淋しくて淋しくて~仙台・同僚女性殺害事件②~




略奪愛


真紀はたしかに貴信さんと交際していた。その期間はおよそ5年。貴信さんの自宅で同棲していた時期も2年ほどあった。
真紀と貴信さんの出会いは、平成13年に遡る。平成11年の10月から真紀が働いていたスーパーに貴信さんが入社してきたのだ。
真紀の身分はパート。一方の貴信さんは、東京の大学を出て、幹部候補だった。というのも、貴信さんは勤務先のスーパーの取引先である青果市場の社長の息子、ということで、そういった立場になったという話がある。
事実、事件当時の貴信さんは31歳という若さでスーパーの常務という肩書を持っていた。




貴信さんが入社して1年ほどたつ頃から、おそらく二人は親密な関係になったとみられる。
しかし、真紀には夫がいたのだ。
夫の信二さん(仮名)は、真紀より21歳年上で、当時54歳だった。10年ほど前、東京の専門学校を出た後、地元に帰っていた真紀が働いていたファミレスに、メンテナンスとして働いていたのが信二さんだった。
意気投合した二人は、年の差など全く関係なく、同棲生活を経て5年ほど前に結婚したのだという。

しかし、結婚してわずか2年。真紀の様子に変化が現れた。

当時真紀は、ファミレスを辞め、車の免許を取得して件のスーパーで働き始めてしばらくたったころだった。
今のようにLINEなどない時代、連絡はもっぱらメールか電話だった。それまではたまに、くらいだったのが、そのうち夜中にも頻繁に電話やメールをするようになった真紀に対し、信二さんは思わず「うるさい!」と怒鳴ってしまう。
夫が家にいるににもかかわらず、電話やメールばかりしているというのは、その相手が親兄弟や女友達であっても度が過ぎるとたしかにあまり気分が良いものではない。
実際、信二さんもその時点では「浮気」とは思っていなかったようだ。しかしそれ以来、真紀との間には確実に溝が生まれたという。
会話はなくなり、態度もあからさまに冷めたものになったため、浮気を疑うようになったころには、真紀は家に帰ってこなくなった。
「(信二さんと)顔を合わせたくないから職場の駐車場で車中泊をした」
真紀にそう言われても、信二さんは信じることもしない代わりに、詮索することもしなかった。
21歳という年の差が、そのあたりの温度差なのかもしれないが、真紀が自宅に戻らなくなって2年ほど経った平成18年の秋。ふたりは正式に離婚した。

一方で、貴信さんは報道されていたのとは全く違う態度を真紀にとっていた。
報道ではあたかも「将来の幹部の妻、社長の息子の妻という座」を狙った玉の輿がよりにもよって若い同僚に奪われた、その若き御曹司は女性を天秤にかけていたといった論調が展開されたが、実際にはこうだ。

貴信さんは真紀に夫がいることを、いつの時点かは分からないが知っていた。そして、その上で同棲し、さらにプロポーズまでしていたのだ。
この時点で、報道にあるような「若い女と天秤にかけた」という貴信さん像は崩れる。
さらに言うと、貴信さんには実は当時別の交際相手がいた。それを、夫のある身でありながら真紀が「奪った」という話もある。

実は、夫の信二さんも、真紀と出会ったころ妻がいた。そしてその妻から信二さんを真紀は奪っていたのだ。




不可解な女

先に述べたとおり、貴信さんは人妻である真紀にプロポーズをし、「夫と離婚して一緒になろう」と強く迫った。
全員が全員とは言わないまでも、一度冷めてしまった夫とやり直そうと思う女性は少ないように思うし、どちみち2年も別居状態の夫のもとに、へいこらどの面下げて戻るというのか、普通はそのプロポーズを受けるのではないか、と思うのだが、真紀はなぜか渋った。
一方で真紀は、職場で貴信さんが他の女性従業員と話をすることにも嫌悪感を示し、貴信さんに対して高圧的な態度でそれをしないよう求めたりもしていた。
そうこうするうち、いつまで経っても離婚もせず、自分との関係も進めようとしない真紀に対し、貴信さんは不信感を抱き始め、関係は次第に冷めていく。
やがて貴信さんは真紀が待つ家に戻らなくなり、平成18年9月、真紀に別れを告げる。

別れを告げられた真紀は焦り、貴信さんに対して「妊娠した」といったかと思えば、「夫が慰謝料請求しようとしている」などと嘘をついてなんとか貴信さんを引き留めようとしていた。時期の詳細がわからないが、真紀が夫とようやく離婚したのも、実は貴信さんから別れを切り出されたのと同時期なのだ。
しかし、貴信さんはおそらく、家に戻らなくなったころから由希子さんに対し好意を持っていたと思われる。

真紀は別れを告げられた直後、職場で貴信さんと由希子さんが交際しているという話を耳にし、愕然とする。
いつも奪って手に入れてきたはずなのに、真紀は初めて他人に奪われるという経験をした。いや、正確には自分がみすみす逃しただけなのだが、そうは思えなかった。




それでも貴信さんは帰ってこないと思った真紀は、ようやく同棲していた部屋を出る。かわりに、職場では人目も憚らず号泣し、真紀と貴信さんのことを知る同僚らの同情を集めた。
この時、真紀の妊娠の話を信じていた貴信さんは、そのことと従業員らの冷たい視線にかなりいたたまれない思いをしていたようだ。
引け目を感じた貴信さんは、真紀と連絡を絶つことが出来なかった。真紀から連絡があれば、とりあえず応じ、時には体の関係も持ったという。うーん、バカバカ。

しかし真紀のこの心理はなんだろう。ならばなぜあの時、貴信さんのプロポーズを受けなかったのか。

そこには、真紀の育った環境が少なからず関係していた。

女尊男卑の家系


真紀は宮城県黒川郡大郷町の、不来内というちいさな集落の生まれだ。
どこ、と言っても目印すら示しにくい山村である。
不来内にはいわゆる小字がそのまま使用されており、不来内〇〇、というふうに地名が続く。しかし、ほとんどはそれぞれに1軒から5軒程度の家があるだけで、不来内全体でもそう家は多くないが、そのなかで村山姓は結構多い。

この地域で真紀はどんな成長をしたのか。

近所の人の証言によれば、真紀の父親は婿養子だったという。婿取り娘であった真紀の母親、そして真紀の母方の祖母も、ふたりとも気性の荒い女性だった。
その上、村上家は大柄な体格の人が多く、実際真紀も170センチほどあった。
いわゆる女系の家系だったのか、村上家では男は尻に敷かれていたという。
そんな居心地の悪さからか、真紀の父親は外に愛人を作ってしまう。そして家に戻らなくなってしまった。
数年して、女に捨てられたのか父親は家に帰ってきたというが、真紀の母親は夫を許さずそのまま離婚となった。

この、強い母を見て育った真紀の心には、いつからか母に認められることに重きを置くようになった節がある。
貴信さんからのプロポーズを真紀が渋ったのは、実は「見栄」だったというのだ。
当時貴信さんは、将来の幹部候補とはいえ20代半ば。外資系企業ならまだしも、地方のスーパーの幹部候補となれば給料はそんなに多くなかっただろう。
しかも、将来的に考えても、家業である青果市場は三男の貴信さんが継げるはずもなく、また継げたとしても真紀は「所詮、八百屋」に魅力を見いだせなかった。
それがネックになって、当初貴信さんからのプロポーズをはぐらかしていたというのだ。

ただ、ここで一つ疑問が。
真紀は先にも書いたが、21歳年上の夫がいた。夫の証言によれば、結婚に際して真紀の母親にも祝福されたという。
しかし、夫の職業はと言えばファミレスのメンテナンス担当である。メーカーの技術者であったとしても、普通に考えれば貴信さんのバックボーンや将来性の方が有望な気がする。

ともあれ真紀のもとから貴信さんは去り、貴信さんの隣には、平成18年の1月から入社してきた由希子さんの姿があった。
「私が結婚するはずだった」
真紀は取り調べでこう話したというが、そこには自分が優位に立っていると思い込んだ女の惨めな焦りが見える。
そしてそれは、由希子さんへのイジメへと繋がっていった。




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