母の名は、女~山形・村山市6歳男児殺害死体遺棄事件③~




葛藤

有美は実母に対し、新しい交際相手ができたことを告げられずにいた。
というのも、翔くんがまだ幼く普通よりも子育てに慎重さが求められるため、「再婚」については実母は反対していたのだ。
しかし有美としては交際の延長上には当然、再婚があるわけで、彼女なりの葛藤はあったに違いない。

出会って間もないころ、秋田の有美の自宅に板垣と息子が来たことがあった。
その日たまたま有美の自宅へ来た実母が、見知らぬ板垣を見咎めたという。そこでなにかしら板垣が常識的な対応をすればよかったのかもしれないが、突然のことでお互いに不穏な空気が流れてしまい、板垣も息子を連れて逃げるように出て行ってしまう。
おそらく、実母もこの出来事からさらに有美に対して小言を言ったのではないか。

そんな実母も、結婚生活はうまくいっていなかった。
実母が離婚していたかどうかは不明だが、有美が幼い頃から夫とは不仲だったという。
夫に殴られながらもそれに耐え、経済的に余裕のない中で必死に有美を育て上げた実母だったが、有美は不仲な両親の前でのびのびと日々過ごすことは出来なかった。

実母との関係に気を使いながらも、有美は職場の同僚らに「山形の人と結婚するの」と報告していた。そして、そのために退職願も提出していたのだが、人手が足りなかったのか、GWが終わるまでは待ってほしいと慰留された。

その直後の、実母と板垣の遭遇であった。
有美は仕事をやめ、身の回りの荷物だけ持って翔くんを連れ、板垣が待つ村山市へと「逃げた」。
会社にも実母にも、転居先は知らせていなかった。実母に口うるさく言われたくなかったのか、それとも、板垣から別れをにおわされ、二者択一を迫られたか……。
有美はこの時点ですでに自分を見失っていたと思われる。恋人との別れからようやく立ち直り、「理想の人」を見つけたと思い込んでいた。
この人についていきさえすれば、私は幸せになれる。有美はその希望にすがっていた。

ただその希望あふれる未来に、はたして翔くんの姿もあったのだろうか。

有美はただひとつだけ、気がかりなことがあった。翔くんが板垣に全く懐いていなかったのだ。翔くんは周囲にも山形へ行った話はしておらず、そのあたりからも板垣に対し子供なりにの嗅覚で何かを感じ取っていたのではないか。
有美はそれをわかっていながら、翔くんを連れて板垣の元へ走った。

板垣になつかない翔くんとは対照的に、板垣の息子は有美にすぐ懐いたという。
「本当の親子みたいだ」
そんな板垣の言葉に、有美は傍らで立ち尽くす我が子の存在に目を瞑ったのだった。




男との約束

事件発覚直後、有美は警察に対し、あたかも自分が翔くんを疎ましく思い、自分の日々の苛立ちを翔くんにぶつけた末のことであるかのように話した。
有美が板垣と暮らしていたことも警察は把握していたが、有美は自分がやったというし、板垣は板垣で警察の調べに対し有美に代わって面倒をみることがあったなどと話していた。
もちろんこれは嘘である。のちの調べで判明したように、すべては板垣と出会ったがために起きたことである。

しかし有美は翔くんの遺体が発見されるまで、嘘をつき続けていた。
普通に考えれば、板垣に脅されていた、そう思うわけだが事実はそうではなかった。
有美は、板垣と約束していたのだ。
「罪は全部私が一人で被る、刑期を終えたら、板垣と一緒になる」と。
有り得ない、将来の幹部を約束されて鉄砲玉となる暴力団組員よりも、有り得ない。しかしその有り得ない話を信じ込むまでに、すがるしかないまでに有美は追い込まれていたのだろう。

事件が発覚した経緯として、実は早い段階で実母は有美と翔くんが板垣と一緒にいることはわかっていたようだ。
有美が職場の人に山形へ行くと言っていたこと、結婚すると言っていたことなどからそう思っていた。
しかし、肝心の板垣の所在が分からない。どこに住んでいるのか、同じ町内ならばまだしも、県をまたいでしまえばなかなか把握しづらいだろう。
実母が不安な日々を送る中、有美の実家に一通の封書が届いた。
それは、有美が所有する携帯電話の解約通知書だった。
中には有美の現在の住所として、村山市内のアパートの住所が記載されていたことから、実母は8月30日になってそのアパートを訪ねた。
すると、まさにその部屋に有美がいたのだ。しかし、仰天した有美は実母を振り切りなんと逃走。
実母は翔くんを捜すも、その姿はどこにもなく、有美が連れていた気配もなかったことからその足で村山署に駆け込んだ。

なにより、翔くんは腎臓病を抱えている。その孫が、どこにもいない……
村山署もすぐさま捜索に乗り出し、聞き込みや地道な捜査で有美の車がJR福島駅前の駐車場にあるのを発見。しかし、有美の行方は分からずにいた。




そのころ有美は仙台と茨城県土浦の風俗店をはしごして金を作っていた。
その金は逃走資金でもあり生活費でもあったわけだが、実はこの金を有美はどうしても作る必要があった。
それは、愛するとの将来をつかむための「口止め料」だった。

その後の調べで、逃走中に何回かにわけて板垣の口座へ合計20万円の送金があったというが、一部の新聞報道によれば有美が板垣に渡した金は6~700万円に上るともいわれる。
ただ、どれだけ風俗でフル回転したとしても、わずか3~4か月(板垣と同居していた時から風俗にいたとしても)でその額を稼げたかどうかは怪しく、たとえ当時が今ほど風俗嬢のギャラが安くなってはいなかったとはいえ、この額には疑問も残る。

いずれにせよ、有美はたとえ逃げおおせられなくとも、刑期を終えたら板垣と一緒になると、この時点でもそれにすがっていた。

しかし結局、不用意に発した「翔くんを埋めるまで2日ほどアパートに置いていた」という言葉で、板垣の関与が露呈し、ふたりは保護責任者遺棄容疑から、その後殺人の容疑でも再逮捕となった。




「なんで減らしたんですか!!」

平成15年10月30日。山形地検は有美をまず死体遺棄罪で起訴。12月22日には初公判が開かれた。
ずっとうつむいたままの有美は、罪状認否で「間違いありません」と答え、起訴事実を認めた。
検察の冒頭陳述が始まったあたりから、有美は終始泣き通しだった。
翌年2月5日、有美と板垣は殺人で再逮捕。二人が共謀して翔くんに暴行を加え、治療もせずに死亡させたことが「不作為の殺人容疑」であると判断されたのだ。
2月26日に起訴され、これについても、二人はほぼ認めた。
3月22日の第二回公判では、殺人罪についての罪状認否が行われ、有美は明確な殺意は否定した。
4月5日第三回公判。この日は虐待に至った経緯について問われ、「板垣さんに嫌われたくなかったから」と有美は答えた。
暴行を加えるにつれ、それが次第に快感になっていったとも述べたものの、一方で、「(やらないなら)今度はお前の番」などとエアガンを向けられるなどしていたことも証言し、板垣から有美に対するDVがあったことも述べていた。
5月12日、論告求刑。殺人と遺棄罪に対して、検察は確定的な殺意があったとし、「幼児虐待の極み」と厳しい言葉で非難、求刑は13年だった。
明確な殺意を否認していたことについても、「罪の軽減を図るための弁解」と切り捨て、翔くんを自動車事故に見せかけて殺すことを板垣に提案していたことを挙げて「むしろ積極的かつ確定的な」殺意があったとした。
弁護側は、「被告は翔くんと板垣親子との4人で楽しく暮らしたかっただけ。板垣の機嫌を損ねないためのしつけとして始まったもの」と未必の故意を主張、情状酌量を求めた。




6月7日、山形地方裁判所の木下徹信裁判長は、
「もっとも信頼すべき母親に裏切られた翔くんの悲しみ、怒り、絶望は察するに余りある。自己の恋愛感情を満たすために行った犯行で、身勝手で冷酷、かつ陰湿な動機に酌量の余地はない」
と述べ、懲役11年の判決を下した。
最大の争点だった有美の殺意については、「未必の故意」とし、検察側の言う確定的な殺意は退けたものの、板垣によるDVについては、
「交際、同居を自ら選択、優先させ、虐待行為に加担して死亡させた事実は変わりはない」
として酌量の余地なし、とした。

判決が言い渡された時、突然有美が叫んだ。
「なんで減らしたんですか!!!」
有美はそのまま床に泣き崩れ、刑務官に支えられてもなお、法廷には有美の嗚咽が響いた。
木下裁判長は、
「あなたにチャンスを与えたのです。翔くんの命を大事に思うなら、自分の命を大事にして、供養をしっかりやりなさい」
そう有美に言葉をかけた。

有美は控訴はせず、そのまま刑は確定した。




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