強制退去で娘を殺した母親にあえて言いたい「ふざけるな」~銚子市母子家庭娘殺害事件②~

貧困などとは無縁の「調査団」

失礼は重々承知だが、私はこの調査団が公表した本を購入し、読んでいる。だから、私には批評する権利があると考えている。
そして、私はこの事件にかかわった専門家の誰よりも、母子家庭や貧困のリアルを知っているし、私自身、その経験をしている。

私が住んでいる松山市は、物価の安さでは美花の暮らした銚子市に似たり寄ったりであろう。時給についても同じようなものだ。
そして美花と同じように、築40年以上の県営団地での暮らしも経験している。そうだよ貧乏だったんだよ。
結婚して夫の実家での同居がこじれ、私と夫の二人はすぐに入れることを最優先にした結果、近くの県営団地に行きついた。
老朽化したその団地は、エレベーターなしの5階建て。私たちの住まいはその5階だった。家賃は18000円。
6畳和室二間、四畳半の和室が1間、ところどころ剥げたPタイルの床のキッチンに錆びついた公団シンク、引き出しにはゴキブリの死骸があった。
和室は砂壁で陽に褪せケバだった畳、窓の外の柵にはハトがいて、サッシの外側のレールには大量の糞が積もっていた。
老朽化して鉄筋が見えているベランダに洗濯機を置いたが、犬を飼っていた階下の人がベランダで犬の排せつ物を流すため、排水の樋を伝って尿臭がわきあがっていた。
県営住宅にはありがちなことだが、風呂の設備がなかった。正確には、風呂場はあるが、浴槽と湯を沸かす設備がなかったのだ。
これは部屋によっては前入居者が好意で置いて出ていく場合もあるが、基本的には自前だ。
換気もままならない小さな窓はしっかりと閉まらず、冬は隙間風の中で体を洗った。

夫はいたが、大借金を抱えた自営業者であった。帳簿上は18万円の給与をとっていたが、満額出る月は数か月に一度。私も美花と同じように、祖母が持たせてくれた貯金を少しずつ取り崩し、時には会社の借金返済や支払いにも充てた。実家の両親にも頭を下げた。電気や携帯は幾度となく止まったし、一度は水道の給水停止寸前までいった。
子どもが生まれて、子どもにもらったお祝いもほとんど支払いに消えた。そのくせ、私は子どもに着せる服はヒステリックミニやdouble bearなどのブランド物を着せたかった。
その時点で個人でのサラ金、キャッシングなどは限度額パンパン、なにを買うにも鬼のローンだった。たかだか1万の買い物も、分割にした。数千円しか残高のなかった通帳からは、差し押さえで強制的に車の税金が引き落とされた。
ここまでは、私も美花も大して変わったもんではない。

夫と離婚し、会社の借金の悩みは消えたが、今度は自分の生活費に事欠くようになった。
まだ幼かった息子とどうすれば生きていけるかを考えた。
当然、仕事はダブルどころかトリプルワークである。昼間10時から事務員として夕方4時ころまで勤務し、そのあと深夜の飲食店で朝5時まで働いた。子供は、職場の控室で寝袋に入れて寝させた。週末は友達のスナックでアルバイトもした。ピアノが弾けたので、子どもを対象にレッスンもした。
そんな生活はまる4年続いた。この頃は1時間でも2時間でも空いた時間があればバタンと眠れるようになっていたし、お金になることなら犯罪以外は何でもやろうと思った。仕事も、その内容よりも時給と融通がきくかどうかを最優先で選んだ。
その間、1度だけ家賃の滞納が続き、精神的にも疲弊していたために誠実な対応を取れなかったことがある。当然、連帯保証人である実家の母に通知が行き、代位弁済されるところだった。
だから美花の気持ちがまったくわからないことはないのだ。しかし、子どもを殺すという闇に堕ちることは全く理解できないし、そこは理解したくない。貧乏な経験などない調査団の人たちは、なぜかその美花の心の闇にだけは理解を示すわけだが。

しんどくても朝いってらっしゃいと送り出せ、御帰りと迎えてやり、一緒に過ごせる時間は確保できた。それだけでも寝ずに働いても、お釣りがくるほどの喜びがあった。
周りにもそんな母親はたくさんいた。同じ深夜の職場で働いていた中にも、ふたり、母子家庭の母親がいた。
ひとりは子供を4人抱えて、それこそ同じように昼間も夜も働いていた。もう一人は、高校生の娘を進学させるために、養育費もない中懸命に働いていた。

風俗にいった人も知っている。
その人は、明日支払う2万円が用意できないために、風俗へいった。風俗と聞いて眉をひそめる人もいるだろうが、彼女は美花と違い、支払いをするために、他人に迷惑をかけないために風俗で働くことを選んだのだ。
なにが「決まりを守った」だ、聞いてあきれる。その結果が娘殺しって全く笑えない。

美花を擁護し、行政を批判しまくった調査団の面々は、水道(電気や電話じゃないよ、水道だ)を止められた経験などないだろう。
貧困などとは縁のない人が、貧困について語るのだからリアルさに欠けても仕方がない。お花畑の空論であっても仕方ないのだろう。

貧困のリアリティ

興味深い一文がある。
立教大学教授、湯浅直美氏の寄稿であるが、美花の最終的な家賃滞納額は「わずか」10万2400円である、と書いている。10万円が「わずか」とは恐れ入った。
さらに続く。支払いが出来なくなっていった原因に闇金の存在を挙げ、その違法な取り立てによって10万円の支払い「すら」不可能にさせていた、と書いてある。
これが全てだ、この調査をまとめた人たちの感覚は、10万円ぽっち、なのだ。
その感覚で美花に寄り添い、同情を寄せるとは笑止千万である。
お前に何がわかる。

しかも、である。
湯浅氏は、2016年7月発行の「貧困研究vol.16」において、母親の次に長く接していた大人である担任教師(可澄さん所属のバレー部の顧問でもある)が松谷家の貧困度合いに気づけなかったか、ということについて、「ひとり親、貧困世帯へのリアリティの欠如」を挙げているから驚きである。
担任教師は、切迫した事態を見抜けなかったことを悔いており、見抜けなかった理由も自分なりに分析して証言している。
たとえば、バレー部は1年時に道具をそろえるため出費がかさむ。6~7万円かかるのだという。これらは就学援助の対象外である。そして、2年に上がる際には任意であるが1万円以上するシューズの購入があり、可澄さんはシューズを購入した。
また、小学生のころから携帯を持ち、それはやがてスマホへと変わった。アイドル関連のグッズを多数所有し、友達らに配るなども見られたため、少なくとも「娘に十分な金をかけることが出来る」と思っていた、と。

湯浅氏の言うリアルとは、「携帯やスマホを持っているからといって裕福であるわけではない」「バレー部は可澄さんにとって大切な場所であったから、その場所を維持するために母親が無理していた可能性はあるし、アイドルのコンサートに行かせるのも普通の子どもと同じ社会的に標準な暮らしを提供しようとした親心」だそうだ。で。っていう。
それと、そこから松谷家の窮状を見抜くのとは全く話が別である。

確かに、ゲームや携帯の所有率は貧困層の方が高いというデータもある。それ以前に、そもそも就学援助を受け、県営住宅住まいの母子家庭がなんで裕福だったりするんだよというツッコミもあるのはわかる。
しかし、県営住宅に住んでいた私は知っている。あそこに入居するのにそんなに審査が厳しくないことを。そして、悪徳自営業者や偽母子家庭などが収入をごまかして低い家賃で暮らしていることも。
地域に詳しい先生たちも、当然そんなことはわかっている。県営団地の駐車場に、高級ミニバンや中古の外車がごろごろしているのがなぜなのかも。
そして、女には様々な稼ぐ手段があるということも。

そういう、ずるい貧困層がいることを湯浅氏は認めようとしていない(というか、知らないのかも)。
さらに言えば、それらをおかしいと思ったところで、担任が母親に聞くのかよ、おたく母子家庭で県営住宅に住んでるのになんでそんなに金があるんですか、と。家庭訪問でもしたら家賃滞納がわかるのか、と。
現に近所の人は可澄さんの服装について、美花に聞いている。しかしそれへの答えは真実とは違う、はぐらかしたものだったではないか。
担任にもしそんなこと聞かれた日には、美花は顔を真っ赤にして否定しただろう。

私自身、身上監護の資格を持っているので、地域の民生委員の方からとある家庭について相談されたことがある。
くしくもその家庭は、私が県営団地に住んでいた時の真下の階の人で、両親も子どもたちも知っていた。
男の子3人の母親から、「次男が中学に上がるのに、制服を買うお金がない」と相談されたという。私は仰天した。なぜならその家は、両親ともに仕事を持ち、父親は新車を所有し、髪型も服装もパリッとしていてゴルフやパチンコもやっていた。
地域のソフトボールチームにも所属し、毎回飲み会にも参加していた。その家庭がなんでそんな事態に??と理解しがたかったが、事実であった。
父親は自分の親の死亡保険金が入ったころから仕事をしなくなり、その保険金で生活していたようだ。自営業者であったため、金がなくなると日雇いのようなことで凌いで、自分だけの小遣いにし、生活費は母親が稼ぐパート代で賄うしかなかったという。
このように、母親が民生委員に相談したことでようやくわかったが、この相談がなければ地域でや学校、警察で共有されることはなかったろう。

実際、世の中の標準的な子供たちはそんなにアイドルのコンサートには行けないし、洋服を頻繁に買い替えたりもしないのだ。湯浅氏は自分が思う標準がずれていることには全く気付いていないらしい。
貧困にあえいでいることを、市役所の人には訴えられても、学校や職場、近所の人には知られたくないのだ。だから美花はそれを隠し、実際に隠せていたのだ。
それを学校は何で気づかないんだと憤慨するのは、それこそリアリティの欠如と言わざるを得ない。

結局、この人たちは美花を利用して、自身の主義主張を展開しただけなのだ。
ちなみにこの湯浅氏は、ジェンダーの観点から寄稿されているようだが、最後にこう締めくくっている。
”しかし極限まで母親を追い込んできた背景や諸要因は十分に考慮されていない。なぜか。「母親は子どものためならば自分を犠牲にしてでも頑張るべき」という強固な母親規範によって、「母親が裁かれる」ことを当然視する意識が社会に張り巡らされているのではないか。
この事件は、尊厳を有する独立した存在としての女性の人権を、複合的に侵害する社会の縮図である。”

そうだよ、母親は、親は、親だから頑張れるし自分を犠牲に出来るんだよ、当たり前じゃないか、犬や猫でも知っている、そしてどんな背景があっても罪は罪、裁かれて当たり前だ、なに言ってるんだ。
この人は本当の底辺を知らないから、そもそも母親がそこまで子供のために犠牲を払うというシチュエーションがこの人の人生にないから、こんなきれいごとを言えるのだ。

追い込んだのは社会じゃない、ほかでもないこの美花という女だ。しかも、この女は自己犠牲じゃなく他人を犠牲にしているということがどうしてわからないんだろう。
全てを先送りにし、周囲に見栄をはり理解のある友達母娘を演じたかった、そのためには家賃も借金も後回し、その付けが回っただけだ。ママ友にまで金を借りて、娘は毎日違う服。本当は、みんな知っていたんだと思う、この母娘の奇妙奇天烈な観念を。
結局その女性差別がどうとか、そういうことを言いたいがために、自分の主張にあてはめてこの事件を、美花を利用しただけだ。そこに気づけ。

あえて言いたい。ふざけるな。

タイトルにもある言葉だが、私は美花に対し、この言葉以外に告げる言葉が見つからない。
世間では銚子母子心中だのと悲哀の色濃い呼ばれ方をしているようだが、ていうかアンタ死ぬ気なかったよね?w
本人によれば、24日、可澄さんが登校した後自殺するつもりであったという。
しかし、可澄さんが登校時間になっても登校しなかったため、計画が狂ったと。
ウソでしょ、アンタが具合悪いっていったから、可澄さんが心配して登校を遅らせたんでしょう。
立ち合いに来た執行官らの証言からも、死ぬ素振りは見せていなかったという。これ見よがしに包丁を置いてはいたようだが。

悲劇の母を演じるために、娘の髪をなでて、私も死にますと目の前に止めてくれる人がいる状態でいうんだからその覚悟などたかが知れている。運動会のビデオもその悲劇を演出するための小道具だ。
自分で殺しておいてふざけるな。

結局、美花は可澄さんが邪魔になってきたのではないか。
自分が率先して甘やかしてきたとはいえ、中学生にもなれば自分の家の経済状況くらい察するものだ。
山のような督促状の一つや二つ、可澄さんも目にしていてもおかしくないし、電気が止められたこともあったわけで、可澄さんがまったく知らなかったとは考えられない。

子どものころ、言われなくても手伝いやアルバイト代を家計に入れていたという美花。
その姿を知る美花の母親は、そんな子だったからまさか浪費したり支払いをしないなどというのは想像できないと言った。
お母さん、逆だよ、美花は嫌だったんだよ。だから自分の子供に贅沢をさせたのだ。そもそも、土地を抵当に入れ、姉の預金を解約したり、浪費どころの話ではない娘であることを忘れたのか。

そして、そんなことをしておきながら、無邪気に喜ぶ娘に対しても、いつしか「お前いい加減気づけよ」的ないらだちがあったのではないか。さらに言えば、強制退去の事実を可澄さんに告げた時、母娘の間でなんらかの会話があったのではないか。美花を打ちのめすような会話が。
わざわざ強制退去の日に娘を殺したあたり、なにか執行官らへのあてつけにすら思える。

そう、全部人のせいなのだ。
確かに借金は元夫のせいだ。しかし、その後の尻拭いと称した暴走は、美花がしたことだ。給食センターの仕事を選んだのも、家賃を滞納したのも、闇金に手を出したのも、娘に身の丈以上の金品を与えたのも、裁判に欠席したのも、そして娘を殺したのも、全部美花あなたが選択してあなたがやったことなのだ。
食べるものもなく餓死したのでも、光熱費が払えず極寒の北国で凍死したのでも、保険証がなく病死したのでもないのだ。金の計算が恐ろしくできなかった母親に殺された13歳の娘の話なのだ。
求刑よりもはるかに軽い刑を与えられ、出てきたときにはもう誰もいない。その先の人生こそが、あなたの真の刑罰だ。

どこの誰があなたに同情しようとも、私はあなたに言う。
ふざけるな。

「強制退去で娘を殺した母親にあえて言いたい「ふざけるな」~銚子市母子家庭娘殺害事件②~」への10件のフィードバック

  1. 文章が乱雑になりましすから、先にお詫び申し上げます。
    この事件のそちらさまのお怒りは、当然だと思いますと、
    ふざけるなと言たい気持ちは、当方にも痛いほどよく理解いたしますので、今はきちんと裁判を受けて、刑務所で罪を償っているのですから、
    過去より今確実に刑務所での日々己の犯した罪に向き合っている母親の美花さんを責めるべきでは無いと、当方はそう思いますね。

    当方もこの事件の事はよく覚えていないのです。

    たまたまネットでこの殺人事件を知りまして、
    この罪を償っている美花さんを、少しでも応援できたらと思い、
    全国の女子刑務所に収監されている美花さんを、
    某刑務所に居る事が判明しまして、本来でしたら正式に美花さんを弁護した国選弁護士を通じて、多少なりの応援した方が居ますと、美花さんに接触すべきですが、如何せん当方には弁護士を雇う能力がなく、直接突然美花さん宛ての手紙を刑務所に送りまして、
    当然返事もなく手紙を受け取ったのかも、刑務所の決まりで教えてくれなく、当方は半ば完全に応援できないならと、間隔を置きまして、
    二回目の手紙と現金書留で5000円を送りしましたが、

    美花さんが完全に受け取り拒否を示しまして、刑務所からお金を返しますの手紙の連絡がありまして、刑務所の差し入れ担当者と何度かお話しましたが、本人の頑なな自らの殻に篭った状態の方々が多いからと言われまして、当方も完全に少しばかりの支援を諦めた経過がありましたので、本当に当方に十分な支援できる環境でしたら、
    正式に弁護士を雇い刑務所の美花さんと接触していたら、
    もっと違う方向へと支援できたのかと、未だに悔やんでいます。
    お金さえあればと、当方と美花さんとは何の面識もなく、
    ただただ亡くなった可純ちゃんと、実の母親の殺人を犯した美花さんを、微力ながら応援したい気持ちだけでしたと、
    どうか、刑務所で日々己の犯した罪と向き合っている美花さんを、
    余り非難してあげるのではなく、応援すべきの言葉を掛けてあげてください。

    ながながと乱雑な文面になりまして、誠に申し上げございません。

    返信は不要です。

    またこちらを覗きに来ますから、当方へのお叱りを書いてくれますかと締めくくります。
    それではまた覗きに来ますので

    1. にしおかさま
      稚拙な文章に対し、真剣な感想をいただきまして恐縮しております。ありがとうございます。
      すでに罪を償っている最中であり、反省もしているから非難するのではなく支援を、というにしおかさまのお考えも、全く否定はいたしません。
      むしろ、そのような支援をする方がいなかったら、彼女は出所しても生きていけないでしょうから。
      にしおかさまは、この事件の主人公は誰だと思いますか?世間はみな、母親である美花受刑者に焦点を当て、美花受刑者の立場で考えます。
      私もそうです。しかし、忘れてはいけないのは、殺害された可澄さんの存在です。
      加害者がこと母親というケースにおいては、とにかく同情が寄せられがちです。しかし、このような最悪の事態を招いたのは行政でもなく、ましてや学校の先生でももっと言えばゴミクズのような前夫でもないのです。美花受刑者本人です。
      もちろん、私も記事にあるように美花受刑者と同じような生活をした経験があります。しかし、子どもを殺めようなど思いもしなかった。
      にしおかさまはこの事件をあまりご存知なかった、と書いてらっしゃいますが、数多くある貧困や母子家庭の事件の中で、どうして美花受刑者にそこまで支援の手を差し伸べようとなさったのですか?事実を把握した今でも、そう思われるのですか?
      美花受刑者は、他の殺人犯と何ら変わりません。人を、ましてや我が子を殺すという点においては心情的に最も許せない部類に入ります。
      にしおかさまの言葉をもってしても、やはり私が美花受刑者に言いたい言葉は「ふざけるな」以外にありません。

      ・・・と偉そうに書き連ねましたが、このように深くお話しできることはなによりこのサイトに記事を書いている意義があるというものです。
      お気に障る内容や、憤慨されるような内容もあるかと存じますが、どうかまたちょこちょこ覗きに来てくださいませ。
      本業ではないため更新頻度は遅めですが、ライフワークと考えております。
      では、ぜひまたお越しくださることを願って・・・

      1. 早速、当方の返答にお答えして頂き、誠に感謝の限りです。
        そちらさまの何故、見知らぬ人が其処まで行動をするのかとのご質問ですが、別に特に理由はありませんので、
        あえて答えるでしたら、
        確かに殺人事件を犯した実の母親であり、殺した子供がひとり娘さんの可純ちゃんの事件の内容を知ったら、何故か?
        少しでも応援したいと単純な動機で、
        この見かけだけは繁栄しているわが国ですが、
        昔のバブル期を知っている世代から見て見ると、
        余りにも貧困なる言葉に括られる世帯が爆発的に増え、
        そちらさまも、一度犯した罪で収監されたとお書きしていますが、余りにもこの親子が不憫しか感じられなく、
        当方の長い人生は、貧困とは生まれてからの真逆な贅沢三昧の端くれで、
        ずっと暮らしていまして、その反動もあるかも知れませんね。
        そちらさまのこの親子の母親の美花さんを、
        改めてお書きしますが、非難するお気持ちは心が痛いほどわかります。
        当方の言いたいのは、正式な裁判を受け殺人犯としては、軽い方の刑期7年の刑務所の服役の判決が下されたのだから、
        当方には批判非難する事はただただ出来ないだけで、
        性格的には罪を犯した本人の未来が、一番大切だと認識しています。
        後3年か2年で、母親である美花さんが、女子刑務所から出てきますから、当方の書いた手紙にも書いたのですが、
        刑務所を出てからの美花さんが、自殺だけは考えないでくださいと、十分犯した罪を正式に法に基づいて、償ったのですから、
        娘さんの可純ちゃんの分まで、簸たすら一日でも一秒でも長生きするのが、わが子に手を掛けた母親である美花さんの義務だと、
        それに天国の可純ちゃんが美花さんに、 絶対言うだろうと私の分まで長生きしてしあわせに暮らしてねと、
        赤の他人が偉そうにお書きしましたので、
        読んでくれたかまったく知りませんので、
        今の当方には応援も支援も出来ない立場で、
        まして美花さんに完全に拒否された身分ですから、
        何も出来ないのが、誠に悔しく悔しいだけです。
        昔みたいに生活が余裕があれば、正式に弁護士を雇い多少なり支援したいと、申し出したいと未だに思っています。

        本当に刑務所から出たら、どう言う残りの人生が美花さんに待ち受けているのかと、何せ一般社会は罪を償った人には、本当に冷たい世間だと常日頃をそう感じていますよ。
        真逆な世界で暮らしていた過去がある当方からも、
        どうか美花さんには平和でしあわせな人生を送ってほしいと、
        但し、日々亡くなった可純ちゃんのお参りは、
        かかさずに暮らしながらですけれど、
        凄く刑務所で罪を毎日一分もかかさずに、 自らの心との葛藤の日々だと思いますから、だってそうでしょう。
        自らの手で殺して、自らの命を絶つ事が出来なかったですからね。

        まったく意味不明な返信になりまして、
        今の当方にはただただ、簸たすら美花さんが、世間の冷たい風に曝されないように願うばかりです。

        尚、にしおかは偽名です。
        日本では誰でも知っている伝統ある苗字が正解です。
        親も親類たちも、過去はそれなりの地位のある立場でした、
        当方はその中での落ち毀れでしたが、
        正義感とけだかいプライドは失っていませんので、
        罪を償った人には手を差し伸べるべきだと、
        この頃そう思うようになりました。

        1. あなた様に一つ伺いたい。あ、その前に、私は犯罪を犯したことなどありませんよ?収監されたとどこに書いてますかね?

          さて。あなた様のその「救いたい」という精神は、対象が「美花」でなければ成り立たないものなのでしょうか?
          というのも、世の中には今も苦しんでいる子供たちがたくさんいます。お年寄りもいます。
          そういった人々に対しては、何か行動されているのでしょうか?
          かのマザー・テレサは言いました。貧困にあえぐ世界の子どもを救いたいと思うならば、まず身近な人を助けなさいと。
          報道され、注目を集める人や事件には誰しも感情を寄せがちです。
          美花には多くの支援者が既におり、あなた様が手を差し伸べずとも十分すぎる支援が行われています。
          求刑を大幅に下回った判決がそれを物語っているでしょう。
          なんの支援もない人であるならば、あなた様のその熱き思いもわかりますが。
          なぜあなた様は、経済的に余裕のない中、美花を選んだのでしょうね?
          そうそう、徳島で崖っぷち犬という野良犬の話がありました。テレビで連日報道され、日本中から支援の手が差し伸べられ、引き取りたいという申し出もひきも切らない状態でした。
          でも、その人たちは決して、保健所で今まさに死にそうになっている犬には見向きもしない。なぜか。

          崖っぷち犬は注目されたからです。付加価値がついた。
          あの有名な犬を助けた「私」になりたいだけです。
          大変失礼ですが、あなた様の言動においても、同じものを感じています。
          さらに言えば、美花を助ける、救いたい、そういう感情は、美花からすれば迷惑ではないでしょうかね?
          あなた様はそうすることであなた自身の心にある、「ある感情」を満たそうとしていませんか?
          美花に拒否され、思いあがった自身を恥じるならまだしもあなた様は「悔しい」とおっしゃる。
          心から他者のためと思っている人は、悔しいという感情にはならないですよ、この場合。
          未読でしたら「私を捨てるなら死んで」というこのサイト内の記事をご一読ください。
          あなた様によく似た男が登場します。

          大変失礼なことを書き連ねましたが、私の素直な印象です。
          そうでないというのならば、是非、美花に拒絶された5,000円を、お近くの募金箱に入れてはくださいませんか?
          気高いプライドをお持ちのようですから、全国に山のように解き放たれている元・犯罪者に対して今すぐ、あなたのその精神である「正式に罪を償った人間には手を差し伸べる」ということをしてください。
          あなたに「事件の主人公であり、注目された美花」は助けられなくても、日本中に山ほどいる本当に支援の必要な「普通の人々」の役には立てるのではないでしょうか?

          そうそう、その崖っぷち犬ですが、引き取った女性は結局持て余して手放したそうですよ。

  2. そちらさまが言いたいのは十分理解していますから、
    自己満足ですか?
    そうかも知れませんね。
    そちらさまに当方の考えは到底理解できないと、
    美花さんに支援者はたくさん居ると、
    因みにその情報は確かのでしょうか?

    それに当方も今ははっきり言って、
    生活には余裕が無いとお書きしましたが、
    精々、5000円ぐらいだけ支援したいと、
    それに此処には書いていませんが、
    何度か、フードバンクなる支援団体に、
    他の小さい4団体等含め、合計40000円ほど寄付をしましたけれど、
    悪しからず。

    一箇所に少額のお金を寄付しても、
    ありがとうございますの最低限のお礼もない団体もありましたから、
    もう、それからは寄付をするのもバカらしくなりましたので、
    やはりそちらさまとは、
    相容れない考え方みたいですね。

    それでは、もう二度と返信いたしませんので、
    それにこれからも、お金が余裕が出来ても、寄付する時には、
    物凄く吟味に吟味を重ね上での寄付の気持ちがあれば、
    寄付をいたしますので、

    確かに世の中には何万何十万の困っている人たちが居ますが、
    犯罪者と当方の誤解いたしましたので、
    そこだけは申し訳ございまんでした。

    1. ありがとうの言葉が欲しくて寄付をなさるのですか?
      美花に支援者がたくさんいるのは、あれだけ同情的な報道、中にはドラマ仕立てで美花をかわいそうな母親として扱うところまでありましたよ。
      あなたを含めての世間の同情が「支援」ではないですか?
      寄付をしてもお礼がないと憤慨なさるのであれば、しないでいいんじゃないでしょうか。
      お礼がなくてもその寄付で誰かが助かったかもしれないのに、バカらしいとは恐れ入りました。
      このあなたの返信こそが、あなたが人を「救いたい」と思う理由なんじゃないでしょうかね。
      ありがとう、助かった、あなたのおかげ、言われたら気持ちいいですよね。

  3. 支援する人がみな↑の人みたいなのかなと
    正直読んでて不快になった。

    というのも。
    実は、私は25年ほど前に1つ年上の先輩を殺されたから。
    ※25年ってのはちょっとごまかしてるw。
    口論になったからとか前からトラブルがあったとか、そういうのじゃなく
    ただ歩道を歩いてたらすれ違いざまに因縁をつけ始めた相手に
    反論する間もなくいきなり刺されてそのまま亡くなりました。

    病気とかで死ぬならまだいいんですよ、お見舞いにも行けるし
    重い病気ならもしかすると近い将来お別れがあるのかなとか不謹慎だとしても
    心の整理も覚悟もできるというか、一緒に居られる間できる限りのことしてあげようとか
    思えるから。
    でも「殺される」ことで永遠に別れるって、恐らく、誰もそんなに想像してないと思う。
    衝撃どころではなかったです。

    あと〇年で娑婆に出てくるから、殺人犯を温かく見守って
    罪と向き合ってる犯人を責めるな、ってのは
    こういう経験とは全く無縁であり、能天気に生きてきたから言えるんであって
    私の気持ちは今でも犯人に対しては
    「よく生きてられるな、どの面下げてここに居んだよ」です。
    よくぞ罪を償った、不自由だったろう、大変だったろう、よく頑張ったねなどと
    思うわけがない。
    死んだ方はどうなるの。
    死んだからもうそんな人のこと考えても意味ないってか。
    たとえその瞬間冷静でなかったとしても、殺したいほどの理由があったとしても
    人の命奪ったんだから不自由なんか屁でもなかろう。
    何言ってんだ?

    ほんの一部なんだろうけど「支援」する人がどういう人なのかが
    何か分かった気がする。
    「支援」ねぇ・・・。

    1. ちびこびっちさま

      このエントリについては、コメント欄でのバトルwを読むと、支援したがる人の心理が透けて見えて面白いですよ
      ある種の承認欲求でもあると思うんです。
      私にしか理解してあげられない、私なら助けてあげられる、というね
      でも、いつも思うんですけど、支援ってなんなんですかね?
      出所後の生活の面倒を見るんでしょうか、この先何十年も。
      しかも出てくるのって10年以上先だったりするわけで、なんとも現実味のない話に思えてなりません。

      極論ですけど、人を殺したら死刑が本来ですよ。でなければ不均衡です。
      でも、日本の司法はそこまで厳しくない。それだけでもありがたいと思えと思います。

  4. まずは先日はお返事ありがとうございました(感謝)。

    実は私、福祉業界、主に在宅の知的障害者の支援に長く携わってきた人間なのですが、グレーゾーンな軽度障害者の利用者本人よりも親の方が遥かにアレレ案件の多いことに、当初、ドン引きした思い出があります。

    特定の団地、母子家庭、お母さんまともに働く意志なし、謎の内縁の夫同居パターンが多かったです(役所が管理し易いようにわざとそうしているのかと考えたこともありました)。

    正直に申し上げて、何故、こいつらに私達の税金がって感じですよ(福祉の人間にあるまじき発言www)。

    普段からおかしな人間と関わり続けていることもあり、何でもかんでも可哀想でひとくくりする風潮には、イケナイ、イケナイと思いながらも、心底、イライラしてしまいます。

    1. まーきち さま
      お仕事お疲れ様です。
      あの銚子の事件についての記事は批判が多かったのも事実なんですが、それほどまでに世間はあの母親に同情するもんなんだと驚きました。
      普通に考えても、払うものも払わず子供の洋服、遊び代につぎ込んで、結局「その散財の根源」だった娘を殺してる。
      心中事件であるかのように言う人もいますが、自殺行為にすら及んでないこの母親は、かわいそうな私を演出してるだけです。実際、現場に居合わせた人たちも「死ぬ気があるようには見えなかった」と述べてるんですよね。
      他人を可哀想だと思いたがる人は一定数います。でもその多くの人は、その可哀想な人を見ることでこう思ってます、「私じゃなくてよかった」と。
      そしてその涙も乾かぬうちに普通にご飯食べる訳ですから。

      本当に救いが必要な人は他にいると思うんですけど、なぜかあの母親には同情しちゃう人が後を絶たないようです。
      騙されやすいんだろうなーと思ってます。

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