思いつきで押した死刑判決へのピタゴラスイッチ~帯広市広尾町・幼児3人殺傷事件②~

死刑判決

裁判では、金銭目的での侵入のうえ、幼い姉弟3名を殺傷したとして、住居侵入,殺人,殺人未遂が認定された(事後強盗は否定)。

及川は犯行後、ふらふらと道路を歩いていた。
逃げきれないと思い、午後3時30分に自首しているが、積極的な自首とは言えないとされた。
というのも、あれだけ探して見つからなかった母親と、道で遭遇していた。おそらく母親は自宅に戻っていて、事件を知ったと思われる。その際に、母親は及川に対し「お前がやったんじゃいか?」と問い詰めており、その母親に説得されての自首であったからだ。
その上で、事件以前に犯歴がないことや、現在では被害者に謝罪する気持ちを持っていること、年齢的に若いこと、及川の両親が100万円をすでに慰謝料の一部として支払っていることなど、及川に有利な点を考えたとしても、極刑はやむを得ないとした。

5歳のまさみちゃんは、当時身長およそ100センチ、体重は20キロ程度であったが、及川は正面から左手で右肩を掴み、胸部、腹部を多数突き刺した。傷は、防御創も含めて胸腹部に11か所、背中5か所、上肢6か所に及び、胸部中央から横隔膜、肝臓まで達した傷、さらに左肺に切傷、腹部中央から切り込まれ、腹腔内の動脈を切断されたことが致命傷となって搬送先の病院で死亡した。
2歳の哲也ちゃんは、身長80センチ、体重わずか12キロの2歳の男児である。その幼い子どもに、全身12カ所もの刺切創を負わせた。倒れ込んだ哲也ちゃんの背中を、逆手に持って包丁で突き刺したのだ。
致命傷は、倒れ込む前に受けた胸から肋骨を突き抜けた傷で、右肺静脈切断の即死であった。

長女は比較的軽傷であったとはいえ、巨体とも言える男に刃物で襲い掛かられ、可愛がっていた妹と弟を一瞬にして失ったことで受けた心の傷は想像を絶するものだった。刺された胸には傷跡も痛々しい。
就寝中に飛び起きては大声で助けを求めるなどの症状が事件後に現れ、1人では自宅の2階に上がれないなど、心的外傷後ストレス障害は甚だしい。

両親らも、「できるならば死刑を望む」とし、「家族の前に二度と姿を見せないようにしてほしい」と涙ながらに訴えた。
被害者が幼い子ども3人で、うち二人は死亡という結果の重大さ、小さな平穏な街に与えた社会的な責任、そしてなによりも被害者と遺族の厳罰を求める感情が峻烈であることなどから、求刑は死刑。
判決では、計画的な強盗ではないものの、むしろその安易な考えから引き起こされた結果の重大性、また、結果として2名の死亡であるものの、長女が死亡しなかったのは及川が逃がしたとかいうことではなく、長女自身の機転で逃れたのであって、その機転がなければ長女も殺害されていた可能性が高いとして、2名死亡であっても極刑を否定する要因には全くならないとされた(当たり前)。
また、幼い子どもであるにもかかわらず、上記の通り刺した包丁が破損するほどの力で執拗に攻撃している点には、断固とした殺意が歴然であるとした。

釧路地方裁判所帯広支部は、及川に死刑判決を出した。

情状証人が見つからない被告

控訴審で及川の弁護を担当したのは、札幌弁護士会所属の笹森学弁護士と、三木明弁護士である。
笹森弁護士は袴田事件も担当しており、三木弁護士とともに「城丸君事件」の弁護を終えたばかりだった。

2人は進んで及川の弁護を担当したのではなく、札幌弁護士会刑事弁護センターの推薦という名の”  礼を尽くした説得もしくは半強制 ~季刊刑事弁護  No.37 Spring 2004  p70 より引用~  ”で弁護人となった。
三木弁護士によれば、どう見ても弁護士には負け戦に近く、相当な厳しいものになると予想されたため、「城丸君事件」で完黙の女と揶揄された工藤加寿子氏の弁護の経験から、打たれ強いと判断されたのが推薦の理由と推察している。

弁護士としても、一審で死刑判決が出ており、永山基準に照らしてもその死亡した人数も2人であり、唯一の希望とすれば同じ永山基準における「死刑を選択せざるを得ないほど極めて情状が悪い場合」においてのみ死刑の選択がなされるのだから、死刑回避には情状面が重要であると考えた、というか、”  心のよりどころ  “であったという。
それほどまでに、及川の死刑回避は難しいと思われた。
そして、情状面で何とかしようと考えた二人は、それがいかに甘かったかを思い知ることとなる。

この及川という男は、情状証人がまったくと言っていいほど、いなかったのである。

通常、両親や兄弟など近しい身内がその役を担うが、控訴審時に及川家は一家離散状態であり、弁護士の要請で一家が顔を合わせるのも相当ぶりというありさまだった。
家族らのその後は、当然とはいえ過酷なものであったろう。
2人の弟のうちひとりは、兄に対してあからさまな反感を抱いており、説得は難しかった。
両親についても、Kさんら遺族に100万円の慰謝料を真っ先に払うなどの親としての責任の一部は果たしているものの、情状証人として出廷することには難色を示していた。

しかし、情状証人が両親のみというのでは死刑回避には心もとないため、笹森弁護士と三木弁護士は、高校時代の級友、恩師、元職場の同僚らはどうかと考えた。
が、いない。頼んで断られたためいないのではなく、そもそも人づきあいが恐ろしくできなかった及川のことを「話せる」人物自体がいないのだ。
なんとか候補にあげたのは、職場の同僚2名、高校時代の副担任、高校時代に所属していたバレー部の顧問の4名のみであった。

同僚Aは、及川の勤務態度などについて「一生懸命働いていた」という内容の話はしてくれたものの、法廷に出廷することは頑として拒否し、食い下がる弁護人らを玄関から閉め出した。
同僚Bは、及川が唯一「友人」と呼べる人間であり、本人も親の反対を押し切って弁護人らと面談した。自身も及川を友達と言っており、証人として出廷することも承諾してくれた。
しかし、連絡が途絶えた。裁判所からの召還も突っぱねた。

高校時代の副担任は、当初「教師として当然の務めである」として証人になることを承諾していたが、後に「裁判に出るとは思っていなかった」などと言って結局断った。

バレー部の顧問の教師は、そんな中唯一証人となって裁判に出廷した。
弁護人らにとっては藁にも縋る思いであったろうが、及川の高校での様子について、「勉強は苦手だったようだが、部活や行事には熱心だった、プレッシャーに弱く、ボールが後ろに飛んだのに前に突っ込んでしまう」などと証言した。
うーん、これ情状面にプラスなのか?と私は思うし、弁護人らも情状証人が3人(うち2人は両親っていう)というのは非常に不安であったようだ。

弁護人を固まらせた「言葉」

被告人質問。
1回目は及川の現在の心境や、被害者への思いなどに加え、今後どうしていきたいかといったことが弁護人から質問され、打ち合わせの通り、及川も答えた。
弁護人としては、「一生かけて償っていきたい」という言葉をもって、死刑判断の変更を求めるものであった。

しかし、2回目の検察官、裁判所による質問の際、殊更殺人の計画性があったと主張する検察に対して抗議する弁護人に、「異議じゃないんだったら黙ってろ」などと検察がいきり立つ場面もあり、荒れた。

そして、裁判長からの質問の時であった。

及川は、とにかく今は四六時中、まさみちゃんと哲也ちゃんのことを考えていると、自分のことも極悪な人間であると思っていると語り、そのあと、一生かけて罪を償うつもりであるとか、そういうことを言うかと思った時、

「自分も……死刑になったほうがいいと思っています」

と及川は続けた。
打ち合わせになかった、及川の言葉であった。さらに続く。

「自分がやったことは、自分自身では死刑だと思っています。」

こちらも弁護人の予想していなかった言葉であった。

厳しい弁護をこれまでも引き受けてきた笹森弁護士だったが、この時ばかりは言葉を失くしていた。
どうすべきか、この時笹森弁護士も三木弁護士も、まったくわからなかったという。
ありていに言えば、頭が真っ白、だったそうだ。
被告人の発言は、裁判所にどう捉えられるか。真の反省ととられるか、自暴自棄のやけくそと取られるか、はたまた、被告人が納得している以上、裁判所としても一旦出ている死刑判決を支持するのか、弁護人としてもう一度質問すべきか、否か・・・

結局、2人とも言葉が出ないまま、被告人質問は終了してしまった。

思いつきの積み重ね

結局、弁護人の判断は正しかった。
一審では情状面の心理が尽くされていないとし、法令違反とまでは言えないものの、その取り調べは最低限のものでしかなかったとして、間接的に弁護人の主張を認めた。

また、弁護人は自首の扱いについても、母親に会う前から自責の念があり、自首も決めていたとし、検察側の言う「逃げきれないから」「母親に言われたから」出頭したのであって自首ではないとする主張を真っ向否定した。
原判決では、弁護側、検察側のいずれの主張も認めなかったが、控訴審ではこのような事案の場合、極刑も予想されうるものであるから、出頭の理由がどうであれ、自ら逮捕されに来たという事実自体を情状として考慮すべき、と判断した。

そして、あの及川の予想していなかった言葉についても、自暴自棄による無反省の言葉ではなく、真摯に反省したうえでの自責の念から出たものであると裁判所は判断した。

以上のことによって、札幌高等裁判所は、原判決を破棄、無期懲役の判決を出したのである。

検察は上告を断念、刑は確定した。

情状面について、もう一つ示談についての判断もあった。
控訴審の裁判中、Kさん夫妻は及川に対し損害賠償請求を起こしていた。それに対し、弁護人が提示した和解案は2,000万円の損害賠償義務を認め、588万円は和解の場で支払い、残りは月2万円ずつを支払うこと、被告人のみならず、両親もその支払いに協力することを盛り込んだ。
正直言って、幼い子ども二人を殺害され、自宅を殺人現場にさせられ、助かった娘に深刻なPTSDを植え付けた凶行に対する損害賠償額としては驚くほど低い提示に思える。
しかも、588万円をひいた残りは、月々2万円の58年10か月払いという、住宅ローンも真っ青のふざけた年月をかけて支払うことになっている。
もちろんこれは、支払い可能な額で、かつ、一生涯にわたって罪と向き合うことへの証でもあり、そもそも遺族からすれば金額の問題でもないわけで、ある意味及川の本心に賭ける意味もあったろう。
8月21日、この和解案をKさん夫妻は受け入れた。
しかし裁判所は、「付随的な事情でしかない」としか和解成立を評価していない。
これについて三木弁護士は、「本当に裁判所としてこのように考えているともいえるが、極刑を望みつつ示談に応じた両親を無用に苦しませないため(示談成立が死刑回避の理由になれば両親が苦しむ可能性がある)、あるいは、被害者の命が金で買われたかのような論調を避けるためではなかったか」としている。

退官した仲宗根裁判長は、当時の思いをこう語る。
「量刑を判断する際、被告の反省の態度を見極めるのは非常に難しい」
裁判での及川のあの発言も含め、裁判官らは慎重に議論を重ねた。そのうえで、「3人の意見が一致すれば、それが及川の言葉をどう捉えるか、判断を誤ることはないであろう」という考えで、判決を出した。
遺族の最大の配慮をしながらも、遺族同様、及川の償いに賭けたのだ。

無期懲役となったものの、本来は死刑でもおかしくなかった事件だった。
思えば及川は、あの日、Kさん宅の車がないことに気がつかなかったら、こんな事件は起こしていなかったかもしれない。
あの日、母親に連絡がついていれば、ビデオの返却日が明日でなければ、いや、百万歩譲ってKさん宅へ侵入したのち、Kさん宅を振り向きさえしなければ、子どもたちを殺すことはなかったかもしれない。
ふと思いついてとった行動が、たった数時間の間に引きこもりのだらけた男を一般人から死刑に値する男へと変えた。
そうだろうか。
思えば及川は少年のころから思いつくままの生活、人生ではなかったか。
学校へ行きたくなければ理由づけすらせずサボり、卒業が危うくなっても改まることはなかった。
これをやったら、この道を選んだらどうなるか、後が大変だとかそういうことなどすっぽり抜け落ちた人生であった。
あの日あの時、少しでもタイミングがずれていたら違ったのでは、そう思うかもしれないが、恐らくそうではない。
今まさに自分が選択したと思い込んでいる選択は、実ははるか過去の自分がつけた道筋の上にある。
今の選択をせざるを得ないように、過去の自分が積み重ねた結果なのだ。今目の前にあるボタンは、過去の自分がそこに置いたのだ。
あの時、飛び出した家のすぐそばに停めた車に乗るとき、及川は何にも考えずに目出し帽を脱いだ。脱ぐか普通。そして、その脱いだ顔で、今しがた飛び出した家を振り返ったのだ。
思いつくままに生きてきた、自分に対して怠惰であった男が、何も考えずに押したスイッチは、死刑判決へあっという間に転がり落ちるピタゴラスイッチであった。

遺族への謝罪の手紙も、無期懲役の判決が確定した後は途絶え、泣く泣く応じた示談の和解案である賠償金の60年に及ぶ分割払いも、2009年の時点ですでに途絶えていた。
2人の弁護人の思いも、裁判長の思いも、そして遺族の思いも、結局この男にはなんの意味もなかった。

「思いつきで押した死刑判決へのピタゴラスイッチ~帯広市広尾町・幼児3人殺傷事件②~」への2件のフィードバック

  1. 最悪ですね。

    私は札幌市民なのですが、帯広でのこの事件は記憶にありませんでした。
    こんなどうしようもない人間が居るんですね。
    亡くなられたお子さんとご遺族が浮かばれない。

    恵庭OL事件は、隣の市なので当時から興味深かったです。被害者の方と歳が近いですし、人ごとじゃない感じで。
    大越美奈子さんは、本当に斜め上な事やってますね。冤罪なのか分からないけど、冤罪じゃないとしたら、なんなんでしょう。裁判での発言も変だし。
    彼氏が社内の他の子に行ってしまったらめちゃくちゃ辛いけど、無言電話何百回とかも怖すぎるし。
    真相を知りたい事件の1つです。

    1. ちい 様
      確かに、彼女の写真を見るとても小柄で、おとなしそうな雰囲気の女性なんですよね。
      でも、被害者が「苦手」と友人に愚痴っていることから、どこかおとなしいだけではない部分はあったのは間違いないと思います。
      車の運転も荒く、伊東弁護士のいう「小鳥」ちゃんとは程遠い印象。
      わたしの推察ですが、やってないと言い続けることで彼女の中ではそれが真実になってしまっているのかなぁとすら思います。
      出所してますから、今後も死ぬまでやってないと言い張るんだと思いますが・・・

      帯広の事件は、リアルタイムで知っていました。でも、幼い子どもが犠牲になった割にあまり話題になってない事件でしたね。
      地裁で死刑判決が出た際の判決文と、昔の新潮45に記事があったのでそちらを参考にしています。

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