流浪の運命共同体~長野・山梨・静岡・男女殺害遺棄事件②~

金づる





上原は、この放浪生活は実に3度目だった。
1度目は1997年ころ、トラック運転手をしていた上原は闇金からの借金を逃れるために、当時の妻と自身の両親に、「暴力団と土地をめぐってトラブルになったので逃げよう」と騙し、2か月ほど各地を転々としていた。
その後は離婚しいったん落ち着いたものの、1998年9月に闇金に居場所を突き止められてしまい、今度は交際中だった現在の妻とともに車上生活を送る。その期間、なんと2年である。
上原は筋金入りの放浪のプロだったのだ。

そして今回の放浪の原因は、自身が所属していた厚木市内の暴力団に嫌気がさし、勝手に脱退したことだった。

しかし上原はそれまでに放浪生活で金がかかることを学習していた。金づるとして最初に目をつけられたのは、英治さんだった。
当初は、一緒に暴力団を抜けた男性(Aさん)とその知人女性、上原とその妻子での生活だったというが、Aさんの知人男性を脅して60万円を得、Aさんがその恐喝で逮捕されたのちに、英治さんを引き入れた。
上原はAさんの知人女性に対し、脅しも加えながら「誰か金づるになるようなやつを紹介しろ」と迫り、その知人女性が仕方なく紹介したのが、当時厚木市内のゲームセンターに入り浸っていた中里さんだった。
しかしこの時は、中里さんは共同体に引き込まれることはなかった。上原にはその時すでに英治さん一家という金づるをつかんでいたからだ。

英治さんが逃げ、金づるを失ったばかりか指名手配までされてしまった上原は、平成14年の8月、中里さんを呼び出す。そして、言葉巧みに共同体に引き入れると、金づるとして利用するだけでなく、暴行を加え、さらには殺人に加担させその後始末までさせていた。

最初の殺人




美緒と悦子さんは、英治さん一家が解放された直後、上原から電話を受けていた。
その内容は、「英治君が拉致された。助け出すためにすぐにこっちに来てほしい。英治君には30万程貸しているので、それも返してほしい」といったものだったが、かねてより英治さんから「世話になっている人」と上原のことを聞かされていた二人は信用してしまう。
世話になった人に迷惑はかけられない、そう思って、ふたりは30万円を用意して指定された場所へ向かった。
合流した際、上原からは「携帯を使うと場所がばれる」などと言われたため、以後、ふたりは携帯を上原に預けてしまう。
英治さんが連絡を取っても応答がなかったのは、こういう事情があったのだ。

ふたりが合流して2か月ほどだった8月、見知らぬ若い男性が合流した。これが、中里さんである。

悦子さんは体調を崩しがちで、居場所が定まらない放浪生活は体に堪えた。美緒も、そんな母親を気遣ってはいたものの、次第に母親との関係にも亀裂が生じる。
共同生活を始めてしばらくしたころ、美緒は上原に愛人になるよう強要されていたのだ。ちなみに、この共同生活には上原の妻子もいた。にもかかわらず、上原は美緒に関係を迫ったのだ。
詳細は不明だが、おそらく、英治さんのことや自分を偽ってみせるなどして、美緒が断れない状況を作ったと思われるが、当然、悦子さんにもそれは気付かれてしまう。
母親として、そんなことは許せなかったであろう悦子さんは、美緒が嫌々応じていることを知ってか知らずか、美緒にそのことを問いただす場面もあった。
美緒にしてみれば、自分でもどうしようもない状況にすでに陥っており、精神的、肉体的にも疲労困憊の状態であり、そんな中で母親と真剣に話し合うこともできず、冷静な判断力はとうに失われていたと言える。
それが次第に、子を思うが故の悦子さんの言動を「疎ましい」と感じるようになっていった。

悦子さんも美緒も、上原やその妻から幾度となく暴行も受けていた。
10月に入ると、悦子さんへの暴行は連日になっていた。元から体調がよくなかった悦子さんは、全身への殴打や水を張ったバケツに顔を押し込められる、熱したヘアピンを押し付けられるなど、拷問を受ける。
10月28日、すでに立ち上がることもままならなくなっていた悦子さんは、上原から顔面を拳で殴られ、倒れこんだところを脇腹を蹴られ、さらに胸部を踏みつけられた。
120キロの全体重をかけた踵で数回踏みつけられた悦子さんを、美緒と中里さんは上原に命じられるがまま、同じように腹部や太ももを蹴った。そして、悦子さんに水を浴びせかけたり、顔を水につけるなどさせられた。

虫の息の悦子さんを、上原は馬乗りになってさらに殴りつけ、別室へ引きずっていくとそこでも複数回にわたって蹴る、殴るの暴行を加えた。
悦子さんはこの暴行で絶命した。

悦子さんが死亡したことを確認した上原は、美緒と中里さんに命じて別荘から松本市内のアパートへ移させた。

口封じと人員追加

悦子さんを殺害し、遺体をアパートに隠した後、中里さんの様子がおかしくなっていく。
たびたび、悦子さん殺害のことを口にするようになり、「そろそろ家に帰りたい」というようなことまで言い始めた。
中里さんは上原から暴力も振るわれており、悦子さん殺害に加担したのも上原を恐れてのことだった。

自身が犯した罪の重さに苛まれていた中里さんを、上原は四六時中見張るようになる。
白馬村の貸別荘付近の駐車場に止めたレンタカーの中で、中里さんは悦子さん殺害を後悔し、弱音を吐き始めた。
それを思いとどまらせようとする上原と、次第に口論になっていく。
中里さんは甘かった。殺害の片棒を担いだ以上、解放されるはずはなかったのだ。そして、絶対に弱音などは吐いてはならなかった、生き延びたかったのなら。
上原は激高し、中里さんに対してその顔面や頭部を激しく殴打した。そして、中里さんは外傷性硬膜下血腫で死亡した。




上原は別荘に戻ると、美緒に中原さん殺害を話した。そして、二人で中里さんの遺体を、松本市内の悦子さんと同じアパートに隠し、その後、アパートの賃貸契約が終了したため、松本市里山辺の別のアパートへ二人の遺体を移動させた。

中里さんはおそらく、英治さんと同じように消費者金融で借金させられ、金づるの役割も負わされていたと思われる。
上原にとって、遺体を隠すことの次にしなければならなかったのは、新たな金づるを用意することだった。
上原は、中里さんが入り浸っていたという厚木のゲームセンターへ向かうと、そこで遊んでいた若者らを言葉巧みに誘い出すと、作り話と暴力団員であることをちらつかせて消費者金融へと向かわせた。
平成15年2月、二人の若者と出会った。彼らは中里さんの高校の同級生だった。
上原は彼らに対し、「中里が中国マフィアに拉致された。一緒に助けないか」と持ち掛け、ふたりを共同体へと引き入れる。
しかしそこで彼らを待ち受けていたのは、変わり果てた中里さんの遺体と、見知らぬ女性の朽ち始めた遺体だった。

彼らが共同体に合流した直後、一緒に生活していた別の男性が行方をくらました。その男性は、少なくとも遺体を隠していることは知っていたとみられる。
中里さんのこともあり、焦った上原は急遽、里山辺のアパートから甲府市内のウイークリーマンションへ遺体を動かすことにし、ゲームセンターで引き込んで若者二人にその役目を負わせた。
二人は、運んだ遺体が中里さんだとは知らなかったという。
哀れな若者二人は、その後死体遺棄の罪で起訴されたが、「罪は軽いとは言えないが、上原に対する恐怖心からやむを得ず指示に従った側面がある」として、懲役十月、執行猶予三年が言い渡された。

ちなみに、上原の妻も、美緒への暴行の容疑で逮捕起訴されたが、こちらも執行猶予となった。

主犯格の上原と美緒は、悦子さんへの殺人と死体遺棄、上原には加えて中里さんへの傷害致死が加わった。

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