思いつきで押した死刑判決へのピタゴラスイッチ~帯広市広尾町・幼児3人殺傷事件~

平成13年8月8日午後二時半

「警察に電話する!」
幼い少女は、泣きながら震える声でその男に精いっぱいの抵抗を見せた。
目の前には見上げるような巨体の男が、カッターナイフを手に立ちはだかっていた。
「電話するな!」
男の大声にそれまで固まっていた体が反応した。少女は一目散に玄関へと走ったが、男に左肩を掴まれた。
ものすごい力でリビングの床にあおむけに倒された少女は、男がカッターナイフを振り上げるのを見た。

取っ組み合いのさなか、男が手にしたカッターの刃が折れた。男は思い立ったように台所へと消えた。少女はその隙に、玄関を出ていった。胸が焼けるように痛い。家にはまだ弟と妹がいる…

家の中では、二階から降りてきた弟と妹が、包丁を手にしたその男と向き合っていた。
隣の家の、ボンズ頭の大きい兄ちゃん…その兄ちゃんが、5歳と2歳の姉弟の命を奪った。

事件当日



その日、Kさん宅では夫が出勤した後、妻が4人の子どもの世話をしていた。
Kさん宅は重機オペレーターの仕事をしていた夫(当時46歳)と、実家の鮮魚店手伝いをしていた妻(当時39歳)の間に、長女(当時6歳)、次女のまさみちゃん(当時5歳)、三女(当時4歳)、そして末っ子長男の哲也ちゃん(当時2歳)の6人家族で、周囲の家より大きめの家で幸せに生活していた。

夏休みではあったが、妻は通常通り保育所へ三女を連れて行った後、残る三人を連れ、近所の実家へと手伝いに行っていた。
途中、もともと熱があったために保育園を休ませていたまさみちゃんの熱が高くなったため、妻は子どもたちを連れ自宅へと戻った。
小学1年生の長女は、友達の所へ遊びに出掛け、まさみちゃんと哲也ちゃんが昼寝をした合間を縫って、妻は車で近くへ買い物に出かけた。
母親が出かけるのと入れ違いに、遊びに行っていた長女が帰宅する。

弟や妹が昼寝をしている部屋で、長女もベッドに横になった。

長女が自宅へ戻った直後、家の周りをうろつく男の影があった。
男は名を及川和行(当時24歳)といい、Kさん宅の2軒隣の家に住む男だった。
Kさん宅と及川家は、近所ということで冠婚葬祭の付き合いはあったものの、それ以外は世代の年齢が違うこともあって特段親しいわけではなかった。

及川はKさん宅の駐車場に車がないことを確認すると、Kさん宅横の空き地に止めた母親の車の中で青い合羽を着用すると、軍手をし、目出し帽をかぶって運動靴に履き替えて、ポケットにカッターナイフを忍ばせた。

Kさん宅は留守のはずであった。
車がないということは、母親と子供たちは出掛けているはずだ。及川はそう考えていた。
大きな家、裕福な暮らしぶりのその一家は、おそらく家に現金を置いているはずだろう。4~5万もあれば、しばらくは遊んで暮らせる。
無施錠の出窓からKさん宅へ侵入した及川は、一階を調べて回るが、どうやら生活の拠点は二階であることがわかる。
実は及川は、自宅の二階からKさん宅が見えるため、以前からKさん家族が主に2階で生活していることをなんとなく知っていた。
一階の仏間には、放り出されたランドセルなどがあり、金目のものはなさそうだった。

ゆっくりと二階へ上がり、リビングとして使用されているとおぼしき部屋へ立ち入った。その部屋には続き部屋があり、ベッドが見えた。
次の瞬間、ベッドから起き上がる人影が目に入った。長女であった。
長女は気配に気がついたのだろう、及川がいる方へ振り返ったと思いきや、大声で泣き始めた。するとそれにつられるように、同じ部屋にいたまさみちゃんと哲也ちゃんも、大声で泣き始めたのだ。
及川は慌てふためき、何も取らずに踵を返してKさん宅を飛び出た。
家を出る際、金銭目的の泥棒ではなく、下着泥棒に思わせようと思いつき、洗面所にあった下着類を複数ポケットに押し込んだ。

及川は、Kさん宅の隣の空き地に停めていた車に乗り込むと、思わずKさん宅を振り返った。
振り返った及川と目があったのは、二階の窓から怯えた顔でこちらを見つめる姉弟らであった。

及川のそれまで



昭和52年に広尾町で生まれた及川は、両親と弟2人の5人家族だった。
町内の小・中学校を経て、北海道広尾高校へ進学する。
子ども時代の及川は、スポーツは出来たものの、勉強はさっぱりダメであったという。学習障害とか、そういうことではなく、本人が勉強嫌いゆえのことであった。
高校になると、勉強が遅れて補習を受けなければならなかったり勉強嫌いは相変わらずだったが、くわえて生活態度にも問題が出始める。
遅刻は当たり前、そのうえ、理由なき欠席が目立つようになる。それはかなりの日数に及び、また、理由もたとえばいじめられるとか、嫌なことがあるとか、はっきりした理由はなく、ただ「行きたくない気分だった」というようなものであり、それが出席日数が足りなくなる事態に及んでも改善されなかったため、担任から精神科の受診をすすめられる始末だった。

平成8年に同高校を卒業した及川は、身長175センチ、体重120キロという体格を生かし、地元の海運荷役会社に就職する。
しかし、その職場での及川の評価は惨憺たるものであった。
人づきあいが極端に悪く、高校のころと同じように休み癖が抜けていなかった。有給休暇を全消化しても足りず、給料に影響しても行きたくない日があると平然と休んだ。
しかも、当日の朝突然休むと言い出すなど、及川の勝手気ままな振る舞いは次第に会社の業務に影響を及ぼし始める。
出勤したかと思えば、やる気のない緩慢な動作でいるため、周囲からは完全に孤立し、及川の態度を腹に据えかねた同僚からヘルメット越しに頭をしばかれるといったこともあった。
平成13年7月、会社の公休日だった15日の翌日から続けざまに無断欠勤をした及川に対し、会社は解雇を通達する。
及川はそのまま7月末で5年勤めた会社を辞めた。

及川の給与は欠勤の日数で差があったが、およそ10万円から15万円であった。しかし、金銭管理がまったくできず、実家暮らしの甘えもあって給与が入ると全て使い切ってしまうことが常であった。
そのため、母親が給与口座を管理し、及川には小遣い制がとられることとなった。
給料日に2万円を渡され、余った分から自動車ローン(月6万)が引き落とされ、残りは必要な分を都度渡されるというやり方だった。
及川は友達もほとんどおらず、その小遣いをアニメやレンタルビデオ、ゲームやスナック菓子の購入に充てた。
とにかくお菓子類、特にスナック菓子が好きだったようで、毎日のようにコンビニで菓子やジュースを買い込む及川が目撃されている。

まさに、絵にかいたような自堕落男・及川は、その風貌も、締まりのないぼてっとした顔つきで、がっしりした体格というよりただだらしなく肥えているといったものであった。
将来にもなんの計画性も希望も持たず、ただその日その瞬間の思いつきで行動し、毎日自室にこもってアニメを見ながらスナック菓子を貪り食う男は、いつしか家庭内でも孤立していた。

犯行を思いついた経緯

 

7月の初めにボーナスが支給され、母親から5万円を受け取るも、仕事を休みがちにもかかわらずコミックを買い漁るなどしていたため、出費がかさんでいた。
しかも、7月末に受け取った給料は、通常より少ない10万円であったため、母親からは1万円しかもらえなかった。
しかし及川は、いつもより少ないのだから無駄に使ってはいけないと思うことなどなく、いつもと同じ調子で散財した。
その結果、事件前日には所持金が51円しかなかった。

仕事もやめ、連日部屋に引きこもる生活を続けていた及川は、8月8日は午前5時ごろ起きていた。起きてはいたが、漫画を読み、弟の部屋でゲームに興じ、食事をとりながらテレビやアニメのビデオを見るという、子どもでもしないような生活を送っていた。
昼過ぎになって、ふと及川は帯広市内でレンタルしたビデオの返却期限が明日であることを思い出す。
それなら、ついでにいらなくなった漫画やゲームを処分し、新しいビデオを借りようと思いつく。
及川は先に述べたように自分の車を所有していた。しかし、職場が海に近かったことで錆びることを懸念し、通勤には母親のカローラを使い、母親が及川の車を使用していた。及川が帯広市内などへ出かける際には、自分の車を使用するのが常であった。
母親は午前の間に及川の車で出掛けたとみられたが、及川はいつものように町内の病院へ行っているだけですぐに帰宅すると思っていた。
しかしその日母親は帯広市内に出かけており、いつもの時間になっても帰宅しなかった。
買い取ってもらうための古本などをまとめて準備していた及川は、次第にイライラし始める。
母親の携帯にかけたが、応答がなかった。このままでは新しいビデオを借りられない。

そこで及川は、母親の車に乗って母親が行きそうな場所を片っ端から捜し始める。
遅くとも夕方には戻るであろうに、及川はどうやら自分の思いつきが実行できないことが我慢できないようだ。
どこにいるかもわからない母親を、親せき宅や病院、ショッピングセンター、しまいには及川家の墓がある墓地にまで捜しに行った。
探し回っている間に帰宅するかもしれないとか、むしろこの行動無駄じゃね?といった考えは全く頭になく、とにかく一刻も早く自分の思いつきを行動に移したかった。

結局、母親とは遭遇せず、携帯に連絡もなく、及川が運転していた車のガソリンが底をついたため自宅に戻った。相当なバカである。
いつものようにKさん宅の横の空き地に車を停めた際、ふと、Kさん宅の車がないことに気がついた。
及川はここで、最悪の思いつきをしてしまう。

冒頭の通り、犯行を見咎められた長女に対し、カッターナイフで3度ほど右胸を刺し、さらに、まさみちゃんと哲也ちゃんの胸部を執拗に突き刺し、哲也ちゃんはその場で即死、まさみちゃんも1時間後に搬送先の病院で死亡させた。

「思いつきで押した死刑判決へのピタゴラスイッチ~帯広市広尾町・幼児3人殺傷事件~」への2件のフィードバック

  1. はじめまして。

    私も同世代の70年代生まれの主婦です。
    子供の頃から事件報道に興味があって、今でも事件のノンフィクションを読むのが好きです。
    こちらのブログを見つけて、宝箱を見つけた気分です。
    更新楽しみにしてますね。

    1. ちい さま
      同年代!嬉しいです。
      最近の事件はネットがあるためかなりの情報がありますが、それでも事件以外の背景や人間関係などは、雑誌などの方が詳しかったりします。
      2010年より以前になると、情報そのものも少ないですよね。
      個人的に印象に残った事件がメインなので、読んでる皆さんには面白くないものもあるかもしれませんが、今後も読んでいただけると張り合いが出ます。
      嬉しいコメントありがとうございました!

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