被害を強調する妻と、佇むだけの夫の戯言~富士見町義妹殺害事件その①~

夫は法廷で、被告人席に座る妻に対し溢れんばかりの愛情を示した。
これからもずっと支えていくし、もっと早く自分が何とかしていればよかった、まさかこんなことになるとは思わず、妻の心に気づいてやれなかった、妻のためにも娘をしっかりと育てていきたい……
殺害された妹よりも、殺害した妻を自分は選ぶ。夫はそう言い切った。
被告人席でうなだれる妻は、多くの報道から察すればこの夫の言葉に救われているというような論調であった。そして、誰もがこの夫の言動を称え、この夫婦に同情すら覚えていた。それが7000名を超える嘆願書にも表れている。

しかし、妹を妻に殺害されたこの夫は、突如悲劇に巻き込まれた善良な「夫」であっただろうか。
そして義妹を殺害した妻は、本当にか弱く虐げられた人であっただろうか。

平成19年11月7日。

長野県諏訪郡富士見町落合の民家で、その家に住む五味絵里子さん(24歳)が玄関先で倒れているのを、帰宅した絵里子さんの母親(53歳)が発見。
絵里子さんは鈍器のようなもので執拗に殴打されたうえ、刃物による複数の傷も頭部や首筋から見つかった。
絵里子さんは同日、午後4時ごろに勤務先の福祉施設を「洗濯物を寄せてくる」と一時的に退社、その後帰宅してから発見される午後9時ごろまでの間に何者かに殺害されたとみられる。
警察の動きは早かった。というのも、発見者である絵里子さんの母親が、「娘が以前交際していた男性が暴力を振るっていたことがあるため、その男性ではないか」と話していたことで、すぐに当該男性は任意で聴取を受けている。
しかし、警察にはもう一人、重要参考人とみるべき人間がいた。
五味 咲(24歳)。殺害された絵里子さんの兄の妻である。絵里子さんと咲の間には、周囲の人も知る確執があり、警察ではその点も視野に入れて、事件のあった日から2日後、咲を聴取した。
当初はアリバイを主張し、絵里子を思うような言葉を発していた咲だったが、やがて自供。

同い年の義妹を殺害するという事件は、咲から語られた二人の確執に加え、被害者の兄である咲の夫による妹への嫌悪感が明かされるという異様な展開を見せた。

惨劇までの道程

絵里子さんは2001年に高校を卒業後、スーパー勤務などをしていたが、当時交際していた男性と同棲するために実家を出ている。その前後、専門学校生であった兄は、咲と出会いこちらも同棲を始めていた。
そのうち、時系列がはっきりしないものの兄と咲は結婚し、一女をもうけた。報道によれば、正式な結婚式はその時点で挙げていないようであった。
そして、長女の誕生を機に、すでに父親が亡くなり母親が一人暮らしていたこの家に妻と子供と戻っていた。

娘は祖母である母親になつき、母親もまた、娘を非常にかわいがって若い夫婦との関係も良好、1人さみしい暮らしが明るくもなった。
それが、2007年に、男と同棲していた夫の妹が男と別れて実家へ戻ってきたことで一変してしまう。

実の娘である絵里子さんに対し、母親は実に甘かった。近所でも評判になるほど素行の悪い男性と付き合っていたという絵里子さんは、高校時代から咲の夫である実兄と折り合いが悪かった。
交際していた男性のタバコのにおいが気になった実兄が、2人にそのことを注意した際には、交際男性から罵倒されたという。
また、絵里子さん自身が母親の財布から金を抜き取っていたことなども、兄は非常に不快に感じており、兄妹の関係は咲がこの家にくる以前から深い溝が生まれていた。

兄夫婦が実家に住み始めて2年ほど経過した2006年、絵里子さんは暴力をふるう彼氏と別れ、実家へ戻ることになる。この経緯には絵里子さんの実母が積極的に娘を引き離したという話もあり、絵里子さんが実家へ戻るのも流れからいえば当然のことである。
しかし絵里子さんは、実家での兄夫婦の振舞に不快感を抱いていた。自分が使用していた部屋は兄夫婦の部屋になっていたこともその一つだ。
成人し、仕事を持つ身であれば実家であっても自立するのが当たり前という意見は多いだろうが、地方の場合は成人後も結婚して家を出るまでは自宅で生活するという人も珍しくはない。
それをいうなら結婚している兄夫婦こそ、家を出て自立すべきではないのかと絵里子さんも思っていた。

明るく積極的な絵里子さんに対し、兄嫁の咲はいわば正反対の性格であったという。
なにか思うところがあっても直接言わない、腹に溜め込むタイプであったのは義母も絵里子さんも共通の認識であったようで、母娘の会話の中でも兄嫁に対する不満が口をついて出ることもあった。
それでも義母である絵里子さんの母親は、絵里子さんと咲の仲違いには心を痛めていたようで、後述するが職場に対しても母親として義母として働きかけを行うほどであった。

一方、咲の夫である絵里子さんの兄は、介護職で夜勤もあったため、妹と妻の諍いをさほど深刻にとらえていなかったようだ。
全く知らなかったわけではないが、そもそも妹を嫌っていたのは自分であり、妻に対しても「関わるな」と常々言っていたという夫。
日々の些細な絵里子さんとの衝突を、咲は夫にではなく、実家の母に漏らしていた。しかし、実家の母からは、「不満ばかりを口にするな」と諭されたという(咲の兄の談話)。

絵里子さんと咲の関係は、年が明けた2007年ごろからさらに悪化する。
耐えかねた夫婦は、子供を連れ実家からほど近い場所のアパートを借り、そちらで生活を始めた。
これで事態は収まるかに思えたが、離れてもなお絵里子さんと咲の確執は続き、秋の気配が深まったころ、咲はある決意を固めていた。

もう、絵里子さんを殺してしまう以外にない、と。

悲しみを抱えた家族

中央本線富士見町駅から南に少し下がったその家は、古びた商店街が立ち並ぶ通りから脇道を下った緩やかな坂の途中にあった。
一家の大黒柱であった父は、町役場の職員であった。しかし、子どもたちがまだ幼かったころに亡くなっており、それまで父親の実家で暮らしていた一家は富士見町落合のこの場所に家を購入した。

こじんまりとした二階建ての家に、保健師の母親、そして2男1女の、母子家庭ではあるがどこにでもある普通の家庭が存在していた。
二番目の息子は介護の職に就くため専門学校へ通い、そこで妻となる女性に出会い同棲をはじめ、子供が生まれたことを機に、再び実家へ戻った。
しかし、それまでのその家族の歴史は、決してありきたりな、平凡なものではなかった。
父親の死は、突然死のようなかたちであったが、亡くなった場所は知人女性の自宅マンションであったという。このことが何を意味するか、はっきりとはわからないものの、女性の自宅で亡くなるという状況は家族にとって、特に妻にしてみれば大変な心境であったろう。
一部報道によれば、亡くなった父親はしばらく放置されていたというものもあり、それらも含めてこの知人女性との関係がうかがわれる羽目になってしまった。

その後、2001年には長男が交通事故死してしまう。こちらは事故であるため詳細は今となっては不明であるが、父親の死から数年後の出来事であった。

そして、長男の事故死から10年もたたない2008年。今度は末っ子の絵里子さんがよりにもよって次男の妻に殺害されるということになるのだ。

義妹との軋轢



2006年の12月、それまで義母と咲夫婦と娘との4人暮らしであった富士見町の家に、突然夫の妹である絵里子さんが戻ってきた。
絵里子さんは男性と交際して同棲していたが、男性の借金問題やDVの問題で、かねてより義母が別れるように絵里子さんを説得していた。そして、失意の絵里子さんは行くあてもないためとりあえず実家へと戻ってきたのだ。
最初は些細なことであったという。絵里子さんが同居するようになってすぐの2007年1月、絵里子さんのミニスカートがなくなったという騒ぎが起こる。

遠回しに義母からそれを伝えられた咲にしてみれば、自分が疑われているのか?と思っても不思議ではない。事実、数か月後の話し合いの席では、絵里子さんから直接、「(咲が)盗ったんだろう」と言われたという。
元々、同居する前から絵里子さんと咲は仲が良いわけではなかった。咲からしてみれば、たまに実家へきては母親にお金の無心をしている絵里子さんを快く思っていなかったし、そもそも夫からも妹である絵里子さんのことは良いようには聞かされていなかった。
それ以外にも、健康食品などが無くなったことも、絵里子さんは母親に対し咲が盗んだと主張していたという。

同居するようになってからも、帰宅が遅い絵里子さんが家事をすることはなく、当時専業主婦であった咲が、忙しい義母に代わって一切の家事を引き受けていた。
几帳面で完璧主義とも言える咲は、掃除や料理などしっかりとこなしており、裁判でか細い声でしか答えられなかった時も、その点だけはきちんとやっていたと言い切っている。
しかし、ある時絵里子さんから料理についてダメ出しをされる。ひじきの煮物をを食卓にのせたところ、「ババ臭いよね」と笑われた。
以降、絵里子さんは咲が作る食事に手を付けず、かわりにパンを買ってこさせて自室で食べるようになったという。
それでも咲は絵里子さんが出した洗濯物を洗い、理不尽な思いも家族の前では飲み込んでいたようだ。手が荒れていた絵里子さんにあげたハンドクリームがごみ箱に捨てられていても、咲は飲み込んだ。
咲は4月から福祉施設でパートとして働くことが決まっており、仕事に出ればそういった家庭内のうさも晴れるのではと思っていたのかもしれない。
しかし、なんと同じ職場に絵里子さんも臨時職員として勤務することになった。こちらは保健師の義母の口利きであった。さらには、4月から勤務の咲に対し、絵里子さんは2月から働くことになり、職場では先輩になってしまう。

案の定、職場でも絵里子さんと咲は揉め事を起こす。ここでも、絵里子さんが突然、携帯電話などの私物がなくなったと騒いだのである。複数回あったというその騒ぎの中で、一度は絵里子さんがいきなり警察を職場に呼んだ。
この騒ぎは施設側の管理者を怒らせる結果になり、施設側としては資格を持っている咲を残し、絵里子さんを解雇する方向でいったんはまとまりかけたが、義母への体裁もあってか、結局絵里子さんは移動せず、咲が別の施設へ移動となってしまった。
老人介護のほうをやりたかった咲が移動になったのは、知的障碍者の施設だった。偶然、施設内ですれ違った咲に対し、絵里子さんは「(こんなことになって)かわいそうだね」と笑ったという。
家に帰っても職場でも、咲は絵里子さんから逃れられなかった。

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