やつあたり~高野山写真店主殺害事件②~

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見えない「理由」

裁判は平成19129日から和歌山地裁で始まった。
事件から9か月が過ぎ、季節は冬になっていた。
裁判では殺意の有無が争点となり、「死んでも構わないと思って爆発的に暴行を加えた」とする検察と、「死んでもいいという意識すら持ち合わせていないほど、行動を抑制できない状態だった」と主張する弁護側が真っ向対立した。

少年も罪状認否で、検察が述べた「鬱憤を晴らすために暴行した、というところは違います。殺意があったというのも違います。」と殺意を否認。
一方で、「では殺意はなかったのか」と聞かれても「よく覚えていない、炊飯器や電気ポットも覚えていない」と話し、なぜ久保田さんを標的にして執拗な暴行を加えたのか、さっぱりわからないといった状態だった。

2回公判はさらに混迷を極めた。
久保田さんへの暴行について、最初に殴った後、「爆発したみたいな感じ。止まらなくなった」と述べる一方で、暴行中の気持ちについては「わからない、はっきりしない」と述べた。

その後、裁判官からの質問で「ぐちゃぐちゃにしたい、という気持ちがあったのでは?」と聞かれると、しばらく沈黙し、答えを促されると唐突に、
「今年の1月、事件当日と同じ感情が起きたんですよ。逃げたいという気持ち。」
と話した。困惑気味に裁判官が「それで何か行動に移したの?」と問うと、少年は
「頭の中で人を殺すシミュレーション」
と答えた。

1月と言えば裁判が始まる直前である。自分にとってイラつくことが近づき、逃れられない状況になると湧き上がるというその感情はその場にいた誰にも理解不能だった。
弁護人ですら、そんな話は聞いていなかった。
「ものには当たっていないようだから、言葉をそのまま受け止めてはいけないのではないか」
そう庇うのが精いっぱいの様子だった。

この、挑発ともとれる少年の発言の真意はなんだったのだろうか。この日、少年は荒れていた。
別の裁判官が話したことに食って掛かる場面もあった。

裁判は精神鑑定の鑑定医の証人尋問を経て、625日、検察が懲役15年を求刑した。
ここまでの間に、少年は「母親への不満が事件に関係している」と改めて述べていて、それを受けた裁判長が、「母親に注文があるか?」と訊ねると、「何もしてほしくない」と答えた。

弁護側は傷害致死にとどまると主張し、医療少年院で矯正の道を歩ませる処遇を求め、結審した。

判決

平成19731日。
和歌山地方裁判所で開かれた判決公判で、成川洋司裁判長は、検察の懲役15年の求刑に対し、懲役5年から10年の不定期刑を言い渡した。
弁護側は控訴しない意向を伝え、検察も期日までに控訴しなかったために815日、少年の不定期刑が確定した。

事件の重大性からみれば、あっけないと言わざるを得ないほど、短い裁判だった。
遺族は、逆送が決定した時点でコメントを出していた。

「抵抗できない老人に対し、家財等を凶器にして、暴行を加えた犯行の残忍さからして、法的に相応の責任を負うものと思っておりました。

加害少年の審判結果につきましては、司法機関が公正な判断を下されるものと信じており、いかなる結果がでたとしても、その判断を尊重したいと考えております。

今後、相応の責任を負い、十分な矯正がなされ、加害少年ならびにその家族が心よりの反省と謝罪をし、このような残忍な事件を二度と起こさず、私たちと同じ苦しみを味わう方が今後でてこないことを願います。

遺族としては審判結果や今後の裁判がいかなるものとなっても、命が返ってくるものでない以上、加害少年が適正な法手続きに従って、法に定められた相応の社会的責任を負い、その後、期待される更生を果たされることを希望するところです。」

久保田さんは数年前に長年連れ添った妻を亡くし、以来一人暮らしだった。
姉妹がいたが、報道などを見る限り、子供はいなかったようだ。
遺族の一人である久保田さんの甥は、「高野山で生まれ、高野山で生き、高野山で亡くなったおじと、今回の事件があまりに結びつかない」と悲しみとやるせなさと困惑の入り混じった感情を吐露した。

量刑については、少年事件の場合は少年法512項の緩和の規定が適用され、本来無期懲役とすべきところを懲役15年と検察は判断した。
しかし裁判所は、
「本件が18歳以上の者によって犯されたものと見た(すなわち、被告人が犯行時16歳の少年で社会的スキルの未発達等の未熟性があることを捨象した)上、前記した本件事案の重大性、犯行動機の理不尽性、犯行態様の悪質性、被害感情の厳しさ等の諸事情に加えて、従前の科刑の動向をも総合勘案した
場合、本件について無期懲役刑を選択してこれにより処断することは、重きに失する」
と判断、この事件は18歳以上の者が犯したと考えた場合に無期懲役以外にない、と認められた場合にのみ少年法51条第2項は適用されると述べた。
つまり、今回の場合は無期懲役以外にない、とは言えないため、長期3年以上の刑が相当であるから、少年の場合は少年法521項によって緩和され、5年以上10年以下の不定期刑が相当である、としたのだ。(わかりにくい……。)

少年がやったこと


裁判所は、少年のやったこと、その他有利不利全ての事柄を勘案した結果、成人の場合の無期懲役以外に選択肢はない、とは言えないと判断した。
そうなんだろう、法律上はそうなんだと思う。

しかし、久保田さんの最期を知れば、どうしてもそうは思えないのも事実だ。

久保田さんは身長155センチと、非常に小柄な男性だった。対する少年は170センチを超え、体重も60キロ以上あった。
年齢差はもちろんのこと、体格においても少年は圧倒的優位に立っていたのだ。

少年は久保田さんに一撃を食らわせたあと、逃げ惑う久保田さんの衣服をつかんで引き倒し、たまたま見つけた電気ポットで頭部や顔面を殴打しまくり、炊飯器でも同様の行為を行った。
さらには、これも久保田さん宅で見つけた料理ばさみの先端部を後頭部に複数回突き刺し、失血性ショック死させたのだ。

久保田さんの受けた傷は、頭部、顔面部の多数の挫裂創、刺創、頭蓋骨陥没骨折、鼻骨陥没骨折、右手の甲、掌刺創、創傷となっている。
右後頭部から頭頂部、右前額部には長いもので7.5cmの挫裂創が認められ、これは鈍器によって執拗に強打されたものだった。
また、久保田さんが必死で頭や顔を庇おうとしたため、右の薬指の刺し傷は指を貫通していたという。これは料理ばさみでの傷と思われるが、それが貫通するほどの力で突き刺されていたのだ。

凶器とされた電気ポットも、ティファールみたいなプラ製のちゃっちい軽いものではなかった。昔ながらのステンレス製である。
それらで、久保田さんの頭部や顔面を狙うかのように、「くそ!」「ぼけ!」などと罵りながら複数回殴打し、その傷が失血死を招いた。

さらに、犯行後の少年の行動には言葉を失う。
少年は血の海の中、わけもわからないままに悶絶しながら絶命しようとしていた久保田さんを横目に、冷静に血の付いた手指を洗い、返り血のついた制服を脱ぎ捨てたのだ。
しかも、血を踏みたくないという理由から、久保田さんの背中を踏みつけてその場を去ったのである。

恨みがあったわけでもない、一切の落ち度などあろうはずもない老人を、少年は抑制された鬱憤だかストレスだか知らないがそれの捌け口にしたのだ。
自分の親が、祖父が、こんな目に遭わされたとしたらと考えるのも悍ましい。自分がどうにかなってしまいそうだ。
少年は「誰でもよかった」とも言ったが、一方で久保田さんのことを「高野町で唯一知っていた大人」であり、かつ「高齢で抵抗されにくい」と考えて写真店へ行ったのだ。

久保田さんはそんなくそムカつく八つ当たりで、父親から譲り受け、長年地元の人々と暮らしたその店で、妻との思い出の詰まった家で、孫のようにも思える16歳の少年に命を奪われたのだ。

それでも少年に科された罰は、5年以上10年以下というものだった。

「やつあたり~高野山写真店主殺害事件②~」への4件のフィードバック

  1. 少年だろうが成人だろうが、やった内容の酷さで科刑して欲しいですよね。
    なんで子供なら軽いのか本当に理解できない。
    そんな奴に更生の機会なんて与えなくてもいいとすら思います。

    被害者の方が気の毒すぎますよね。
    自分の親だったら、その少年に同じことやってやりたい!とみんな思うと思います。

    コンクリ事件の犯人も出てきて結婚したり再犯したりやりたい放題だし、死刑にすれば良かったのにと思えてなりません。

    1. ちい さま
      人を故意に死なせた場合は、そこにどんな事情があっても相応の罰は与えられるべきです。
      少年であれば未熟だから、というのは分かりますし、更生の機会を奪うことの問題も分かります。
      同時に、仇討ちを禁じている以上、司法がその無念を晴らす役割も担わなければ、とも思います。
      久保田さんのご遺族は立派でした。どのような判断が下されようと受け入れ、少年にはしっかり更生して欲しいと述べられています。
      高野町という土地柄もあったのかな、そんなことも感じました。

      この少年はどうか更生していて欲しいと願いますが、再犯したやつはもう言葉がないですね…

  2. 何が起きたのか。なぜ久保田さんだったのか。なぜ高校生が。なぜ?なぜ?

    もう何年も前の小さな町の事件を記事にしてくださってありがとうございます。

    盆暮れに挨拶の品を贈るくらいには知りあいでした。
    新聞で事件を知った時の驚き。遠い町に住み、直接事件について聞ける人もおらず新聞の情報だけではなにもわからずただ案じるだけ。
    山内の雰囲気と私が知る久保田さんの人柄と高校生が犯人であるという殺人事件がどうしても結びつかなくて。ずっと気になっていました。

    身体中の血が逆流するような怒りと、あまりの刑の軽さに対する虚しさと、やはり久保田さんにはなんの落ち度もなかったことへの安堵といろいろ感情が入り混じっていますが。

    この高校生が今大人になり自身の犯した罪の大きさに気づき本当の意味での更生を果たされている事を信じたい。命の重さを知らずに育つ子供がいなくなる社会を望みたい。

    そして少年法が一日も早く見直されますように。

    この記事と出会えてよかった。

    改めて久保田さんのご冥福をお祈りします。
    合掌。

    1. 柳原伊規子 さま
      コメントありがとうございます。
      古い事件ですが、詳細を知ってまとめずにはいられませんでした。
      少年事件ゆえ、報道も深くはなされなかったかもしれません。
      久保田さんとはお知り合いだったのですか。
      どの資料を見ても、久保田さんに一片の落ち度もありませんでしたよ。
      たとえば少年が店に来た時なにかトラブルがあったとか、そういったこともいっさいありません。
      少年も認めていますが、本当に久保田さんは思いつきだったようです…
      久保田さんに落ち度がない、でも余計にやりきれませんね。
      お辛い思いをさせたかもしれませんが、記事を認めてくださり感謝します。

      ありがとうございます。

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