流浪の運命共同体~長野・山梨・静岡・男女殺害遺棄事件③~

母娘

警察は、上原のほかに、悦子さんの娘である美緒も、悦子さんを殺害した容疑で逮捕、送検していた。
しかも、当初暴行を加えたのは美緒であり、上原はそれに加担した、といった報道だった。
上原も、裁判では「もともと合流した当初から、母娘の中は悪かった。日ごろから美緒は悦子さんと口論が絶えず、存在を疎ましいと感じていた」といった主旨の発言をしていた。
そのうえで、殺害に至った当日も、口論から美緒が悦子さんに暴行を加えているところへ、上原と中里さんが加担した、とされていた。

これに異議を唱えたのは、悦子さんの息子であり、美緒の弟である英治さんだった。
「姉は巻き込まれた。姉が率先して母に暴力を振るうはずなどない。上原に脅され、やらされたのだ。」
英治さん自身、上原に1年間もの間監禁されていたわけで、上原がどうやって家族同士を争わせ、その心を掌握してきたかは痛いほど知っていた。

そして、悦子さんが暮らした町内会でも、美緒が犯人になっているのはおかしいとして「救う会」も結成された。
町内会では実に4000人近い嘆願書名が集められ、美緒の早期釈放を警察、県警本部、さらには県知事あてに提出された。
一緒に買い物に行ったり、とにかく仲の良い母娘だったと、町内で二人を知る人々は口をそろえたし、なにより家族である英治さんもそう主張した。





一方で、美緒と上原の「手紙」が存在していた。
そこには、美緒が母親である悦子さんに「死んでほしい」「私が殺人者になってもいい?」という文言があった。
裁判でも、全面否認した上原とは違い、母親を殺害したことを認めていた。
ただそれは、確定的な殺意というより、上原に暴行される母親を見て、このままだと死んでしまうのではないか、というようなもので、率先して殺してやる!というものとは全く違う。
長きにわたる放浪生活の疲れ、上原と母親との板挟みになり自らも暴行を受けていた美緒の心には、いっそ母親はいなくなったほうが良い、といった考えがあった。
それは、邪魔だからというよりも、母親を助けられない自分自身がどうしようもなく、疲れ果て苦しむ母親を楽にしてやりたいという気持ちもあるように思えた。

しかしそれは許されることではなく、ただの見殺しである。ましてや、どんな思いがあったとしても自ら母親に暴行を加えている以上、罪を免れることは有り得なかった。
美緒はすべてを認め、町内会や弟らの嘆願があったにもかかわらず、懲役8年の実刑判決を受け入れ控訴しなかった。

無期懲役

潔くすべてを認め刑に服した美緒とは対照的に、裁判での上原は、「なんでこんな男に皆騙されたのか……」と思わざるを得ないほど、なんの権力も魅力もない男だった。
120キロの体重を持て余し、膝には相当なダメージを負っていたという上原は、加えて痛風にも悩まされていた。
そればかりか、痔ろうに歯痛と、不摂生がたたるとこうなるというお手本のような状態に陥っていた。

にもかかわらず、放浪生活から事件発覚までの2年余りの間に、上原の共同体に引き入れられたものは10人以上にのぼった。
皆、友達や家族を救うため、などと丸め込まれており、悦子さんと美緒も、息子であり弟である英治さんをなんとか救いたい、という思いからの行動だった。
借金をさせられ、返済に窮すると「返済を肩代わりできる奴を連れてこい」と迫られた。中里さんが引き込まれたのも、当初から共同体にいた女性がそれを受けて中里さんを紹介したのだった。
途中で共同体を抜けた人間も数人いたわけだが、彼らが上原の異常性を警察に訴え出ることはなかった。北九州の松永の足元にも及ばないとはいえ、たがいに暴力を振るわせ罪の意識を植え付けたり、孤立させるなどして上原以外を信じられないような状況を作り出していた面もあった。

平成16年2月5日、静岡地裁沼津支部の高橋祥子裁判長は、求刑通り上原に無期懲役を言い渡した。
その後、最高裁に上告されるも平成17年11月29日上告棄却となり、上原は無期懲役が確定した。

警察の不手際と、裏




美緒が懲役8年の実刑になったことは家族のみならず、だれしもあんまりじゃないかといった感想を持ったことは理解できる。執行猶予とはいかなくても、である。
美緒と悦子さんは、弟が巻き込まれたことでさらに巻き込まれたのだが、英治さんが警察に訴え出たあとで巻きこまれているわけでタイミングの悪さには本当に言葉がない。

しかし、英治さんら親族からすれがそれはタイミングの悪さで片付けられない理由があった。
英治さんが逃げ出し、妻子を奪還した際、警察官も同行していたのだが、なんと上原を逮捕しないばかりか、署へ同行を求めることもなかったという。
厳密に言うと、上原が「逃げない、妻が妊娠中のこともあるから、後日話をする」と約束したのを鵜呑みにしたのである。
いったん引き上げたのちに再度貸別荘へ警察が行くと、すでに上原らは逃亡した後だった。

当初報道では、被害届を出すよう勧めたものの、英治さんらが「妻子が疲れているから今日のところは帰りたい」と言ったため、警察としても上原を逮捕できなかった、というものだった。
これに異議を唱えたのが英治さんであり、冒頭の記者会見につながった。
あの時、すぐさま上原を逮捕するなり監視下に置いてくれていれば、その後の一連の事件は起きていない、というわけだ。
これはもっともであり、いくら本人がそう言っていたとしても、英治さんの顔は腫れ、妻子にも怪我があった以上、署に連れて行って話を聞くくらいはするんじゃないのか、と私も思う。しかも、被害届を後回しにしたのは警察のほうだと訴えた。

英治さんらは記者会見や裁判で警察の不手際を切々と訴えた。
一方で警察も、「被害届を後回しになどしていない。帰宅を優先させたいという被害者の意思を尊重した」と反論。

しかし普通、ケガをした人がいて、監禁されていたとかそういう話が出ているのだったら、そのままにさせるのはいくらなんでも、と思わなくもない。
なぜ警察は上原を見逃したのか。

裁判資料を読んでいた際、その疑問というか、なぜ警察がその場で逮捕しなかったのかがわかる記述があった。

英治さんが上原と知り合ったのは、仕事を通じてである、と、どの報道でもそういわれていた。確かにそうなのだろうけれど、実はもう一つ接点があったのだ。
上原が放浪生活を送ることになったそもそもの発端は、先にも述べた通り「暴力団の生活が嫌になった」からだ。
その際、「一緒に逃げた知人男性」の存在があったことも先に述べたとおりである。
この男性は、裁判で「上原と共謀して知人から現金を奪った」とされている人物であり、その後恐喝で逮捕もされている。

この上原と最初に共同体を作った男性は、英治さんの妻の兄である。

その兄が恐喝で逮捕された2か月後に、英治さんは共同体へ合流していた。
英治さんはそれまでにも、上原に対してなぜか借金してまで金を融通するなどしており、その点について疑問を呈する報道もない。

推測にはなるが、この事実を考えると警察が重大事件ととらえなかったことがちょっとだけわかる気もする。
英治さんは個人的に上原と知り合ったというより、妻の兄を通じて知り合っていたとみるのが自然だ。英治さんが暴力団のリストに名前が載っているだの、そんな話で家族まで巻き込んだのも、おそらくこの妻の兄の存在があったからではないか。
今回の事件自体には、妻の兄はあまり関わってはいないが、そもそもの「発端」となる「共同体」を作ったのは、上原と、英治さんの妻の兄である。

もちろん、だからといって警察が「DQNの内輪もめだろう」と簡単に考えていいわけはなく、批判されても致し方ない。しかし、この事情を知っているか否かで、話の見え方が変わってくるのも事実である。私は変わった。

呪縛から解き放たれた美緒は、自己保身に走ることなく、覚えていることのすべてを話すと、控訴もせずに刑を受け入れた。
しかしだからといって、大好きだった母親を死なせてしまったという思いはなくなることはないだろう。
弟を思い、助けようと奔走したはずの母娘。しかし本当は、もっと前の時点で策を講じておく必要があったと言ってしまうのは、酷な話か。

 

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主犯の上原聖鶴、被害者の中里善蔵さん以外は、仮名にしてあります。
家族が絡み合い、遺族が処罰感情をこの時点で持っていないことや、すでに出所していることなどを考え、このような記載としました。

協力:折原臨也氏(裁判資料等)

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「流浪の運命共同体~長野・山梨・静岡・男女殺害遺棄事件③~」への2件のフィードバック

  1. こんばんは!
    この記事を読んでいて松永太や角田美代子を思い出しました。
    家族を互いに疑心暗鬼にさせて殺し合いを演じさせるという手口,時々起きますよね。
    上原は容姿はアレですが,人心掌握術に長けていて,特に恐怖で人を支配する術を知っていたのだと思います。
    警察がもっと早い段階で介入していたらと思うと悔やまれてなりません。
    母親殺害に加担してしまった美緒がいつまでも母親への供養の心を忘れずに,しっかり立ち直ってほしいと願っています。
    共同体を作るきっかけになった英治さんの妻の兄は今頃何を思っているでしょうね…

    1. こんばんは、いつも協力していただいて感謝しております。
      今回もありがとうございました。

      似てますよね、程度は違うにしても、このまま逮捕されずにいたらと考えたら、犠牲者はどんどん増えた気がします。
      死体遺棄を手伝った彼らも時間の問題だったような。もちろん、美緒もですよね。
      こう言っちゃアレですが、当時の記者会見の様子を見た人達に言わせると、まぁ、時代もあったと思うんですが英治さん夫婦も一見、やっちゃな感じだったみたいなんですね。
      完全に被害者なんですけど、まさか妻の兄が間接的にであれ関わってたというのはちょっと印象も変わります。

      中里さんも、被疑者死亡で送検はされてるんですが、美緒も含め加害者と断ずるのは酷なような気もしますが、仕方ないですね

      また今後ともよろしくお願い致します。

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