被害を強調する妻と、佇むだけの夫の戯言~富士見町義妹殺害事件その③~

咲の夫、そして被害者の兄

夫であるH氏は、五味家の次男である。先述の通り、長男は不慮の事故で亡くなっている。
H氏は介護の道を志し、夜勤などもしっかりとこなす真面目な人柄であることは間違いない。

その夫が、咲の裁判で驚くべき証言をした。
絵里子さんとはそりが合わず、また、高校生の頃タバコのにおいをめぐって口論となり、あげく絵里子さんの交際相手に怒鳴りこまれ、それ以来絵里子さんには関わらないようにしてきたという。
妹であるにもかかわらず、家を出ていた期間は絵里子さんの居場所も知らなかった。
咲とは専門学校時代に知り合い、同棲を経て結婚、娘が生まれたのち富士見町の実家へ家族で同居している。
絵里子さんが同居する以前から、妻である咲に対しては絵里子さんに良い感情を持っていないことを告げている。
H氏にとって、咲が殺害した絵里子さんは実の妹である。にもかかわらず、裁判ではっきりと、「妹より妻」と断言した。
さらに、これからも妻を支えていくともきっぱり述べている。
妻の犯罪は自分にも責任がある、だからこそ私は被害者の兄としてではなく、加害者の夫として生きると決めた、これらを聞けば、なんとできた夫であろうかと、咲の親族でなくとも誰もが目頭を熱くするのではなかろうか。

しかし私は感じてしまう、この夫の、その朴訥な皮の下にある本心が、咲をただひたすら思い自身の過ちを悔いているのではないということを。

「娘の生活費」

私が気に入らないのは、この夫の言葉の選び方にある。
裁判では、証人として幾度か証言台に立っているが、その時の発言内容にはいくつも腹立たしさを覚えた。
たとえば、このH氏は人に質問された際、はいかいいえで答えられることでもなにかと前置きをする癖がある。
7月16日の絵里子さんと咲の修羅場事件のことを聞かれた際、あなたはその話し合いに参加しなかったのかを問われ、
「仕事だったので、話し合いには参加できなかった」
と答えた。
別におかしくないと思うかもしれないが、この答えには、
「(もちろん参加するつもりであったが)仕事だったので話し合いには参加できなかった(仕事だったんだから俺悪くないよね?)」というH氏の心の本音が私には見える。
もちろん、「話し合いに顔を出してあげればよかった」と、人に聞かれる前に自分の非になりうる点を潰しておくことも忘れない。

また、弁護人から義母と咲の関係を問われた時も、なぜか「私が介護福祉士で時間が不規則なので」と前置きをして、H氏の母親と咲、そして娘の3人で買い物などに行っていたと答えている。いやお前のことは聞いてねーし。
とにかくなぜかこのH氏は、前置きや背景の説明をしたがるようで、当然答弁が長くなる。裁判では一度そのことを裁判長から注意されているほどだ。

さらに、H氏の言葉の選び方のえげつなさが如実に表れたのがこのくだりだ。
弁護人から7月16日の件を聞かれた際、やはりここでも「自分は現場にいなかった」と前置きをしたうえで、こういったのだ。
「母から娘の生活費をいただいたが、それを絵里子に返せと言われたと妻から聞いた」と。
……娘の生活費とはなんぞや?娘の生活費は通常親が捻出するというか、そもそも一緒に暮らしている幼い娘の生活費という概念すら持ち合わせていないと思うのだが、H氏は「娘の生活費」とあえて言った。
ここで見えてくるのが、H氏と咲の夫婦が、義母から生活面の金銭的な援助を受けていたのではないかということだ。
それを絵里子さんは快く思っていなかったのではないか。
そして、H氏は義母から生活の援助を受けていることは絶対に認めたくなかったのではないか。だから、あえて「娘の生活費」という、不思議な言い方をせざるを得なかったのではないか。
この夫婦が義母の経済力をあてにしていたとうかがえる証言は他にもある。
7月16日にアパートを出た咲が、知人らに「富士見の実家に戻りたい、戻って家賃を浮かせたい」と言っているのだ。
介護福祉士の給与がどれほどかは定かではないが、事件が起こる直前まで咲は専業主婦であった。そして、義母と同居して一応の結婚式(写真のみの可能性もあり)も予定していたことなどから、貯蓄と呼べるものはほとんどなかったのではないか。
義母はそれを苦にしていたという話はなく、良かれと思って自主的に行っていたのかもしれないが、絵里子さんからすれば、というか、普通は「甘え過ぎでは?」とおもわれても仕方ないことである。
それはH氏が一番わかっていたはずである。

頼れなかった夫

H氏はまじめで確かに社会人としては常識人であったかもしれない。しかし、夫として、親としてはいささか甘さがあった感が否めない。

咲の様子や、同居後の絵里子さんとの関係などを聞かれたH氏の証言は酷いものであった。
同じ屋根の下で繰り広げられる諍いの数々のなかで、初めてそれに気づいたのは、2007年4月に絵里子さんと咲が同じ福祉施設で働きだしたころというから驚きだ。
絵里子さんと同居した後、咲が深夜布団の中ですすり泣いているのを聞いているのにも関わらず、咲と絵里子さんが険悪になっていることに気づかなかったというのはいくらなんでも無理がある。
もちろん、H氏が妹である絵里子さんと仲が良く、絵里子さんとトラブルなどなかった、と言うならば理解もできる。
しかし、とうのH氏が絵里子さんの気性などを一番知っているわけで、普通の神経をしていれば「絵里子と何かあったのでは?」と考えるはずだ。
しかも、すすり泣く妻に対し、なんの声かけもしていないという。「そっとしておいた方がいいと思った」とはH氏の弁である。

咲を擁護するつもりはないが、咲は夫に対して気づいてもらいたいというサインは少なくとも出していた。
絵里子さんとのトラブルや、家の中でお金が無くなるといったことも報告しているし、体調がすぐれないことも伝えている。
しかし、H氏が言ったのは、頭痛がおさまらないという咲に対し、「病院に行ったら?」という、力が抜けるようなムカつく言葉であった。
あのな、同居する義妹と職場もトラブルが頻発していて、さらに職場を移動させられて悩んでいる妻が頭痛がおさまらないと言っているのだから、精神的なことが関係しているのではないか、ストレスではないのかくらいは馬鹿でも想像がつく。
H氏をずるいと私が思ったのは、まさにこう言うところなのだ。原因を知っているのに、解決策を知っているのに、自分からは絶対に動かない。夜泣きをやめない子供をあやす妻に対し、布団から顔も出さずに「大丈夫?」と聞くタイプだ、絶対。
大丈夫?と聞かれたら大丈夫だよと答える以外にないんだよ、大丈夫じゃないなんて言えるかよ!あームカつくわ~。

そのくせ、H氏は引っ越しを決めたのは自分だと胸を張る。ガスがまだ来ていなかったが、それでもいいからとにかく妻と妹を離したかったのだと強調するが、おせーよ、今更かよ。
しかもこれには別の証言がある。義母の証言によれば、7月16日の話し合いの後、いったんは絵里子さんが家を出るという話があったのだ。それを、H氏が「自分たちが家を出る」と言ったという。

これには、さらに裏話がある。家を出たH氏と咲の夫婦に対し、義母はなんとアパート代と生活資金を毎月届けていたというのだ。
H氏はこうやって、大事な部分を語らず、巧みに表現を変えて離す癖のある人だというのがよくわかる。それは咲も同じで、自分がやったこと(絵里子さんの車に傷をつけたこと)まで濡れ衣だと周囲に吹聴したり、アパート代をもらっているにもかかわらず、「生活が厳しい、家賃を浮かせたい」と周囲に漏らしているのだから、ある意味似たもの夫婦だったのかもしれない。

本来であれば、兄としてもっと毅然と絵里子さんと妻の間に立ち入るべきであった。H氏は認めないだろうが、見て見ぬふりをしてきたと思わざるを得ない。
経済的な負担を軽くするために同居し、義母からの援助を「娘のため」と言い放ち、妻のすすり泣きに耳をふさいだ夫。
被告人席で咲は、夫の証言を顔を真っ赤にしてうつむいて聞いていたという。その咲の姿を、どう捉えればよいのだろうか。

確かに夫がいうように、もっと関わっていれば結末は違っていただろう。しかし、それを面と向かってH氏にいう人など皆無だ。みな、「あなたのせいじゃないよ」と言ってくれるだろう。それもH氏はわかっているのだ。
だからあえて、「あなたのせいじゃないよ」と言われたいからこそ、これからも咲を支えていくと言ってのけたのだ。娘のために形式的な離婚はするかも、という前置きを付け加えるのを忘れずに。
咲はもうこの夫にすがる以外にないわけで、立場も確定している。一生、夫に対して申し訳ない、それでも支えてくれるというなんて、ありがたくて涙が出るんだろう。
咲はそういう女である。だからこそ、H氏の妻になったのだろう。

懲役10年。金づち一本没収。

咲には、懲役15年を求刑されるも、判決は懲役10年、金づち一本没収というものだった。
これは裁判所がある程度絵里子さんの態度が厳しいものであったことを認めたということであろう。

五味家の人々は、すでに亡くなっている夫と離縁し、苗字を旧姓に戻した義母、そして「娘のために」咲と離婚し、急性に戻った母親の姓を名乗ることを検討している夫H氏と、咲との娘の3人で暮らしているのだという。
これもかなり歪な話であり、ここでも「娘を育てていくためには仕方ない」と言ってのけるH氏の感覚がよくわからない。
娘を殺した女の娘の世話をさせられる義母の心、もちろん娘に罪はないが、他にも方法はあるだろうよ・・・

事件からすでに10年が経過し、咲は出所している可能性が高い。富士見町の実家は取り壊され、現在は車両置き場のような土地になっている。
幼かった娘は中学生になり、多分事件のことも知っているだろう。

娑婆に出た咲に聞いてみたい。あの時の夫の言葉に嘘はなかっただろうか。もう知る術はない。

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