謎の一家失踪と蔓延るうわさ~世羅町・一家失踪事件②~

発見

平成14年9月7日。
世羅町京丸にある京丸ダムに、車の底が見えていると通報があった。
実は以前にも、別のダムに沈んだ車が発見されたことがあったが、山上さんとは無関係の車で、車内からは中年男性一人の遺体が見つかり、山上さんではないことは判明していた。

警察が車を引き上げたところ、山上さん宅の乗用車と同じ白のスプリンターだった。
心配そうに見守る住民らの前で、車は静かに引き上げられ、中からは成人と思われる4人の遺体と、後部座席には動物の骨が発見された。

歯型鑑定の結果、4人は山上さん一家と断定、行方不明から1年と3か月、事態は最悪の結末を迎えてしまった。




警察は、事件も視野に入れて捜査を続けてきたが、失踪時の状況や発見された車の状態などから、一家心中とした。
しかし、依然としてその動機は不明どころか、一家を知る誰もが「心中するなんて考えられない」と話していた。
そもそも、順子さんは翌日からの中国旅行を楽しみにしていたし、政弘さんも、8日に開かれる予定の新人歓迎会の参加を楽しみにしていた。
「政弘さんは多くの仕事を抱えとったから、後の処理が大変だったんです。でも、政弘さんの性格を考えたら、たとえ心中だったとしてもこんな会社に迷惑をかけるようないなくなり方はしないはず」
政弘さんの同僚はこう断言する。三枝さんにいたっては、そもそも家族を主導していくような力はなかった。
千枝さんも「子どもをほったらかしにするような教師ではない」と勤務先の校長は語る。
失踪直前に電話で話した交際相手も、「(3日の参観日のことで)保護者との関係性をうまく築けなかった面があったことを反省していた。いつもそうやって相談してくれていたし、もし家庭に重大な悩みがあったならばそれも気づいたはず」と話す。

ただ、千枝さんは翌日学校があったにもかかわらず、土曜日の夕方実家へ帰っていた。
翌日が休みの日は普段も実家へ戻っていたというが、日曜参観があるということは、この週の土曜はいわば平日と同じであり、わざわざその日の夕方実家へ帰るというのは、「帰らなければならない理由」があったとも考えられる。

山上家には、なにか他人が知り得ない事情があったのだろうか。
実は、山上家をめぐってはふたつの「うわさ」があった。




順子さんのうわさ

「政弘は順子さんの不倫で悩んどったんじゃ。第一報を聞いたとき、私はすぐに政弘が奥さんのことでやったんじゃと思ったよ。なぜ順子さんの旅行の前の日に失踪したのか。それを考えればわかることじゃろう。」

こう話すのは、政弘さんの弟、栗田貞夫さん(仮名)である。貞夫さんは、妻の家に婿養子に入ったため苗字が違っているが、政弘さんの実弟である。
ノンフィクションライター・上篠昌史氏が、事件解決前に現地で取材したルポがある。そこには、何不自由なく、平和な家族に見える山上家にまつわるいくつかの事実が記されていた。

事件から1年後の新聞紙面で、政弘さんのおじに当たる人物がこう話していた。
「一時は、自分も知らないうわさが飛び交ったが、今では何の情報も進展もない。」
おそらく、この順子さんの不倫の話は、信憑性に欠けるものだった可能性がある。
しかし、上篠氏のルポでは、この貞夫さんの証言のほかに、順子さんの不倫の証拠とされる写真がマスコミ関係者の間に出回ったことも書かれている。上篠氏自身も、別のところからこの不倫のうわさは把握していたという。
ただそれらは、会社の飲み会があれば二次会の前に順子さんと特定の男性が二人していなくなる、というもので、かつ、その現場を見たという人がいるわけでもなく、「うわさ」でしかないものだったという。
上篠氏自身も、不倫の証拠として出回った写真について、「ただの仲の良い社員同士が記念に撮った」という風に見えたと話す。しかも、その写真は夫婦の寝室の箱に隠すわけでもなく入れられていたものだったそうで、男性とのツーショット写真というだけで不倫!と決めつけるのはいささか飛躍してはいないか、と記している。

それでも貞夫さんは、順子さんが派手でブランド好きで、夫の農作業を手伝うこともなく、お茶やお花といった金のかかる趣味にうつつを抜かしていたとまくしてたという。
たしかに、写真で見る順子さんは、山間の田舎では目を引く華やかさを供えた女性に見える。髪型もキチン整えているので、経済的に裕福なマダム、といった感じなのは事実である。娘の千枝さんも、二十歳の頃、地元世羅町でフルーツの販促コンパニオンに選ばれるほどの器量良しだったことを考えると、母親の順子さんは派手というより、もともと美人だったのではないか。

また、政弘さんも身なりのきちんとした凛々しい紳士であるし、バランスの取れた夫婦に見える。決して、順子さんだけが派手がましいというような印象はない。

「政弘はタバコも吸わんし、酒も飲まんし、まじめな男だから、悩みに悩んだんだろう。それしか考えられんよ。」

貞夫さんは順子さんの不倫を知って悩んだ政弘さんが、千枝さんと三枝さんをも巻き添えにして無理心中を図った、社員旅行の前日に決行したことは、不倫相手が会社にいたから、旅行に行かせてなるものかという思いだったのだというが、一方で別の人物の証言もあった。

部屋には順子さんと政弘さんの財布があり、順子さんの財布に15万円、政弘さんの財布には10万円入っていたという。
さらに、失踪する直前、預金口座から政弘さんが15万円、順子さんが10万円引き出していたことが分かった。
ということは、政弘さんがおろした15万の中から、5万円を順子さんに「旅行の小遣い」として渡したのではないか、とすれば、計算が合う。
要するに、車内不倫を疑って思いつめる夫が、その社内旅行に出かける妻に対してお小遣いを渡したりするものか、よって、政弘さんが不倫を疑っていたなどとは思えない、というのがその人物の言いたいことである。
たしかに筋の通った話に思えるが、実は新聞報道では失踪時、政弘さんの財布もなくなっていた、とされているので、信憑性は高いとは言えないのも事実だ。

「不倫しとったという証拠はないよ、証拠はないが、そんなことは世羅町のみんなが知っとることだ」

世羅町当時人口は2万人弱…その全員が知っている不倫話とは恐れ入ったが、実はこの貞夫さん自身にまつわる話も、相当興味深いものがあった。そしてこちらは、噂ではなく「事実」だった。




金銭トラブルと「ヒソヒソ」

警察は、山上家が事件に巻き込まれるようなトラブルは把握していない、としているが、実は解決していない過去の金銭トラブルが存在していた。
失踪の10数年前にさかのぼるが、政弘さんの弟妹の一人が事業に失敗して借金をこしらえている。政弘さんには弟一人、妹一人しかいないため、この弟が借金をこしらえた人間であることは間違いない。それが、件の貞夫さんである。
昭和55年にギフト関連の会社を設立した貞夫さんは、平成元年に破産。
平成11年に死亡した政弘さんの父、辰郎さんが当時その保証人となっていたことで、山上家には結構厳しい取り立てがあったという。
辰郎さんは、貞夫さんが倒産する直前の昭和63年に、自身の名義だった山上家の土地を政弘さんに贈与しているが、これは債権者から土地を守るための策だったというが自然な見方であろう。
さらに、同じ年の秋、山上家の田畑に根抵当権が設定されており、いくつかはその後すぐ解除になってはいるものの、一家失踪当時も4か所の田畑に根抵当権が設定されたままだった。
根抵当権者は、世羅郡農業協同組合。
ということは、山上家が農協から借金をしていたという証拠である。

貞夫さんは破産の直前、親戚中を借金して歩いていた。額は不明だが、一部親戚によれば、300万、600万といった額面だったという。いまだに返済が済んでいないという親戚もいたようだ。
「親戚じゃからきつい催促はせんが、(貞夫は)返さにゃならん立場ではあった」
保証人の辰郎さんと同居していた長男の政弘さんは、おそらく農協で借金をしつつ、弟の貞夫さんの借金を助けていたはずだった。その一環かどうかはわからないが、政弘さんは勤務先の建設会社の保証を受け、広島相互銀行から数千万円の借り入れを起こしていた。





さらに、きな臭い話が続く。
一部の債権者がいわゆるその筋の関係だったのか、かなりキツイ取り立てをしていたという。何度も山上家を訪れては、順子さんや千枝さんに嫌がらせめいたことをしていた。
さらに、政弘さんは債権者の事務所に強制的に連行されたこともあったという。広島相互銀行から借り入れを起こしたのは、そんな頃だった。
しかも、失踪事件が起こるつい3週間ほど前にも、借金督促の封書が届いていた。それは順子さんの会社の同僚らも見ており心配していたというが、当の政弘さんは「放っておいてよい」という態度だったという。

これらの事実を鑑みると、貞夫さんの借金問題は政弘さん一家にとって解決していない問題かのように思えるが、一方で貞夫さんの会社が倒産したとき、破産管財人がすべてケリをつけており、借金問題はない、とする人もいる。
事実、登記上でも平成2年3月末に破産処理は完了しているし、取引先にしてもその多くは倒産。現存する取引先に当たっても、「結局20万くらいしか返ってこなかった」という会社はあっても、いまだに督促を続けている会社には行きあたらなかったという。
当時を知る弁護士や管財人らもすでに亡くなっており、貞夫さんと山上家の保証関係などを知る第三者は見つからなかった。

上篠氏は取材で貞夫さんに対し、この借金問題について確認している。
そこでの貞夫さんの話は、政弘さんが借金を助けてもらったりということはない、と否定するものだった。
さらには、政弘さんが銀行から借り入れをしたり、山上家に対する嫌がらせなども嘘であるとした。田畑を担保に金を借りた事も然りだ。
しかし、現実に政弘さんは銀行や農協から借り入れを行っていた。ということは、貞夫さんのためではない、別の金銭問題が山上家にあったというのだろうか。順子さんの会社の人らが見た督促状は、なんだったのか。

失踪後、親族らはじめ、過去の借金トラブルを知る人は、当然ながらその3週間前に届いていた督促状を探したという。
刑事立会いの下、家中を探したというが、なぜかその督促状のみならず、借金に関係するような書類やハガキは一切、発見されなかった。

そういったことから、貞夫さんは政弘さんの家族が消えたことは借金問題ではなく、夫婦の問題であると言っていたのだった。
たしかに、順子さんは仕立ての良い服やハンドバッグなどを持つ姿が写真で残っている。夫婦や家族での旅行も少なくはなかったという。たとえ昔の農家の家とはいえ、大きなその家を維持するにもお金はかかったと思われる。
ふと、この家はもしかすると、周りがそう見えなかっただけで、家計は火の車だったのでは、と思った。そういうことは珍しくはない。
このサイトでも取り上げた、愛知の一家無理心中でも夫が知らない間にその家の財産は妻によってすべて失われていた。

この山上家も、もしかしたらそういった事情があったのか。

しかし、それは全くの見当違いだったことが分かった。




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