護られたかった人~小牧市・同居女性殺害事件③~

壮絶な母





3人での生活が始まった4月以降、原田は寝る間も惜しんで働き続けた。それまでの好美さんとの暮らしにおいて、経済的な困窮は絶対に避けなけらばならなかったし、なにより、淳君のためにも一日も早く本当の家族になりたい、そういう思いが強かったからだ。

しかし、好美さんの悪い癖はすぐさま姿を現し始めた。

仕事もせずに日がな一日部屋で過ごす好美さんは、ずっと酒浸りの生活を送っていた。
生活費はどんどん酒代に費やされ、それでも酒がないと好美さんは暴言を吐き、時にそれは暴力にも発展したという。
夕方から朝にかけて働いていた原田は、淳君が家にいる時間の様子を知ることができなかった。当初は母親と寝ていた淳君が、原田の布団でひとり寝るようになったという。
原田が休みの日も、原田と一緒に寝るようになった。
好美さんはこのころ、飲むか寝るかしかしておらず、体からは強い異臭が放たれていた。さらに、淳君に対し、「私はあんたなんか産んだ覚えはない」と罵声を浴びせたこともあった。

ある時、母親を避ける淳君に対し、好美さんが激高、
「なんでお母さんのほうに来んのや!」
と言って殴りかかったという。たまたま在宅していた原田は咄嗟に淳君を庇い、好美さんに殴られた。

その時、原田の背中に隠れながら、淳君は痙攣したように泣いていたという。

原田は淳君を気遣うことに頭がいっぱいで、なんとしてでも淳君だけは守らなければならないと、それだけしかなかった。
仕事中も、淳君のことが気にかかって仕方なかったという。

原田がいない間、案の定淳君は好美さんから、酒やたばこを買いに行かされ、金がない時には淳君の私物を売って来いとまで命じていた。
母親が寝ている間は、淳君は原田のにおいが残る布団にくるまり、声を殺して泣くしかできなかった。原田のにおいがするだけで、守られているような気になってたのかもしれない。

どうやったら淳君を守り続けられるだろうか。原田の頭の中はそれ以外になかった。好美さんに対する憎しみとか、怒りではなく、淳君を守るためにどうすべきか、ただそれだけだった。
そして、その日を迎える。




守れなかった「制服」

GW初日、その日は一段と好美さんの機嫌が悪かった。
在宅していた原田と、学校が休みで家にいた淳君の部屋にいきなり入ってきた好美さんは、次々と淳君の私物を壊し始めた。
通学かばんを投げ、教科書にマヨネーズをかけ、体操服をハサミで切り刻む、そして、好美さんは淳君の「学生服」を手に取った。
原田は咄嗟に好美さんから学生服を奪い返した。
原田にとって、苦い思い出が蘇った。ちょうど淳君と同じ年頃だったあの日、父に切り裂かれた自慢の長ラン。
原田はそれを思い、なんとしてでも淳君の学生服だけはと、その日以降ハサミなどの刃物と一緒に好美さんの目につかない場所へ隠していた。

GW最終日、原田は約束していた映画鑑賞へ淳君を連れだす。ほんのつかの間の、おじさんとの楽しいひと時。淳君の学生服のことが気がかりだったが、原田にとっても楽しいひと時だった。
しかし、帰宅した原田が真っ先に確認した学生服は、隠しておいた場所から消えていた。
持ち出したのは好美さんしかいない。崩れ落ちそうな感覚の中で、原田は好美さんを探すと、彼女は眠っていた。
なにがなんでも守りたかった淳君と、その学生服。原田は相当な敗北感に苛まれていただろう。




その日の夜8時ころ、起きだしてきた好美さんは、淳君に対し、「酒とたばこ買って来い!」と千円札を投げつけた。
仕方なく、コンビニへ向かう淳君に原田は付き添った。その帰り道、淳君は原田にこう漏らした。
「怖い。もうお酒を渡せない」
その場はなだめて帰宅した二人だったが、帰宅した原田にまたもや好美さんは暴言を吐いた。
その時、原田はなぜか自分よりも怯えている淳君が気になったという。

とりあえず酒を与えて眠らせた後で、原田は明日からのことを考えて眠れなくなった。
仕事で家を空けている間、淳君は誰が守るのか。自分は働きに出なければならない、稼がなければならない、誰のために?好美さんの要求に応えるために。好美さんがいるから、淳君を守れないのでは?
視野狭窄に陥っていた原田は、好美さんがいないほうが淳君は平和に暮らせるのではないかと思うようになっていた。

原田は淳君に、お母さんて、いる?(必要か、の意味)と尋ねた。
実はGWに入ってすぐ、淳君が「お母さんはいらない」とこぼしたことがあったのだ。
淳君は迷わず答えた。
「いらない。」
もう一度聞いても、答えは同じだった。
原田ははっきりと尋ねた。

「お母さん、殺していい?」

淳君の答えは、イエスだった。




本当は、護られたかったひと

裁判では、検察側も好美さんの度重なる淳君への虐待があったことに言及、そしてそれが殺害へつながったと述べた。
弁護側も、原田の子供時代の経験と淳君が重なっていたと主張、原田も「子供をこれ以上どうやって守り続けられるかがわからなくなった」と涙ながらに証言した。

臨床心理士で一般社団法人こころぎふ臨床心理センターセンター長の長谷川博一によると、殺害時の原田と淳君の心理状態は軽い解離状態に陥っていた可能性があるという。
原田は殺害直前までの記憶はあるものの、殺害している最中の記憶はない。我に返ったのは1時間後だった。
慌てて蘇生を試みるも、それが叶わないとわかると好美さんに添い寝をし、一晩泣き明かしたという。
興味深いのは翌日以降の二人だった。原田も淳君も、好美さんの遺体がある部屋を全く覗かず、まるで何もなかったかのように生活しているのだ。
ただ、原田は学校へ電話していた。淳君に体操服を着せて登校させるという旨の電話だったが、電話を受けた担任によれば、原田は泣きながら電話してきたという。

好美さんをトラックに遺棄した後、しばらくして二人は別のアパートへ引っ越した。その新居で、ふたりは本当の親子のように周りには見えていたという。
しかし、夏休みになって、淳君は好美さんの実家へ戻った。その直後、好美さんの遺体が発見されたのだ。




好美さんについて、先の長谷川博一氏は、「異常なまでに膨れ上がった愛情の渇望」がはっきりと見て取れる、と著書に記している。また、霊感が云々といったことは、重篤な乖離症状といえるとも記している。
こういった状況に陥った理由としては、幼少期のトラウマが関係するというが、詳細は明かされていない。

一方の原田は、共依存者であり、世話を焼く相手を常に求め、多大な自己犠牲を払ってでも関係を保つことに執着することから、好美さんのような依存傾向の強い人とひとたび結びついてしまうと、関係解消は困難になる。
原田は自分自身が迷惑をかけられても笑ってやり過ごす一方で、そこに淳君という、守るべき存在がいて、自分の自己犠牲気質がどう影響するかは、おそらく考えていなかったのだろう。

淳君を守るために盾になっていたつもりが、いつしか淳君が幼い頃の自分と重なっていたのではないか。
そして、あの日、誰からも守ってもらえなかった自分を、今度は大人になった自分が守ろうとしたのではないか。

好美さんを殺害した後、原田は淳君に自首について相談した。しかし淳君からは、
「失いたくないから、自首しないで。どこにも行かないで」
と言われたという。
そして、気に病む原田を気遣い、自らテレビを見て笑うなどしてくれたという。

原田と面談した長谷川博一氏に対し、原田は、
「淳にとって、物凄く悪かったと云う気持ちと、とんでもないものを背負わせてしまったと後悔しています。俺の人生最悪と言ったところを読んで、涙が止まりませんでした」
という一文を書いている。
ここには、あくまで淳君のために、淳君を守るためにしたことのはずだったのに、結果として淳君にとんでもない重荷を背負わせてしまったことの気付きが見える。
好美さんは確かに暴君だった。しかし、それをそこまでにしてしまったのは、ほかならぬ原田自身でもあった。
淳君を守りたかったならば、担任に相談する、児童相談所へ通報する、実家の祖父母らを頼るなど、いくらでもやりようがあったのだ。それをなぜか、原田はしなかった。
なぜか。
それは他でもない、原田自身が、「自分がなんとかする」ということに重きを置いていたからではないのか。
それは過去の原田少年を助け出すためにも、どうしても避けられないことだったのかもしれない。

好美さんを、淳君を守りぬきたい。しかし、原田が本当に守りたかったのは、あの日守ってもらえなかった自分だったのかもしれない。

********
参考文献
殺人者はいかに誕生したか 長谷川博一 著 新潮社

事件備忘録…にOFUSEする
最後までお読みいただきありがとうございます。
こちらから一文字2円のコメントが送れます。
いただいたお気持ちは資料集めに使わせていただきます。




「護られたかった人~小牧市・同居女性殺害事件③~」への4件のフィードバック

  1. いつも興味深い記事をありがとうございます。

    藤岡町の事件の記事で長谷川氏の書籍ついてコメントした者です。
    (あちらの追記も読み応えがありました。)
    この事件、気になって検索したことがあるのですが、見つけられなかったので、今回判決などいろいろ分かってすっきりしました。
    控訴審でさらに減刑されるとは、よほど背景事情が考慮されたのでしょうね。

    登場人物全員の置かれた環境が壮絶すぎて、やるせない気持ちになります。
    検察側も淳君の虐待に言及するとはよほどひどかったのでしょうね。
    淳君だけでなく、DV夫のもとに置いていかれた長男、異父弟も気の毒です。
    せめて子どもたちがその後少しでも心穏やかに過ごせているよう願います。

    今後も更新楽しみにしております。

    1. ハル さま
      その節は大変貴重な情報をありがとうございました。
      その中で、こちらの事件を知ったのですが、なんとも辛い事件でした。
      母親も助けが必要だったし、息子さんはもっと必要だった。
      それを助けようとした加害者の気持ちもわかるし、どうすれば良かったのだろうと思います。
      出会ってしまったのが悪かった、のかもしれませんが、息子さんたちも加害者も含め、自分と向き合って生きていってほしいです。

  2. 今回も更新、ありがとうございます。

    なんだか辛い事件ですね
    お互いの性質(持って生まれたものや、環境に育まれたもの含めて)が、最悪の形でケミストリーしてしまった、ということなのでしょうか。

    今回も読み応えのある記事、ありがとうございました。

    1. みさき さま

      こんにちは、コメントありがとうございます
      程度問題な面もあって、お互いがお互いをよりかかってしまっている人間関係は結構ありますよね
      でも、ここまで破滅的な関係になってしまったのは、やはり片方だけの問題とは到底言えない…
      このサイトの初期に取り上げた、「町田DV」も、似たような構図に思えました。
      彼は妻の興奮が収まるまで、ただひたすら抱きしめ続けたと言います。この、小牧市の事件でも、加害者となった男は、被害女性が霊に取り憑かれたと大騒ぎする間、ずっと抱きしめていました。
      守るべきものが、より守るべきものを傷つけている状況…
      辛いですね

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です