Evil abd Flowers~新居浜・両親殺害事件⑧~

凶行

野菜ジュースを飲んでふと、流しにあった包丁を手に取った剛志は、そのまま左手に包丁を持ち、再び二階の自室へと向かった。
剛志の自室には両親が向かい合うような形でおり、階段を上がってドアに向かって左側に、勝浩さんが立っていたという。
勝浩さんはドアの方を向いておらず、右半身をドア側にする形で立っていた。

剛志はドアを開けると、数秒間、立ち止まる。

「ドア開けて部屋ン中入って・・・入っていきました。父が目の前におったけん・・・。その・・・。手に持っていた包丁で刺しました。」

弁護人は刺したときの状況について聞いていく。
「逆手で左手で右胸辺りを刺した。右手は左手に添えて、両手で刺す形で・・・」
剛志は階段を上がっているときは、左手に順手で包丁を持っていた。それを、逆手に持ち替えて刺したのだという。
(弁護人:刺した後は?)
「抜かずにそのまま手を離した。徐々に・・・(父が)前のめりに倒れていくかたちで・・・」
(弁護人:お母さんは?)
「父に駆け付けて・・・。・・・。あの・・・。父親の脈はかったりとかしてました。」
(弁護人:ほかには?)
「・・・まぁ、自分に・・・。救急車呼ばんかい!といってました。」
冒頭でも述べたとおり、この時の一撃で勝浩さんの大動脈と上大静脈は切断され、あっという間に失血死に至った。剛志の証言によれば、勝浩さんは包丁に気付いておらず、抵抗も逃げることもなかったという。瞬間的に死んだ、とは思わなかったものの、動かなくなった勝浩さんを見て、死亡したと思った、と話した。

剛志はこの後、夫に取り縋って半狂乱になった洋子さんの肩や頭部を蹴るという暴行に及ぶ。

(弁護人:何回くらい蹴った?)
「10回くらい。蹴り殺すとかいうつもりはなかった。動かんなったけん、気絶したんかなー、と。」
弁護人は、裁判の冒頭、洋子さんを蹴った行為は殺人の要件に入れない、と話していた。
何度も蹴られた洋子さんは、家具などに頭をぶつけるなどし、その時点で痣や腫れも認められた。
意識を取り戻した洋子さんを見て、剛志は再び洋子さんを蹴った。洋子さんは、
「この家から出て行け」
と、蹴られながらも剛志に言ったという。

(検察官:母親に対して手加減はした?)
「・・・。・・・してない。」
すかさず、女性検察官がこう剛志に訊ねた。
「あなた、空手の有段者ですよね?」・・・マジか。
(検察官:蹴られてお母さんはどうなった?)
「・・・。苦しんで、痛いとか言うてました。」

剛志はこの後、再び台所に向かい2本目の包丁を手にする。
「倒れとる母を背中から数回・・・刺しました。自分でもなんでそんなに(何回も)刺したんかはわかってないです。」
洋子さんの背中には6か所の刺し傷が認められている。
しかし、洋子さんはこの傷を負わされてもなお、死亡するには至っていなかった。
「(洋子さんはその後どう行動したのか、と聞かれ)・・・。えと・・・。しばらくはそのまま倒れこんどって・・・で・・・母から『トイレに行きたい』って言われました。
『なら行かんかい』と言って、部屋から出て行くのを見守って(?)ました。・・・で・・・。見守りつつも、母が1階に下り始めたけん・・・」

高平家には、1階と2階にそれぞれトイレがあった。この時、剛志は2階の近い方のトイレに洋子さんがいくものだとばかり思っていたという。
しかし、洋子さんは階段に座り、手すりを持ってずり落ちるようにしながら階段を下り始めた。

剛志はその様子を見るや、洋子さんの脇をすり抜け、先に1階へと下りた。

(弁護人:なんで1階に下りたの?)
「タオルを取りに行くために。首絞めようと思ったからです。」
(弁護人:なんで?殺意があったの?)
「・・・。・・・。背中刺したとき死ななかったんで。首絞めよっかなー、と思って。(その後)母は階段から落ちてました。倒れているのを見た。立ち上がろうと四つん這いで這うように玄関へ向かってました。」

実はこの時、剛志はタオルを取りに行ったと話したが、2日目の確認の際、タオルを取りに行くよりも先に、3本目の包丁を準備していたと話した。2本目の包丁は、ぐにゃりと曲がっていた。この包丁を法廷で見たときはさすがに吐き気に近いものがこみ上げた。

もうろうとする意識の中で、洋子さんは玄関へ這いずっていこうとしていたが、剛志はそれを止める。抱きかかえるようにして階段下のリビングに通じるドアの前に洋子さんを座らせ、1日目の弁護人質問の時には、タオルで首を絞めたと話していた。しかし、2日目の続きでは、首を絞める前に再び洋子さんを複数回刺した、と訂正した。検察官の調書にも、そのように記載されていたこと、剛志自身、調書の時の方が記憶が近いから、調書が正しいと話した。

洋子さんがまた動かなかくなったことで、剛志は刺すのをやめる。
剛志はしばらく、動かなくなった洋子さんの様子を眺めていたという。しかし、再び洋子さんは意識を取り戻し、そこでなにごとか、うわごとのような言葉を口走った。
実質それが、洋子さんの最後の言葉になった。しかしその言葉は、剛志の砕けた心の最後のひとかけらまでをも粉砕してしまう。

剛志はタオルで洋子さんの背後から強い力で首を締めあげた。しかし、それでもなお、殺しきらなかった。
ふと、可愛がっている犬と猫のことが気になったという。水やフードを入れてやるなど、しばしペットの世話をしたという。
その背後で、洋子さんがまだ動いていた。

「まだ生きてると思って・・・。順手で、片手でとどめ刺した。左胸を狙った。母は、動かなくなりましたね・・・」

使い分けられる「刺す」と「殺す」

2日目は弁護人質問の続きから始まった。
傍聴席は初日とは打って変わって、人もまばら。新聞社の記者らしき人が10人足らず、検察の関係者が4~5人、一般の傍聴人は10人いたかどうかだった。
法廷の大きな窓は、薄いカーテンで外からの視線を遮られているが、そのカーテンがなくても、裁判所裏にある国の重要文化財、「萬翠荘(ばんすいそう)」の緑豊かな木々がカーテンを作っている。休憩の時だけ開かれる窓からは、清々しい空気とともに萬翠荘を訪れる人々の声や、鳥の啼き声、時には裁判所前を走る路面電車の汽笛がかすかに耳に届く。
目の前で腰縄に手錠姿の剛志被告を見て、つい1年前までは、彼にとっても当たり前の日常だったのにな…などと、ちょびっと感傷的な気持ちになったりもした。

先述の通り、凶器を持ち出した順番の確認を行った後、弁護人は殺意について質問を始めた。

(弁護人:Aさんと両親が電話した後、なんでまた部屋に戻ったの。部屋にいたくなくて、出て行ったんだよね?なのにどうして戻ったの。包丁を手にしたときは殺意はなかったんだよね?)
「はい。」
(弁護人:でも検察調書には階段を降りる時すでに殺意があったとなっている。本当はどの時点?)
「・・・。えーと・・・。まず父は・・・。うん。部屋入った時に・・・殺そうと決めて、母の方は・・・。首絞めたとき・・・と・・・左胸刺したとき・・・に・・・えーと殺意を覚えました。」
(弁護人:殺意持ったってこと?)
「・・・。」
(弁護人:昨日は「刺す」って言ってたよね。区別してたよね?普通は刺す=殺すだよね。でも、殺すって思ってなかった、とも言っていたよね?どう使い分けているの?)
「えーと・・・。父の方は・・・。・・・。刺すっていう気でいっぱいで・・・。・・・。うーん・・・。」
これまで以上に、口ごもってしまう場面が増えた。言葉を選ぶというより、自分のその時の気持ちを正直に話しているのに、それをもっと説明しろと言われて困っているようにも見えた。当然、弁護人は殺意の有無にまで踏み込む気なのだろうなと言うのは分かったが、剛志本人がそれを理解して受け答えしているとも思えなかったし、自分に有利になるような発言を考えている風にも全く見えなかった。

続けて弁護人が、洋子さんに対する暴行の場面を①2階で蹴ったとき②背中を刺したとき③首を絞めたとき④左胸を刺したときの4つに分けて、それぞれの時点で殺意があったかどうかを聞いた。

「①の時は、まず殺意はないし、蹴り殺すとかそんなんやない。②の背中刺したときから・・・えっと・・・、・・・。その時から、まぁ、あったと思う。」
しかし続けてこうも言った。
「死んでしまえ、とかやなしに・・・。刺してやる、という方が強かった。」ってどうやねん。なんというか、「殺意」という言葉の捉え方があやふやというか、自分がどうだったか、よりも、周りから見てそれがどう見えるか、ということに重きを置いている気もした。
「首を絞める時は・・・もう・・・あった。」
「左胸を刺したときも同じです。」
剛志は母親に対して、暴行している途中からは殺意を持っていたとはっきり認めた。
弁護人は、それは殺人罪を認めることになるとわかっているか、と確認したが、剛志は明確に「はい。」と返事をした。
続けて弁護人が、「お父さんに対しても?」と聞くと、なんとさっきまで「殺すとかいうんやなしに、刺す」という風に「こだわって」使い分けていたはずなのに、「そうっスね」と答えたため、少なくとも私は「えっ・・・」と声が出そうになってしまった。

弁護人は、その父への殺意を認めてしまったことに絡んで、「じゃあ検察の調書の通り、部屋を出る時点で殺すと決めていた、で合ってんの?違うんじゃないの?」と聞くと、「そうっスね」。
どっちの意味のそうっスね、だよぉぉ、と思いつつも、こんなやりとりで殺人2件成立すんのかよとうすら寒い気もしてきた。

(弁護人:なんでこんなふう(検察調書と本心とが違っている)になった?)
「えっと・・・。形的にはその(検察調書)とおりやけど、心境・・・。今考えれば・・・。・・・。違うというか・・・。(調書に対し)不満というか。」
(弁護人:行動はあってるけど、心は違う?)
「そうっスね」

弁護人質問は終了。なんというか、弁護人が必死で心を開かせようとするのを、剛志は知ってか知らずか、その真意をしっかりと受け止めていない印象を抱いた。
彼にとって、殺意の発生時期や自分の本心は、もはやどうでもいいことなのだろうか。そんな気にすらなってしまった。

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