悲しみのある風景~自死、無理心中からみえるもの⑥~

自殺者が少ない街

では逆に、自殺者が確実に少ない街、というのはあるのだろうか。
これは、懇意にしてくださっている折原臨也氏に勧められたのだが、健康科学者の岡檀氏が発表した「生き心地のよい町(講談社)」という本にはその奇跡のような街が載っていた。
それは、徳島県海部町(現:海陽町)。徳島の南東に位置するその町は、山と海の豊かな自然に抱かれた、人口2600人程度の小さな町である。小学校は一つあるものの、中学高校はこの町にはない。
この町は、当然高齢者の数が多い。高齢者が多ければ、おのずと高齢者の自死というものが増える傾向にあるのだが、この町ではほぼそれがないのだという。
徳島県全体も、自殺率は低いのだが、この海部町は全国の市町村の中で、離島などをのぞくと一番自殺者が少ないのだ。しかも、先ほど述べた高齢者の自殺は17年にわたりゼロである(2015年当時)。

岡氏は、この町に通い、半ば住民のような生活を4年間送って、海部町がなぜ生き心地が良いのかを取材している。そこで分かったのは、自殺が多い地域と決定的に違うものがいくつもこの町では「当たり前」になっているということだった。

岡氏は、6つのキーワードがそこにあると分析する。住民を対象にしたアンケートでは、自殺の多い地域と比べてはっきりと逆の意見が多く見受けられたというが、それは、
①自分は自分 ②よそ者大歓迎 ③実力重視 ④悩み事を隠さない ⑤付き合いはほどほどに ⑥卑屈な考えを持たない
これである。
一つ一つ見ていくと、①は、他人がやってるから私も、とか、連帯意識を持つ、ということがあまりないという。具体例で言うと、赤い羽根共同募金が集まらない(笑)。そんな、どこのだれがどんな風に使うのかもようわからんもんには一銭も出さん!!という感じで、自分がしっかり理解していないことには、たとえ周りの人がやっていても自分はしない、という感覚が強いのだ。お年寄りの多い町でこれは意外だった。
しかしケチ、ということではなく、お祭りや地域の行事などにはポンと寄付をする、そんな人も多いようで、自分が納得できるものには惜しまない、そんな印象を受けた。
②についても興味深いエピソードが紹介されていた。これは、いろんな人がいていいのだ、という考えが根底にあるからで、①にも通じるものがある。
ある時、近隣の市町村で特殊学級を作って、障害を持つ子供らの学習の場を設けよう、という話が持ち上がったことがあった。多くの近隣の町はいいことだから、と賛成したというが、海部町は反対した。それは、「わざわざなぜ分ける??一緒でいいじゃないか」というシンプルな考えからだった。
田舎町というと閉鎖的なイメージがあるが、海部町はもともとが移住者も多く、林業で一獲千金を夢見た人々が住み着いたという歴史もあって、よそから来た人に慣れているのだ。
障害があってもいいじゃないか、みんなちがってみんないい(みつを)を地でいく町だった。
③と⑥についても、この町に暮らす人々は、自分にも何かしら力がある、できることはある、そういう考えの人が多いのだ。どうせ私なんか、という卑屈な考えは持たない。問題が起きても、人任せにするのではなく自分でも考え、そしてリーダーを選ぶ時も、学歴などは関係なく、その人の実力で考える、そういう町なのだ。

そして、何より自死を防いでいるといえるのが、④と⑤であろう。
この町には古くから、「病は市に出せ」という言葉があるという。ようは、悩み事や心配事は吐き出してしまえ、ということだ。アンケートでも、他人に悩みを相談したり、助けを求めることを恥と思うか、という問いに対し、70%近い住民が「思わない」と答えている。これは何気にすごいと言わざるを得ない。自分の弱い部分を素直に認め、他人の助言を受け入れる気があるからそう思えるのだ。
自殺が多い県に共通するのは、これを恥と考える人が多いことだろう。

相談される側の意識も重要だ。愛媛だと、悩みを相談したらそれは時に「娯楽」になってしまう。他人の不幸は娯楽として情報共有され、未来永劫子々孫々まで言われ続ける、というのは青森とも似ている。
しかし海部町では、とにかく人づきあいが「すぐに手も口も出すけどすぐ飽きる」なのだ。
この地域では、特に海側の地域は隣の家の声が筒抜けになるほど密集しているというが、近所づきあいはそんなに濃くないという。
そういう地域だから、たとえば隣の家で家族がけんかをしていたという「事実」はすぐわかる。しかしそれを、本人に確認もしないであれこれ勝手に憶測してうわさを流すというようなことはしない。そのかわりに、翌日にはずかずかと「あんた大丈夫?どうしたの」と直接聞いてしまうのだ。それも、ほかの人も引き連れて行ってしまうこともあるとかで、相手もつい、話してしまう。そこで皆が、「こうしたらいいのでは?」「〇〇さんが詳しいから聞いてくるわ!」「病院行ってみたら」ととにかく解決へのアドバイスをばばばばーっとする。話を聞いて「そう、大変やねぇ」で終わる愛媛とは大違いである。

そして、もっとも意外で、かつ重要な点として、「すぐそれに興味をなくす」という点があるのだ。
いつまでも一人の人にこだわらない、一週間もすれば他のことへ話題は移るのだという。だから、みんな人に悩みを話す気になるのだろう。いつまでも腫物に触るような対応をされたらそれこそ病んでしまうものだ。
この町では、「あれからどうよ」的な話はあっても、深くしつこく立ち入らないのだ。
「関心を持つことと監視は違う」という人もいたというが、必ずしも深い近所づきあい、助け合いが良いとも限らないということをこの町は教えてくれるのだ。

東北の人々は芯が強く、時に他人に迷惑をかけてはならないという思いが強すぎることがある。それが、高齢者が自死を選んだり、障害を持つ家族の将来を悲観して、一家心中、というケースにつながっていることもあるだろう。
この海部町では、おそらく「迷惑をかけてこそが人の世、ていうか迷惑って何?」という意識もあるのではないか。そして、お互いさまという気軽な関係。このサイトでも取り上げた福井の火葬場心中でも、手厚い公的サービスと心配する近隣の人々の目、これらはありがたいようで実は、人によっては、なによりしんどいものだったのかもしれない。

悲しみのある風景

どんな事情があるにせよ、自分で命を絶つという行為は美談にしてはいけないし、ましてや幼子を道連れにするような無理心中はただの殺人であって非難されてしかるべきものである。
にもかかわらず、母親、父親など年長者の家族が幼い子供らを道連れにする心中事件では時に親に対して異常なまでの同情、なかには共感を寄せる人までいてそのたびに私はひっくり返りそうになるのだ。
つい先日、愛媛でも母親が子供を連れてダムにダイブした。二人とも死亡というなんともやりきれない結果だけが残ったが、加害者(無理心中を企てたもの)が死亡するとほとんどそこですべて終わってしまう。
遺されたものには、悲しみと同時に苦しみがのしかかるのだ。

しかし、それでも私は死を選ばざるを得なかった人の声にも心が引き寄せられて仕方ない。生き残ったならばいいのだ、苦難の道かもしれないが、それでもいつか、自分の気持ちを、苦しみや悲しみを話せる日が来るかもしれない。
死んでしまった人の声は、聞くことはできない。
先に紹介した櫛引信利氏の著書には、遺書がいくつも紹介されている。
また、身を隠して人知れず自死をした人のもとに、引き寄せられるかのような偶然が重なって遺体が発見されるといったこともあるようだ。
櫛引氏がそれをことさら強調しているわけではないが、彼の詳細な事件メモによれば、たまたまキャッチボールをしていたボールがそれたその先に、女性の自殺焼死体があったり、八甲田山で遭難死した友人の遺体発見現場に花を供えたその目の先に、別の遺体が雪の中からわずかにのぞいていた、ということがあったという。
「仏は、ホトケを導く」とは、八甲田山で別の遺体を発見した人の言葉である。

これは2002年の話だが、秋田港の海底から車が引き上げられ、数日前より捜索願の出ていた一家(夫、妻、19歳の娘と18歳の息子)の車であることが判明した。
しかしその海底にはもう一台の車も沈んでいた。
その車には、1996年に捜索願が出されていた19歳の女性の遺体があったという。一家が沈みゆく車の中から見たのはなんだったのか。もう一台の車があって、一家は何を思ったろうか。お互いにホッとしたかな、そんな気持ちになった。

“いつだって、誰かそばにいて、一緒に歩いてほしかったくせに、いつも一人である。独りぼっちが好きな私にも、一人では淋しくなったのです”(人間関係を苦に自宅にて自縊死:会社員男性19歳)

“私が死んだあと、一時は大変だと思うが、子供たちも理解できる年頃になっているし、言えた義理ではないが、「あれも人生、これも人生」という。良い相手がいたら家庭を持ってくれ、一人では淋しいものだから……面倒かけてすまないけれど、頼む”(病気を苦に八甲田山で凍死:教師の男性48歳)

“人間とは、なんと業の深いものなんでしょう、情欲は恐ろしい。どこまでもつきまとう、疲れました。お母さん、子供は二人しかいなかったと思って、あきらめてください。こうなったのは私が悪かったのです。誰も恨んでおりません。死は、いやだけど”(不倫に悩み公園造成地の草むらで焼死:妊娠7か月の独身女性26歳)

“父さん、おじいさんへ。お世話になりました。恐ろしいような不安もあるが、エンジンをかけます”(借金400万円を苦に田代平で排ガス自殺:会社員既婚男性36歳)

“伯父さん、今一度お世話になります。みなさまもうこれ以上、私の体はもたない。高血圧のうえ、サラ金の支払いが遅れ、店に家にまいにちのようなとくそく、どうすることもできない”(借金300万円を苦に海に飛び込み一家心中:40代の夫婦と8歳の息子)

“親孝行な子供たちに恵まれ、幸せいっぱい、ありがとうございました。これからももっともっと幸せに暮らしたいとは思っていましたが、これ以上迷惑かけられません。というよりも、私の体のほうが、これ以上耐えられなくなりました。今まで寿命が増長したのも、仏様のお陰でした。幸せだけいただき、ご恩返しもせず、お詫び申し上げます。みんな、これからも仲良く、暮らしてください。
胸がいっぱいで、これ以上は   さようなら”(病気を苦に自宅で紋付和服の礼装で縊死:64歳女性)

青森には、自死というと必ず出てくる太宰治がいる。彼は生涯に何度も自死、心中を試みている。
愛媛はというと、実は日本最古の心中が行われた地である。木梨之軽皇子と軽大娘皇女の悲恋物語は、衣通姫伝説として古事記に記載されている。

最期の声を聞くことが、遺族にとって良いことなのかどうなのかはわからない。自死した私の祖父も、最期の言葉はなかった。
けれど一言、最期にグッド・バイくらいは言ってほしかったと今でも思う。

すべての自死者の冥福を祈りたい。合掌礼拝。

【参考文献】
文春オンライン 2018/05/18 「自殺死亡率が高いのはどこ? 47都道府県と主要都市を調べると……」
統計比較で浮かび上がる、日本社会の姿とは」渋井哲也

「親子心中」に関する研究(2)平成23年度研究報告書
研究代表者 川﨑二三彦 社会福祉法人横浜博萌会 子どもの虹情報研修センター

医療ガバナンス メールマガジン Vol.086 秋田の無医村「嫉妬」が引き起こす医療崩壊  秋田大学医学部医学科5年 宮地貴士

上小阿仁の県で同県の住民が一言いっとくか

自殺百態 (立花書房) 櫛引信利 著
生き心地のよい町 (講談社) 岡檀 著


1文字2円からコメントできます。いただいたお気持ちは資料集めに使わせていただきます。

「悲しみのある風景~自死、無理心中からみえるもの⑥~」への4件のフィードバック

  1. はじめてコメントさせていただきます。以前より拝読させていただいております。
    記事中で諫早湾干拓事業と漁業関係者の自死という話が出ていましたが、まさに有明海沿岸の出身ながら、当時子供だったこともあって(というと全くの言い訳ですが)全く事情を知らず恥じつつ拝読いたしました。子供の時分はなんとなく「あのせいで海が変になったらしい」程度の認識しかなく、これを機にもう少し勉強しなくては、と思ったところです。取り上げていただきありがとうございます。

    なんとなく「都会=関係が希薄」「田舎=密接・閉鎖的」というような雑なカテゴライズをされがちですが、一口に地方とか田舎とか都会とか言っても、その実、気候や歴史や地形や、色々な要因によって性質は全然違うのだろうな、と思いました。
    我が地元(悪名高い一家殺人事件が起こった場所です)も典型的な地方都市ではありますが、炭鉱から発展してきて色々な場所から人が入ってきていたという経緯もあってか、昔ながらの共同体、というような意識はそんなに強くないのかも、という印象を受けます。
    まあ、そのせいなのか色々と荒っぽくて(上記の事件も暴絡みでしたし)、市外・県外の人からは治安が悪い場所などと言われてしまうのですけれど……。亡くなった父などは、県内の他の地域と比べて「うちはさっぱりしとる、(某地域)はねちっこか!」などと、まるっきり差別だろ、というようなことをよく言っておりましたが、良くも悪くも「激しい」「些事にこだわらない」人の多い地域なのかな、と、離れてみて思います。
    私は今仕事で海外にいるのですが、赴任してからこちら、余計に日本というものを意識するようになったなと思っています。たとえ様々に根付く「悲しみ」のことでも、日本や自分の生まれた町、地方についてじっくり考え、とらえなおしてみるのも大事なことかもしれない、という思いを新たにしつつ、いつもながら鋭く、それでいて温かみのある考察とともに拝読いたしました。
    なんだか自分のことばかり書いてしまって申し訳ありません。
    日本はこれから暑さも厳しくなると思いますが、どうぞお体にはお気をつけくださいませ。今後の更新も楽しみにしております。

    1. ちゃせん さま
      はじめまして、コメントありがとうございます。
      私も上っ面だけは知っていたものの、こんなに深く有明の海と暮らしてきた人々を苦しめていたことや、その中で自死された方が100人近く(もしかしたらもっとかも)いるというのは全く知りませんでした。
      もちろん、漁業不振の全てが干拓のせいとは言いきれませんが、どうにもならない事態というのは、そういう要因の積み重ねによって起こるものですからね…

      地元。わかっちゃいましたすみません笑
      炭鉱で働く女性たちのドキュメンタリー(過去に働いていた方々のインタビュー)を見たことがありますが、確かにねちっこさとか、そういうのは感じませんでしたね。でも、おっしゃる通り、「激しさ」はよその地域よりあるように思いました。
      この記事では、東北、愛媛、そして九州の一部を採り上げましたが、個人的には北関東、大阪の南部にも独特のものがあると感じているので、考えてみたいなと思ってます。

      お心遣い、ありがとうございました。またいつでもコメントして下さいませ

  2. こんにちは。久しぶりに書き込ませていただきます。
    「生き心地の良い町」早速読まれたのですね。
    私は東京生まれの東京育ちですが,大都会に馴染めず,いつか適度に都会で適度に田舎の地方都市で暮らしたいと思っています。
    冒頭のほうで松山もいいなぁと思ったのですが,読み進めていくうちにそんな気持ちは消え失せてしまいました(笑)
    でも観光で訪れるにはいい町なのでしょうね。

    諫早湾の章では,私はダムに沈んだ岐阜県徳山村を思い出しました。
    それまで山村での農業に従事していた人たちが,急に都会での生活を強いられ,寿命が短くなったと聞いたことがあります。
    自死とは違いますが,国家の事業の陰で生活を奪われた人たちがいることを忘れてはならないと思いました。

    それにしてもcase1112さんは毎度よく調べていらっしゃると思います。
    いつか出版社に持ち込むことをオススメしますよ^^
    更新,いつも楽しみにしています。
    それでは,また!

    1. 折原臨也 さま
      いつも大変お世話になってます。今回の記事も、折原さんのアドバイスや参考文献をいただき、ようやくまとめることが出来ました。
      ダムに沈んだ村…その人たちは住む場所、故郷を追われてしまった(というとキツいですが)、納得していてもやはり人生に穴が空いてしまうのかもしれないですね。

      調べ始めるとあれもこれもになってしまって長くなってしまい、まとまらないことも多いのですが、それも折原さんの御協力あっての事です。
      今後ともご指導、よろしくお願いします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です