ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々③~




間引き型と、アノミー型

今年4月に逝去された日本保健医療大学総長の作田勉氏によると、新生児殺しにはいわゆる古来から行われてきた「間引き」型と、無法律、無規範による「アノミー」型にわけられるという。

間引き型の特徴としては、
①母親には夫がおり、圧倒的に主婦が多い
②新生児は嫡出子
③すでに子供がおり、被害にあうのは第3子以降が多い
④経済的、または家族の反対でこれ以上の養育は困難
⑤避妊に対する無知、非協力
が挙げられる。
一方のアノミー型では、
①多くは未婚、既婚者であっても不倫その他夫以外による妊娠
②非嫡出子である
③多くは初産
とされる。

また、双方を比較した場合、アノミー型では多くが有職女性で、ホステス、風俗嬢、昔でいえばウェイトレスなど、異性との出会いの多い職業が多く、年齢的にも間引き型の母親に比べるとさらに若い。
経済状況は両者とも裕福とは言えず、間引き型はさらに貧困度合いが高い。妊娠の経過については、間引き型は家族がいるため妊娠が分かってしまうケースも多いが、それらも「中絶した」「流産した」などとごまかすケースがあったが、アノミー型はほぼ、周囲に知られることはなかった。
アノミー型の場合は男性と出会って早期に妊娠しているケースが9割で、そのほとんどが出産時には男性とは別れている。

この作田氏の調査は1980年代のもので古いが、分類としては現在でも十分活用できるものと思える。
たとえば、このサイトでも取り上げた長崎の新生児遺棄事件(結果助かった)は、典型的な間引き型であるし、寝屋川市で2017年も母親の自首で発覚した6人の新生児遺体発見なども、内縁状態とはいえすべてが同じ男性の子であることから、間引き型に分類されるといえる。
一方で、公衆トイレやコインロッカーに生み捨てられたケースなどは、ほぼほぼアノミー型であろう。実際に逮捕された母親の年齢や職業を見ても、長崎、寝屋川の事件ではどちらも主婦(パート、アルバイト)で、年齢も30代から40代前半での事件であるのに対し、生み捨て型の母親は10代~20代前半だ。

もちろん、個々のケースを見れば当てはまらないものもあるし、間引きなのかアノミーなのか分類しがたい混在型もある。
混在型としては、愛媛県八幡浜市で発覚した、嬰児5遺体発見事件がそれであろう。




家族にこだわった母親

平成27年7月、愛媛県八幡浜市の古いアパートで、この家に住む無職の34歳の女が、それまでに5人の子を産んだ直後に殺害(一人は死産の可能性)し、そのまま自宅の物置に遺棄していたことが判明した。

実際に彼女が妊娠したのは存命の長男を除いて7回に上り、うち2回は流産している。
母親の名は若林映美。映美はその後裁判を経て、懲役7年の実刑判決を受けた。

映美は高校生の頃、それまで一緒に暮らしていた自分の母親が死亡したため、離れて暮らしていた父親と弟と一緒に暮らすことになった。しかし、父親との会話はほとんどなく、またいじめを受けた経験から他人を信用することができなくなっていた。
高校卒業後、妊娠を機に交際していた男性と結婚、しかし夫の家族との同居が嫌で映美は子供が生まれたころ実家へと戻り、そのまま嫁ぎ先には戻らなかった。
しばらくすると、映美の父親の勤務先が倒産し、無職となってしまう。同居していた映美の弟は、事情があってなかなか職に就けなかった。そこで、映美の夫が同居し、その夫の収入で一家の暮らしを支えることとなった。
しかし、夫が収入の全てを管理していることを快く思わなかった映美の父親が、金銭管理のことで夫と揉め、嫌気がさした夫は映美の実家を出てしまう。

普通、夫が家を出るならばそもそも居心地がいいとは言えなかったこの家を出、夫と家族3人での暮らしをと思わないものかと思うが、映美は父と弟との暮らしを選んだ。
離婚し、当初の取り決めだった月5万円の養育費は、夫の失職によって止まった。
生活保護の申請に出向いた映美だったが、市役所の応対は厳しかったという。弟の事情も深く知らないまま、この弟に働いてもらえと言われ、挙句預金通帳を見せろと言われてしまう。
それ以降、映美は他人に頼るのをやめた。




相変わらず父と弟の職は決まらぬまま、映美は大洲市内のデリヘルで勤務を始めた。
新人扱いの頃こそ、月に30万円ほどは稼げていたという映美だったが、月を追うごとに収入は減り、月収は10万円を割り込むまでになってしまう。
そこで映美がとった行動は、出会い系サイトを利用した個人的な売春だった。
八幡浜のエミ、といえば有名だったという。実は高校生の頃にも何度か、出会い系で売春した経験があった。

売春で最初に妊娠した子供は、映美なりにまっとうな手段を考え、産婦人科に中絶の予約を入れていた。しかし、思った以上に高額だったことで予約をキャンセル、そのまま妊娠は継続された。
が、のちに早産となり、あわてて自宅の階段下の物置の中で出産したが、映美によれば「明らかに生きていない状態」だったという。そのまま、赤ん坊は物置に遺棄された。
その後も売春客の子を次々に妊娠し、そのたびに映美は自宅の物置の中で出産し、そのまま遺棄し続けていた。

最終的に、映美の犯行が発覚したのは狭い街での噂だった。
映美のおなかが大きくなったり小さくなったりを繰り返しているのを見た知人や近所の人らが、もしや、と思い民生委員に通告していたのだ。
出産している風だけれど子供がいない、そんな噂が八幡浜の狭い街を駆け巡っていた。
民生委員に対し、映美は病気をしたとか、太っただけ、などとはぐらかしていたが、結局発覚した。

このケースでは、売春して妊娠した子を次々と殺して遺棄するという点ではアノミー型に思えるものの、その理由を考えてみると一概にそうも言えない面がある。
映美は夫と離婚したが、その理由は自身が幼い頃から家庭に恵まれなかったこと、母親との死別を経験したことから、「血縁」の家族という形にこだわっていた。

そして、人に頼れない、信用もできない、父と弟が働けない以上、自分が稼ぐしか、家族4人が暮らせる道はないと考え、風俗そして売春へと突き進んでいくのだ。
二人目を妊娠した際、上の子の妊娠を父に告げた時のことがよみがえった。
「父は、私の妊娠を知ると、悲しそうというか、つらそうな感じに見えました」
このことから、妊娠の事実を父に伝えることはできなかったという。




そりゃまぁどこの親でも娘が結婚もしてないのに妊娠したとか言い出したら、悲しそうな顔もするだろうよと思わなくはないが、ここで映美が言う「辛そうな父」というのは、子供の存在を喜んでいない、喜べない状況という背景を踏まえてのことなのだろう。
そして、デリヘルで客をとれなくなった映美が売春を始め、その売春でも次第にタガが外れていく。
一部の情報によれば、映美の金額は決して高くなかった。1万円以下のこともあったようだ。そこで映美は、避妊を相手の客に求めない、という「サービス」でチップをはずんでもらうようになる。
とはいっても、せいぜい数千円の上乗せでしかなかったはずで、その代償はあまりに大きすぎた。

二人目の早産は想定外だったのだろう、初めから殺して遺棄するつもりだったとは思えない。
しかし、3人目以降は「いらない子」だった。中絶するか、生むかの葛藤もなく、「前と同じようにしよう」と決めた。
裁判で弁護人が、一度妊娠してしまったのだから、もうそういうことはやめようとかは考えなかった?と聞いた際、映美はきっぱり言った。
「自分しか働いてない中で、給料がその日のうちにもらえるこの仕事をやめるわけにはいかなかった。やめれば、家族4人が一緒に暮らせない」

子供を産んで、たとえば施設に預けるとか殺す以外の手段は考えなかったか、という問いにも、
「(そういう施設があるのは)テレビとかで知ってはいたが、どこにあるのかどうすればいいのかわからなかったし、病院の前に置いてきても見つかってしまう、そうなったら家族で一緒に暮らせなくなる」
とにかく映美の行動はすべてが、「父と弟と自分と長男の4人が一緒に暮らすこと」を維持するためのことであり、そのためには避妊なしの売春は不可欠であり、その結果、妊娠した子供たちは家族にとって「いらない子」であるから、そういうことだった。




まさに間引きである。と同時に、ここまで命を危険にさらしてでも守りたかった父と弟が、映美の命懸けの「尽力」にまったく報いてないのが気にかかる。

父は裁判で、映美の仕事については「水商売か何かだと思った」と話し、映美の体の変化についても全く言及しておらず、気付かなかった、などという言葉に終始した。
父は62歳から年金受給者となっているが、それでも映美と連れ立って市内のパチンコ店にいるのを目撃されている。
この父親に、映美の献身はどう映っていたのだろうか。

映美は最後の子供を産んだ時、それまでとは違い浴室で出産している。
そしてその時のことをこう話している。

「電気がついていたので赤ちゃんの顔を見た。長男が生まれた時のように、かわいいなって思いました。」

映美はこの時、一瞬、育てることも考えたようだった。
しかしそれも、
「みんなに話さなくちゃいけないし、お金もかかるし、働けないと家族が生活できなくなるので無理だなと思いました。」

そして映美は、そのわが子の口と鼻をそっと塞いだのだった。




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