おもいあがり~愛媛・高知同居男性傷害致死死体遺棄事件⑤




警察官の後悔

弁護側はタカノ巡査に対し、当日の職務の様子について質問を始めた。
野田さんのことを、「常習者」だと聞いていたその常習という意味についてまず聞かれたタカノ巡査は、
「コインランドリーのみならず他の施設(駅や公民館など)で寝泊まりをしていたことを聞いたから」
と話した。



自宅に到着した際の様子については、
「野田さん自身が気の弱そうな人に思えたので、(光洋に対し)気を遣っていると感じた。理由として、野田さんは帰りたくないといったのではなく、『帰れない』と話していたから。」
と自身の抱いた感想を交え証言した。
弁護人は続いて光洋との接触時について質問した。
「野田さんが家出をよくすると言っていた。しかし心配していたとは言わなかった。野田さんを母屋へ入らせた際、野田さんは無表情、無言。被告は野田さんと親子ほど年が離れているように見えたが、それなのに非常に上からというか、物言いがキツイと感じた。」

タカノ巡査が光洋の野田さんに対する特徴的な対応について述べると、弁護人は待ってましたと言わんばかりに喰いついた。

「そういう、良い印象を持っていない被告に対して、あなたは野田さんを引き渡したんですよね?」

弁護人の意図はあきらかだった。
警察官の目から見ても、光洋が野田さんに危害を加えるようには見えなかった、野田さんの態度からもそれは窺えなかったということを強調したかったのだ。
さらに質問は続く。
「引き渡しても問題ないと思ったんですか?被告が危険だと感じたらどうしてました?」
この、一見どうとない質問だが、実は難しい質問だった。
引き渡したことが警察官として正しい判断だったと言えば、光洋が野田さんに対して暴力を振るうような相手ではないと印象付けられるし、もっと言うと本性を見抜けなかったということである。警察官としてその力量はいかがなものかと思われかねない。
逆に引っかかるものがあったと答えれば、それは警察官としての職務怠慢に取られかねなかったからだ。

ただでさえ、先の逮捕監禁事件を警察が事件化していれば、という声は少なくなかった。
矛先を変えるつもりとまではいわないが、どこか警察の落ち度を強調したいようにも思えた。

しかしタカノ巡査は毅然と答えた。
「(被告を)危険とまでは思わなかった。身の回りの世話をしていると言っていたし、実際野田さんに対し風呂に入って髭を剃ってこいなどと言っていた。ならば、きちんと世話をしてくださいと伝えて引き渡した。」
問題ないと思ったのか、という問いに対しても、
「野田さんが自宅へ自分で入っていった以上、警察官としてすべきことはない」
と言い切った。




それでも弁護人は食い下がり、2度目の通報で臨場した際のタカノ巡査の心境について言及する。
「(2回目ということで)あなたの中で早く店外に出てほしいという気持ちがあったのでは?」
ようは、焦りと苛立ちからとにかく処理することだけを考えて、特に野田さんの様子を確認することなく職務を行ったのでは、と言いたかったのだ(少なくとも私にはそういうように聞こえた)。

それまで冷静で毅然と質問に答えていたタカノ巡査だったが、さすがに質問の意図にピンと来たのか、
「は?いや、(出てほしいとかではなく)出さなければならないと思ってました、職務上。」
とそれまでよりも強い口調で返したのが印象的だった。

タカノ巡査は自身が被告の本当の姿を見抜けなかったことを取り繕うこともせず、事実をしっかりと述べた。しかし、もしも野田さんが助けを求めていたら、絶対に家に帰さなかった、とも話した。

検察からの質問に移る。
野田さんが言葉以外でなにかサインのようなものを出していたことはなかったか、という質問には、少し間をおいてこう答えた。

「家に帰りたがらない様子はあった。自宅は石岡神社のすぐ横にある。本来なら、参道があるので国道から神社に向かう場合、近くて通りやすい道というのがあるが、野田さんはそこを通らず民家や田畑の間を縫って帰った。
後から考えれば、彼はわざわざ『回り道』をしていたように思う。それほどまでに、家に帰れない事情があったのだと今は思う。」


毅然とした態度だったタカノ巡査の背中が、心なし力が抜けたように思えた。警察官として、最後に接触した人間として、野田さんを助けられなかったこと、どれだけ悔しかっただろうか。どれほど時間を戻してほしいと思っただろうか。
もっと事前に情報を持っていれば、救えたかもしれない。もっと光洋を観察し、野田さんの様子を観察すべきだったのでは、おそらく自責の念に駆られているだろうタカノ巡査は、野田さんが「帰れない。家に入れない」と言っていたことを再度証言して証言台を後にした。

「野田犬、わんと言え」



野田さんと光洋は、野田さんの自宅以外でも暮らしていたことがあった。
平成29年の5月ごろ、光洋は知人であるTさん宅に野田さんを連れていくと、以降そのTさん宅に野田さんを「預けて」いたという。
Tさんは他からも人を預かって寝泊まりさせていたといい、複数の「他人」同士がそこで生活していたようだった。

Tさんは野田さんを住まわせることは承諾したものの、なぜ光洋が野田さんと一緒にいるのか全く分からなかったという。
このTさん宅には大勢の人が出入りしていたが、その多くが光洋の野田さんに対する扱いに異様なものを感じていた。

Tさん宅での野田さんは、よく光洋から怒鳴られていたという。それは人目があろうが関係なかったようで、時には痣を作った野田さんを見た。
光洋はことあるごとに野田さんの世話をしていると強調していたが、その割に野田さんはいつも不潔で、ガリガリに痩せていたこともあり、Tさん宅に集まる人にしてみれば光洋の真意が分からないと感じていたようだ。




野田さんは用事を言いつけられてもさぼることがあったといい、そんな時は光洋が殴ることもあったという。夏、風呂場が使えなかった時には庭で行水をさせられる野田さんも目撃されているが、その体は痣だらけだった。

ある時、用事で訪ねてきた別の人物は、衝撃的な光景を目にした。
Tさん宅の居間で、野田さんが裸にされていたという。そして、その首にはロープが繋がれていた。
両手も縛られ、ひとり部屋に転がされている野田さんを見たその人物は、こんなことをするのは光洋以外にはいないと思ったという。
それまでにも、何に怒っているのかわからないが、野田さんに暴力を振るう光洋を見ていたからだ。
あまりにひどいため、その人物が光洋を叱り、野田さんにも「助けようか?」と聞いてみたが、野田さんは助けを求めなかった。ここまでされても助けを求めようとしない野田さんに呆れた気持ちもあり、その人物は以降関わるのを避けるようになっていく。

またTさんは、家に出入りしていた別の人物から、
「犬、飼いよんか?」
と聞かれたことがあった。犬を飼っていないTさんが不審に思っていると、その犬の正体は野田さんだった。
野田さんは犬のように首にロープをまかれ、そのロープの端を光洋が握っていたという。そして、光洋は野田さんに向かって
「野田犬、わんと言え」
と言って笑っていたというのだ。

Tさん宅での生活は8月ころまで続いたが、その頃にはTさん宅に出入りしていた人らは、野田さんを動物以下のように扱う光洋と、そこまでされても助けを求めない野田さんに対してある種の恐怖を抱いていた。

怪しい同居人



光洋の行動に不審な思いを抱いたのはTさん宅に出入りしていた人だけではなかった。
光洋は当初、野田さんの生活の面倒を見ることを目的に野田さん宅に出入りし、野田さんと生活を共にしてきたと話していたが、その一方で不動産売却の話を進めていた。
①の章で説明したとおり、これは野田さんの生活保護受給に必要なことで、不動産があるとなかなか生活保護申請が下りないから、というのが光洋の言い分だった。
しかし、野田さんは平成25年から平成26年11月まで生活保護を受けていたのだ。しかし野田さんが金銭管理がうまくできず、また、役所の指導にも従わなかったなどの理由で受給停止となっていた。

平成28年の夏、西条市の農地委員会に光洋が一人で訪れた。
対応した委員によれば、農地を売却したいという相談だったという。
その際、農地の売却価格がおよそ700万円程度になると話した光洋に対し、委員は
「価格が200万円以上の場合は税務署に先に話をするように」
とアドバイスすると、光洋は
「じゃあ200万でもいいか。」
と、あっさり価格を下げることに言及したという。
普通、どんなに手続きがややこしかろうとも、それを理由に価格を半値以下にする人などいない。そのため、委員は驚いたという。
しかもこの時、光洋は土地の名義が自分でないことは伝えていなかった。




土地の話は他にもある。
西条市内の不動産業者に土地の買取を打診していたのだが、査定額は坪単価52,626円で、131坪の土地で換算するとおよそ689万円となった。この時、光洋は野田さんに委任状と誓約書のようなものを書かせていたのだ。
内容は、土地の売却につき、坪1万円以上で売れた場合の差額はすべて光洋へ手数料として渡す、という信じられないものだった。
単純計算しても689万円のうち558万円が光洋のものになるという内容だ。
(ちなみにこの土地の買取については、不動産業者が査定はしたものの後に(事件前)買い取り不可と回答している。)

さらに、平成29年7月26日。
土地売却がうまくいかなかった光洋は、野田さんを引き連れて公証役場を訪れた。
応対した公証人の前で、光洋が一方的に捲し立てたというその内容は、包括遺贈についてだった。
野田さんが死亡した後、全ての財産を光洋に遺すという遺言を作成してほしいということなのだが、赤の他人に全財産をというのは稀なケースであり、公証人は注意深く野田さんの様子を探ったという。
しかし野田さんからは全く意思が伝わらず、遺贈される側の人間ばかりが乗り気に見えたため、不審に思った公証人も話をまとめきれずにいた。
結局、公正証書は作成されなかった。

このころの話が事件後報道され、光洋のことを不動産業者であるかのような話も出ていたが、実のところ全くの素人がマンガやドラマから仕入れたような胡散臭さ丸出しの浅知恵で野田さんの財産を意のままにしようとしたとしか思えない。
どこからどう見ても胡散臭い。これが通るとは思えない。

しかし光洋は真剣にこれが通ると思っていたようなのだ。
そういう、通る話と通らない話があるという分別が光洋にはついていないように思われた。

土地売却も公正証書もうまくいかなかった光洋だったが、実はまだあきらめてはいなかった。




「おもいあがり~愛媛・高知同居男性傷害致死死体遺棄事件⑤」への4件のフィードバック

  1. 光洋、恐ろしいですね。

    野田さんかわいそうです。
    アザだらけで外で行水させられて、犬の真似させるなんて人間の尊厳が何もない。
    おまけに財産狙われて。

    なんでこんなことになっちゃったんでしょうね。

    1. 光洋は徹底して全ては野田さんのためと言っています。
      それをどう覆すか、検察はしっかり考えていました。
      もう少し続きますのでお付き合いくださいね

  2. こんばんは
    裁判での証人と弁護人の駆け引きの描写と解説は海外ドラマのLaw&Orderなどが好きな自分にはとても興味深かったです

    1. セニョール さま
      コメントありがとうございます。
      通常のまとめ記事だと、なかなか裁判でのやり取りはわからないのですが、傍聴記だとその辺の面白さがありますね。
      今回の高知の裁判は、弁護人も検察官もアツいタイプの方で応酬は見応えがありました。裁判長はほんとにのほほんとした感じのおじさまで、裁判長っぽくない方でしたが、被告の言い訳や隠していたことが明らかになるにつれ、表情が険しくなっていきました。

      検察の隠し玉が後半炸裂した裁判だったので、今後も読んで頂けたら嬉しいです!

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