姪の命と引き換えで目が覚めた妻の覚悟~福岡・二丈町たてこもり殺害事件~

2002年9月16日

その日の朝、A子さん(当時41歳)は普段通りに朝刊を読もうとして、思わず息が止まりそうになった。
新聞の紙面に、A子さんの二丈町にある実家の写真が大きく掲載されていたからだ。
震える手を抑えながら紙面を読むと、15日の午後、男がA子さんの実家へ押し入り、A子さんの実母・B子さんと、その孫・志歩ちゃん(当時9歳)を人質にたてこもったと書いてあった。
そして、男は説得に一切応じておらず、現在に至るまで事態はこう着状態で、人質の安否が気遣われる、そういった内容であった。
A子さんはすぐさま警察に電話し、現地に向かう旨を伝えた。
A子さんは事情があって、その日までのおよそ20日間ほど、家族に所在を知らせていなかった。その事情とは、夫から身を隠し、離婚するためだった。

そして、その夫こそが、A子さんの実家に籠城している男であった。

出会い

A子さんは事件から2年後の2004年、新潮45において事件が起きた経緯を手記にして発表している。
そこからこの事件がなぜ起きてしまったのかを見ていきたい。
(以下の情報、時系列は、2004年5月に刊行された新潮45・5月号p48~56からの引用を含む)

A子さんは1999年の暮れ、後の夫であり、事件を起こした張本人である川村忠(当時33歳)と出会った。
離婚して娘と暮らしていたA子さんは、弁当を販売する仕事をしており、昼時には町や工事現場などに赴いて弁当を飛び込みで販売することもあった。
ある時、昼食の弁当を販売するために行った工事現場で、川村がA子さんから弁当を買った。その際、A子さんの弁当を仕事仲間らにも「うまいから」といって宣伝したり、非常に親切に接してくれたという。

シングルマザーとして子育てに奮闘していたA子さんは、久しぶりに感じる他人の優しさが嬉しかった。
何度か弁当を売りに行く中で、次第にA子さんと川村は親しくなっていき、個人的に食事に誘われるようになる。
優しいうえに、どちらかというと甘いマスクの川村に、A子さんも次第に惹かれ、ふたりは交際することになった。

お互いの過去を話すこともあったが、ありきたりな話で深い話をしたわけではなかった。
A子さんは弟がおり、川村と年が近いこともあり、いずれは紹介しようとも考えていた。

翌年の春先、A子さんは川村を弟に紹介しようと食事に誘い、A子さんの娘も含めた4人で会うことになった。
しかしこの日、A子さんと弟は、川村の異様な一面を目の当たりにすることになる。

牙を剥く男と許す女

その日、和やかな雰囲気で食事を始めた4人だったが、すぐに川村の様子がおかしくなった。
なぜか、3人の会話に入ろうともせず、無表情なままひとりで何杯も酒を飲んでいたという。A子さんが話を振っても、一向にそれは変わらず、まるでA子に何かを態度で示しているかのようだった。
ほどなくして川村は、突然立ち上がったかと思うと「帰る」と言った。驚いたA子さんが川村を引き留めると、ようやくA子さんを見た川村はA子さんの弟に対して、「ちょっと彼女(姉さん)を借りるけんね」と言い、A子さんを店外へと連れ出した。

訳が分からないA子さんが「どうしたと?」と聞こうとした瞬間、川村の形相に息をのんだ。
あのいつも優しく温和であった川村が、鬼の形相でA子さんを睨みつけていたのだ。
そして、持っていたバッグでA子さんの顔を張り倒すと、よろけるA子さんに体当たりしてきたのだ。
あまりのことに唖然とするA子さんに、なおも殴りかかろうとする川村を、物音を聞いて出てきたA子さんの弟らが羽交い絞めにした。弟らにとっても目の前の光景は仰天以外になかった。

羽交い絞めにされた川村は、憑き物が落ちたようにおとなしくなり、さらにA子さんと弟に対して土下座したうえ、涙ながらに頭を地面にこすりつけた。
「もう二度とこんなことはせんけん・・・」
そう謝罪し続ける川村の姿を見たA子さんらは、なにか虫の居所が悪かったところへ、勢いよく酒を飲みすぎたのだろう程度に思い、その時は川村をなだめ、特に深くは考えなかった。

しかし、その後川村はことあるごとにA子さんに暴力を振るう。
暴力、といっても、平手打ちから殴る蹴る、物による殴打など程度にも差があるわけだが、川村がA子さんにした暴力は、そのほとんどが「死の恐怖を感じる」レベルであった。
プロポーズしてきた川村に対し、そのうちね、などとあいまいな返答をした際は、馬乗りになってA子さんの首を絞め、結婚を承諾するまで締め続けた。
そして、苦しさのあまりA子さんが半ば強制的に結婚の承諾をするやいなや、お決まりのジャンピング土下座で自身の暴力の言い訳と、謝罪の繰り返しであった。

A子さんは川村より5歳年上で、自分でも姉御肌と言うか、世話好きな面があると話す。
そのため、川村のような破天荒な男に対しても、「わたしがついていないと」とか、「わたしが立ち直らせる」といった気持ちが強くあったようだ。
川村が過去に暴力団構成員であったこと、そしてその時覚せい剤を使っていたことなどを告白されても、ドンびくのではなく余計にその気持ちを強くしたようだった。

また、川村の行動のパターンもこのころは読みやすかったようで、たとえ暴力を振るってもせいぜい1~2分、そしてすぐに涙ながらに謝罪するということの繰り返しであったため、A子さんとしても「わたしがなんとかする!」という気持ちになっていたようだ。

2000年5月。
川村を嫌って別れて暮らす父親のもとへ娘が去った後、A子さんは川村と入籍した。

地獄のはじまり

川村との結婚生活は冒頭から大荒れであった。
最初こそ、念願叶った川村は機嫌も良く、また、A子さんに対してもやさしさを見せ、真面目に生活しようとしていたようだ。
しかし、川村はA子さんが妊娠しないことに腹を立てていた。A子さんはすでに40歳手前、出産の経験があるものの、だからと言ってこの年齢で子どもが出来る可能性は低くて当たり前だ。
川村は子どもを欲しがっていたが、妊娠や女性の体についての常識は全く知らず、A子さんがすぐに妊娠しないのはA子さんが本気で子どもを欲しがっていないからだという超理論を展開した。

暴力に怯えながらも、幸いと言うかA子さんは結婚して1か月で妊娠した(すげぇ)。

あぁ、これで夫もおとなしくなるだろう、A子さんは安堵したが、そうは川村が許さなかった。
なんと川村は、理不尽な因縁をつけてはA子さんのお腹を攻撃し始めたのだ。
お腹をかばうA子さんを見て、さらに逆上した。その理由は、
「本当は俺の子どもが欲しゅうないくせに、かばったフリしやがって!」
というものであった。
A子さんがそれでもお腹をかばうと、
「流産してもいいと思っちゃろうが!流産したらしたで、お前を殺しちゃるけんな!」
とさらに暴れまわった。
A子さんは、このようなことが重なり出産をためらうようになっていた。その上で、離婚も考えていた。しかし、流産したら殺す、とまで言われている以上、なんとしてでも無事出産しなければ、という思いの方がが強くなり、暴力に耐えながらなんとか女の子を出産した。

病院で我が子と対面した川村は、泣いて喜び、これまでのことを謝罪し、「俺の子を産んでくれてありがとう、ほんとうに変わるから」とA子さんに言った。
これまでもそうだった。自分が望む状況が実現するまでは、たとえそれが時間を要することであろうが、物理的、経済的に難しかろうが、そんなことはお構いなしにそれが実現しないのはお前のせいだ、とA子さんを責め立てた。
そして、自分の望みが叶うやいなや、まるで人が変わったようにA子さんに溢れんばかりの愛情と誠意をこれでもかと見せつけるのも、毎度おなじみであった。

プロポーズのOKも、妊娠も、出産も、どのケースの時も同じことの繰り返しであった。
川村の愛情ややさしさはほんの一時しか保たれることはなかった。
それは長女が誕生した後ももれなく同じで、一ヶ月検診の帰り、泣き止まない長女を助手席で抱いていた川村は、「泣き止め」という自分の願望が叶わないことに苛立ち、生後一ヶ月の娘を後部座席に放り投げた。

生き地獄

その頃から、A子さんは真剣に川村から逃げることを考えていたという。
それは態度に出てしまうこともあったようで、すぐさま川村に警戒されることになってしまう。
川村は事あるごとに、
「逃げたらどこまでも追っかけて、お前をうち殺しちゃる、お前の身内も全部うち殺しちゃる!」
と凄んできた。
A子さんが考え事をしているだけで、「お前は今、逃げようと思いよろうが」と怒鳴られ、その上で「逃げたらお前も身内も殺す」と言われ続けた。
なかなかこんな経験はないとは思うが、毎日のように、まるで呪詛のようにこんなことを言われ続けたら、人間は簡単にその言葉に支配されるようになってしまうのは想像に難くない。
そして、A子さんは次第に逃げる気力を失っていった。

2002年。
ある晩、娘が熱を出していたため看病をしていたA子さんに、川村はいつものように些細な、理不尽なことで暴力を振るった。
そして、ひとしきり暴れた後に覚せい剤を注射する。
実は、結婚前に覚せい剤に再び手を出しているということをA子さんも知っていた。
しかし、それも持ち前の「わたしが何とかしなければ!」という人並外れたポジティブシンキングによって「重大ではない」事柄になってしまっていた。
いつにもまして気持ちが落ち込んでいたように見えたという川村は、ぽつりとA子さんに「暴力はやめ切らん」と漏らしたという。

その上で、何かを吹っ切ったように、「よか。やっぱり別れよう。兄貴のところに俺の荷物送ってくれ」と言ったため、A子さんは思わず、「本当にいいね?別れてくれると?」と、強めに反応してしまった。
そのA子さんの言葉を聞くやいなや、川村は豹変。

「お前の本心見抜いたぞ!」

そういって、再びA子さんに殴る蹴るの暴行を働いた。そして、「娘は絶対に渡さんけん!出ていくんやったらお前ひとりで出ていけ」と捨て台詞を吐き、A子さんを締めだした。
逃げようと思えばこの時逃げられた。しかし、熱を出して苦しむ娘を置いてなど行けるはずもなく、思い切って周りの人に相談しようと決めた。

相談した相手は、川村の兄であった。

実の弟とはいえ、この兄にとっても川村は頭痛の種であった。
A子さんの窮状を知り、弟のことを詫び、気にせずに警察に行けと言ってくれたという。さらに、自らA子さんを連れて警察署まで出向いた。
A子さんは被害届を出し、保護され、そのままシェルターに入居することになった。
兄や警察に事情を聞かれた川村は、その後出頭し、A子さんへの暴力行為で逮捕された。

A子さんとしては、覚せい剤も出ると思っていたが、出頭までの数日間でどうやら覚せい剤を抜き切ったらしく、尿検査は陰性であった。
しかも、警察でお得意のジャンピング土下座を披露したかどうかは定かではないが、「反省している」として、拘留されたのはたったの10日。罰金10万円で川村はふたたび野に放たれることとなった。

その10日間で、A子さんは行動に移した。
子どもは託児所へ預け、大急ぎで当時暮らしていた市営団地を解約、家庭裁判所に離婚調停の申し立ても行った。
とにかく、逃げるならな今しかない、身を隠し、時間をかければ川村も諦めるのではないか、まだA子さんはこの時点では、川村に正攻法が通じると思っていた。
しかし、川村は常人が理解しうる範疇を超えた男であった。

身を隠したA子さんを、川村が簡単にあきらめるはずもなかった。
兄やA子さんの弟など、思いつく範囲のすべてに川村は執拗に電話などで連絡してきた。A子さんと娘の居場所を知るために、川村は考えつく限りの脅迫を行った。
自分が事件を起こせば、A子さんとて隠れ続けるわけにはいかないだろうと、この時点ですでに川村は考えていた。
娘と似たような年の子どもをさらい、A子さんが姿を見せなければ殺す、お前のせいでなんの関係もない子どもが死ぬんだ、と、まるで見当違いの脅迫をしてみせた。
そんな電話が、A子さんではなく周囲の人々にかかってくるわけだから周りの人たちの心労も相当であったろう。
その中でも、まだ小学生の娘を持つA子さんの弟にしてみれば生きた心地のしない日々であった。
たまりかねた弟は、警察に相談したうえでA子さんに連絡を取った。
「迷惑をかけられてもうどうにもならない。逃げていても話にならないから、とにかく一度は川村に会って話をつけてくれ」
もっともな願いである。A子さんの恐怖心も十分に理解はできるが、それでも何の話し合いもしないままで事が前に進むはずもなかった。

A子さんは川村と電話で接触し、離婚してほしいと懇願した。
しかし、川村は「俺は変わる、大阪へ一人で出稼ぎに行って、給料を全部お前に渡す」などと言い張り、いつものように情に訴えるなどしてA子さんを翻意させようとした。
それでもA子さんが応じないと、「わかった、離婚届を持っていくけん、その時会ってくれ、そこでおしまいたい」ととにかく会って欲しいと言った。
A子さんは警戒し、どうせまた会えば自分の言ったことなど忘れたかのようにふるまうに違いないと思っていた。

会うことを了承しないA子さんに対して、川村は翌日また電話をかけてきた。
川村はなんとA子さんの実家周辺にいた。
そして、たまたまA子さんの実家を訪ねていた前夫と暮らす息子を見つけたのだ。
「女の子を捕まえてお前の実家に人質としてたてこもっちゃる」
そういっていた川村は、息子を見つけた途端、「お前の息子の跡をつけよる」と意味ありげにそうA子さんに告げる。
心底ゾッとしたA子さんは、それをやめさせるためについに川村に会う約束をしてしまう。

博多駅で会った川村は、A子さんの予想に反して落ち着いていた。
そして、「お前の大切な息子を、そんな目に遭わすわけなかろうもん。どうしても会いたかったけん、ウソつくしかなかったったい。」と詫びた。
さらに、約束通り署名捺印した離婚届も持参していた。そして、そのまま「ねえさん」と慕う従姉のもとへ行き、離婚届の承認欄に署名してもらうなど、まったくこれまでとは違って離婚へ向けて進んでいるように見えたという。
もちろん、川村はそれでもやり直したい気持ちは持っていて、移動する車中でも幾度も「やり直したい」と口にしていた。
ここでA子さんは痛恨の過ちを犯してしまう。
離婚届を手にしたこと、その日の川村の様子が本気に見えてしまったことから、「いざとなった離婚届を出せばよい」と考えてしまったのだ。

結果、離婚届は出されず、A子さんは再び川村と生活することを選んだ。

 

 

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