悲しみのある風景~自死・無理心中からみえるもの③~

親切の消費期限




愛媛県民は何度も言うが非常に親切である。老若男女問わず、みな見知らぬ人にも優しい。しかし、実はこの親切心、優しさがどうも他人を追い詰める要因になっていないだろうかと思っている。

自死を選択する人は、だれしも悩みを抱えている。幸せの絶頂で自死を選択する人はまずいないだろう。
よそで生活していてトラブルを抱え、心機一転、穏やかな気候と人柄というイメージの愛媛にやってきたとしよう。そこで、思っていた通りの親切を目の当たりにし、自身も実感する。あぁ、愛媛の人はあったかいな・・・そんな思いに包まれる。

かし、その親切の消費期限はびっくりするほど早いのだ。サバより早い。

一度親切にしてもらえたことに喜び、「何かあればいつでも相談してね」「できることがあれば言ってね」そんな言葉を真に受け、自分のつらい身の上や悩みを話せる気になって、勇気を振り絞って話してみる。
そのあと、多くの人は失望するのではないか、話すんじゃなかったと思うのではないか。
愛媛県民は親切である、しかし、だからといってそれに甘えられたり、頼み事などを現実として持ち掛けられると途端に距離を置き始めるのだ。本音と建て前というか、愛媛県民の親切心は言葉を選ばずに言うと「見栄」に近い。親切な人、いい人と思われたい気持ちが強いため、「いいお天気ですね」ばりに「何でも相談してね!」と言ってしまうのだ。
もちろん、中には本気で何とか力になろうとする人もいる。しかし、家族にそれを相談した途端、「関わるな」「他人の問題に口を出すな」と言われて諦める、そういったケースもある。(当サイトの記事、「おもいあがり」においては、まさに他人の手助けをしていた男が常軌を逸していく事件を取り上げたが、あれはそもそも弱者を助けることによって自己満足を得ようとしていた話であるため、ちょっと違う)

そんなのは全国どこにでもある話だと思われるかもしれないが、これが東京だったら、「所詮そんなもんだよなぁ」で終わると思う。イメージとして、他人に対して淡白と思われているからだ。期待するほうが馬鹿だ、で終わる。
しかし、温厚なイメージ、田舎特有の世話焼き、親切なイメージしかない愛媛で、思ってもみない対応を受けた際のダメージは大きいのではないか。
しかも、自分が一番知られたくない悩みを知られてしまったうえに、距離を置かれるとか、これはかなりキツイ。そこへ、田舎特有の「ヒソヒソ」が加わるとすれば、精神が弱い人なら家から出られなくなってもおかしくない。


よそから来た人に限らず、もともと愛媛で暮らしてきた人でも同じだ。愛媛の人は他人にあまり相談しない。してもネタにされるだけだとわかっているからだ。
「何でも相談してね、できることは言ってね」というのは、単に娯楽として他人の不幸を収集する手段に過ぎないとわかっているのだ。
若い世代は別として、ただでさえ人目を気にする県民性であるので、結局自分で抱えてしまい、選択肢がどんどん削られていく。
最終的には、もうすべてを終わらせる以外に選択肢がないような錯覚に陥ってしまうのではないだろうか。日本人は積極的に死を選ばざるを得ない状況に陥っている、と、自殺対策基本法成立に携わり、2009年には内閣参与も務めた清水康之氏はいう。そしてそれは、選択肢が元から少ない地方都市においては都会に比べて多いように思う。

こんなはずじゃなかった




先に這い上がることが出来ない街、と表現したことについてもう少し掘り下げてみたい。
愛媛県は観光のほかに、漁業、農林業、畜産業に従事する人々も少なくない。特に柑橘系は近年のブランド指定などで人気を博しているし、漁業においても鯛やハマチといった人気の魚の養殖やブランド化も進んでいる。
工業系でも、砥部焼や今治タオルはもはや世界的な地位を獲得しているし、その業界で国内上位に君臨する企業、日本食研、今治造船、三浦工業、大王製紙グループなどが工場や本社を置き、住友系、帝人、太陽石油などの大きな工場、関連会社もある。

愛媛は高卒者の就職も多く、またまじめな県民性もあって、給料が安くても大きな工場などで地道に働くという人は少なくない。どんなに給料が良くても、聞いたことがないようなベンチャー企業よりも、地元に根付いた大企業で週休二日、盆と正月は休めて年収300万のほうが評価が高いのだ。
学歴を見ても、そもそも旧帝大、東工大一橋、早慶出身者が愛媛で就職というのは地元大企業の幹部候補か公務員、医療系を除いて稀であり、愛媛大、岡山大、広島大、このあたりで「優秀ね」となる。ちなみに中四国で就職する際、一番強い大学は松山大学である。旧松山商科大学のルートが結構強いらしく、私立大としてはびっくりするほど学費が安いということもあって近年人気らしい。

とにかく、かたい道を選択する人が多く、そういう人が愛媛に残る。逆に、そういう県民性だからこそ、なかなか新しい事業が大きくならないという面もある。

そしてそのまじめさは、時に柔軟さに欠け、同じ業界内でも格差を生み、一度あぶれてしまったらなかなか戻ってこられないという厳しい面も持っている。
まじめさは頑なさでもあり、他人に哀れまれたくない、同情されたくない、そういう見栄も併せ持っていて、失敗は自分で何とかしなければ、という気持ちを持つ人が少なくないのだ。特に、40代~50代の家庭でも職場でも責任感が求められる年代には、全国的にもその傾向が強いように思う。
平成29年、松山市の40代男性自殺死亡率は、全国の割合が19.2であるのに対し、なんと28.1となっている。ちなみにこの年の市区別の自殺死亡率で見ると、男女ともに松山市がトップである。あの秋田市と青森市を抜いているのだ。
文春オンラインでこの記事をまとめた渋井哲也氏によれば、自殺率の高い地域は最低賃金が全国的に見ても低い傾向にあるという。
ワーストランキング上位の青森、秋田は平成28年度の最低賃金が7378円で、全国的に見ても2番目の低さだ。愛媛はというと、それに次ぐ739円だった。




一方で、たとえば大阪府は都道府県別でみると自殺死亡率は一番低いのだが、行政区別でみると西成区が全体のトップに躍り出る。沖縄県も、女性の自殺死亡率は全体の下から2番目と低いものの、男女合計の都道府県別でみると18位まであがってくる。
さらに興味深いのは、ワースト12位の秋田青森の場合、県全体で12位であり、県庁所在地(秋田市、青森市)で見てみると実はぐっと自殺死亡率は下がるのだ。おそらくこれは、県内でもわりと山間やへき地での自殺率が多いのだと思われる。それこそ、第一次産業従事者や高齢者の割合が他に比べて高いのだろう。
一方の松山市は、県内で一番自殺死亡率が高いのだ。私は松山市に住んでいるが出身は別の市町村である。松山が大都会に思えるほどの山奥の出身だ。経済的にも目玉産業もなく店もない。災害もあったり地場産業の衰退、観光はない、公務員、医療系従事者以外は非常に厳しい生活を余儀なくされている土地である。
しかし、自殺者はそんなにいない。松山のようにたとえ失業しても職さえ選ばなければなんとかなるとか、そんなレベルではなかったにもかかわらず、皆たくましかった。

それが松山だと、自死という選択肢が現実味を帯びてくるのはなぜなのか。

実際に住んでいるものとして感じるのは、松山市が住みよいのはあくまで一般的な生活を営めているという前提がある場合でのみ、言えることだということ。
失敗したり、心機一転やり直すには、まったく向いていない地域性があるのではないかということだ。

たとえば職を持っていて、家族もいて家も買ったとしよう。贅沢はできなくても、ごく普通の生活はおくれている状態から、大黒柱が職を何らかの理由で失ったとしたら。
転職がうまくいけばいいが、先にも述べた通りうまくいくケースはそんなに多くない。ましてや、病気やケガでの離職の場合、はっきりいって再起は難しいだろうと思う。もちろん、退職金や年金、保険などが充実していたり、年齢的にいいタイミングとなることもあるだろう。しかし自殺者の多くは、そんなタイミングにはまだ遠い、40代から50代だ。家を売ろうにも、そもそも買い手がいないためなかなか折り合いもつかない。
一家に一台の車の維持費が途端にしんどくなるが、手放せば生活できなくなる。
最低賃金の話が出たが、愛媛県の賃金は安い。年収300万円台で家族4人暮らしとかザラだ、というか、それでやっていけるからある意味「住みやすい街」なのかもしれないし、ガツガツしない県民性から、ストレスにさらされることも少ないと思われるのだろう。
しかしこれは「年収300万で余裕ある暮らしができる」わけではないのだ。いっぱいいっぱいギリギリ、そしてそれで結構満足している層がいる、そういうことだ。(実家が太い人は除く)
したがって、世帯収入に減少がおこれば、途端に生活は苦しくなってしまう。
現に松山市は、最新版ではないが四国4県の県庁所在地のうち、一番世帯収入が少なく、2008年から2011年の3年間の生活保護受給世帯増加率は30パーセントに迫る勢いで、四国で一番増加している。
まるで、綱渡り状態の暮らしが当たり前の風景として実は存在しているのだ。まじめだけれど、上昇志向にかけ、場合によっては努力して高みを目指す人の足を引っ張る……。そんなことは嫌というほど目にしてきた。勉強を頑張る子供よりも、野球を頑張る子供のほうが評価されるのも、愛媛独特かもしれない。

松山という街は、経済的にもそして人も、弱った人や失敗した人を受け入れるキャパがそもそもないのだ。
みな、いっぱいいっぱいだから。でも、一見親切だから何とか話は聞くし、助けるよと手も差し伸べてくれる。でも、実際に頼られると途端にしんどくなってしまう。そりゃそうだ、もともとそんな器じゃないのだから。
けれどそれは住んでみないとわからないし、イメージはすこぶる良いもんだから誤解してしまう。
おそらく、日本一「こんなはずじゃなかった」と思われる街かもな、と思うのだ。

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「悲しみのある風景~自死・無理心中からみえるもの③~」への2件のフィードバック

  1. これじゃあ一番安定しているのは独身でいることになってしまいます
    私も独身です。(低収入ですが実家が太くて車がいらない場所に住んでいる)
    私はもっと独身税(批判があがるだろうけど)をとってほかの子育て世代に回せないかなと本気で思っています
    子供と第一次産業は未来のパイプラインだと思っているので
    そこらへんに税金を投入してくれたらいいと思います

    1. 田代まさしファン さま
      お久しぶりです、コメントありがとうございます。
      独身の方が率先して独身税を、とおっしゃるのは珍しいような、勉強不足でしたらすみません。
      子供と第一次産業はおっしゃる通り、未来へのパイプラインです。そして、かけがえのない、国の宝ですよね。
      今この瞬間にも、生命を絶とうとしている人がいると思うと心がザワザワしてたまりません。
      すこしでもそういう人が減るといいのですが。

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