善き人の、誰も知らないためらい傷~桑名市・家族2人放火殺人事件~

平成18年2月13日

子どもたちが集団登校し始めた月曜日の午前8時。
畑が広がるのどかな桑名市長島のこの一帯では、冬の寒さの中、早朝から畑仕事に勤しむ人々の姿も見られた。
天気予報は、日中の気温が15度近くまで上がると告げており、冬独特の乾燥した一日になると予想された。

その日、男性はいつものように自身が栽培した野菜を市場へと出荷し、自宅に戻ってきた。
家には先週末から体調を崩している次男坊が寝ているはずだ。
家につくと、ふと、なにかにおう気がした。誰か朝から野焼きでもしているのだろうか。

男性は違和感を覚えながらも玄関の戸を開けた。

火災

この日、桑名市長島間々の大田武尚さん(苗字のみ仮名/当時71歳)方の木造2階建て住宅から出火、約1時間ほど燃えたのちに消し止められたが、成人の男女二人が病院へ搬送された。
女性はこの家の長男の嫁、美佐さん(仮名/当時47歳)とみられ、全身にやけどを負っていたが一命はとりとめた。
いっしょに運ばれた男性は武尚さんであったが、一酸化炭素中毒でその後死亡が確認された。

さらに、二階部分から子供とみられる焼死体も発見されていた。
遺体はその日体調不良で学校を休んでいた、美佐さんの次男・政人くん(当時10歳)と確認。寝室で寝ているときに火にまかれ、逃げられなかったと見られた。
大田さん方には、3人のほかに武尚さんの妻・京子さん(仮名/当時69歳)、武尚さんの母親・ゆりえさん(当時89歳)、武尚さんの長男で美佐さんの夫・信生さん(当時50歳)の家族6人が暮らしていたが、信生さんは旅行中で不在、京子さんはケガで入院中、高齢のゆりえさんは1階の離れで在宅中だったが、火が出たのが「2階」だったため、救出された。

出荷作業を終え、市場から帰宅した武尚さんが火災に気づき、2階へ上がって美佐さんと政人くんを助けようとして煙に巻かれたとみられた。

旅行から帰った信生さんは、息子と父親を突然失い、さらには妻も重傷を負って入院中、家は激しく焼損するという、あまりにむごい出来事に絶句するしかなかった。

冬の晴天の日、先週の前半は雨や雪の日もあったが、週の後半からは晴天続きだった。
乾燥していたところへ、何らかの要因で火が出たのか。
木造の家ということで、室内で漏電でもあったのだろうか。近頃はコンセントの部分から火が出ることもあると聞く…
周囲の人々も、一家を知る人々も、誰もがこの「不幸な火災」を他人ごとではないと感じ、一家に同情を寄せた。

しかし、警察と消防では失火の原因がわからずにいた。
火は2階の寝室部分から出ており、そのために2階の大部分が焼け落ちた。
朝食時でもある時間、台所やふろ場付近からの出火ならば理解できるが、なぜ2階の、それも政人くんが寝ていた部屋が激しく燃えていたのか。

ただ一人、事情を知っているであろう美佐さんは意識不明だった。
実はその手首には、ためらい傷があったのだ。

善き嫁、善き母、善き妻

美佐さんは、家族からも周囲からも「善き人」であった。
夫の信生さんとの間には、政人くんの上にもう一人子供がいるが、上の子と離れて出来た政人くんの存在を見ても、夫婦仲はよかったことがうかがえる。
のどかな田舎町では義両親らと義実家で同居は珍しくない。大田さん一家も、長男である信生さんの家族と、母・ゆりえさんとの4世代同居。
ゆったりとした敷地と多くの畑を有し、武尚さん夫婦は農業、金魚養殖に、信生さんは会社勤め、美佐さんは専業主婦として家を守っていた。
子どもたちも問題なく育ち、政人くんも学校でなんのトラブルもなかった。小さな子の面倒もよく見る、善き少年であった。
そんな、幸せを絵に描いたような家族に突如降りかかった悲劇。

しかし、その悲劇がなみなみと入ったバケツをひっくり返したのは、長男の嫁で政人くんの母親である美佐さんだった。

警察では、寝室のベッドの周りに灯油の成分が検出されていたこと、火が出たときに2階にいたのは政人くんと美佐さんだけだったこと、そして外部からの侵入の痕跡もなく、なにより他人に恨まれるようなトラブルもないことから、内部の人間の犯行ではとみていた。
しかし、当の美佐さんが意識不明であり、回復してきたのが4月に入ってからだったことで捜査は進めることが困難だったという。
退院して以降も、当然ながら精神的に不安定な状態が続いていた美佐さんを取り調べるというのも、よほどの証拠に基づかなければ憚られるような雰囲気だったが、それでも警察は、
「二人も死亡して、うやむやには出来ない」
と、平成18年12月、美佐さんを逮捕した。

仰天したのは家族である。
美佐さんの義母である京子さんは、美佐さんが逮捕された後も
「本当にいい嫁。政人のことをすごくかわいがっていた。信じられない」
と涙を流した。
長年連れ添った夫と可愛い盛りの孫を殺されても、恨み言などではなく、どうして、という思いばかりが口をついた。
おそらく、京子さん以外の家族もみな同じ思いだったのだろう。

学校関係者や美佐さんのママ友らも、思い詰めている様子も変わった様子も感じなかったと口をそろえた。
思い当たることといえば、家業の野菜の出荷がピークを迎え、日々忙しそうだったと、すこし疲れている様子は見受けられた、という程度のことしかなかった。

美佐さんは、気道熱傷で一時は生死の境をさまよったが、退院して静養していた。
しかし「火事のことは覚えていない」といい、警察も美佐さんが火をつけたとしてその動機は全くわからないままだった。

鑑定留置

平成18年12月18日。
殺人と放火の罪で逮捕、送検された美佐さんは、精神状態が不安定、かつ当時の記憶がないという面から鑑定留置となった。
左手首のためらい傷、寝室から出た刃物、政人くんの周囲のまかれた灯油という状況から、美佐さんが何らかの理由で政人くんを道連れにした無理心中を図ろうとしたのでは、というのが警察の見立てであった。

・・・と、新聞報道はここまでである。これ以降の報道は一切ない。
大田さん宅は火災後取り壊され、現在は畑が広がっている。長男の信生さんは、母と祖母と、近くの家へ越した。火災で焼けた家の後には、真新しい消火栓がぽつんと、過去の出来事を教えるものとして佇んでいる。

美佐さんはその後どうなったのだろうか。

報道も裁判資料もないため、おそらく罪に問えなかったのかもしれない。
家族内のことでもあり、また、美佐さん自身の精神が耐えられない状態になってしまったのかもしれない。

25年間、嫁として母として妻として、なんの落ち度もなく生きてきた、普通のどこにでもいる主婦だったはずの美佐さんの心の闇は、いつからあったのだろうか。
借金問題や異性関係、子供らの学校での問題など、ありがちな悩みは全く見当たらなかった。嫁姑の関係も悪い話はない。もしかしたら、年齢的に更年期障害などで体が辛かったというのはあるかもしれない。しかし、それにしても無理心中を図るまでに追い詰められるというのは、突飛な気がしないでもない。

けれど、美佐さんは確実に病んでいた。そこには必ず理由がある。

家族も、友達も、それに気づくことは出来なかった。もちろん、「いつも明るく冗談を飛ばすような人だった」と周囲が言うように、努めて明るく振舞い続けたのだろう。
こういった事件があるたびに、どうすればよかったのかと自問自答する。
社会が助けなければ、という人がいるが、本人がひた隠しにし、わからないようにふるまっているのをどう気づけと言うのか。
人に言いたくないことの3つや4つ、誰にでもある。家族内のことは他人には解決しようのないことも多い。

しかし、その結果が放火や殺人という重大なものになってしまうのはやりきれない。

あの日、集団登校の場所に現れなかった政人くん。
同じ班の子どもたちは、政人君の家の前を通って学校へと向かった。その、わずか数分後に、政人くんはその家の中で命を落とした。
せめて苦しまなかったと思いたいし、そこに母がいたことも知らずに逝ったと思いたい。

(被害者の政人くん、武尚さん以外は仮名にしました。逮捕された母親も、結局罪に問われたかどうかもわからないため、仮名にしたうえで敬称をあえてつけています)

「善き人の、誰も知らないためらい傷~桑名市・家族2人放火殺人事件~」への2件のフィードバック

  1. 謎めいた事件と言うわけでもないのですが、謎は残ったままと言う事みたいですね。

    文章から考察してみます。

    4世代家族。専業主婦。年の離れた子供。ためらい傷。放火。47歳。

    4世代家族。嫁としてのプレッシャーを掛けられていた?プレッシャーと言うものは、回りがそう思ってなくても、そういう風に感じている事もあります。

    専業主婦。自分の回りの社会が狭くて窮屈と感じた?もっと違った、自分に合った世界があるかも知れない。

    年の離れた子供。長男と次男の年が離れている。夫婦間の中の良さととらえるか、望まない妊娠ととるか。

    ためらい傷。当初は一人で死ぬつもりだったのか?

    放火。家を焼き払う。イコール自分の世界を破壊する?

    47歳。更年期障害等の精神的疾患の発病?

    まとめるとこう考えます。

    47歳。精神的にも疲れが取れなくなってきた。長男で子育てが終わりと思っていたが次男誕生。でも家族の皆は自分のしたいことをしている。貴方もそうしてもいいのよ。あ、今日のご飯はなあに?買い物お願いね。

    なに?このつまらない世界。何の刺激もない。ねぇあなた…り、旅行!?

    もう死んでみようかな?痛い。そうだわ!家ごと燃やしてしまえ!こんな退屈な世界からさよならよ!

    こんな感じです。あくまでも想像です。気に障るようでしたら申し訳ないです。

    妻の事は夫に責任ありと考えます。外にパートにでも出していれば、変わっていたのかもしれません。

    夫の旅行に引っ掛かっています。2月にどこへ行っていたの?スキー?

    あと年の離れた兄弟も気になっています。どうしても欲しがったのであればいいのですが、ただの無計画のような気もします。だから、次男の回りに灯油を巻いたのかと。

    最近、子供と「ウルトラマンタイガ」という番組を見ています。そこに出てくる霧崎という悪役が「善き旅の終わりを。」というセリフをいいます。大体このセリフが出たときは悲劇となっています。

    「善き人」だった美佐の旅の終わりが悲劇となったので、このセリフを思い出しました。

    1. ひめじのさま

      いつもありがとうございます。
      年齢的に不安定になる可能性がありますよね。子育てが上の子と間が開いてしまっているのも、周りのお母さんたちとのギャップに繋がったかもしれないし、おっしゃるように夫婦間の問題も彼女の中にはあったのかもしれません。
      夫の旅行は、会社の研修とか、地域の消防団や役員の旅行かもしれないですね。田舎町ではよくあります。

      姑いわく、次男のことは大変可愛がっていたとのことなので、無理心中の要素が強い気もしますが、これもわかりません。
      次男がどう思っていたのかも実際はわからないですしね。

      この事件、信頼している方が続報を教えてくださいました。
      本文にも追加予定ですが、彼女はやはり不起訴処分となっています。事件を全く覚えていないそうで、取り調べも不可能だったのではないでしょうか。

      次男と義父が亡くなったこと、その事実だけが残ってしまった。
      後味が悪いというか、悲しい事件でした。

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