満期出所しても許せない、被害者遺族の慟哭~恵庭OL殺害事件④~

本当は気が強かった「小鳥」

小鳥と形容された大越元受刑者だが、私にはどうもそれがピンと来ない。
というのも、大越元受刑者が逮捕された報道を当時ワイドショーで見たのだが、その時の大越元受刑者の顔つきは、周囲を睨みつけ、顔も隠さず堂々と警察署へ入っていく姿であり、「怖っ!」と思った記憶があるからだ。
たしか紺色か黒のTシャツを着ていたように記憶している。スタジオではフジテレビの笠井アナがいたので、フジテレビ系のワイドショーであったはずだ。
この私の記憶は当時のそのVTRがないため立証できないが、これ以外にも大越元受刑者が到底小鳥とは思えないようなエピソードがいくつかある。

先にも書いたが、大越元受刑者に捜査車両が張り付いてた時期、それに気づいた大越元受刑者が捜査車両を振り切った事実がある。
おとなしく震える小鳥が、捜査官らの追尾を振り切る、そんなことできるんだろうか。
また、逮捕直前、会社から解雇についての話し合いを電話で持ちかけられた際、大越元受刑者は激怒し、その電話を一方的にガチャ切りしている。
会社側は両親同席で話し合いたいとしたが、大越元受刑者はそれを拒否、自分一人で応じるとし、勤務先にもその旨を訴えた。
あらぬ疑いであったならば精神的にも疲弊し、それこそ誰かにそばにいてほしい、そう思うのは普通だと思うし、どんなに強い人でもそうなる可能性の方が高い。
にもかかわらず、この小鳥は怒りを見せた。絶望や悲しみではなく、怒りである。

これ以外にも、新潮45差し止め訴訟の要因となった、大越元受刑者の事件前の出来事などがあるが、ここでは差し控えたい。
かいつまんでぼかしてかくと、大越元受刑者が過去に勤務していた会社で「とにかくいろんなことが起こ」り、大越元受刑者が辞めるとそれも起こらなくなった、というような関係者の話が掲載されたのだ。
こちらについては名誉棄損が認められている(事実であっても名誉棄損は成立するため、その事実がなかったと断定されたわけではない)。

もう一つ付け加えよう。
大越元受刑者は、4月13日になって元交際相手のI氏に対して、復縁を願う熱い思いを手紙にしている。
さらっと流されている事実だが、よく考えてほしい、I氏は恋人を殺害された立場の人である。
それから1か月程度しか経っておらず、犯人も捕まっていない時期に、悲しみ癒えない相手に対してなんでこんな手紙を書けるのだろうか。
しかも、自分が犯人ではないかと疑われている最中に、である。
どの大越元受刑者の言動よりも、私はこれが恐かった。

 

「あなたは都合が悪いことは忘れる癖がある」

裁判における被告人質問において、ある時裁判長が業を煮やしたようにこう大越元受刑者に語り掛けたことがある。
裁判の詳細な記録がサイト上にあったのだが、現在みられなくなっているため記憶を頼りに書くが、一審においても、裁判長より「被告の証言には、説明のつかない事が多く、常人には理解しがたい。公平な目で見ても、何かを隠しているように感じざるをえない。」と言われてしまっている。

特に、いたずら電話と灯油を捨てた経緯については大越元受刑者は弁護人にもその事実を伝えておらず、法廷でもしどろもどろになる始末であった。
どんぶりも持てないはずの非力な女性が、10リッターの灯油が入ったポリタンクを草むらに「投げ棄てた」という主張をしたり、その直後、棄てたことを後悔して拾いに行くのではなく、なぜか新しい灯油を同じ量「買いなおす」行動の説明も全くできなかった。

そんな調子であるため、話は前に進まず、次々と矛盾点を指摘され、その都度答えに詰まる大越元受刑者に対し、ついには弁護人までもがキレる。
「私は馬鹿だからとかそういうことじゃなくて!」「ハートで語りなさい!」

控訴審では弁護人もよほど灯油を捨てた経緯に触れるのはまずいと考えたのか、被告人質問では意図的に灯油を捨てたくだりの質問を避けてしまった。
そのことを裁判長は見逃さず、裁判長自らが質問攻めにする場面もあり、かえって裁判所の心証を悪くしてしまった。

そして、裁判長が冒頭のようなことを大越元受刑者に告げることになる。
大越元受刑者は、どうも動かぬ証拠が突き付けられるまでは平気で嘘をつき続けられる神経の持ち主であることもこの裁判で露呈してしまった。

裁判の間、大越元受刑者はさも冤罪に苦しめられる非力なか弱き女性であり続けた。
しかし、その反面、気性の激しさをうかがわせるエピソードも残っている。
これは、長野で起きた義妹殺害事件の犯人、五味 咲にも共通する一面である。
さらに、大越元受刑者は「前置き」や「質問と関係ない答えを延々と話す」癖もある。いたずら電話についての質問時、唐突に「私は手先を使うことが苦にならない。トウモロコシを食べるとき、普通は手で粒を外すのは面倒くさくてやらないが、私の場合は…」などと言いはじめ、うんざりした裁判長から「もういいです」と制止されたあげく、「わたしがばかだから・・・」と泣きはじめ、弁護人に叱られるという展開を見せてくれた。

法廷で遺族が受けた「仕打ち」

当初はさほど盛り上がっていなかったが、大越元受刑者には支援する会が存在している。
件の自然保護団体の会員や人権団体、個人的な知り合いなどで構成されたその支援団体は、一貫して否認する大越元受刑者の裁判を傍聴していた。

複数の傍聴者によれば、支援団体は裁判の最中、たとえば検察官の質問がよくなかったり、大越元受刑者に有利な証言が出るなどするたびに、拍手をしたり、検察官の質問を笑うなどしていたという。
にわかに信じがたいが、あったのだろう。

傍聴席には、その支援団体の振舞に肩を震わせる人の姿もあった。香さんの遺族や関係者である。

目の前にいる大越元受刑者は一切罪を認めようとせず、マスコミはことさら大越元受刑者に肩入れするかのような報道をし、地元でも冤罪説を支持する人がいただろう。
牧場を経営していた橋向家は、現在牧場を譲り渡し、もともと住んでいた場所を離れている。
事件から7年経ったとき、父親である橋向隆司氏が、新潮45において手記を発表した。

大越元受刑者は通夜(告別式)には会社の同僚らと共に参列していたようだが、個人的に仏壇に線香を挙げに来たり、疑いを晴らすための行動などは一切していないという。
私ならば、であるが、もし疑われていたらなにがなんでも被害者の家族に会い、身の潔白を証明したいと考える。難しいことかもしれないが、自分が表せられる誠意のひとつでもあるからだ。
弁護人や支援者らについても、隆司氏はこう話す。

”犯人のいうこともころころ変わって、まじめにやれ、と言いたくなるような裁判でした。犯人の言っていることが支離滅裂なのは、弁護士とその支援グループが一番よくわかっていると思います。それなのになぜ、犯人を信じているのか、私たちは理解に苦しむばかりです。(以上新潮45 2007年3月号橋向隆司氏の手記 p227より引用 )”

さらに、遺族を激怒させたのは、最高裁で刑が確定したあと、大越元受刑者が弁護士に語ったとされる言葉だ。

”ただ久しぶりに怒りが込み上げてきたのは、上告棄却のあと、犯人が弁護士にこういったのを、そのホームページで読んだ時でした。
「人一人が殺されたというのに、やってもいない人間を犯人にして、真犯人を見逃してしまうのでは当の橋向さんが一番浮かばれないと思う」
こんな発言は絶対に許せません。自分の冤罪をアピールするために「橋向さんが浮かばれない」などと娘を持ち出すなど、断じて認めるわけにはいきません。
犯人は娘の名前を利用しているだけです。自分の立場をよくするために引き合いに出しているだけです。こうした発言は犯人だけではなく、弁護士も口にすることですが、あなたたちにそんな言葉を言われたくない、と心底思います。それに真実をどうこう言うのなら、私たちのところへ来て話を聞くべきではないですか。もちろん、犯人からも弁護士からも連絡がきたことはありません。
いったいこちらの気持ちをどう考えれば、そんな言葉が出てくるのでしょう?(以上新潮45 2007年3月号橋向隆司氏の手記 p226より引用 )”

この手記からは、遺族の大越元受刑者に対する怒りが十分すぎるほどに伝わる。その証拠に、隆司氏は大越元受刑者の名前すら書くのを拒み、「犯人」という言葉で表している。悲劇の冤罪ヒロインに仕立て上げられた大越元受刑者への強い怒りと拒絶の表れだろう。

2018年の夏、元受刑者となった大越美奈子氏。
彼女を引き受けた伊東秀子弁護士は、報道陣に対し、意味深な言葉を残した。
「出所して話せることもある」と。
どういう意味かは分からないが、つじつまの合わない証言を繰り返してきたことの本当の意味でもあるのだろうか?
香さんの家族が大越元受刑者を赦せる日が来るとは到底思えないし、渦中の人であったI氏はすでに結婚している。
これからは再審の扉を開くことに執念を燃やして生きていくのだろうか。

それもまた、良いかもしれない。彼女には、もう何も残ってはいないだろうから。

新潮45

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