嘘八百男に振り出し続けた愛の約束手形~臼杵市・交際女性殺害事件⑤~




心中を慫慂したか否か

検察は、冨田が事あるごとに「お前だけを死なせない」「俺も死ぬしかないと思っている」などと由香さんに申し向けたのは、最悪の場合は一緒に死ぬということを由香さんに思い込ませ、由香さんから心中を持ちかけるようにするためで、最初から冨田自身にその気はなかったと主張。
心中を言い出してくれればこっちのものであり、最初から由香さんを死なせる意図があった、とした。
由香さんが殺害を依頼したとしてもそれは自分だけが死ぬことになるとは思っても見ないことで、殺害依頼、すなわち嘱託殺人は成立しないとした。

冨田は実は、5月の末にホームセンターで刺身包丁、鋸、鉈、金づち、さらには寝袋、軍手、つなぎ服などを購入し、自身の軽トラック内に隠していた。
どう考えても「誰かを」殺してバラバラにするつもりだったとしか思えないフル装備である。
検察はこの点にも注目しており、そのころから由香さんを口封じのために殺害しようと目論んでいたと主張した。
簡単に言ってしまうと、死ぬしかないんだと由香さんに思い込ませ、かつ、その時は一人では死なせないと安心感を与え、由香さんが心中だと思い込んだからその相手である冨田に殺害を依頼した、ということだ。

由香さんの証言はなく、ただひたすら冨田の言い分だけで進んだ捜査、裁判だったが、ことの流れを見ていけば冨田に慫慂(しょうよう=そうさせるよう仕向けること)され、思い込まされた挙句、もう、そうする以外にないと由香さんが思っても何ら不思議はなかった。
だってそうじゃなかったらなんで偽造手形乱発できる?気が弱いとか、惚れ込んでいたとか、それ以上に由香さんは冨田の言うことをまるでなにか魔法にかけられているのかと思うほどに信用し切っている。これは、由香さんの性格にもよるだろうけれど、会社の人間にバレてもそれでも冨田を信じ、庇おうとするのは、慫慂どころかやはり相当な洗脳状態にあったとしても不思議ではない。

検察は懲役17年を求刑、対する弁護側は冨田に心中の意図はなく、嘱託殺人を主張した。

平成14年11月22日。
大分地裁の久我泰博裁判長は、検察の主張を退け、嘱託殺人を適用、懲役11年の判決を出した。




悲壮な決意

裁判所は、手形偽造やそれを由香さんに依頼したことについてはほぼ検察の主張を認め、嫌がる由香さんにむりやりやらせたこと、手形偽造の手法も非常に周到で悪質、としたものの、検察が主張した殺人については「殺害の嘱託が由香さんの本心ではなかった、ということの立証がされていない」との理由で成立を認めなかった。

一方で、嘱託があったとはいえ、それに至る経緯を考えれば冨田の行ったことは極めて悪質、厳しい非難に値するとし、冨田を信じて最期は無念のうちに死を選ばざるを得なかった由香さんの心にも言及した。

由香さんの死は、冨田の言動が大きな影響を及ぼしたことは間違いないし、由香さん殺害後、その遺体を手厚く扱うことすらなく、炎天下の車のトランクに放置するなど、自己中心的で劣悪な犯行と断じた。

しかし、由香さんが冨田に対してだけでなく、遺書を残し、死んで詫びるしかないとはっきり書いていたことで由香さんが自責の念に駆られて死を考えていたというのは不自然ではなく、かつ、ところどころに「死ぬのは自分のみ」と考えているように思われる文章が見受けられたのだ。
由香さんは事務所の机や自室の押し入れなどに残した遺書とは別に、7月2日に事務所を飛び出して以降に書いたとみられる、冨田に対するある「手紙」を遺していた。




「最後はあなたからだまされました。
きっと7月、8月も(手形を)やぶってないのでしょうね。その分(の穴埋め)のため,私は生命保険を使います。
これがどういうことか分かりますよね。こんな事思いたくなかったけど、本当は最初から私をだましたの?本人の口から聞きたかったけど時間がありません。
もし、この手紙をあなたが見たのなら、私の最後のお願いです。会社と私の家に行って説明して下さい。」

この文章を見ると、確かに由香さんは冨田に会社と家族に説明してほしいと書いている。これは、心中をする決意があった人間が書いた文章としては、違和感もある。一緒に死んでしまったら、家族や会社への説明は不可能だからだ。
裁判所も、これは心中ではなく由香さんの「悲壮な決意」である、とした。
さらにこの手紙は、以下のように続く。

「あんたの言葉信じて(手形の)耳を破ったんだから。7、8月の金額分からないんだから。
私は生きていないと思いますが心のこりはあんたを殺したかった」

これを、冨田は生き残ることを前提としているからこそ書けたもの、と裁判所は判断したのだ。
加えて冨田の捜査段階での取り調べにも少々問題があった。
取り調べの際、供述をとった警察官が残したメモに、いくつか話を誘導したのではないか、と思われるものがあったのだ。
冨田も公判で、取り調べの際に迎合した、といった主張もしており、そのあたりでも、裁判所としては殺人罪が成立するとまでは証拠がそろっていない、としたようだった。

12月5日、検察は福岡高裁に控訴した。冨田も、量刑が不服として控訴した。




破棄自判、懲役14年

検察は新証拠として、弁護士との接見時のやり取りを提出した。
地裁では、由香さんの遺書や手紙から心中を決意していたとまでは言えず、冨田が心中と見せかけて由香さんに仕向けた、という検察の主張は認められなかった。
加えて、捜査段階と公判で異なる供述をしたのは、取り調べに当たった警察官の誘導に迎合した可能性も指摘され、殺人罪は認められなかった。

しかし、福岡高裁は、冨田が弁護士との接見時に「黙秘権」についての説明も受けており、取り調べに迎合することは有り得ず、冨田が嘘の供述をする必要性が見当たらないと判断。
捜査段階における冨田の信用性を認めた。

そして、由香さんが自殺を決意したのは冨田に嘘の心中を持ちかけられたことが理由であり、また、殺害を依頼したことがあったとしてもそれも冨田に騙されてのことで、由香さんの真意とは言えない、とした。
判決は殺人罪を適用し、原判決を破棄、福岡高裁の近江清勝裁判長は、懲役14年の判決を出した。

その後、最高裁へと上告されたが、最高裁は平成16年3月10日、上告棄却の決定を出した。
これによって、由香さんは殺害を依頼していないこと、そして冨田によって殺害されたことが確定した。




果たされた思い

由香さんは確かに、社会人として、29歳の女性として幼かった面は否めないし、いくら周りが見えなかったとはいえ、会社の関係者らに救いの手を差し伸べられたにもかかわらず、それを無碍にしたことは批判されるべきことだろう。
しかし、だからといってこんな無惨な最期を遂げる必要などありはしないし、被害金額も由香さんの命に比べれば驚くほど安い金額である。
会社の関係者も、最初に分かった時点で由香さんを刑事告発することもできた。そうすればおのずと裏書人である冨田の会社の責任が問われ、そして冨田の悪行もさらされることになったはずだ。無論、由香さんが死ぬことなどなかった。
ただ、それも由香さんを思ってのことだった。由香さんまでもが罪に問われるのは、という躊躇がその時点ではあったのだろう。

会社が被った損害は、その後由香さんの家族が弁済したという。冨田にはそもそも慰謝の能力すらなかったろうし、地裁の判決が出た時点では遺族や由香さんの会社に対し一切の慰謝はなされていない。




冨田は由香さんを殺害後も嘘を吐き続け、こんな芝居まで打っていた。
冨田は由香さん殺害後、なんと由香さんのキャッシュカードを使って金を引き出し、逃走資金に充てていた。
さらに、その金が底をつくと、今度は北海道を旅行中の大学生(!)を装って、行方不明の由香さんを心配する友人に電話をかけ、由香さんが行き倒れているのを北海道で助けたので、由香さんを九州に送り届ける旅費を振り込めなどと言って15万円を騙し取っていたのだ。
このことからも、はなから心中する気など、ましてや自殺する気も全くなかったことが窺われるし、死んでなお搾取され続ける由香さんが哀れというほかなかった。

由香さんは最期に、全部騙されていたことを悟った。だからこそ、「あんたを殺してやりたかった」と遺言したのだ。
ただ、由香さんは本当に殺しを依頼しなかったのだろうか。
由香さんは最期の最期で冨田の本性に気が付いた。だから、自らの殺しを依頼するという手段で、冨田に報いを受けさせようとしたのではないのか。
由香さんが最期の最期まで、冨田に思いのままにされたとは思いたくない。むしろ、冨田は殺す気がなかった、それを由香さんによって慫慂された。

由香さんの運命が変えられないならば、それが真実だったほうが、むしろ胸がすく気もする。

最期だけは。

 


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「嘘八百男に振り出し続けた愛の約束手形~臼杵市・交際女性殺害事件⑤~」への10件のフィードバック

  1. 完結お疲れ様です!
    いつも興味深くわかりやすい文章で引き込まれるように
    読ませてもらっています。

    本当に読めば読むほど胸糞わるく嘘で塗り固めたドクズですね。
    不倫とはいえ何年も深い関係にあった女性を騙しに騙して散々利用した挙げ句殺して放置するなんて血の通った人間のすることとは思えないです。
    自分の為に危ない橋を渡って助けようとしてくれた相手を殺すことはもちろん、遺体を真夏の炎天下の中トランクに放置すれば見るも無惨な姿になってしまうのは馬鹿にでもわかることで
    最後の最後まで良心のかけらもなく怒りが湧いてきます。
    死にたいなどと心にもないでまかせを言いその場しのぎの稚拙な嘘を重ねてごまかし回り、殺してほしいと頼んだ由香さんの方が余程腹がすわってますね。違った形で償ってほしかったですが。。
    あんたを殺したかったと書き遺しつつ、最後二人で泊まりそんな男でも抱かれているところになんともいえない哀しさとやるせなさを感じました。
    嘱託殺人ではなく殺人罪適用の判決となったのが救いです。
    余談ですが、まだみぬきみへ I LOVE YOU は失笑通り越してぶん殴りたくなるレベルでした。

    これからも更新楽しみにしています!

    1. ぶる子 さま
      コメントありがとうございます。
      調べている最中からあまりのクソっぷりにワナワナしてしまいました…
      由香さんは確かに責められる行為をしました。不倫という関係性からも、同情だけする、というのは違うかもしれませんね。
      ですが、こんな酷い最期を強いられる、諸悪の根源であるこの男より重い罰を受ける必要はないと思います。
      あいらぶゆーて、40過ぎた妻帯者が言ったんですよ、ああもう、ホント殴りたい笑
      結果として殺人罪適用になったのは、ご遺族にとってもほんの少しだけ、慰めになったかもしれませんね
      今後とも、楽しみにしていただけると励みになります、コメントもお待ちしてます。ありがとうございます!

  2. はじめまして。
    このサイトは以前から拝見しておりましたが
    なかなかコメントできずにいました。

    しかし冨田という男はドクズですね。
    メールもひらがなだらけで笑えます。知的に問題あるのか?
    不倫相手に貢いだ挙句殺された事件といえば(沢山ありますが)
    一関の宝くじ当選女性殺人事件を思い出します。
    有名どころでは岐阜の教え子殺人でしょうか。
    一関のは宝くじ当選、岐阜のはソープ勤務という資金?
    があったので比較的周りに迷惑をかけずに貢いでおりますが
    冨田は無期でもいいような案件ですよね。

    これからも更新楽しみにしております。
    コロナ禍でみんな大変でしょうが、無理なさらずに…

    1. 遼々さま
      はじめまして。コメントありがとうございます!
      あのメールは裁判所の資料からそのままコピペなので、原文ママと言うやつだと思います、平仮名だらけ、あとやたらと!を句読点がわりに使ってるのもなんだか読む気が失せますよね
      本当に、個人的には無期でもいいと思います、ただ、法律上はそうもいかないんですよね。もどかしい。

      由香さんは批判されても仕方ない部分は少なくないです。
      でも、今回の記事ではもうそこはいいか、と思いました。それくらいにこの男はクズです。

      今後もあまり知られてないような事件が多くなると思いますが、またお読みいただけると嬉しいです。

  3. 読み応えありましたー。

    他の方も書かれてますが、平仮名の頭悪そうなポエムどうにかして欲しいですよね。
    尻がムズムズします。
    被害女性は、それを読んでも冷めなかったんでしょうか‥。
    しかもオッサンだし。かなり年下の愛人に1万円お小遣いもらうオッサン‥。

    会社のお金に手をつけたのは許されない事ですが、会社が刑事告訴して、そのあと給料から毎月10万天引きしてれば4年とかで返せたのに。

    その間は実家で監督しますってしてれば死なずに済んだ事ですよね。
    冨田の奥さんにも全部バラしてやれば、もう近寄れなかったでしょうし。

    後から言っても遅いですが、哀れな女性でしたね。

    1. ちい さま
      いつもコメントありがとうございます
      ホントですね、なんでこんな男に…と思ってしまいますが、由香さんが冨田と出会ったのは22~3歳の頃のようで、その頃冨田はバリバリやってたみたいなんですよね
      大人の男、という感じで惹かれてしまったのかもしれません。
      おっしゃる通り、きちんと働いて真っ当な謝罪ができたはずですし、会社も恐らくそのつもりだったと思われます。
      そんな真面目な由香さんなのに、なんでこんな結末になってしまったのか、本当にやるせないです。

  4. こんにちは。更新ありがとうございます
    タイトルが相変わらず秀逸で、いったいどんな事件なのかな?と読む前から興味をそそられました。そしていつもながらサブタイトルの方も的確で、このサブタイトルがあるからこそ時系列などがわかりやすいと思います。
    さて今回の事案も私はまったく知らない事件で、まぁこのような愚かな女性がまだいたのか!と少々ショックを受けています。男女間の色恋沙汰にお金が介在するのはよくあることで、それが自分で融通できる金額なら、私は全然OKなのです(民事)。傍から見たらどんなクズ男でも本人は好きなので仕方ないことだと思うからです。でも今回のように会社のお金に手を出す(刑事)のは理解できないし許せないです。由香さんも最後には事の重大さに気づき、真面目で責任感があったから追い込まれていったのだと想像します。一番悪いのはオトコだけれど、由香さんも優柔不断で歯がゆくて、もっと賢くなるべきだった。誰かが助言するというより、由香さん自身が強くならないといけなかったと思うのです。

    管理人様のこのサイトと出会って、いろいろな事案を知ることができています。中には想像もつかないような顛末の事件があって「私だったら~どうしただろう」と自分を当事者に置き換えて考えることもあります。そして登場人物を反面教師にしながら、私は同じ過ちはしないと肝に銘じています、とてもべんきょうになります、ありがとうございます。

    1. チューリップ さま
      いつもコメントありがとうございます、また、お褒めの言葉もありがとうございます、恐縮です(汗)

      傍から見れば「なんでそうなった?!なぜ信じた?!」というようなことでも、当事者、ましてや恋愛が絡むとこうも悲劇が起こってしまうのかという事件でした。
      勝手な想像ですが、由香さんは一人娘だったのかな、ご両親に護られてずっと来たのかなと思ったりもしました。
      普通、父親が勤めている会社に転職って、若い子は嫌がりそうなものなのに、由香さんはお父さんと同じ職場に勤務していた。
      なんというか、幼さ、甘さが拭えないのは、そういう面もあったのかな、とも感じました。
      冨田に対する思いも、どこか父親のような頼れる男性に惹かれたのかなぁ、とか。
      実際の冨田は頼れるどころかゆかさんに小遣いをせびる男だった訳ですが、年上と言うだけで惹かれたのかもしれません。

      いずれにせよ、どうにか出来ていた、由香さんは死ななくてよかった事件ですね。

      私の個人的な趣味でやってるサイトですが、それを活かしてくださり、応援してくださって本当に励みになります。
      今後もよろしくお願いします。

  5. 初めまして。
    全ての記事を吸い込まれるように数日掛けていっき読みさせて頂きました。
    ひとことお礼をと思いコメントさせて頂きました。ありがとうございます。
    今回の記事も深い感銘を持って拝読しました。
    事件そのものは禍々しい出来事ばかりですがその文章はとても美しいです。完璧な数学を見ているような気にもなります。それに心を鷲掴みされ抉られるようなエキサイティングな文のくみたてに驚きます。そして登場人物の心理をとてもよく描写されていらっしゃる。毎回最後の〆も素晴らしいです。こちらの記事はもう中毒症状になっております。次回作も心より楽しみにしております。

    1. buhibuhi42 さま
      はじめまして。コメントありがとうございます!
      そして過分なお褒めの言葉、恐れ入ります…完璧な数学だなんて最高に嬉しいです。

      事件自体を時系列で追う、それは私にとってはつまらない。おっしゃる通り、組み立てにも私なりの考えがあり、それを理解していただいて感激しております。

      事件によっては資料がほとんどなくて、判決文のみ、というものもあります。しかし判決文は、地裁のものだと結構詳しく書かれていることがあるため、それをいかに構築し直すか、書く側にとって苦しくもやりがいのある作業です。

      最近では事件のルポ、ノンフィクションは少なくなりました。これからもライフワークとしてずっとやっていきたく思っています。
      よろしくお願いいたします。

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