小心者~三島市・短大生暴行焼殺事件③~

ふてぶてしさの反面

公判で、服部の服装などを見た傍聴席からは、「反省の色が見えない」などという声も聞かれた。服部本人の態度も、どこか他人事、感情が垣間見えるような場面もなかった。
佐知子さんの家族が証言する際も、動揺するそぶりもなかった。
それは他人の悲しみや苦しみに鈍感だから、ということでもない。自身が受けた死刑判決確定の際にも、出た言葉は「まいったな」である。自分に対しても、どこかこう真剣みというか、必死さが見られない。無期は嫌と言いながら、そうならないためのなにかをしているように思えないのだ。




実は、服部には親せきや友人らによるかなりしっかりしたサポートがあったという。
報道などでは、傍聴席の友人らに手を挙げて応える様子や、また「がんばれよ」などと声をかける友人の姿が報じられたため、類は友を呼ぶというがこいつの周りにはロクなやつがおらんにゃあ、と私は思ったものだが、実際にはまともなサポートもあった。
福島弁護士によれば、服部が控訴したことに対し、そのサポートする人々からは、「人が亡くなった事件なのだから、被告側の控訴は取り下げてくれ」という話があったという。
もちろん、そこには服部のために少しでも有利になる嘆願書や上申書を集めたいという思いがあって、検察が死刑を求めて控訴している以上、それに反抗するような被告の態度ではそれらも集められない、そういう思いもあった。
しかし、それを服部は蹴った。「無期は嫌」だからだ。
結局、嘆願書などは集めることができなかった。

一方で、そんな他人からどう思われるかなど一切気にしていないかのような服部の意外な一面もあった。
先にも述べたが、公判での服部は、サングラス(正確には色付きのレンズが入った眼鏡)を常にかけ、初公判こそ、紺のシャツにズボンという格好だったが、それ以降は赤のジャージ姿が多かった。
熊谷の男女4人殺傷事件で逮捕された少女も、ピンクの派手なジャージを「好んで」着ていた。通常であれば、落ち着いた色のまじめに見える服装をするもんじゃないのかと思うのだが、なぜその色!!といった服を選ぶ被告人もいる。
服部が好き好んで赤のジャージを着ていたのかは知らないが、サングラスについては事情があった。
服部は飛蚊症を患っており、法廷内で目がチカチカするため、あえて色付きの眼鏡をかけていたのだという。
これは地裁からそうだったのだが、裁判中、なぜサングラスをかけているのかという説明がなかった。
ゆえに、「サングラスかける被告って何だ?!」ということにもなり、実際に服部はそれをひどく気にしていたという。
控訴審を担当した福島弁護士は、服部からそれを聞いて控訴審ではサングラスをかけている理由を説明した。

また、一審の判決後、弁護人となにごとか話した際、弁護人が笑顔を見せたという。それが、なぜか服部が笑っていたとか、そういう風に話が伝わってしまったこともあり佐知子さんの遺族が激怒していたことを、服部は気に病んでいた。
わざわざ控訴審の弁護士に話すくらいだから、相当気にしていたのだと思われる。

もちろん、控訴を見据えてのことだと言われればそれまでだが、ならばいの一番に謝罪の言葉や態度を見せたはずだ。
見ず知らずの女性を強姦した挙句に火を放った悪魔のような男。
一審ではそれでも前科に人の命を脅かすようなものがないことや、まだ若いことなどが斟酌されて無期懲役になったが、控訴審ではそのいずれもが否定され、無期懲役は軽きに失し不当であるとされた。

私個人としてもこれは死刑だろうと思っているし、なんの異論もない。ただ一点、過去に犯した罪と今回の所業とのあまりの乖離がどうしても解せないのも事実だ。

小心者

服部は幼いころからいわゆるワルではあった。しかし一方で、「挨拶すれば笑顔を見せる可愛い少年」と話す人もいた。
その非行も、ほとんどが手癖が悪いといったもので、他人に暴力を振るう、ましてや命を脅かすような行為はしていない。
成人して、暴力団関係者が運営する会社で勤務していたことはあったが、本人は構成員になっていない。少年院に出入りしていたとはいえ、極悪な少年という印象とは違う。

それが変わったのはどこなのか。

覚せい剤に手を出したことは間違いなく関係しているだろう。
しかし、あの夜は覚せい剤を打っていなかった。
直前までの飲酒が気を大きくしたのか。それにしても、だ。
福島弁護士は言う、とにかく殺害の手段が悪質過ぎたと。
弁護人であっても、ここを庇う気はさらさらないといった感じで、相当悪質だと言及している。しかし、そこをしっかり議論しないでただただ残酷だから死刑ね、っていうのはおかしい、と。(たとえば、同じ静岡県内で起きた沼津ストーカー殺人の場合は、交際相手を殺害した被告人が過去にも女性を殺害未遂していたにもかかわらず、無期懲役となっていること、そっちのほうが性質としてやばいだろうという話を福島弁護士はしているが、服部と比べてとかではなく、単純にそっちも死刑だろう、とは思う。)

そこは上告審での趣意書にも引き継がれ、殺害方法いかんにかかわらず、殺害という行為自体は被害者にとってみればどんな方法であっても残酷極まりないことに変わりはないのであって、殺害方法をことさら強調して刑を決めるのは違うのではないか、としている。
殺害方法が残虐かどうかが刑にかかわるというならなぜ、沖縄で女子中学生を拉致して暴行した上に山の中で殺して捨てたあの男たちは死刑ではないのか。群馬の山の中で死の宣告をしたうえで男性を叩き殺したあの男たちは。幼い兄妹を拷問の挙句殺したあの男はなぜ無期懲役なのか。かたや、栃木の兄弟投げ落としの犯人は死刑。たしかにつじつまが合わないと思わざるを得ないケースは少なくない。




他の死刑判決を受けた事件概要を合わせて考えても、被害者に一切の落ち度がなく、一人殺害での死刑判決は、この時点で名古屋闇サイト殺人と奈良の幼女誘拐殺人の二つで、うち奈良の小林薫元死刑囚は自ら控訴を取り下げての確定である。
名古屋闇サイトはその計画性や殺害の状況、犯行後の印象の悪さ、裁判での開き直りなどなど更生の余地などみじんも感じられないありさまであり、奈良の女児誘拐殺人は幼女を標的にした前科や犯行後の言動、本人の人格など、こちらも更生の「意志」もなければ本人自身が控訴を取り下げていた。しかも第二の宮崎勤になりたいといって当の宮崎勤に鼻で笑われる始末である。

ここに同列として並ぶというのは、感情を抜きにして(ここ大事)考えたらば、見劣りするというと言い方は悪いが、あまりにも格下の印象を受けてしまうのも事実だ。

余計な批判を受けたくないので重ねて言うが、私は服部の死刑には賛成である。一審判決を聞いた時どれだけ腹が立ったか。
強姦した挙句に生きたまま焼き殺すなど、どれだけ凶悪なのかと思った。
が、実際には凶悪とは程遠い、ただの小心者だったのでは、とも思う。

犯行後、車を運転しているとどうしても思い出してしまってハンドルを持つ手が震えた。
その震えは止まらず、知人宅へ到着しても、水を飲んでも収まらなかった。ガソリンをかけて女性二人を殺害した後、興奮しすぎて精子が出たらどうしようと笑った野村(佐藤)哲也元死刑囚とは雲泥の差である。
覚せい剤を打つ手も震え、周囲にいた知人らもその時の服部の様子は心ここにあらずと言った風で、どこか普段と違っていたと証言していた(そうでもなかったという証言もあり、控訴審ではそれが支持された)。

服部本人も、殺害直後、「とうとう殺しまでしてしまった。ここまですることはなかったんじゃないか」という「後悔」の念を抱いていた。だったらやるなよ、なんだけれども、とにかくなにもかもがパニックになった小心者の姿しか浮かばないのだ。

幼い頃、悪さをするたびに父親からは暴力で制裁を受けてきた。
言ってもわからないから叩く、殴る、そういう方針だったのだろう。しかしそれによって、服部少年は悪さをしなくなったのではなく、悪さをしても隠ぺいすることを学んだのではないか。
服部家には子供が4人いた。裁判で、家庭環境の悪さについて審議された際、裁判所は、
「本人以外の兄弟はみな、社会人として自立している」
として、あくまでも服部純也個人の資質によるところのものであるとしたが、実はそうでもなかった。

服部が佐知子さん殺害事件を起こした2日後に、ひき逃げ事件を起こした際、兄弟のうちの一人が服部の隠匿生活を援助している。さらに、DNAの提出を求められた際、服部から頼まれ、事件当夜の知人との電話の時間を確認するなど、隠ぺい工作に加担していた。隠ぺい体質は兄弟にもあったのだ。
たとえ家族のためとはいえ、被害者がいる場合に隠ぺいは1億歩譲ってもあり得ない。
もちろん、裁判開始後は家族らも先に述べたように、良識の範囲でサポートを行っている面もあったことは再度付け加えておく。

上告趣意書で、弁護人は「なお、弁護人にとっては、幼少時の被告人に体罰をもって更生させようとしていた被告人の実父と、本件控訴審判決の内容がダブるように思えるものである」と記している。

あの夜、最初はただのナンパだった。それがなぜ、死刑台にのぼらなければならなくなったのか。
推測だけれども、過去にも似たような出来事があったのかもしれない。最初は無理やりだったけれど、というような。
だから軽く考えていた。けれど、佐知子さんは服部が知っているような、自分の身を軽く考える女性とは違っていた。その重大な出来事を、笑って適当にあしらうということなど、出来るはずもなかったのだ。

自己の欲求を抑えることを学べず、殴られることには慣れた。殴られて済むなら楽なものだろう。欲求を満たしてから後始末を考える。盗んだものは隠せばよかったし、事故を起こしても逃げて車を廃車にすればよかった。
ナンパして無理やりヤッたとしても、きっとなんとかなる、はずだった。
火を放って現場を離れた服部は、ルームミラーに目をやった際、火だるまになって転げまわる佐知子さんが目に入ったという。
それが頭から離れず、途端に恐怖と後悔にさいなまれた。

しかし服部は、裁判で遺族の思いを聞いても、裁判長から厳しく断罪されても、それでも「無期懲役は嫌」といい、死刑判決が確定した後も謝罪や反省より生きることへの執着が見えた。自身の処遇を嘆き、焦り、不安、そういった感情をうまく処理できないで過ごしていた。
そして、死刑囚となって命の尊さを身をもって知った、ゆえに、生きて被害者遺族に償いたい、被害者遺族同様死刑囚もつらいのだと訴えた。

福島弁護士は、少なくとも被害者が一人である点について議論はされていないと語る。しかし、
「生きたまま焼き殺したんだ、だから殺害方法が残虐なんだ、火炙りだから残虐なんだ、死亡被害者が一名でも、お前は死んでくれ、死刑判決なんだと言っているんだったら少なくとも先例としての意義があったと思う。」
とも話す。

死刑確定から4年。おそらく心の準備には程遠かったであろう。
遺体は無縁仏にはならず、家族が引き取ったはず、と福島弁護士は言う。30男の責任など持てないと言い放った母、証言台で「それでも生きてほしい」と話した父、事件後も、服部のことを「好きで好きでたまらなかった」という元妻と二人の子供。。

今も事件現場には花を手向ける人がいるというが、その中に服部の家族の姿もあってほしいと心から願う。

【参考文献】
「無抵抗の女に火を放った「三十男」の興味」
『その時、殺しの手が動く 引き寄せた災、必然の9事件』上條昌史 著 

『新潮45』編集部、新潮社〈新潮文庫〉
響かせあおう 死刑廃止の声 2012 – 死刑廃止フォーラム90 vol.125
ユニテ 会報 希望第65号9 服部純也 著


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「小心者~三島市・短大生暴行焼殺事件③~」への6件のフィードバック

  1. まさにタイトル通りの男と思います。

    しかし、なんで生きたまま燃やすなんて事を思いついたのだろうか?過去傷害事件で、殴っても簡単には死なないと思ったのかな?口封じには確実に殺すしかない。もうこれしかない!と追い込まれたのかな?

    無期が嫌だということは、よっぽど刑務所に居たくなかったのでしょう。確実に出所したかったのでしょう。

    子供だったのかな?だから、我慢できない。本当に妻と子供に愛されていたとするならば、優しく接していたはず。ちゃんと父親が出来ていたはず。自分の父親と違って。暴力を振るわなかった。子供って自分のものは大事にするじゃないですか?あれと同じではと思います。

    子供だったから、大人としてちゃんと育てられていないから。でも、だからか、兄弟の仲は良かった。皮肉なものです。

    子供故の小心者。こういう人って割といるのでは?と思います。わがままで、臆病者。親に怒られながら育ったのかな?

    トータルでは死刑で良かったと思っています。殺し方というのも変ですが、被害者の気持ちは考慮に入れるべきです。

    まあ、ひどい事件です。最近は行きずりの殺人が一番許せないと感じます。まだ、計画的な方が許せるようになってきました。

    1. ひめじの さま
      コメントありがとうございます。

      なぜあのような恐ろしいやり方を選んだのか。当の服部も今となっては全く理解できないでしょうね
      本人は、とにかく早く終わりにしたかったのだと思いますが、たまたま目に付いてから焼き殺した、ではあまりに被害者が浮かばれない

      服部は基本的に暴力を振るうタイプではないようです。
      だから余計に分からない。あの晩だけなぜ、あそこまで凶暴なことをやってのけたのか。
      その計画性のなさが私は余計に腹立たしく思います。

  2. 備忘録さん

    難しいですよね。
    国民感覚を裁判にと始まった裁判員裁判の死刑判決が量刑相場とズレていると高裁で覆されます。
    40年代、50年代は強殺1の死刑囚だらけで、80年代は世論調査で6割以上が死刑反対でした。
    一人殺の死刑囚は9年出ていません。
    時代とともにバランスも変化していき裁判官も大変だと思います。
    今後も死刑と無期の境界線を見ていきたいと思いました。

    1. さすらう さま
      どうしても国民(一般の人)の感情と、法律家、司法制度に詳しい人との考えには乖離があって、国民の感情のみを優先させるとそれはもはや法治国家とは言えなくなります。
      ただ、過去にあった尊属殺人罪など、時代にそぐわない考えがあるのも事実で、長きにわたって君臨してきた「永山基準」についてももう変わる時なのかも、とも思います。

      私個人は、人を殺したら命を持って償う、それしかないという極端な考えも持っているのですが、それはいくらなんでも無理な話です。
      死刑のみならず、子供が被害者となる事件についてはもうそろそろ、何かを変えていかなくては、と考えています。

  3. こんばんは。

    拝読しました。
    服部はもっと凶暴凶悪で死刑上等というイメージがありましたので、心根の部分が伝わる記事で見方が変わりました。
    元妻の「いまでも愛してる」的な話は一部死刑囚に割りと出てくる話ですね…
    死刑制度に関して色々考えさせられる事件です。

    1. さすらう さま
      いつもコメントありがとうございます。
      私は死刑制度存置派ですし、この事件以外でもなんでお前は無期なのか!!と思うほどの人間です。
      ですが、あの有名な安田弁護士ほか、死刑案件に積極的に携わり、時にはふざけてんのかと思うような弁護を展開する弁護人の思いもわかる気がするのです。
      人対人、ではなく、死刑は国家対個人、ですよね。罪人であっても。
      国家が人を死なせる、それを認めるためには誰が判断しても、どんな事情や証拠が出てもそれが覆らない、えん罪でもない、検察がしっかり仕事をしている、そういう状況である場合以外にはあってはならないこと。
      安田弁護士がおっしゃっていたのは、一審で無期となったということは、100%の裁判官が死刑を選択したわけではないと。ならば裁判官によって判断が変わる事件だと。
      そういう事件の被告人を死刑にして本当にいいのか、というようなことをフォーラムで発言されていて、考えさせられました。
      実際に記事中にも書きましたが、バランスはとれていないと感じます(感情抜きで考えれば、です)。
      時に死刑案件を担当する弁護人は批判にさらされますし、私もそう思っていましたが、検察が本当に証拠を吟味し、しっかりと機能しているのかどうか、それを最後まで確かめ続けるのが、弁護人の仕事なのだと思いました。
      長くなりましたが、福島弁護士が言った、服部元死刑囚がやったことに対する判決が「先例」となるなら意義がある、この言葉も考えさせられるなぁと思いました。

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