親から手渡された地獄への片道切符~小山市・兄弟投げ落とし殺害事件~

2004年9月11日 深夜

栃木県小山市を流れる「思川」にかかる橋の上に、一台の車が停車した。
男は助手席で眠りこける男児の腕と足をおもむろに引っ張ると、そのまま車外へ引きずり出した。
寝ぼけ眼の男児は、抵抗するもうまくいかない。
男はそのまま、橋の転落防止用のワイヤーの隙間から、躊躇することなく男児を5メートル下の川へ投げ落とした。
「バチャーン」
すぐに助手席に回り込み、同じく助手席で眠っていたもう一人の男児を、先ほどと同様に引きずり出したうえ、同じように川へと投げ棄てた。

後部座席にいた少女は、男児らの泣き声で目を覚ましていた。
言い知れぬ不安から、少女は男児の行方を男に聞いた。
「お父さん、あの子たちは?」
ハッとしたように娘を見た男は、「置いてきちゃった」と呟いた。

事件発覚

そのころ、小山市神鳥谷在住の男性の子どもが行方不明になったと騒ぎになっていた。
男性は、知人宅に子供二人を連れて居候しており、その知人男性がどうやら連れ出したようであったが、家に戻っていないとのことだった。
知人の名は、下山明宏(当時39歳)。小学6年生の娘と、小学1年生の息子がいる男だった。
男性は、2004年の6月ころから下山のアパートに転がり込むような形で居候していたという。子どもは、4歳の兄・一斗ちゃんと、2歳の弟・隼人ちゃんであった。
その日、男性は下山宅のアパートで昼寝をしており、子どもたちは下山の子供らとともに近所の教会の流しそうめんの催しに参加していたはずだった。
何度も下山に電話をしたが、下山は「一緒にいない」というばかりで、ようとして子供らの行方はつかめなかった。

9月12日夜、警察は未成年者誘拐の容疑で下山を逮捕したが、下山は「兄弟は公園に置いてきた」などと嘯くばかりで、幼い兄弟の行方は全く分からなかった。

13日になって、ようやく「思川の真ん中あたりの流れが速い場所で、投げ落とした」と自供。
翌14日、思川の中州付近でうつぶせになっている隼人ちゃんが、さらに16日の午前には、松原大橋から下流に6キロの葦が茂る場所で、兄の一斗ちゃんが発見された。
発見が遅れた一斗ちゃんは、両目と親指がすでになかった。

下山は殺人の罪に切り替えられ、さらに覚せい剤反応も出ていた。
幼い子供を二人、生きたまま橋の上から投げ棄てて殺害するという残虐極まりない事件は、世間の注目をいやでも集めた。

しかし、事件が注目されたのは、事件そのものだけではなかった。
世間が注目したのは、幼い兄弟を育てていたその父親の言動であった。
隼人ちゃんが発見された直後、父親は突如記者会見を開いた。顔も隠さず、テレビカメラの前でいまだ発見されていない兄・一斗ちゃんが既に死亡しているかのような言い方をし、さらには、生放送で下山の12歳の娘の実名を出した。

3LDKの決して広くはないアパートでの奇妙な6人暮らしは、当初から「何かあるのでは?」という憶測を呼んでいた。
そしてそれは、憶測のはるか上をいく展開を見せた。

下山のそれまで

下山は、栃木県小山市の裕福な家に生まれた。
小山市内でいくつも不動産を持っていた下山家は、財産を管理する会社まであった。
建設業、不動産業などバブル期にかけては相当な業績であったといい、下山は何不自由なく育てられた。
恵まれすぎた環境がもたらすのは、時に非行への道であるのは珍しくなく、下山も中学のころからやりたい放題であった。
たばこやシンナーは当たり前、無免許でバイクを乗り回し、高校へ進学したもののその態度が改まることはなかった。
高校を卒業後は、父が経営する建設会社へ就職し、1990年ころにはその会社の取締役となっている。
同時期、結婚もし子供も生まれたが、およそ1年で離婚。その後すぐに別の女性と交際を始め、1995年にその女性と再婚した。
女性も再婚で、連れ子もおり、下山との間にも1男1女が誕生してにぎやかな一家となった。
夫婦仲は良いともっぱらの評判で、下山も子煩悩な面を見せていたという。
幸せな下山家であったが、2002年、下山が行っていた産業廃棄物関連の仕事で過ちを犯し、下山は懲役3年、執行猶予5年の判決を受ける。
いろいろとあったようで、下山はこれを境に転落の一途をたどることとなる。
生活が荒れ、夫婦仲は冷え切った。そして2003年には離婚するのだが、その際子どもをめぐって夫婦の間にはさらに深い溝ができたという。

下山との間の子供も含めてすべての子供を引き取っていた元妻の実家へ押しかけては、子どもを返せと怒鳴る下山の姿が何度も目撃された。
結果、下山に懐いていた下山の実子である娘Aちゃんと、その弟のBくんを下山は引き取った。

被害者の父のそれまで

一方、被害者となった幼い兄弟と父親は、どのような人生であったか。
父親の妹と下山が同級生ということもあって、ふたりは学生のころからの知り合い、悪友であった。
下山はその父親のことを「あんちゃん」と呼び、慕っていたという。
私よりも10歳ほど世代が上のこの二人は、いわゆる先輩後輩の間柄であったが、その関係は今とは違って「絶対的に」先輩が立場が上、という時代だった。
当然、この二人もまるで暴力団かのような上下関係に縛られ、年が上というだけで下山はその「あんちゃん」に頭が上がらなかった。

高校卒業後、父親は塗装工として比較的まじめな仕事ぶりだった。1度結婚に失敗はしたものの、その後再婚した妻は当時18歳と若く、その妻との間に被害者の兄弟を含め3人の男児をもうけている。
兄弟の兄にあたる長男には、わずかではあるが知的障害があった。そのため、続いて生まれた次男には、兄弟を引っ張っていけるようにという願いを込めて「一斗」と名付けた。
2年後に生まれた三男にも、「ハヤブサのように力強く生きてほしい」という思いで、「隼人」と名付けた。
一斗ちゃんと隼人ちゃんは、報道で顔を知っている人も多いと思うが、確かに目を引くほど愛らしい。
二人とも父親によく似ていると私は感じたのだが、夫婦にとっても出かける先々で「かわいい!」と振り向かれるその兄弟が自慢であったようだ。
順風満帆に見えた一家の暮らしだったが、隼人ちゃんが生まれたころは次第に父親の仕事ぶりがそれまでと変わってきていた。
気分によって仕事を休んだりするため、一家の経済状況は思わしくなかった。ある日、若い妻は子供らを残したまま、突如家出する。

家では、幼い弟をベビーカーに乗せて「ママー!ママー!」と泣きながら母の姿を探す一斗ちゃんの姿が目撃された。
弟思いであった一斗ちゃんは、母親を失った悲しみの中でも、弟の面倒をみていたのだ。いかん、もう泣ける。

2002年に離婚した父親は、小学2年生になっていた長男も含め、一斗ちゃん、隼人ちゃんら自身の子供をすべて引き取った。
手のかかる長男については実家で、一斗ちゃんと隼人ちゃんはその父親が育てることになっていたという。
しかし実際には、仕事で家を空ける父親ひとりで兄弟の面倒が見られるはずもなく、また、実家の母親も仕事をしながらであるため、一斗ちゃんと隼人ちゃんは父親、母親双方の親せきを「たらいまわし」にされた。

そして、2003年7月には、兄弟は児童養護施設へ入所せざるを得なくなった。

父親は、なんとか子どもたちを自分で育てたいという思いはあったようで、環境を変えてでも子供たちを早く施設から引き取りたかった。
ほどなくして元妻の兄のつてで、東京で仕事をすると決めた父親は、子どもたちを連れて行けるようにするため元妻に協力を仰いだ。
二人が復縁するといえば、施設側も子供を引き渡すのではないか、と考えたのだ。
元妻にその意思はなかったが、父親は必死に説得して、二人で児童相談所に報告し、子どもたちを引き取ることに成功した。上京する際には、長男も同行させた。

しかし、「スカウトマン」だったというその仕事は簡単ではなく、また、あてがわれた寮は、一つ屋根の下に独身男性がほかに二人住んでおり、家族5人が狭い部屋で肩を寄せ合い暮らすのは無理があった。
再び、元妻は子供を置いて地元の宇都宮市へ帰ってしまったのだ。
頼れる人もいない土地で、子供3人を男で一つで育てられるはずもなく、父親は早々に行き詰った。元妻家出をする直前、管轄の品川児童相談所に面談の約束をしてたが、夫婦の間で確認しあえていなかったのか親権者である父親はその面談に姿を見せなかった。

子どもたちを小山市の実家へ戻して世話を頼んだのち、2004年の6月までは東京で仕事をした父親だったが、うまくいくことはなく、経済的に逼迫したこともあり、小山市へ舞い戻ることになった。
実家では体調を崩した母親とその夫(母親の再婚相手)がおり、もともとその再婚相手と折り合いが良くなかった父親は、長男だけを実家に預け、一斗ちゃんと隼人ちゃんを連れてある場所を訪ねた。

一斗ちゃん兄弟が施設に入所している時期、ひょんなことから再会し、連絡を取っていた下山の実家だった。

息詰まる同居生活

幼い兄弟を連れた「あんちゃん」が下山宅を訪れたのは夏の気配が漂う6月初旬のことだった。
唐突に、しばらく置いてほしいという「あんちゃん」の言葉に、下山は「(2~3日ならいいけど)それ以上はだめだよ」と答えた。
下山自身、小学生の娘と息子を養育していたし、そもそも余裕もなかったからだ。
大きな実家があるとはいえ、すでに一家離散状態で、仕事も順調ではなかった。
また、下山には「あんちゃん」に対して思うところがあった。
昨年再会して以来、連絡を取り合ってはいたが、一度「あんちゃん」に貸した携帯電話に膨大な請求が届いたことがあり、その件以降、下山は距離を置いていたという。
しかし、先輩後輩の関係は大人になってからも有効であるため、下山が毅然とした態度に出られるはずもなかった。

また、ふたりにはそれ以外に絆があった。覚せい剤である。
どちらが持ち掛けたかは定かではないものの、ふたりは再会してから何度も覚せい剤を使用している。
そういったことも、下山の判断を鈍らせ、さらにはその後の惨劇までも引き起こしてしまった要因の一つであろう。

約束の2~3日が過ぎても、あんちゃん親子は全く出ていくことがないばかりか、自分たちの家を探そうとすらしていなかった。
下山は、生活の拠点であった実家以外にアパートも借りていた。出て行かないあんちゃん親子の扱いに困った下山は、とりあえず自分と子どもたちはそのアパートへ移ろうと決めた。
しかし、あんちゃん親子はそのアパートへもついてきた。下山親子の困惑と落胆は容易に想像できる。

3LDKのそのアパートに、エアコンがある部屋はひとつしかなかった。その部屋を、当たり前のようにあんちゃん親子は独占した。
下山が一人だったら、まだ我慢もできたかもしれない。しかし、下山にもまだ幼い二人の子供がいた。奇妙な同居生活は、あんちゃん親子の思うがままだった。
下山は、決して良き父親とは言えなかったが、子ども、特に上の娘に対してはどこの男親でも抱くような愛情を見せていた。
アパートへ移ったのも、思春期を迎えた娘と、「あんちゃん」をなるべく接触させたくない、そんな気持ちからだった。
一方で、子どもたちのしつけはあまりできていなかった。食事の行儀も、良いとは言えない子どもたちだったという。
しかし、悪いことをしたり、人に迷惑をかけるようなことをしたときには、烈火のごとく怒った。手が出ることもあったし、周りの人間が「もうその辺で」と思わず割って入るほど、子どもたちを叱ったという。
そしてそのあと必ず、子どもたちを抱いて「よしよし」となだめていた。
一見、叱るときは叱り、その後のフォローも忘れないよい親に思えるが、ならばしつけが行き届いていないと他人に思われることもそもそもなかったはずで、なにかこうしつけとか親としてあるべき姿というものをはき違えている印象を受けた。

しかし、それなりに下山は一生懸命であったのは理解できる。

子どもたちはどうであったろうか。
ノンフィクション作家・河合香織氏の事件レポートによると、子どもたち同士の間でも、「序列」めいたものが暗黙に存在していたことがうかがわれる。
下山の娘は、家事を一手に引き受けていた。もともとそうだったようだが、あんちゃん親子が同居し始めてからは、隼人ちゃんのオムツ交換までしていたという。
下山が命じたのか、暗黙だったのかは不明だが、とにかくこの娘に負担が押し寄せていたのは事実である。

それだけにとどまらず、下山の子供たちは、自分の父親が「あんちゃん」に殴られるのを見たりもしていた。
耐えかねた子供たちは、やがて家を空けるようになる。
助けを求めた先は、アパートの近くの顔見知りのおばさんだった。

暴力の連鎖

引き続き、ノンフィクション作家・河合香織氏の事件ルポにくわえ、ノンフィクションライター・武井優氏の著書をあわせ、そこから読み解いてみたい。
下山が幼い兄弟に対して暴力を振るい始めたのは、同居し始めて一か月も経たないころからであった。
一斗ちゃん、隼人ちゃんと父親、そして下山親子とで買い物に出かけた際、気が付くと下山の車と隼人ちゃんの姿が見えなくなっていたという。
その後帰宅した隼人ちゃんの顔はボコボコに腫れあがっていた。仰天した父親が、下山に問いただすと、最初は転んだなどと言っていたが、いうことを聞かないので車で連れ出し、実家に併設されていた空手道場で暴行に及んだことを認めた。
連れ出した車内でも、隼人ちゃんは暴力を振るわれていた。
激高した父親は、知り合いの建築関係の会社事務所に下山を呼び出し、下山に対して殴る蹴るの制裁を加えた。

・・・普通、事情がどうあれ、自分の幼い、2歳の子供に暴力を振るわれたら、そのまま警察に行くか、そこまでしないにしても子供たちを連れて出ていくかするのが当たり前だろう。
しかし、ご存じの通り、この親子には行き場所がなかった。
実家も頼れず、妹からは過去の数々の無礼を理由に絶縁されていた。
そして、もう一つ忘れてならないのが、覚せい剤の存在だろう。
もしも警察に届けたら、当然下山の口から覚せい剤の話が出る。そうなれば、この父親とて逮捕されてしまうのはわかりきっていた。
子どもと離れるのをことのほか嫌った父親は、自分が目を光らせることで、居場所と子どもとの生活を守れると踏んだのだろう。

大人の訳の分からない身勝手な言い分で、隼人ちゃんへの暴行は表に出なかった。

しかし、隼人ちゃんへの暴行からすぐの7月8日、今度は一斗ちゃんがその標的となった。
発覚したのは、一斗ちゃん兄弟が訪れたコンビニエンスストアの店長らの機転であった。

品物をもって店内をうろつく一斗ちゃんらを不審に思った店長が、「お金はあるの?」と聞いたところ、一斗ちゃんの顔に痣があることに気づいた。
服をめくると、腹部にも痣があったため小山署に通報した。警察は、児童相談所に通告し、後の処理を任せてしまう。
児相では、父親や祖母らに連絡を試みたがつながらなかったため、子どもたちに痣の理由を尋ねるなどしていた。
その日の夜になって、ようやく父親が迎えに来た。そして、祖母の家で暮らすことを条件に、一斗ちゃん兄弟は引き渡された。
子どもらを引き取った父親は、すぐさま下山に対して報復に出た。

しかもあろうことか、その場面に一斗ちゃんと隼人ちゃんを立ち会わせ、幼い子どもの面前で下山に対して暴力を振るった。
そして、子どもたちに「(仕返しは)これでよいか?」と聞いたうえで、「今度おじちゃんに何かされたら、すぐお父さんに言いなさいよ。」と言うのである。
これは、ノンフィクションライター・武井優氏が、獄中の父親と面談した後の手紙のやり取りに記された言葉である。どういうつもりで父親がこのやり取りを武井氏に語ったのかは定かではないが、おそらく父親は、これが子どもたちへの愛情であると言いたかったのではないだろうか。
この行為は下山の自尊心を打ち砕いたであろう。
暴力には暴力で対抗する、そんなことが愛情であるはずなどないが、子どもを失った後も、父親はそれに気づいていないようだった。


公判で下山が述べた暴行の理由は、あんちゃんが生活費を入れない、居候のくせに我が物顔で居座る、子どもたち(一斗ちゃんと隼人ちゃん)まで自分を見下したような目で見る、下山の子どもたちの居場所がなくなっていく、などといったもので、それはすべて、「あんちゃん」へ向けられた晴らすことのできない苛立ちであった。
一斗ちゃんらまでもが自分を下に見ているように感じたのは、おそらく真実だろう。先に述べたとおり、父親がそう仕向けていたのだ。
2005年6月9日の第4回公判では、下山が一斗ちゃんら兄弟に注意した際、「おじちゃんうるさいよ」などと反抗的な目で言われたり、「おじちゃんはお父さんの前では何もできないくせに」と言われたことなどを述べた。
隼人ちゃんはまだ2歳であるから、おそらくこれは事実だとすれば一斗ちゃんの言葉と思われる。下山は覚せい剤を打っていたので、事実ではない可能性も高いが、幼い一斗ちゃんの精いっぱいの抵抗であったのかもしれない。

暴行すればすぐにあんちゃんにバレる、けれど下山はその衝動を抑えることが出来なかった。
殴られ慣れている人間というのはいて、どんなにボコられても、それで済むなら何ともないと思う人間もいるのだ。
下山は、あんちゃんにボコられるたびに、まるで何かを訴えるかのように、幼い兄弟の体中に痣を作り続けた。

夏は本番を迎え、うだるような暑さが小山市内を覆いつくしていた。

「親から手渡された地獄への片道切符~小山市・兄弟投げ落とし殺害事件~」への2件のフィードバック

  1. この事件、被害者の男の子が可愛らしかったので覚えています。

    オッサン2人と、子供置いて出て行った母親はどうしようもないですけど、子供たちが本当に可哀想ですね。
    下山の子供たちも可哀想です。
    でも大人になっても先輩に逆らえないとか理解できないです。
    知り合いのいない土地で暮らせばいいのにとしか思えないですよね。

    この父親も大概ですよね。この父親のせいで幼い兄弟は殺されたようなものですね。

    1. ちい 様
      家族による虐待ではなく、第三者による「暴行」であり、しかもそれを複数の家族らが知っていたにもかかわらず、最悪の事態を招いてしまったという痛ましい事件でした。
      子どもたち、特に弟の隼人ちゃんは、父親の姿が見えないと動揺していたそうです。
      地方都市の、ごく狭い社会の中では特に男性の場合、中、高校時代の序列が抜けない地地域少なくありません。バカバカしいですけどね。
      この事件をきっかけに、オレンジリボン運動などが始まりましたが、いまだに子供が犠牲になる事件は後を絶たないのが悔しいです。
      子どもを殺した人間はどんな理由がそこにあろうとも許せませんが、この事件の犯人下山は、もとは子供好きで地元の子どもたちにも慕われていた人物で、それを考えると同情はしませんが、この親子が越してこなければ、と思ってしまいます。
      しかしなぜ、報復されるのを承知で子供たちにあからさまな暴力を振るったんでしょうね。
      憶測でしかないですが、もしかしたら「子供に手を出されたらどんな思いがするか」を分からせたかったのかな、なんてふと考えたりもしました。
      それほどまでに、理解不能なんですよね・・・

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