殺害依頼した女の「それでもいいと思えた366日」~東京・闇サイト殺害依頼事件~

平成17年7月2日

多摩中央署にひとりの女が相談に訪れた。
相談内容は、ネット上のサイトを通じてとある依頼をし、その料金も支払ったにもかかわらず、その依頼が遂行された様子がないといったものだった。
女が支払った金額は、なんと1500万円。いったい何の依頼をしたのかと署員が問いただしたところ、女は
「殺人を依頼した・・・不倫相手の妻を殺してくれないんです。」
と答えた。

平成17年9月14日

多摩中央署は、女からの相談をもとに捜査を開始、ネット上で女からの依頼を受け、現金を受け取っていた男を暴力行為違反(犯罪の請託)容疑で逮捕した。
同時に、殺人の依頼をしたとして、相談に訪れた女も同容疑で逮捕となった。

逮捕されたのは、多摩市在住の河野麻衣子(仮名/当時32歳)と、国立市在住の自称探偵業・田中孝一(仮名/当時40歳)である。
麻衣子は東京消防庁渋谷署に勤務する現役の救急隊員であった。

その同じ署に勤務する男性隊員と不倫関係にあったという麻衣子は、男性隊員から「妻に子供が出来た」と聞かされたことで逆上し、裏切られた気持ちになってその妻を殺害すれば関係が保てると画策、ネットで広告を出していた田中に連絡を取った。
その依頼を田中も請け負ったものの、殺害行為は実行されていなかった。標的になっていた男性隊員の妻も、何事もなく出産していた。

警視庁は、田中が広告を出していたサイトを管理していた人間も共犯に当たるかどうかを視野に入れ捜査を進め、その後麻衣子がサイトの管理者ともメールでやり取りをしていたこと、管理者にも数百万円を振り込んでいたことをつかみ、同年10月3日、杉並区在住のサイト管理者・奥山晃(仮名/当時48歳)を詐欺容疑で逮捕した。
奥山はサイトで復讐などに言及し、請負項目に「殺人」を挙げていたこと、麻衣子から依頼を受けたという認識があったこと、そして、調査内容に見合わない法外な料金を請求したことなどから、詐欺に問えると判断したようだった。

田中は奥山の実働部隊としてかかわっており、麻衣子からの依頼を丸投げされていたという。田中はこのサイトの社員募集に応募、浮気や素行調査などを月に数十万円で請け負っていた。
麻衣子からの依頼では、調査と言っても不倫相手の妻の写真を撮影したり、殺害方法について話し合ったりはしたものの、ハナから殺害する気はどうやらなかったようだ。
しかし、思いのほか麻衣子が次から次へと請求されるがままに料金を支払ったため、奥山と田中は「公務員は金払いが良い」と思い、いろんな手段で金を引き出そうと考えていたと供述した。

駆け込み寺

奥山が開設していたサイトでは、「不倫関係」「ストーカー」「金銭問題」などのほかに「殺人問題」という項目も設けており、利用者はメールで管理者である奥山にコンタクトをとる、という流れだった。
麻衣子は、不倫相手の妻が妊娠したことで悩み、妻を殺害してほしいというメールを平成16年の11月ごろに奥山に送っていた。申し込み費用としてまず10万円、調査名目として150万円、麻衣子は言われるがままに次々と金を支払った。
その後、奥山から指令を受けた田中が年明けに麻衣子に会い、殺害を依頼され現金100万円を受け取ったのだ。
殺害計画は、「バイクで対象者を追い抜きざまに細菌スプレーを噴射して殺害する」という映画の見過ぎのようなものだったが、麻衣子は信じた。
そして、細菌を入手するために南米へ行くという田中に渡航費用250万円を渡し、「細菌散布調査費」「スタンガン代」「実行費」の名目で金を要求し、合計で1500万円を超える金を麻衣子から引っ張った。ちなみに、何の用事か知らないが田中は実際に南米へ行っている。
麻衣子はそのうち、600万円を消費者金融で工面していた。

もともとは奥山が請け負っていた案件だったが、思いのほかサッサと金を回収できたことでシラケてしまったのか、奥山は麻衣子に興味をなくす。
一部週刊誌に奥山が語ったこととして、「(麻衣子は)苦手なタイプだった、法外な料金を要求したのは殺人を思いとどまらせる意味もあった」とするものもある。
ともあれ、奥山は田中にすべてを任せ、引っ張れるだけ引っ張るつもりでいたようだった。

田中は麻衣子を信用させるため、白い粉を見せた。
その上で、計画通りこの粉は人の命を奪える細菌で、トンネル内で対象者を追い抜く際にこの粉をまいて殺害すると話した。ちなみにこの粉はただの抗生物質だった。

また、3月に男性隊員と妻が沖縄旅行へ行くという情報を麻衣子は田中に伝える。そこで、田中は夫婦を尾行して飲み物にその粉を混入させ殺すと説明し、沖縄への旅費や殺害活動費などと銘打って300万円を麻衣子に支払わせた。
実際に田中は沖縄へ向かうが、殺す気は全くないわけで写真だけを撮り、麻衣子には「ペットボトルの飲み物しかなく、薬を入れられなかった」と話した。

哀れな不倫女は、不倫相手だけでなく見ず知らずの男二人にも騙された。そのうえ、身ぐるみはがされ、挙句逮捕されるという泣きっ面に蜂どころではない状況に陥ってしまったわけだが、世間はバカな不倫女がいいザマだと嘲笑していた。

しかしその年の12月。
警視庁は麻衣子の不倫相手の男性隊員を新たに逮捕したのだ。

1時間2000円

逮捕されたのは麻衣子と同じ渋谷消防署に勤務する救急隊員で消防副士長だった町山貞徳(仮名/当時32歳)。
この男こそ、麻衣子の不倫相手であり、麻衣子が殺害してもらいたかった女性の夫である。
逮捕容疑は、麻衣子への傷害だった。

7月に麻衣子が殺人依頼の件で警視庁に被害届を出したあと、麻衣子は殺害依頼に関する契約書を自身のバッグに残していた。
同じ消防署で救急隊員として働く町山が、麻衣子が緊急出動中にたまたまその契約書を見つけてしまう。麻衣子が自分の妻の殺害計画を練っていることを知った町山は、翌8月、都内のホテルに麻衣子を呼び出すと、そのことを問い詰めたという。
そしてその際に、麻衣子の顔を殴り、麻衣子は鼓膜が破れた。

さらに9月に入ると、町山は麻衣子を静岡へ旅行に誘う。
そして、午後10時から午前3時まで麻衣子を部屋で正座させ、殴る蹴るの暴行を働いた。麻衣子の肋骨と腰骨は折れ、臀部にも酷い痣が残った。

麻衣子と町山は、平成13年に麻衣子が渋谷消防署に配属されたのを機に交際が始まったという。
飲み会を通じて親しくなったというが、この時点で町山には妻がいた。
麻衣子の印象としては、地味でまじめ、仕事も基本に忠実にこなすタイプで、署内でも男性関係のうわさなど皆無だった。
一方町山は、飲み会の席などでも女性署員らに親しげに話しかけるなど、手慣れた印象を持たれていた。
二人は平成14年の4月に行われた歓送迎会の帰りに、一線を越えた。

その日から町山が逮捕される日まで、二人の関係は続くわけだが、平成16年を境にその関係が歪なものへと変化する。

町山は、麻衣子と会うたびに金銭をせびるようになっていた。
しかもそれは、「1時間2000円で会ってやる」といったものだった。大方の女性は、こんな事を言われることなど想像すらしないだろうし、もしも言われたら、ドン引きどころの話ではないだろう。
というより、こんな事を言われた時点で自分の立場を知るだろうし、愛はもうないと悟るはずだ。

しかし麻衣子はそれを呑んだ。

案の定、町山の要求はエスカレートしていった。報道によれば、デート代は1日10万、デート中の様々な「行為」にもそれぞれ詳細に値段がつけられた。
しまいにはデート代は1回100万円になり、件の静岡の一泊旅行の際には、町山が誘ったにもかかわらず「朝までいてやるから500万な」だった。

麻衣子の計画が町山にバレて以降は、デートに誘われても結局はその計画について詰問され、それを理由に暴力を振るわれ金銭を要求された。
町山に渡った金は500万円を超え、うち400万は町山が自宅に保管していたという。
計画がバレる以前の平成16年11月、麻衣子は田中らに支払う金の工面に窮していた。そこで、町山の自宅に保管してある自分が払った金を取り戻そうと考え、町山の家の合いかぎを作って侵入、見事400万円の奪還に成功していた。
しかしそれもすぐ町山にバレ、逆に脅されて400万円はまた取り上げられていた。
ここまでくるとコントかよと笑ってしまうのだが、麻衣子はいたって真剣だったし、深く深く傷ついていた。

疲れ果てた麻衣子は、町山に別れを切り出したこともある。しかしその都度、「不倫をネットでばらす」「職場にいられなくしてやる」などと脅され、町山との関係を強要された。当然、金を払って会う関係を、である。
8月に殴られた際は、実は麻衣子は被害届を出していた。しかしそれを町山は取り下げさせた上に、「殴られたのは私が悪かったから」という趣旨の念書まで書かせていた。とんでもない悪党である。

そして、この町山の極悪非道ぶりを暴いたのは、麻衣子を取り調べた24歳の女性刑事だった。

見逃すわけにはいかない

「ちょっとお尻が痛いんです」

そういって取調室の椅子に、お尻を半分浮かして座る麻衣子に、女性刑事は病院での診察をすすめた。
その際、太腿などに残る広範囲の痣や、肋骨の骨折という状態に言い知れぬなにかを感じた刑事だったが、麻衣子は「階段の7段目くらいから落ちた」などというばかりだった。

翌日、少し落ち着いたように見えた麻衣子に対し、刑事は思い切って訊ねた。
「何も心配いらないから、正直に話して」
それでも詳細を話そうとしない麻衣子を、刑事は粘り強く待った。そして、尻のけがを心配して差し出した座布団を麻衣子が受け取ると、涙をこぼしてとつとつと話し始めたという。

全てを聞いた女性刑事は、上司に掛け合った。男性が行った暴行を伏せたままで、暴行を受け続けた女性だけが罪に問われるのか、と。
実際に、麻衣子が町山の妻を殺害しようと思うに至った要因には、間違いなく町山の振る舞いがあった。
たしかに麻衣子は信じられないレベルのアホである。不倫の決着もつけられないくせにのめりこみ、別れ際も見誤った。最後の方こそ、自ら別れを切り出すなどしたものの、町山との結婚を夢見ていたし、自分よりも妻を大事にしている町山の姿を知って、そしてその怒りを町山本人ではなくその妻と子どもに怒りを向けた。さらには、自分の手を汚さずに金でその憂さを晴らそうとしたのだ。騙されているとも知らずに。挙句、警察に「人殺しを頼んだのにやってくれない」と泣きついたのだ。とんでもないアホである。

けれど、ちょっとだけわかってしまう。金を払ってでも逢いたい、そう思う人がいたということを。馬鹿な女だけど、どんな形でもいいから繋がっていたい、おそらく最初はそういう気持ちだったのだろう。
わかっているけど、それでもいいと思える恋。HYの名曲にもあるじゃないか。

しかし相手にした男全員が悪すぎた。

麻衣子はその後起訴猶予処分になり、田中は懲役2年6か月、奥山は懲役1年6か月執行猶予4年の判決が下った。
町山は傷害で略式起訴となり、罰金50万円の略式命令をうけ、消防署員だった麻衣子と町山は、ともに懲戒免職処分となった。

麻衣子が今どうしているかは分からないが、まっとうな恋愛をしているだろうか。
町山お前はとりあえず一生反省しとけ。

(※殺人などの重大事件ではない点、被害者が誰なのかよくわからない点、全員がすでに社会的制裁を受け、服役も終えている点で全員仮名としました。ネット上にはたくさん実名が出ています。)

 

 

「殺害依頼した女の「それでもいいと思えた366日」~東京・闇サイト殺害依頼事件~」への4件のフィードバック

  1. 突然ですがコメント失礼いたします。

    いつも拝見させていただいております。
    読みやすい文章力、鋭い視点での考察、そして読み手への投げかけ方、どれを取ってもハイレベルな構成となっており、有料サイトでも全く遜色ないなと常日頃感銘を受けるばかりでございます。

    引き続き更新を楽しみにしております。
    どうかご無理なさらず、ご自愛くださいませ。

    突然のコメント、失礼いたしました。
    以上、応援コメントとさせていただきます。

    1. 深夜三十一時 さま
      コメントありがとうございます。応援してくださり、大変励みになります、ありがとうございます。
      このサイトは完全無料で、それは今後も変わらないと思います。
      理由は、まとめサイト的な位置づけであり、調べようと思えば誰でも知り得る内容であるということ、それから、無料だからこそ好き勝手に私の考えを挟めるということ。
      有料にしちゃうと多分期待に応えなきゃ的なプレッシャーで潰れてしまいます(笑)

      細々と続けていきますので、今後も楽しみにして貰えると嬉しいです!
      ありがとうございました。

  2. 無様だけど可哀想な女性ですね。

    何か金ばっかり取られてますね。ホストクラブにでも通っているつもりだったのでしょうか?

    殺人依頼にしても、失敗しすぎているのだから、「金返せ!」ぐらい言えばいいのに。

    異常なまでにお金を出しています。想像するに、今までの人生で楽しい事がなかったのかなという気がします。

    お金の使い方をあまり知らなかったのでしょうか。

    普通なら買いたい物があるから、これ以上は無理とかになると思うのですが。

    あとは、なんで町山の妻を殺そうと思ったかです。町山本人じゃなくて。

    一度は町山から逃げようと思い行動を起こしたはずです。

    妻に子供が出来たから逆上ですか。不倫というものは、いつかは自分の所に来てくれると思うものなんでしょうか?した事もないし、そんな甲斐性もありませんのでよくわからないです。

    俺なんかは、自分の所に来たと言う事は、相手を裏切ったと言う事。じゃ今度は自分が裏切られると言う事だと。

    勿論、不倫の末に本当に幸せを掴む事もあります。結婚ってそんな簡単なものではないですから。一度では無理だった事もあります。

    ま、個人的には不倫は「裏切り行為」かなっと。

    町山が金銭を要求したので最終的には町山本人を「購入」出来ると思ったのかも知れません。

    もっと自分の人生に楽しみを見つけられたら、こんな事にはならなかったかも知れません。

    1. ひめじの さま
      今回も鋭いご指摘、感銘を受けております。
      麻衣子は金の使い方を知らなかったのもそうだと思いますし、お金を払いすぎている一方で、「金で人を動かそうとする」面も見えます。結果、騙されてた訳ですが、町山を金で買おうとしていた、というのもあながちハズレれてないのでは、と思います。

      不倫している人はもれなく酔っ払っています、前後不覚です。
      彼女は起訴猶予となったものの、職を失い金を失い、高い代償でしたが、今は穏やかに暮らせてるといいですね
      みんなアホな事件でした。

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