通り魔になった男の悲しき弁当箱~イトーヨーカドー乳児刺殺事件②~




殴られた証人

裁判は平成17年4月28日より開かれた。
検察は、簡易鑑定に基づいて氏家には責任能力があると判断、また、幼児を襲う際に「死ね、殺してやる」と呟いていたことから殺意があったとも判断しての起訴だった。
ただ、当初は「殺すつもりだった」と話していた氏家が、その後「死ぬとは思わなかった」と話していることから、弁護側は殺意の有無について争うとみられていた。
加えて、弁護側は氏家が当時統合失調症であったと主張、心神喪失を訴えるとみられた。

現に、取り調べの段階でも氏家は、「何日か前から『人を殺せ』というお告げが聞こえていた」とも話しており、その精神状態いかんでは無罪もあり得るという、被害者や遺族にとっては絶対に避けたい展開も予想された。

4月28日。
少しひげが目立ち始めた氏家が出廷、遺族らも傍聴席から厳しい視線を投げていた。
起訴状朗読の後、間違はないかと問われた氏家は、「あっ。弁護士に任せてます」と言ったきり、口を閉ざした。
遺族らは氏家の口から何が語られるのか、謝罪はあるのか、そういう思いでいたであろうに、この日、氏家が語ることはなかった。

弁護側は予想通り、殺意はなかったとし、また、事件当時心神喪失状態であったことから無罪であると主張した。




思わぬ展開を見せたのは、5月28日に開かれた第3回公判のことだった。
証言台にはこの日、氏家から子供たちを庇おうとして暴行を受けた主婦の姿があった。
自身も殴る蹴るの暴行を受けていた主婦だったが、毅然とした態度で証人尋問に臨んでいた。
開廷直後、検察から事実関係を尋ねられ、氏家を見据えて「(私に暴行を加えたのは被告人ですか?と問われ)そうです。」と答えた時、被告人席の氏家が突然立ち上がり、証言台の主婦を拳で殴りつけたのだ。

悲鳴とどよめきが法廷内に広がり、騒然となる中、主婦はハンカチで顔を抑え青ざめていた。
とっさに主婦に駆け寄った男性傍聴人が、「裁判中にこんなことがあっていいのか!」と叫ぶ。
刑務官らが氏家を取り押さえはしたが、裁判は一時休廷となった。幸い、主婦のけがは1週間程度と軽かったが、裁判長は「起訴事実の件とは別に刑事責任を取ってもらう」と氏家に申し渡した。

氏家は、主婦が自分をちらっと見ただけで「この人です」と話したことにイラついたと話したようだが、そもそも間違いはなかったわけで、カッとなったにしては突飛な感が否めない。
ちなみに、法廷で被告が暴れたりということは結構あるようだが、この氏家の事件までで見てみると、平成15年7月に奈良地裁葛城支部で証人が被告に殴られた事件と、その年の10月に福岡地裁久留米支部で検察官が椅子で殴られたケースがあった。
その後、この暴行事件に関しては、上限である20日間の監置と、過料3万円が科せられた(監置は接見などに制限が付く)。
加えて、懲役1年4月の判決も下された。



夢と現実と責任能力

証人への暴行事件で有罪となり、「動機や手段などを正確に記憶し、具体的かつ詳細に供述していることから心神耗弱ではない」と認定されたことで、殺人の裁判にも影響は必至とみられた。
すでに弁護側は精神鑑定書を提出しているため、その上で責任能力を認めたというその意味は大きかった。
それまでの公判で、氏家は「夢と現実の区別がつかない」と話していたこと、また、起訴前の簡易鑑定を行った医師も、「統合失調症などに罹患している可能性はあるが、踏み込んだ鑑定まではできていない」としていて、依然として氏家が心神喪失、心神耗弱にあったかどうかの議論はなされており、それを踏まえての責任能力認定であったことは検察にとっても弾みとなった。

一方で、弁護側が要請した精神鑑定では、「心神喪失で責任能力なし」という鑑定結果が出ていた。まぁ、そりゃそうなるよな、と言ってしまうと話は終わるが、事実、氏家の幻聴は嘘ではなかった。
その後、地裁が行った精神鑑定でも、統合失調症で心神耗弱状態、という鑑定結果となり、検察は協議の末、地裁の鑑定を採用。論告求刑では「断腸の思い」としたうえで有期刑の最長となる懲役30年を求刑した。
弁護側はあくまで心神喪失で無罪を主張、動機や殺意についても、「解明不能」とした。

事件からすでに3年が経過した平成20年2月18日。名古屋地裁が下した判決は懲役22年。

検察が心神耗弱であったことを採用し、断腸の思いで無期求刑をあきらめ、懲役30年を求刑したのに対し、さらに減刑となるこの判決に、母親はショックのあまり傍聴席から立ち上がれず、傍聴席で泣き続けていた。
翔馬ちゃんの父親も、「一言も謝罪の言葉を述べなかった氏家が反省しているとは思えないし、何も感じてないのだろう。(判決を受けて)私たちも何も感じない。もう好きにしてもらっていい」と吐き捨てた。

弁護側は即日控訴したが、名古屋高裁は地裁判決を支持、その後最高裁でも氏家の上告は棄却、平成22年5月8日、懲役22年が確定した。




保護観察の実情(事件当時)

氏家が仮出所後まもなくこのような重大犯罪を犯したことで、出所後のあり方についても問われることになった。
氏家は身元引受人がいなかったこともあり、豊橋市内の更生保護施設に身を寄せていたが、そこを入所3日で抜け出したことは先にも述べたとおりだ。

そもそも、氏家が仮釈放となったのは、「受刑態度が模範的」とされたためだった。
もともとおとなしい性格だったという氏家は、おそらく刑務所内でもおとなしく目立たない存在だったのだろう。

しかし、氏家の「異変」は、刑務所にいたころから表れていた。

平成15年に豊橋刑務支所に入所してすぐ、氏家は刑務所の職員らに対して「幻聴のようなものが聞こえる」と訴えていたのだ。
しかし医師の診察などはなく、そのまま時は過ぎていき、刑期を4か月残したところで仮釈放の申請がなされた。その際も、幻聴があるという氏家の訴えには触れられていなかった。
さらにその後、保護観察をうけるにあたって、名古屋保護観察所で面接が行われた。その際、氏家は「門限、門限、門限…」と、独り言を繰り返し呟いていたという。
ただ、引継ぎで幻聴のことを知らされていなかった保護観察官は、気にはなったものの「独り言を繰り返す」とだけ記し、刑務所側に確認することもしなかった。

そして1月27日、豊橋の更生保護施設では、「生真面目な」という印象のみが先行する。
施設の入り口で、氏家は背筋を伸ばし、両手の指先まで伸ばして直立不動だったという。それを見た施設側職員も、「まだ若いし、真面目そうな男だ」と安心して引き受けたのだ。
3日後、職員たちの予想に反して施設を無断で抜け出した氏家に対しても、「まじめそうだったからそのうち戻ってくるだろう」と思い込んでいた。本来は関係各所に連絡する必要もあったが、それもされていなかった。




仮出所後の保護観察処分においては、事件当時、東海地区(北陸含む)で年間3000人の面談を6人の担当者が行っていたというが、特に再犯の恐れありなどと言った申し送りがない場合はそのまま身元引受人や更生施設へ引き渡される。
そこから先は、個人で遵守事項が違うというが、決められた場所に住む、定期的な保護司との面談などいろいろだという。

氏家の場合、更生施設での生活が条件だったと思われるが、基本的に職探しのための外出は自由だった。
「外出は社会生活のために重要であり、行動をすべて把握するために職員がつきっきりで監視するのでは意味がない」と、ある地区の更生保護委員会は新聞の取材に答えている。
更生施設は社会復帰を支えるのが目的であり、元受刑者を監視したり、規則でがんじがらめにする施設ではない。
保護司にしてもそうだ。多くが僧侶や教育関係の経験者、篤志家や地域に顔が利く主婦など、専門の知識を持っているとは言い難い人々のいわば善意で成り立っているケースが多い。

氏家に限らず、出所後施設や親族のもとに身を寄せた元受刑者が失踪することはレアケースではないという。
現に、事件が起こった前年の平成16年度を見ても、仮出所者8,270人中、609人の行方が分かっていなかった。
ただ、一時的に行方が分からなくなっても、家族と同居していたり、勤務先が分かっている場合など、誰かしらその行方を知っている人間と連絡がつくこともあるため、そういった「決まりを守らなかった」仮出所者はもっと多いと思われる。
行方が分からなくなった仮出所者は、とりあえず保護司や施設関係者らが捜すというが、それには限界がある。
警察に捜索を依頼するケースはまずないといい、ようやく行方がわかった時は再犯で逮捕された時ということも多い。

一定期間行方が分からない場合は、保護観察停止となり、発見され次第、仮出所取り消しとなって再収監される。
しかし仮出所取り消しは時効があり、科せられていた懲役の長さで決まっている。3年未満の懲役で時効は5年、10年未満で10年、無期刑の場合は20年で時効となる。
平成13~15年ころには、毎年40人から50人が時効成立となっていたようだ。

また、仮出所を取り消された人のうち、8割を超える人が「再犯」での取り消しとなっていることも知っておきたい。

しかしある保護司はいう。
「前科が殺人なら対応も厳しくなる。だが、前科が窃盗の人間の行方が分からなくなったからと言って、今回のような殺人に発展する可能性を見抜くことは難しい…」

確かにそうだろう。すべての前科持ちが再犯するとも限らないし、そもそもそんな目で仮出所者を見ていたらおそらく保護司など怖くて務まらないだろう。

しかし、その前科が窃盗の、受刑態度がまじめで生真面目な印象しかなかったう氏家はすでに統合失調症の症状がみられており、直後に起こした事件はあまりにその結果が重大すぎた。




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