

この心理状態はどういったことなのだろう。

裁判でも、泰実さんによるのり子への暴力が、のり子の心に影を落としたことは認められている。
泰実さんの暴力がいつから始まったのかは定かではないが、酒がそれに拍車をかけ、トラック運転手という仕事柄、昼間に家にいることがあった泰実さんが、昼間から酒をあおりくだをまくその状態にのり子は嫌気がさしていたのかもしれない。
金があった頃はそれでもまだよかった。引っ越した後、新聞配達の仕事についたものの、おそらくそれまでは仕事をしていなかったのり子は、泰実さんの給与がすべてだったはずだ。
だから夫の理不尽な暴力にも耐えてきた。それなのに、夫は自分の不摂生で病気を悪化させ、挙句住処を奪われる羽目になった。
体を悪くした泰実さんを、当初はのり子も見捨てるつもりはなかったのだろう。しかし、引っ越してからもおそらく泰実さんの態度が改まることはなかった。

いつからか、泰実さんの面倒をみることの「意味」が分からなくなっていった。

求刑懲役8年、判決懲役4年6月

平成18年6月16日、津地方裁判所四日市支部の堀毅彦裁判長は、のり子に対し求刑のおよそ半分の実刑を言い渡した。
のり子が泰実さんにした行為は、非常に陰湿で、自分でどうすることもできずただ朽ち果てていくだけの被害者の絶望感、無念さは想像を絶するとしながらも、一方でそこまでのり子を追い込んだ一因は泰実さんのそれまでの言動にもあるとした。

弁護側は直前まで水を与えるなどの行為をしており、殺意はなく、保護責任者遺棄致死であると主張していたが、裁判所は「看護しなければ死亡することはわかっており、未必の殺意が認定される」とした。

のり子がはっきりと泰実さんの世話に嫌気がさしたのは、1月の頃だった。当初はケンカの延長のようなことで世話を放棄する程度だったのが、思いのほか、目に見えて泰実さんが衰弱したのだろう。
普通はそこでまずい、となるわけだが、ほとほと嫌気がさしていたのり子の心に悪意が芽生えた。「このまま、徐々に衰弱してくれれば…」
それでものり子は完全に泰実さんの食を断つなどはしておらず、どこか心の葛藤もみられないでもないが、結局もう後戻りできないところまで来ていた。

二人が暮らしたアパートは現在住人がいるような状態ではないものの、現存する。
陽に照らされたその薄汚れた壁に付設する外階段を、泰実さんはどんな思いで這いつくばって降りたのだろう。
のり子もまた、どんな思いで毎日泰実さんが待つその部屋へと階段を上ったのだろうか。

二人の子どもたちからは、事件後も迷惑をかけた大家に連絡はなかったという。

「暴力夫を餓死させて晴らした妻の怨~四日市・痛風夫餓死殺害事件~」への2件のフィードバック

  1. 凄い事件と思いました。

    夫はトラックの運転手とのことですが、多分、バブル時の景気のいい時の羽振りが良かった経験ガラモンあったのでしょう。

    あの当時のトラックの運転手は、今みたいに労働時間等が厳しくなく、徹夜してでも運んだだけお金がもらえていたみたいです。

    モラルも低く(全員と言いません!一部の人です!)飲酒運転も当たり前だったみたいです。

    昔、飲酒運転のトラックが親子が運転するトラックに衝突、子供が亡くなるという事件がありました。

    その時の運転手が、平然としていたのを覚えています。

    そんな羽振りのいい男だから、のり子は結婚したのかな?

    子供が何も言わないのも、なんだかんだで金だけは、くれたのでしょうね。ギリギリの感謝はするけど、それ以上は知らんと。

    でも、生活保護を受けるという手もあったと思います。

    受けなかったのは、そういう事なんでしょうね。

    夫がもう少し抵抗しても良かった気がせんでもないです。

    両方とも「もういいや」と思ったのかな?夫もしんどかったかな?

    まあ、「看護疲れで、つい手をかけた」でも、さほど変わらないと思ってしまいます。でも、手を出すと出さないとでは心理が変わってくるのでしょうか?

    まあ、凄い事件ですね。

    1. ひめじの さま
      いつもありがとうございます☺
      この事件のような、まさに表向きはさほどパッとしない(失礼)けれども、背景が凄いというものこそ、このサイトで取り扱いたいものなのです。
      夫は人間的に粗暴な点があったようですが、それでもふたり離婚もしないで「連れ添った」のは、妻の怨みの裏側にある情だったのかなぁとも思います。
      捨てきれなかった。今言われているような、DVの支配下にはいなかった妻です。金の切れ目が縁の切れ目ならば、さっさと捨てればよかった。
      しかし、新聞配達をして夫婦の生活を表向きは成り立たせていた。
      そこにどんな思いがあったのかなぁと思いを馳せます。

      まぁ、実際は「面倒になった、嫌になった」だけかもしれませんが。

      高知の飲酒トラックの事件、酷かったですよね。余談ですが、あの被害者御夫婦は、ご親類も含め非常に聡明な御一家なんだそうです。
      御夫婦の強さ、親としての強さ、法律を変え運転のマナーや意識向上にも大きく貢献されたわけですが、愛娘を2人も失ったことを決して無駄にしない、その思いには頭が下がります。

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