青空~苫小牧・2児ネグレクト死体遺棄事件③~

苫小牧という土地

この事件は、「ネグレクト」という言葉を広めたという意味で、大阪で2010年に起きた下村早苗の事件よりも先に衝撃を与えた事件である。

この事件では、完全に周囲をシャットアウトしていたわけではなく、愛美自ら市役所などに救いを求めていた。
事件直前の10月、そして、事件後の翌年2月である。
この10月の相談では、子育てに窮しているという「相談」だったのに、逆に支援を見直すといった話に及んでしまったことが愛美を遠ざけた要因とも言われた。
通常、養育など子育てに関する相談窓口は独立してあるべきところを、苫小牧市役所では児童扶養手当受給に関する窓口と兼用だったという。そうなると、単に相談に来ていただけなのに、その話の内容から受給要件を見しているかどうかの判断に話が及んでしまい、それでは本心を打ち明けられない、相談できにくいシステムになっている、と指摘する声もあった。

また、1か月の間幼い子ども二人が置き去りにされていながら、市営住宅の人が誰も気づかなかったというのも疑問を持たれた。しかも、愛美は11月にはいってから粉ミルクを玄関ドアの前に置いている。
それにも誰も気が付かなかったのか、なんとも思わなかったのか…

かなり泣いたであろうし、それは昼夜を問わなかったはずだ。超高級マンションならいざ知らず、古びた市営住宅で子供の泣き声が一切聞こえないなどあるのだろうか。
しかも腐敗臭に蛆までわいていたのだ。それでも警察に通報されることはなかった。

しかし、いずれも「なるべくしてなった」という事情が底に垣間見える。

市への愛美の相談についてだが、これがたとえば「仕事がなくて子供を育てられない、お金がない」という相談ならばこうはならなかった可能性があるのだ。
愛美が相談した内容は、
「仕事を始めたけどホステスなので昼夜逆転する、彼氏も出来て彼氏の家で暮らそうと思ってる、でもそれでは子供を育てられない」
という趣旨だったようなのだ(裁判資料でも確認できる)。
・・・これじゃあ私が担当者でも、そんな理由は通らねぇよと言ってしまうかもしれない。だって彼氏ができたから子ども育てらんないって言われて、そうだよねぇ、施設入れよっか、とか言う?
いや、このケースの場合はその方が良かったのだ。しかしもしもそんなことを市役所の人が言ったら言ったで、大問題だったと思う。

また、事件後取材に応じた苫小牧市役所の幹部によれば、
「もっと頑張ってる母親はたくさん(苫小牧に)いる。どんなに周りが助けようとしても、本人が命の尊さを分かっていなければどうしようもない」
と新聞に話しているが、これについても今ならばいろいろと槍玉にあげられそうな発言といえる。
しかし、勝手な想像ではあるが、この、冷たく突き放すような感覚というのか、これは「苫小牧独特」の感性でもあるような気がする。


ストリートビューで苫小牧市をざっと見てみると、正直言って申し訳ないが「退廃」という言葉しか思い浮かばなかった。
苫小牧は東西に分けられるといい、東の方は大型ショッピングセンターなどもあって結構人もいるようだが、西になれば過疎の町といってもいいほどだ。
特に、愛美が暮らした旭町から実家のある高砂町あたりは、海が近いこともあってかいっそう閑散とし、あまり整備されていない空き地や古い家々が立ち並ぶ。閉店したままの商店も多い。

また生活保護率も、もともと北海道は全国平均(1.6~1.7%)より倍(3.0~3.2%)なのだが、苫小牧市はさらにその上を行く3.47%である。
人口は少しずつ減りながら、逆に保護世帯数は増え続けている。世帯数にして4,395世帯が生活保護を受け、人数にすると6000人に上る。それを、たった50人のケースワーカーが担当するというから衝撃である。(参照:苫小牧市役所

そういった、貧困が背景にあるのは何も愛美に限った話ではないということが見てとれる。市役所幹部が言う通り、「そんな家庭は吐いて捨てるほどいる」のが実情だろう。比較的母子世帯、貧困世帯への援助があったという苫小牧市には、離婚を機に越してくる母子世帯もいたという。
近隣住民が市に苦情を言うだけで警察に通報しなかったのも、なにかこう、荒んだ日常(ひっきりなしの子どもの泣き声や悪臭、ゴミ屋敷など)はありふれていて、そこではさほど問題ではないこと、のように扱われていたのかなと思う。

もちろん、かといって切り捨てていいわけではないが、愛美の場合は実母という存在が近くにありながら、自身と実母の関係性で煩わしいことを避けたいがために協力を断ったという事実もある。夜の仕事をしながら一人で子育てしている人も少なくない。愛美は仕事が終わっても家に帰らず、自ら遊び歩いていたのだからそりゃ眠いでしょうよ。
保育園に通わせていたのだから、保育園に送った後でひと眠りするなどいくらでもできた。
しかし愛美は、自分が子供のペースに合わせる事を全くしようとしなかった。

実母

しかしながらこの愛美の実母もちょっと理解しづらい面がある。
いくら愛美とそりが合わない、とはいえ、幼い子どもを二人抱えた我が娘を知らん顔できるものだろうか。
たとえ娘に拒否されても、子どもたちのことは、と思わないものだろうか。
事件後の報道では、久しぶりに会った長男から、「ママ怖い、(弟の)口の中に虫がいっぱいいた、ママがとった、ビニールをかぶせた」などと聞かされていた。
もちろん、それまでにも子供たちのことを訪ねてはいたようだが、「知人に預けてる」と話す愛美を本気で信じていたんだろうか。次男が死亡したとき、一番に「突然死ではないのでは」、と疑ったのは実はこの実母だった。

興味深い話がある。
事件直後の新聞報道で、愛美が住んでいた市営住宅の隣人がこんなことを話している。

「(愛美の姿は)10月くらいからあまり見なくなった。11月以降はたまに(愛美の)お母さんが来て、ゴミ袋を抱えて出て行ったりしていた」(2007.02.21 東京新聞夕刊)

・・・?
愛美が幼い子どもたちを置き去りにして家を出たのは10月30日である。それ以降、12月4日まで家に立ち入っていない。
しかし隣人らは、愛美の母親が部屋に出入りしているのを見たというのだ。11月ごろから、と証言しているし、その同じころに愛美の部屋からウジ虫が這ってきたいたと話す。
遠く離れた場所に住んでいるならなかなか様子も見に行けないだろうが、高砂町と旭町は目と鼻の先である。しかも、愛美がいないにもかかわらず部屋に出入りしていたというならば、鍵を持っていたのではないか。

もちろん近隣住民らの勘違いかもしれないが、11月以降立ち入っていたことがもしも事実なら、それまでも子供を置いて外出する(そもそも子供を置いて仕事に行っていたのを知らないはずがない)ことがあるのを知っていた実母が、愛美の「決意」に気付かず、置き去りにされた子どもたちを見過ごした、ということはないだろうか。まさかすべてを知って放置したとはさすがに思いたくない(11月以降母親が出入りしていたという話が本当なら、ですよ)。
事件後男性と別れた愛美と同居し、三男の姿が見えないにもかかわらず、そして長男のあの言葉があったにもかかわらず、自ら動くことは一切なかった。長男の言葉を、実母は手帳にしっかり書き付けていたにもかかわらず、だ。
普通の神経をしていれば、これはただ事ではないと感じそうなものだが、めんどくさいことは考えたくなかったのかなんなのか・・・
そもそもこの実母は、愛美の逮捕後、生き延びた長男の養育および、生まれてくる第4子の引き取りを拒否した。

別の話としては、長男について実の父親が引き取りを希望したものの、施設にいて愛美がそれを拒否しているため、実現しなかった、というものもある。
施設に入っているのであれば、愛美の実母が引き取らなかった話と一致するが、父親については定かではない。

楽しいことだけ

愛美は子供を殺してでも、好きなように生きたかったのか。
にわかに信じられないこの事件は、いっそ目黒の事件や千葉の事件のようになにか理由があったのではないかと思ってしまう。

しかし裁判では愛美の殺意が認定され、弁護側もそこを追求することはなかったようだ。
本気で殺すつもりだった、そのための遺棄だったと愛美も認めた。

ならばなぜ、11月になってドアの前に立ったのか。手ぶらだったのならば別だが、その手には粉ミルクが抱かれていたのだ。少なくとも、幼い子どもたちのために持参したものだったことは間違いない。死ねばいい、餓死してほしいと願っていたはずなのに、愛美は粉ミルクをもって一度はドアの前に確かに立った。

この時点では、引き返すことも考えていたのだろうか。

しかし結果として愛美はそのドアを開けなかった。それは、10月30日にドアを閉めた時と同じ、「何もかもから逃げ出したかった」ということに他ならないだろう。
子どもたちの存在も、このまま誰にも気づかれないと思ったのかもしれないし、次男が死亡したときの経験から、「自然死」で通せると思ったのかもしれない。
実は次男が死亡した際、通報までに3時間を要したことで当初事件性が疑われていた。しかしその後の司法解剖で、外傷その他死因になるような形跡がなかったことで病死と片付けられていた。

そして、いつか自分の中からも、子どもたちのことがなかったことになる、そう思ったのかもしれない。なるわけないじゃん。

愛美は三男が死亡しているのを知った後の12月20日、知人らと自らの妊娠祝いのパーティーを開いたという。そして、その頃だろうか、携帯サイトに、
「あなたに逢えて、本当によかった♥幸せ♥愛してる♥心から本当にそう思うよ♥もぅ離さないでね」
こう書きこんでいた。私は愛美の中に一片の人として、母としての情があると思いたかったが、どうやら全くなかったとこれを読んで確信した。楽しいことだけ見て生きたい、邪魔な子供が死んで幸せだったのだ。あと、「会えて」を「逢えて」と書く女にロクなやつがいないというのも追加。

愛美の第4子の父親は、他のまとめサイトなどによると件の50代男性となっているところが多いが、「日本の児童虐待重大事件(川﨑二三彦、増沢高氏編著/福村出版)によれば、父親は三男の遺体を放置した家の男性(27歳)であるとされている。この男性も携帯サイトで結構な有名人だったようだ。
また、事件後駅前で愛美の知人らが減刑(正気か?)嘆願書の署名運動をしていたという話もあるが、その中には例の50代男性の姿もあったという。一方で、この男性が自身の経営する飲食店の掲示板で、この事件について迷惑しているといったコメントを残していると当時話題になっていた。

時期的には誰の子かわからないというのが本当のところだろうが、愛美は相手の男性に対し出産する意向であることを逮捕前に伝えている。
愛美は「長男を妊娠していた時のことを思い出し、愛情がわいた」ととんでもない事を言いだしてそのまま判決が出る前に出産した。
自身が子を殺め、それを心から悔いていれば赤ん坊を見ることは出来ないと私は思う。異論はあるだろうが、認めない。

愛美の人生は確かに幼少期からハードモードだったことは間違いない。
実母の男性関係のために施設へ追いやられたのは愛美のせいではないし、子供の頃は「保育士になりたい」という夢を持つ普通の女の子だった。
それがどこから狂ったのか。
当時、朝のワイドショー「トクダネ」で、愛美の生い立ちについて取材した回があった。その時、司会の小倉氏をはじめ、スタジオ内がどんよりとした雰囲気のなかで、
「放送できない過去があった」
という説明があった。当時はそれが何なのかという話でもちきりだったが、おそらく裁判で触れられた「性的暴行の被害」のことではないかと思われる。誰からの、ということはわからないままだが、それは放送できないレベルだったということだろう。

愛美には想像力とか、計画性とか、いわゆる考えたらわかるやろ的なことが抜け落ちていたように思う。もちろんそんな阿呆は世の中に腐るほどいるわけだが、多くの人は痛い目を見て反省し、曲がりなりにも学習する。
愛美は目の前に起った現実を一番楽な方法でやり過ごし、学習もせず、さらに「楽しいことだけ」を求めていた。それは、そうする以外の術を知らなかったからだと思う。良い悪いじゃなくて。
夜遊びもそうだし、妊娠上等のSEXもそうだ。男を繋ぎとめるために出産し、それが今度は邪魔になったら子供の存在を抹殺し、良心の呵責を酒を飲んで忘れたのだ。

市役所幹部のあの、一見冷たいような言葉が甦る。どんなに周りが手を差し伸べても、制度や仕組みを充実させても、当の本人が命を尊いものだと認識しなければ、まったく意味はない。
ただ、人を愛す、命を大切にするということは、その人自身が他人から慈しまれ、大切にされたという実体験があって初めて成立する「感情」である。

愛美は、愛されたことはなかった。事件後、他人事のようにぺらぺらとインタビューに応じる母を見れば痛いほどわかる。実母はインタビューで、第4子の引き取り拒否の理由として、「そんなイヌネコじゃあるまいし、次から次へと生まれてもねぇ」と話した。
愛されなかったがゆえに、自分自身は愛されることを渇望した、そしてその道具に妊娠出産を使い、挙句、今度は愛されたいがゆえに障害物でしかない子供を殺したのだ。殺す以外になかったのだ。

1歳7か月で亡くなった三男は、名前を「青空(そら)」という。
愛美は刑務所で過ごすこの15年間、空を見上げる日があっただろうか。

「青空~苫小牧・2児ネグレクト死体遺棄事件③~」への10件のフィードバック

  1. 毎回読み応えのある記事ありがとうございます。知らなかった事実がたくさんありました。

    とにかく母親の罪の意識のなさに寒くなりました。比較するのもおかしな話ですが、下村早苗のほうがなんぼかましなように思います。

    もう一歩、行政が踏み込んでいれば間違いなく救われた命だった…。「どんなに周りが手を差し伸べても、制度や仕組みを充実させても、当の本人が命を尊いものだと認識しなければ、まったく意味はない。」その通りだと思いますが、じゃあその本人のもとに子供を置いておけばどうなるのか…。そこで子供を取り上げるという判断ができない今の仕組みを何とか変えてほしい。

    1. まゆげ さま
      いつもありがとうございます。

      この事件は、母親が「殺すつもりはなかった」などと言わない、完全に殺意を認めていたケースです。
      しかし男とうまくいかない、イコール子供がウザイ、ではなく「殺すしかない」になるのは全く理解できないですよね。
      この愛美の実母なんですが、記事には書きませんでしたが、事件が発覚する少し前、なんと愛美の弟を出産していたという話があります。
      愛美が書いていたモバゲーのブログでそれが書いてあったようなんですね。
      で、件のとくダネインタビューの際、実母が買い物袋を持っていて、その中に粉ミルクがあるのが透けて見えていて、当時2ちゃんねるの実況が阿鼻叫喚となっていました。

      こういった事件が起きると必ず行政や社会に批判が集まりますが、だからこそ、親子を引き離すことをもっと真剣に考えるべきだと思います。
      施設が可哀想とか、死ぬのに比べればいくらも未来がある。

      愛美はそろそろ出所です、もう出てるかもしれません。
      どうやって生きていくんでしょうね。

  2. 北海道の事件なので、すごく印象に残っています。とんでもなさすぎて。
    愛美は、名前負けが過ぎる。
    そして実母がとんでもないですね。
    放送出来ない内容って、なんとなくだけど予想が付きますね。
    愛美も被害者だけど、それにしても。
    軽度知的障害があったんじゃないかと思います。
    療育も保護もなにもされてないから、こういう人生になったのかなと。

    生き残った長男は幸せにしてるんでしょうか。可哀想に。
    愛美のような女は、不妊手術強制的にしていいと思います。絶対また妊娠するから。

    1. ちい さま
      いつもありがとうございます☺
      死ぬとは思わなかった、じゃないですからねこの事件。明確に殺すつもりで遺棄した。これは衝撃でした。
      実母の件は今回調べていて色々と思い出した部分が多いのですが、まぁ、実母以外もこの事件の登場人物は誰もが理解の範疇を超えた人々でした。
      50代の男性は刺青自慢の飲み屋のマスターですが、実母同様、他人事のようにペラペラ喋ってます。
      実際はこの男性との関係に思い悩んだことがきっかけなんですけどね。
      今回、ちょっと北海道をdisったみたいな内容になってしまい申し訳ありません。
      北海道は雄大というイメージがある一方で、映画「海炭市叙景」にあるような退廃、そして切っても切れない貧困衰退といった状況もあり、その視点も絡めてみたのですが、お住まいの方には申し訳なかったです、すみません。

      またコメントお待ちしております!

  3. いえ、北海道をdisってるとは全く思いませんので大丈夫です(^^)
    札幌以外は過疎ってひどいんですよ。
    貧困率も離婚率も高くて。
    うちは札幌なんですけど、札幌以外には住みたくないと道民の私も思います。
    子供の全国学力テストも最下位に近いし。
    札幌の子以外は、小学生で塾に行ってる子もあんまり居ないと思います。
    運動テストも低く肥満率も高いです。冬に家に篭るからなんでしょうけどね。

    愛美は、もし東京のお嬢様育ちだったとしてもこんな風になってしまってたのかは分からないけど、田舎の放置子として育ったのはめちゃくちゃ大きいだろうと思います。

    私は高校から父子家庭だったんですけど、父親が一応大手のサラリーマンではあったけど酒飲みでロクでもなかったので、こんな大人にはならないと反面教師にして頑張ってました。
    でも大学の学費は出してくれたからまだ良かったんだよなと思ってます。
    高卒で働けとか言われてたら、今の人生はどうなってたのかなとふと考えました。

    1. そうなんですね・・・
      愛美は過酷な子供時代を過したことは間違いないですが、それでもそんな人は山のようにいます。
      専門家やフェミニストの方々はこういう時にどうしてもそこを結びつけて考えるのでしょうけれど、私のような素人にはなかなか受け入れにくい。
      でも、もしも愛に溢れた家庭で愛美が育ったら、と考えずにいられませんし、過酷な中でも助けられるタイミングはあったのでは、と思います。
      虐待死を防ぐには、その親を保護、援助しなければ進めないというのはあながちハズレではなくて、引っぱたいてでも道を示してくれる人が誰にも必要なんだなぁと思います。
      それこそ、1人では生きられないということ。

      ちぃさん、父子家庭でお育ちだったんですね。私は両親揃っていましたがなかなか愛情を示すのが下手な人達でした。
      わたしも、愛美と同じ環境で育ったら、どうなっていたのだろう。私は大丈夫と言えるか?
      そう考えると怖いです。

  4. 何も言葉が出ないです。

    愛される事なく育った女。故に愛する事事ができなかった。

    なんとなく子供に絵本を読んで見たが、しっくり来なかったのでしょうね。

    多分、子供が絵本を喜ばなかったのでしょうね。ま、そんな事もあるので、普通は何が子供のツボなのか、探すのですけどね。

    アンパンマンなのか。仮面ライダーなのか。お菓子なのか。聞いた話ではなく、その子が喜ぶ物を与えてあげないと。親の愛情とは別の話です。

    うちの奥さん、かまぼこの板を赤ちゃんの時に与えていました。喜んで遊んでいたなあ。何かアイテムを持たすと喜ぶとの事。自分が子供の時そうだったみたいです。

    あと外に出ないように、牛乳パックででっかい柵を作っていたなあ。

    愛ってこういう事だと思うわけですよ。愛美には、わからないだろうな。

    どこかで愛を手に入れる可能性はあったのかな?親は期待出来ないし。恋愛で愛は、基本、手に入らないし。

    電話した幼馴染はどうだったんだろう?割と親切にしていたみたいですが。ここで、相手を思いやると言う事を学んでいてくれれば。

    10億光年の愛という歌があります。その歌詞に、

    はるかなる 宇宙の彼方
    10億光年 離れた星にも
    ぼくらのような人間が 棲んでいたら
    彼等も愛を 持ってるだろう
    愛することを 知ってるだろう
    なぜなら愛がなくては
    生き物は生きてゆけない

    この「愛がなくては、生き物は生きてゆけない」の意味が、この事件で実感できた気がします。(リンク貼っておきます。)

    https://www.nicogame.info/ja/watch/sm7911986

    しかし、「愛美」とは皮肉な名前ですね。ひょっとしたら今回の判決で「愛」がつかめたかも?

    初めてではないのでしょうか?赤の他人にここまで真剣になってもらったのは。ま、裁判なのですがらみんな真剣にしますわね。

    1. ひめじの さま
      いつもありがとうございます!

      裁判で初めて他人が自分と真剣に向き合ってくれることを体験した、という意味では、月ヶ瀬の丘崎誠人と被ります。
      彼もまた、裁判で高野弁護士に出会い初めて寄り添ってもらう感覚を体験したのではと思います。
      ただ、本当は、子供の頃から地域の人や祖母らに愛をもらっていたんです、彼は。
      それを気づけなかった。受け入れられなかった。
      愛美の場合は、なんとなくですがそれすらなかったのではと思います。
      性的暴行被害は、もしかしたら親しい人間によるものだったのかもしれません、報道できない程ですから。
      母親には自分の恋愛を理由に施設にぶち込まれて、愛美もまた母に倣って子供たちを施設に入れようとした。
      でも時代も違うし受け入れられず、鬱屈した気持ちばかりが募ったのでしょう。

      ひめじのさんの奥さんのかまぼこ板、良いですね。
      そうなんです、どんなに親が愛と思っても、子供が喜ばなければただの押しつけですよね。
      愛美はそういうことも学ぶ機会がなかったんだと思うと、育ち方には同情します。

      そろそろ出てきますね、もう出所済かもしれません。

  5. 初めまして、少し前からちょこちょこ覗かせて頂いております。
    この事件に限らず、愛されなかった故に愛する事が出来ないという負のスパイラルは、相当根深いものと感じております。
    かく言う私もその一人です。
    母親がヒステリーで、些細な事でも気に入らなければいつでもどこでも誰がいても怒鳴られたり殴られたり蹴られたり。
    父親も諦め、そんな母親を放置していました。
    子供側の目線の為、いい歳になった今は大人なりの事情もあったのだろうとは思うのですが、子供時代から実に30代になるまで精神的に苦しい思いは続きました。
    何度も精神科のお世話になり、希死念慮にまで至ってしまいましたが、友人や周りの環境に救われ今は穏やかに暮らせています。
    一番酷かった時の病名が、自傷行為・不眠症・自律神経失調症・重度の鬱病・PTSDです。
    PTSDなんて戦争に行った人なんかが罹る病気では!?と驚き医師にそんな大層な病気ではないと思うのですがと聞くと、幼少期の記憶が何度もぶり返し母親に対する憎しみ、恐怖のせいで普通の生活が出来なくなっているあなたも当事者なのですよと説明を受けました。
    ただ、貴方の場合は母親への畏怖の感情より、それでも母親を求め愛している事がタチが悪く中々治らない状態とも言われました。
    確かに私は母親を愛しています。どんな時でも辛くて泣き叫びたい時もいつもお母さん助けてと心で思ってしまいます。
    それだけ親子の縁は強いものだと感じています。
    でも未だに一番怖いのは母親です。
    矛盾してますよね。

    私は子供を授かるのも母親と同じ事をしてしまうのでは…と怖いので作りませんが、この事件に書かれている愛されてると思う手段が性行為と妊娠出産言うのは何となく理解できる気がします。

    長文の上自分語りで大変申し訳ありません。更新楽しみにしています!

    (「会えて」を「逢えて」と書く女にロクなやつがいない)これ、心の奥底から激しく同意します笑

    1. おもち さま
      はじめまして、コメントありがとうございます☺
      壮絶な、私などの想像が及ばない体験をされてきたこと、それでも母を愛している、なんと悲しくも強い絆だと複雑な思いで拝見しました。
      私の夫もおそらく、似たような感覚を父親に抱いていて、父を畏れその一方では、誰よりも尊敬していると言います。
      そういった感情はおかしいのではなく、結構あったりするものかもしれないと思いました。
      ただ、だからといってその人の心の傷が「よくある事だよ」というのは完全に間違いで、苦しんでいることに気づけていない人もいるのかなと感じました。

      他人を傷つけ、自分を傷つける人の中には、このように愛を求めるがゆえの手段が分からず、手っ取り早く表面的に実感しやすい選択をする人も少なくないと思っています。

      今、裁判傍聴の記事をまとめてましてなかなか更新ができていませんが、また読んでくださると嬉しいです!

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