まばゆすぎた隣の芝生~浦和市・社宅乳児殺害事件①~




平成12年8月19日午前11時15分

「あら、この傷どうしたのかしら……

母親は、生後半年の娘の手と足に、爪痕と痣があることに気が付いた。
酷くはなかったが、今朝着替えをさせた際にこんな傷あとは気づかなかった、というよりも、なかった。
「爪が伸びてたのかな、何か気付かなかった?」
母親は、たまたま遊びに来ていた同じ社宅に住むママ友に何気なく訊ねた。
「このくらいのときは、よくあることよ」
ママ友は事も無げにそう言って笑った。
そうよね、気にしすぎね。母親は腕の中の娘に微笑んだ。



平成13年7月4日さいたま地裁

「主文。被告人を懲役12年に処する。」

その日、さいたま地裁の金山薫裁判長は、髪を後ろで一つに縛り、眼鏡をかけたその女に判決を言い渡した。
「何か述べる点はありますか?」
直立不動で判決を聞いていたその女は、
「特にございません。」
そういうと、深々と裁判長に頭を下げた。

傍聴席には、女の後姿に厳しい視線を投げかける夫婦の姿があった。しかし女は、その方向に目をやることもなく、退廷した。

「(たった)12年なんて、許せないね。」

妻はそう、心の中でつぶやいた。この夫婦の生まれたばかりの一人娘は、今年の1月に死亡していた。その約4か月前に、娘はこの裁判の被告の女によって、意識不明の重体にさせられていたのだ。
幼い娘は意識が戻ることなく、たった10ヶ月の人生を終わらされた。
あの日から、身長が5センチ、伸びていた。

「今のままでは絶対に終わりにはできない。被告の家族も、なぜこんなことになったのか真実を明らかにするために協力してほしい。そのためには民事裁判も考えている。」

夫は涙ながらに声を振り絞った。
その言葉通り、平成151031日、さいたま地裁で被告の女に5474万円の賠償命令が命じられた。夫婦が起こした民事裁判の結果だった。
しかし、夫婦の悲しみが癒されることはなかった。
「なぜ娘が殺されたのか分からないまま判決になり、不本意。」

裁判を通じて、被告の女はなぜ事件を起こしたのか、具体的な説明をしてこなかった。結局、夫婦はわけのわからないまま、最愛の娘を奪われ、裁判は終わってしまった。

被告の女と、この夫婦の間に何があったのか。

それぞれの、それまで

運命が交錯したのは、平成99月のことだった。
女は名を佐々木恵子(当時34歳)といい、夫と二人の男の子との4人暮らしだった。
それまでは川口市内の賃貸アパートで暮らしていたが、夫の勤務先である建設会社の社宅へ越すことになり、社宅のある浦和市(現・さいたま市)へやってきたのだ。

恵子の家族が入居したのは、社宅の2階。
恵子は引っ越してすぐ、真上の部屋に住む同い年の主婦、酒井真理子さん(仮名/当時34歳)と親しくなった。
社宅ということで、夫同士も同じ会社、酒井家には子供がいなかったものの、それ以降家族ぐるみで付き合うようになったという。
お互いを下の名で呼びあい、日々の買い物にも連れだって出かけるなど、周囲でも仲の良い二人として知られていた。

酒井さん夫婦に子供が出来てからも、恵子は先輩ママとしてベビーベッドを貸したり、真理子さんに育児のアドバイスをするなどつきあいは変わらなかった。
恵子はもともと明るく人当たりも良かった。

真理子さんもそんな恵子を同い年とはいえ頼りにもし、育児グッズの貸し借りや、時には旅行にも出かけるなど非常に信頼を寄せていたようだった。




疑われた母親

その日も、そんなそれまでの日常と何ら変わりがなかった。午前中、真理子さんは恵子から借りていたベビーベッドを返却するため、恵子を自宅に招いた。
恵子は午前10時ころに2歳の次男とともにやってきて、いつものように世間話やお互いの夫婦の愚痴などを言い合っていた。

真理子さんは、娘の美保ちゃん(当時生後6か月)がぐずったため、ミルクと離乳食を用意しに台所へ行き、その間、恵子に美保ちゃんを託していた。
しかし美保ちゃんがぐずり続けたため、先にミルクを恵子に手渡し、真理子さんは再び離乳食の準備のために台所へ戻った。
そして、離乳食を手に美保ちゃんのもとへ戻った際に、手足の痣と傷に気が付いたのだ。
冒頭の通り、爪が伸びていたのかな、もしかしたら恵子の次男がいたずらしたのかもしれない、真理子さんはその程度に考え、特に気にもしていなかった。

昼になり、一旦恵子は次男を連れて自宅へ戻ったが、午後2時ごろ、真理子さんは恵子から
「プールを出すからいっしょに水遊びしない?」
と誘われ、美保ちゃんと恵子の自宅へ行った。
1時間ほどしたころ、真理子さんは美保ちゃんのミルクを用意するため、恵子に美保ちゃんを託して自宅へ戻ったという。
真理子さんが再び恵子宅を訪れると、美保ちゃんは眠っており、ミルクは後にすることにしてそのまま美保ちゃんを連れて自宅へ戻った。

しかし、夕方になっても美保ちゃんは起きる気配がなく、様子がおかしいと気付いた真理子さんはタクシーで病院へ向かった。
幼い娘の異変に気が気ではなかった真理子さんだったが、いつまで経っても診察が終わらないことに益々不安は募っていた。

そこへ、警察官が現れた。




何事かと訝る真理子さんは、警察官と医師から、「娘さんの体には虐待された形跡がある」と告げられ、さらには美保ちゃんが意識不明の重体であることも聞かされたのだ。
美保ちゃんは、左後頭部(側頭部含む)打撲、左側側頭部皮下出血、頭蓋内出血、硬膜下出血(血種含む)、能全域の挫傷により脳腫脹が生じるという重篤な状態だった。
真理子さんには当然虐待をした覚えなど一切なかったが、かといってここまでの怪我を負うような過失にも全く思い当たる節はなかった。

警察に執拗に事情を聞かれた真理子さんは、話の流れで1日の出来事を順を追って説明したが、それでもなぜ娘がこんな怪我をしたのか、まったく思い当たる節がなかった。
警察は、その日美保ちゃんと接触があった恵子からも事情を聞いた。恵子は、真理子さんに美保ちゃんを返した際、何も変わった点はなかったと話し、真理子さんもまさか信頼するママ友が美保ちゃんに危害を加えるはずがないと思っており、ただ混乱するばかりだった。

しかし、事件から3日後、恵子は夫とともに浦和署を訪れ、
「美保ちゃんの太腿のひっかき傷は、かゆがっていたので掻いてあげた際に誤ってつけた傷かもしれない」
「午前中、抱き上げた際に眩暈がした。その時、サッシに美保ちゃんの頭が当たった」
「午後、再び赤ちゃんを抱き上げた際、誤って落としてしまった」
と話した。
警察は事情を聞いたうえでその日は恵子を帰したが、恵子の釈明は不自然な点があった。
誤って落とした、という程度で脳挫傷を負うほどの怪我になるだろうか。そもそも、育児経験のある大人が、1日に2度も誤って赤ちゃんを落としたり頭を打ち付けたりするだろうか。
さらには同行した夫の態度も気になっていた。

警察は故意の可能性も視野に入れて、95日、再び任意で恵子から事情を聞いた。

「すみません。死んでもいいと思ってわざと頭上から落としました」




心の闇

恵子は殺人未遂の疑いで逮捕された。
実は恵子の夫は、早い段階で妻がわざとやったのではないかと気が付いていたようだった。
捜査関係者が夫の態度が気になったのは、そういった夫の心の内が態度に表れていたのかもしれない。

美保ちゃんへの虐待の疑いをかけられた真理子さんは、恵子が美保ちゃんに危害を加えたことを知って深く深く傷ついた。
信頼しきって、なんでも相談出来た大切な友人のはずだった。その一番の親友に、大切な娘が殺されかけたのだ。
真理子さんだけでなく、夫の陽介さん(仮名/当時38歳)も驚きと悲しみに打ちひしがれていた。

恵子の夫とは同僚であり、家族ぐるみの付き合いをもう3年続けて来ていた。
妻の善き友人として、夫婦で信頼していた家族だった。それが、なぜこんなことをしたのか、されなければならなかったのか、酒井さん夫婦には全く理解不能の出来事だった。

周囲の人らも一様に首をかしげる。
「本当に仲が良かった。子供も年が近いし、いつも一緒だったし、どうしてこんなことに
双方を知る人らは、真理子さん夫婦に同情する一方で、恵子がそんなことをするような人間にも思えず、困惑しかないといった状態だった。

しかし、恵子は違った。

「酒井さんの家庭が妬ましかった。越してきてからずっと不満があった。」




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