Evil and Flowers~新居浜・両親殺害事件⑪~

苛立つ弁護人

被告人質問が続く。
弁護人はそれまでも、どうにか剛志の心を開かせようと質問を繰り返していたように思う。しかし、それを知ってか知らずか、はたまた言葉がうまく出てこないのか、剛志の答えは言葉のチョイスが変わることはあっても、表面を滑っていくようなものが多かった。

(弁護人/以下同:後悔の気持ちについて詳しく聞かせてほしいんだけど。)
「えーと・・・。まずもちろんこの件に関しては後悔してますし・・・、えーと・・・、もっと、えーと自分の考えを・・・周りにもっと言ってればこういうこともなかったんじゃないかと・・・」

(どういう話を?)
「主に、自分の考えを周りに向けて言えば・・・」

こんな調子で、聞き直されても結局同じ答えを繰り返すだけだった。次第に、弁護人の口調に苛立ちともとれる感情が溢れ出る。

(お父さんには?)
「・・・。・・・。まぁ、父というか、両方に対しては・・・その・・・自分の思っとる気持ちをゆっとけば・・・」

(手紙についてなんだけど、あれは正直な気持ちじゃないの?)
「・・・。投げかけとるけん、あーいうの(内容)になったと思うんスけど・・・」
(足りなかったってこと?)
「・・・足りないというのとはちょっと違うけど、日ごろから・・・まー、溜め込まずに気持ち以外の面でも言っとけば・・・」

ここで弁護人はたまらず、語気を強めた。

(そういうけど、親にちゃんと話できたと思う?そもそも! 10月以降、あんな感じで・・・)
メモにあるので間違いないと思うが、この時弁護人は「あの親」と言っていた。つい、口走ったのか、しかし法廷の誰もがそれは思っただろう、「あの親」に自分の気持ちをぶつけることなどはたして可能なのか、と。
それに、剛志は散々ぶつけては跳ね返されてきたのではなかったのか。それこそ、全てを跳ね返す「ゴムの壁」である。受け止めてなどもらえた時があったのだろうか。

「その当時は難しいと思うけど、(ちゃんと言えていれば事件を起こさず)自分なりにやっていったと・・・」

(出来たかも、ってこと?)
「うーん・・・。・・・。いや、やっていったと思います。」
(でも結果として出来なかったのはなぜ?)
「考えてたことを・・・」

それまでちゃんと剛志にしゃべらせていた弁護人は、この時ばかりは剛志の言葉を遮った。

(いやそうじゃなくてさ、何かが足りなかったから、言えてないから事件が起こったんでしょ、じゃあ何が足りなかったから言えなかったの?邪魔してたのは何?)
「・・・。・・・。何が足りんかったとか、そういう具体的な理由は・・・わからないです。」
・・・ヒグマ撃沈。

そうなのだ。剛志はわかっていない。何が足りていなかったのか、どうして言えなかったのか、自分は足りていなかった、出来ていなかったのはわかっていると言いながら、じゃあ何が足りなかったのかは、理解できていない。
いや、理解できないというのは違う、そもそも無理だったのではないか。家を出ても、苗字を買えても、親はどこまでも追いかけてくる。
切っても切れない、このどうしようもない親子という関係。それを目の前にして、剛志には出来ることなどなかったのではないか。足りなかった、のではなく、どうしようもなかったのではないのか。

おそらく、幼いころから非をあげつらわれ、認めてもらうことなどなかったのではないか。
それゆえ、いつか剛志の心にはなにかトラブルが起きると、「自分が足りなかった、出来てなかった」とする以外に術がなかった。自分の言い分など、聞いてもらえたことなどなかった。
我が子がアトピーで苦しんでいるのに、タバコをやめない、家をキレイにしない、毎日の飲酒、あげく、子供の財布から金を抜く…
私は母親の立場であるからどうしてもそこに立ち戻ってしまう。虐待ではないのかもしれないが、辛かったろうなと、どうしても思ってしまう。

 

それぞれへの思い

弁護人は両親、元妻と子どもたち、そしてAさんに対する思いについても訊ねた。
「元妻には・・・離婚についてもそういうことをもっと(具体的に?)・・・(元妻の)母親抜きで二人で話していれば良かった。巻き込んでしまって申し訳ない。
子供らに対しては・・・。うーん・・・。突然に、えーと・・・急におらんようになって寂しい思いさしとるし、んで・・・まぁ、当然子供らなりに怒っとると思うし・・・。・・・そういうのに対してやっぱり謝りたいってのはずっとありますね。」

「二人(両親)に対しては、うん、謝りたいってのはありますね。その気持ちを忘れずに・・・今からやっていくしかない。最初に言った通り、もう・・・。後悔はしてます。んでー・・・、あの・・・謝りたいって気持ちはずっとあるし、これからもそれは忘れることはまずないと思います。」

「(Aさんに対して)いちいちまわりくどいこと言わずに・・・。・・・えー。その親との同居のこと話しとけばよかった」この辺りは私には何を意味しているのかは分からなかった。
弁護人は、それでたとえAさんが離れていったとしても?と訊ねた。
「そうっすね。じゃないと・・・また自分の考えてることがはっきり言えんなってしもてもいかんので・・・」

その後、検察からみじかく質問があったのち、裁判所からの質問が続く。
末広裁判長は、AさんにLINEをしていた順番や時間、それと並行して行われた母への暴行について、時系列で順番に話してほしい、と質問したが、剛志はその質問が理解できなかったのか、言葉に詰まってしまった。
話したくない、というのではなく、「思い出せない」と言うのがやっと、という状態だったが、先の検察からの質問でもLINEの内容については覚えているものもあるが、なぜそんな内容を送ったのかについては、一切わからないし思い出せないと話していた。
裁判長は質問を撤回し、続けてAさんへの今の率直な思いを訊ねた。ちょっとこれは意外だった。両親や元妻ではなく、まず不倫相手であり、事件の重要な位置にいるとされるAさんへの思いを引き出そうとするのは、何か意図があるのだろうと思ったが、剛志は
「いろいろと巻き込んでしまったこと、申し訳なかった。」
と短く答えた。しかし、続けて、「これからのことは、別に…」と、呟いた。
しかし、今後のことを改めて聞かれた際には、
「こういうこと起きてしまって、(それでも)面会に来てくれた人、手紙くれた人おるんで、励みとかじゃないかもしれんけど、心配してくれとる人がおること自覚して・・・。」
事件直後、洋子さんの弟で、剛志のおじに当たる男性がとるものもとりあえず警察へ来てくれたという。面会を申し込まれたものの、剛志は動揺しており、また、疎遠だったおじに何を話していいのかもわからなかったのだろう、面会を拒否していた。
それにもかかわらず、そのおじは、証人として剛志の更生の支えになると証言した。さらには、刑務所に入ってほしくない、そもそも相手の女性(Aさん)を責め立てるのは間違っているし、処罰感情はないとまで言い切った。
剛志はそのことを知って大変驚いたという。そういう、自分のことを思ってくれている人々に対しては、感謝の気持ちを表していた。

論告求刑

検察は、この事件について事実関係の争いはないとし、裁判員に対し、量刑について考えるよう求めた。
その上で、①結果の重大性 ②犯行の悪質性 ③動機の3つについて最終弁論を行った。
まず、①の結果の重大性について、2名の命を奪うという結果を重視した。そして、亡くなった勝浩さんと洋子さん夫婦が仲の良い夫婦であったこと、剛志が実家にどもったことを安堵していたこと、長崎の姉に対し、事件直前の正月には、「4月になったら桜を見に長崎へ行こうかと思う」といった明るい話をしていたという点を挙げた。
まだ50代と若く、これからの人生をよりにもよって最愛の息子に奪われるという悲劇はこの事件において重要な点であると述べた。

しかし一方で、求刑の理由として、「被害者が親であるということを重視しないように」とも述べた。被害者が身内の場合、どうしても量刑が軽くなる傾向を危惧したのかもしれないが、いささか矛盾を感じる内容だった。

剛志に対する母親の暴言についても、本人が覚えていないくらいなのだから心理的影響はなかった、とし、よって母親の影響は少ないとした。

犯行の悪質性については、強固な殺意を見てとれるとし、無抵抗の父親を一撃で殺害し、母親には長時間にわたる苦痛を与えた上に殺害するという、突発的ではあるが一方的で執拗な行為であると断じた。
それまで真正面を向いていた剛志は、「強固な殺意」と検察官がいったとき、一瞬、検察官を見た。そして、母親に話が及んだ際には、うつむき、背後から見える頬に少し力が入ったように見えた。

動機については、検察官はAさんのため、と言い切った。えー・・・。
両親に別れを迫られたことが動機であり、適応障害や希死念慮、IQの低さなどは関係ないとし、さらには嫌なことがあれば死にたいというのは誰にでもあることで真に受けるべきではないとまで言った・・・
もう自分が呼んだ精神鑑定医をバッサリ全否定である。

幼いころから事件までの経緯についても、本人がそう思っていなくても両親は愛情持って育てていたとし、大きな虐待などもないと述べた。
元妻とも生活が嫌になれば、不義理を働き続けた両親を頼るなど非常に身勝手であるにもかかわらず、そんな剛志に対し、洋子さんは食事を作り、勝浩さんは車を買ってくれる(返済は剛志がしていた)など、親に落ち度はないとした。

話は両親による常軌を逸した不倫の追及へ。そこでも検察は、親が不倫を非難するのは当たり前、会社に言うと脅すのも無理はないし、とにかく不倫という行為をしていた剛志こそが、両親の信頼と期待を裏切ったと断じた。
そして、無期懲役を求刑した。

弁護人の熱意

対する弁護人は、まず量刑についての解釈から始めた。
量刑にはいわゆる相場というものがあり、過去の判例などをもとに冷静な判断が求められるとした。
これには賛否があるだろうが、同じ殺人事件でも被害者が子供や若い人のような場合は世論が感情的になることがある。現に2010年の大阪の虐待死事件では、検察の求刑10年に対し、15年という判決が出た。裁判員裁判だからありがち、とは言えるものの、このケースでは裁判官のみで行われる高裁でも判断が支持された。
しかし、最高裁はそれにストップをかける。求刑を大きく超える判決の場合は、その理由が法的に納得できるものでなければならないとし、両親にほぼ求刑通りの10年と8年の判決を下した。
一般的な感情からいえば到底承服しえない話ではあるが、法治国家である以上、法がすべてである。そして、その法を、その時々の感情で大きく逸脱させていいわけがないのもまた、当然である。

弁護人は、この剛志が起こした事件と同等のケースを紹介した。一つは、殺人と傷害致死、危険ドラッグの3つの罪で起訴され懲役28年となったケース、もうひとつは2名殺人ではあるものの、心神耗弱が認められ、懲役21年となったケースである。いずれも、被害者は両親である。
その他、2名殺人、あるいは両親が被害者のケースなどを精査したところ、概ね懲役20年から30年となっている、とした。
その上で、剛志に心神耗弱は認められないため、懲役21年以上であること、そして、危険ドラッグなどの使用はないことから、懲役28年以下、よって、弁護人としては懲役21年~27年が相当である、と主張した。
・・・正直、重いと思ってしまった。殺人罪の成立は争わないとはいうものの、そこもちょっと納得できない気がしていたし、そもそもこの事件がなぜ起こったのかを考えれば、身勝手な動機によるものではないことは明らかのはずだった。
それが明かされた裁判だったのではないのか。

しかし弁護人は、そのあとに続けてこう述べた。

「検察は、被害者が親であるということを過度に考慮するべきではない、と述べた一方で、最愛の息子、とか、両親の思いなどと述べている。そうであるならば、やはり親という立場は重視すべきではないか。
この事件は、被害者が親であると言ことこそが特色の事件である」

思わず涙が飛び出そうになってしまった。
さらに弁護人は、両親への「苦言」ともとれることを述べた。
「平成30年6月の別居時、妻の話からすればすでに離婚やむなしという状況だった。であるならば、その後に関係を持ったAさんとの関係は、通常の不倫とは違う。
ご両親に果たしてどれほどの「害悪」があったというのか。見守るという選択は出来なかったのか。他にも心配の仕方があったのではないのか。
Aさんだけでなく、元妻に対しても非常に強い態度を取り続けた。
慈しんで育てたという割に、本人のIQの問題を見過ごしている。不倫を原因にするのは間違いであり、この事件はそんな単純なことではない。」

剛志はこの言葉をどんな思いで聞いただろうか。表情は窺い知れないが、少なくともこの弁護人の力強い弁論は、剛志にとっては有難いものだったのではないか。

また、精神鑑定の結果と剛志の行動について、
「母の言動は命令となり、それを服従、または承諾という形で受け止めてしまった。もともと粗暴でない被告人が、覚えていないと話したのは強い抑圧があったためで、覚えていないから影響がないというのは違う。
母親を殺害するのに時間がかかってしまったのは、躊躇したがための結果で、しかし命令として殺害しなければならないと思っており、一方でためらいの気持ちがあったために時間がかかった。
嘘が下手で、怒り任せに行動を起こすタイプではない。それよりも、検察側が用意した鑑定医に対して心理学の学位があるかどうかなどと聞くこと自体、証人を愚弄するものである。」
と述べた。

2人死亡という結果は重大であるものの、以上のことから懲役24年が相当、と締めくくった。

最後に、剛志本人が裁判所から発言を促された。

「えーと・・・。まぁ、今日のことで今までもずっと後悔しとるし、反省しとるのももちろんありますし、両親、関係者、裁判所にも申し訳ない気持ちでずっと・・・あの・・・これからは反省しながら、後悔しながらですけど、まじめにやっていきたいなと思ってますね。」

剛志の言葉は、思いとは別にしても非常に軽かった。悪く言うわけではなくて、語彙が少ない、そして自分の気持ちをうまく言葉に表現できないのはこの裁判でいたいほどわかった。
しかし、剛志自身は、他人が発する言葉には、とにかく過敏に反応する繊細さも実は持ち合わせていた。

判決

平成31年10月24日午後3時。
末広裁判長は、不倫を叱責されたことが動機であり、殺意の発生時点を「包丁を手にして部屋に戻った時点」と認定。殺害の様子も執拗で残忍であるとした。
一方で、両親の対応のまずさも認定し、特に12月23~24日の洋子さんの言動は事件に一定の影響があったとした。
その上で、前科もなく更生も期待できるとし、剛志に対して懲役28年を言い渡した。剛志の背中は、どこか憑き物が落ちたような感じで、判決が言い渡された瞬間もどこか清々しさすら感じるほどだった。

最後に、末広裁判長はその優しいまなざしを少し厳しくして、
「これからの28年は、あなたがこれまで生きてきた25年より長い。それをしっかりと噛みしめるように」
と説諭した。

剛志はうなずき、「はい」としっかり返事をした。

続く

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