そそのかした少女の母の正気の沙汰~熊谷・男女4人殺傷事件②~

巻き込まれた被害者への仕打ち

鈴木さんを殺害した後、尾形らがしたのはたまたま居合わせた女性らの「始末」だった。
鈴木さんとともに205号室へ連れ込まれたB子さんは、鈴木さん殺害の一部始終を目の当たりにさせられた。
そして、会社からの依頼で鈴木さん方を訪ねたC子さん、C子さん方で同居していたD子さんについても拉致し、殺害することをその場で少女Aも少年も「合意」していた。

B子さん以外は鈴木さん殺害を目撃はしていなかったが、尾形に無理やり「見ろ」と言われて事件現場を見せられた。
こうして、B子さんらは「拉致されて殺害される」理由を無理やり作られてしまったのだ。
B子さん、C子さんは鈴木さん殺害に使用された血の付いた包丁で頬をたたかれ、「お前は何をしてほしい」などと聞かれた。
C子さんが恐怖のあまり尿意を訴えると、「そこでしろ」と命令され、少女Aらが見ている前での排尿を強制された。そして、「あいつ、みんなが見ているところでよく部屋の中でおしっこするよなぁw」「汚ねぇ」などといって嘲笑している。
その後、B子さんとD子さんを後部座席に、C子さんをトランクに押し込むと、そのまま秩父市の美の山公園へ向かった。
道中、後部座席の二人に対し、「俺。去年懲役終ったばっかりなのになー。またこんなん、やっちゃったよ」「二人やろうが三人やろうが、一緒だから。人を殺すのは、俺、なんとも思わないから」などと言って二人の恐怖心をことさらにあおった。

美の山公園につくと、公園内にある公衆トイレにまずD子さんを連れ込んだ。
そこでD子さんの胸や下半身を触るなどのわいせつ行為をした後、D子さんの首にタオルを巻き付けると、後ろで交差させて締め上げた。
D子さんが意識を失って倒れこんでも、さらに締め上げた。
途中、外でエンジン音や扉の開閉音が聞こえたため中断し、外の様子をうかがうも、人の気配がしなかったために再びトイレに戻り、意識を取り戻したD子さんが駐車場の車に響くほどの大きな悲鳴を上げるのも構わず、また首を絞め、さらには背中をめがけて包丁を振り下ろした。
(偶然、刃物が便器の縁に当たったため、D子さんは致命傷を受けなかった。)
その後、意識を失ったD子さんの左胸部を踏みつけたが、動かなかったので死亡したと思い、尾形は漸くその場を離れた。

車内ではD子さんの悲鳴を聞いたB子さんが震えあがっていた。少女Aはその様子を監視しており、一人で戻ってきた尾形に「携帯の着信音がした」などと告げた。
尾形はそれがトランク内のC子さんの携帯ではないかと勘繰り、トランクを開けた。
8月の猛暑の中、トランクに押し込まれ息も絶え絶えのC子さんは、「全部私のせいにしていいから。チーフ(鈴木さん)をやったのも私のせいにしていいから許して」と命乞いをしたという。
しかし尾形は、うるせぇと一喝し、C子さんの歯が折れるほどの力で顔面を殴りつけた。
そして、少女Aらに対し、「後ろのやつうるせぇから、後ろのやつから始末するか」などと言い、美の山公園観光道路脇に車を停め、C子さんをその車の陰に俯せにさせた。

そして、首にタオルを巻くと、頭部と背中を両足で踏みつけて固定し、首を締めあげた。
C子さんが動かなくなると、その背中を抉るように3回切り付け、そこから血が吹き出し、C子さんが痙攣するのを見届けると、足で道路わきの斜面へ蹴落とした。
車に戻った尾形は、少女Aに対し、「死んだか。ちょっと見てみろ、まぁ、生きてたとしてもよじ登ってこれないだろう」と言ってC子さんが痙攣する様子を確認させた。

最後に残されたB子さんは、鈴木さん殺害の一部始終を見ただけでなく、一緒に拉致された女性を次々に殺害され、その恐怖心は想像を絶する。
尾形は当初、「首つって死ぬか、崖から落とされて死ぬか、刺されるか、どれがいい?」などと聞くなどしてB子さんをいたぶっていたが、その日は関係する暴力団の会がこの後あることを思い出し、手っ取り早く殺害するために首を絞めて殺害しようと考える。
車を走らせながら、どうせならもっと楽にと考えたのか、手足を縛って口と鼻に瞬間接着剤を縫って放置すれば窒息死するだろうと、ホームセンターで瞬間接着剤を少年に買わせた。
「手足を縛って接着剤を口と鼻に塗ってマンホールの入れる。明日の朝まで生きていたら助けてやる」
などとB子さんに言い、そのまま熊谷市内へ戻った。そして、大麻生の建設資材置き場の倉庫にB子さんを連れ込むと、両手両足をビニールテープで縛り、その上でB子さんの胸を触り、また、フェラチオをさせようと試みたがB子さんが拒否したため、計画通り接着剤を口に塗った上で、その唇を上下でつまんだ。
ただ、この接着剤は2種類を混ぜて使用することで初めて接着できるタイプのものであったのに、尾形はそれを知らなかったために唇は接着していなかった。
B子さんはそれに気づいていたが、あえて接着されたふりをし、窒息する真似をすれば尾形が立ち去るのではと一縷の望みをかけていた。
しかし、尾形が鼻に接着剤を流し込んだとき、苦しさにむせてしまって拍子に口が開いてしまう。
「くっついてねぇじゃねぇか!」
激高した尾形はビニールロープでB子さんの首を絞めた。そして、意識を失ったB子さんの胸を包丁で刺し、シャツに血が広がるのを確認すると、B子さんを物置内に放置し扉を閉めて立ち去った。

B子さんは尾形に刺されたときに痛みから意識を取り戻していた。しかし、じっとしていれば死んだと思うであろうと考え、その痛みを必死で耐えた。
尾形が立ち去ったのを確認し、B子さんは這いずるようにして物置から出、偶然資材置き場の所有者が点検に訪れたことで助け出された。
そして、痛みと衰弱で声が出せないほど弱りながらも、「C子さんが山に捨てられた」と、捜査員に対して文字盤を使って教えた。

公園に置き去りにされたD子さんは、午後4時半ごろ通りがかった人に助けられた。その際、箱田のアパートに死体があるから調べてと口走っていた。
殺害されたC子さんは、翌19日の早朝、犬の散歩をしていた男性に発見された。白い足と横顔が見えたという。

尾形らは被害者が二人生き延びていることをテレビの報道で知った。
そして、B子さんの携帯などの私物を愛人関係にあった別の女性に処分させ、少年と共同で車の掃除をし、少女Aは事情を知らない知人に匿わせた。
尾形自身は、マスコミに対し逮捕前、「俺は逃げないよ」などと煙草をふかしながらいきがっていた。

「やっちゃう」の意味

逮捕後、尾形には死刑判決が下った。一旦は控訴したが、尾形自身が「死刑に納得している」ということで取り下げ、自らが「死刑執行時に求刑・判決を出した検事・裁判官それに法務大臣らが自ら刑を執行するべきです。それが奴らの責任だと思います。」と述べたことを知ってか知らずか、憲政後はじめて当時の法務大臣・千葉景子がその執行に立ち会った。

一方、少女Aは殺人ほう助の罪に問われ、2004年に5年から10年の不定期刑が、少年は中等少年院へ送られることが確定した。

尾形については、死刑に納得しているという言葉が独り歩きしているように思えるが、これについては表面的な意味以外の事の方が大きい。
死刑を受け入れているのは事実だが、その代わりに遺族らへの謝罪や反省の心は捨てる、それが尾形の言う「死刑への納得」なのだ。
尾形はのちに手記として結構な長文を発表している。(尾形の手記全文)

これについては一蹴する人も少なくないが、私はそうは思わない。
裁判でも、尾形は殺意が生じた時点について、鈴木さんを暴行し、歯止めが利かなくなって「これはもうどうせ死ぬから殺すしかない」と思った時点であるとしている。
しかもその時点で結構な飲酒量であったため、細部に至っての記憶がない、
一方で検察は、犯行数時間前のファミレスでの少女Aや少年との会話において、鈴木さんが少女Aに乱暴しようとしてことを知った尾形が、「あいつ許せねぇ、やっちゃうか?」と話した時点、としている。
そしてその時に、少女Aらもそれに同調し、「やっちゃってよ」「これはもうやるしかないっすよ」などと言っていることから、殺害を前提とする犯行であると結論付けたのだ。
しかし、尾形の言い分は異なる。たしかに、やっちゃうか、といった発言はあった。だがその「やっちゃう」というのはあくまで「シメる=恫喝、あるいは殴ったり蹴ったりして相手を屈服させる」という意味合いであり、鈴木さんに対して暴行の意図はあったものの殺害までは考えていなかった、というものである。
裁判所は、その尾形の主張を退けた。それは、少女Aと少年の供述で、「最初から尾形の言う『やっちゃうか』は、「殺しちゃうか」という意味であると認識していた」と主張したからだ。

・・・・マジで?短絡すぎない?
たとえば尾形がこれまでにも殺人を犯した人間ならばまだ分かるが、やっちゃう=殺人、てなるか??

尾形は死刑当然の男であり、犯した罪の大きさを考えれば同情や共感などできる人間ではない。
ただ、この証言については尾形の主張の方が自然だと思うのは私だけなんだろうか。
さらに、尾形の精神鑑定は実は二つ存在している。一つは採用となった鑑定で、これは最初に行われた精神鑑定の結果が気に入らなかった検察側が用意したものだ。
最初の鑑定では、前日からの大量の飲酒が続いていた状態で、少女Aから鈴木さんの話を聞き、そこで確かに不愉快な感情は生まれていた。それに加えて、少女Aらの煽りによって感情が加速し、本件犯行に至った、となっている。
その上で、尾形がいうように鈴木さんを刺してから殺害するまでの間、記憶の欠損が認められ(尾形は鈴木さんの腸を弄んだことなどを覚えていない)、意識狭窄が起こっており、それはアルコールの大量摂取、睡眠不足(前日から寝ていなかった)、過労、さらには過去におけるシンナーの吸引などと人格的な要素が絡まりあっておこる情動行為とみなされるとしている。
結論として、鈴木さんを刺してから殺害するまでの間は、制御、弁別の能力が著しく低下しているものとした。

一方、不服として検察が用意した鑑定では、前日の夕方から犯行当日の早朝5時まで寝ずに仕事をしながら、500のビールを3~4本、400の焼酎を割った水割り4~5杯、ビールをジョッキで4杯、ウォッカを濃くするよう注文した水割りを1杯飲み続けていたけれど、その後車の運転してるから酩酊はしていない、過去のシンナー吸引も、脳が委縮してる部分はあるけどほぼ正常、と鑑定した。
その上で、尾形には一連の行動のどの部分においても、判断能力は欠如していなかったと結論付けた。

尾形によれば、最初の鑑定人(裁判所が用意した大学教授)は、何度も面談をし、話をしっかり聞いてくれたという。その上で、尾形が自身の不利益になるようなことも話している点や、自然であるかどうかを重視して鑑定したという。
しかし、二人目の鑑定人は、ほとんど尾形の話は聞かず、検察側の調書に沿った鑑定を行ったというのだ。
そして、共犯の少女Aらがいう、尾形の「やっちゃうか」という言葉に対しての認識についての部分も、事実と違うにもかかわらずサインさせられた、というのである。
現に、少女Aはやっちゃってよ、などと煽った事実はない、と自身の裁判で話している。
(ただ、このやっちゃうか、やっちゃえ、というやり取りについては、尾形が信用している最初の鑑定人も、鑑定の中でファミレスでの煽動行為として認めているのだが。)

尾形はたしかに鈴木さんを殺害したし、その後口封じのために3人の罪なき女性を殺傷している。それについては争いようのない事実だし、鑑定とは関係ない鈴木さん以外の殺傷だけでも死刑に値するものだ。
おそらくこれには検察の作戦があったのではないか。それが良いとか悪いとかではなく、尾形を確実に死刑にするための策ではなかった。
もしも鈴木さんに対する部分で心神耗弱が認められたら、計画性がなかったとなり、結果として人が死んだとしても死刑が回避される可能性が出てくる。
以前記事にした大分の資産家夫婦殺傷でも、強盗殺人ではなく強盗致傷にとどまるという判断がなされ、共犯者らの罪は大幅に減らされた。
検察としては、この4人殺傷という重大な事件において、主犯の死刑判決は最低条件であると考えてさしつかえないだろうし、私たちのような一般庶民の感情としてもそれは当然の感情である。

しかしそれでも、尾形にひとつだけ同情するとするならば、少女Aとの刑の格差であろう。

事件後2週間で「心が落ち着いた」母親

8月18日、熊谷市内のアパートで男女4人が拉致され、一人は死亡したというニュースを、寄居町に住むその女性も耳にしていた。
同じ熊谷市内で一人暮らしをしている長女を案じ、「近所で事件があって犯人が逃げているから気をつけて」とメールを送った。
2日後の20日夕刻、仕事を終え帰宅した女性は、幼い子どもらのために夕食の準備を始めていた。と、そこへ、「朝日新聞の者ですが」という声とともに玄関のチャイムが鳴った。

新聞の集金だろう、そう思って開けたドアの向こうから、朝日新聞と書かれた名刺が差し出された。
そして、記者だと名乗るその男性の口から、女性の16歳になる娘が、熊谷市の事件に関係しており、今も逃亡中だと聞かされた。
この時点でその女性は、娘から連絡もなければ、警察からも何も連絡はなかったという。そのため、記者から「あまり驚かれてないようですが…」と訝しがられた。
記者が警察に電話を入れ、母親であるその女性が何も知らないのはどういうことかと問うと、警察の捜査の事情で母親に連絡していなかったとの答えがあった。

しばらくして警察が母親宅を訪れ、娘が事件に関与していることが事実と判明した。その上で、熊谷の長女宅に身を寄せるように、と言われたという。
自宅にはマスコミが押し寄せ、加害者の家族とはいえ突然に世間の注目を浴びるようになったその心情は理解できるし、家族が同罪であるわけでもない、と言える。

が、この母親は正直理解しがたかった。それは、事件後2週間後に雑誌の取材に答えていること、その際、「少し落ち着いてきたから」と言っていること、そしてその「独白4時間」の内容が凄まじかったことからもよくわかる。
彼女は4時間かけてこう訴えた。
「私も悪いけど、周りはもっと悪い」と。

母親が許せなかったこと

独白は、婦人公論の誌上で公開された。
事件後10日で熊谷の長女宅から自宅に戻り、日常を取り戻したと言い、先にも書いたが、事件後15日で「少し落ち着いたから」、そして「加害者の親として」いうべきことがあると感じて取材に応じたとのことだった。
加えて、報道でどうしても許せないことがあったのも、その要因の一つだった。

母親は、少女の父親である男性と12年前に離婚していた。それ以降、なぜかその少女の下にも事件当時小学生と未就学の子供を持つ、6人の子供の母親である。
当の本人も、幼いころは不遇であったという。養子に出され、里親宅ではお世辞にも良い環境とは言えない中で育っている。
中学のころから非行の道へ走り、家に帰りたくなくなったという。ん?どっかで聞いたような話だけど。
高校のとき、長女を妊娠して高校を退学、出産後はスナック勤めなどをしていた。
その後、少女Aの父親となる男性と勤めていたスナックで出会い、結婚。そして離婚。
事件当時は母子家庭であった。
母親はその告白の中で、自身の子育てが間違っていたと終始口にした。しかし、必ずその前後に、「他人への恨み言」も付け加えた。
少女Aは小学校高学年頃から非行へ走り始めたというが、それについても「当時グレていた長男の友人らの影響」でそうなったとし、少女Aに対しては誰よりも手をかけて育てたと胸を張る。
少女Aがスナックで働きだした際も、すぐやめるように言い、当時懇意にしていた婦警に相談もした。しかし、その婦警が「無理に止めても逆効果だから」と言ったから、そのままスナック勤めを黙認したという。
婦警はなにもしてくれなかった、学校も全然止めてくれなかったと、完全に人のせいであった。
施設を出た後、昔の女友達の連絡先を婦警が教えたのも気に入らなかった。まじめになろうとしてる娘に、悪い友達を近づけた、というのがその理由だ。その一方で、少女Aが好きだった非行少年との再会は喜んで認めている。(ちなみにその少年は少女Aと入れ違いに警察に捕まるわけだが。)
そして、他人任せではだめだと気付いたのは、事件後だったというから笑えない。

また、母親は報道された家族や自身についての細かい「違い」も一つ一つ訂正して見せた。
たとえば、自身の仕事について、「水商売」「夜の仕事」と言われたが、実際は心身障碍者施設の職員だという。別に水商売の母親の子供だから悪いとかそういうことはないのだが、この母親はことのほかそれを嫌った。
近所の人は、母親の普段の格好から「派手だから水商売かな」と思っていたわけで、事実、母親の髪の色は金髪に近い茶髪である。実際に婦人公論で母親の鼻から下の上半身を映した写真があるが、申し訳ないけど勤務明けのホステスにしか見えなかった。
それは少女Aが学校と約束した「母親の髪の色と同じくらいにする」という項目を見ても察しが付くというものだ。

子どもたちにしても、「上から下まで全員茶髪」と言われたことも事実と違うという。6人の子供のうち、一番下(保育園児)は染めてないし、小学生の次男は「今は」染めてないとのこと。それを、全員と言われたことが許せないらしかった。それを世間では全員といって差し支えないこともわからないようだ。

また、子どもたちのこともこういう。長男について、覚せい剤で逮捕されたと報じられたが、実際には暴走行為で鑑別所行きなのだという。
警察に逮捕され、鑑別所送りというのは相当な話(初犯ではそんな処分にならない)であるのだが、母親にしてみれば逮捕されたという事実よりも、その理由が重要らしかった。
家族は保育園児以外全員金髪か茶髪で、長男は鑑別送り、その事実だけで相当な笑いものだということが、この母親にはどうやら理解できなかったようだ。
自身の仕事を水商売と言われたことも、「今は」やってないだけで過去を見れば筋金入りのホステスであるわけで、どうもこの母親は「今は違う」ということにもこだわっているようだ。

しかしこの母親が「許せない!」と憤ったのは、マスコミの適当な報道よりも、別れた前夫が語ったことにあった。
事件前、少女Aが偶然父親の勤務先を知り、会いに行きたいと言い出したという。母親は、前夫にとりなしもせず、いきなり会いに行くという暴挙に出た。絶縁状態にあったという、すでに新しい家庭もある前夫が、あろうことか働いている最中に、である。
ひとり父親のもとへ行った少女Aは、泣きながら戻ってきたという。
前夫は、店頭販売を行っていた。ということは、公衆の面前である。そこに突然、何年も会っていなかった、金髪のダルジャー娘が現れ、「お父さん」と声をかけられて涙の対面ができるだろうか。
もちろん母親は、「冷たくされるかもしれないよ」と念を押したという。そう、想像通りの対応をされたわけだ。
父親はその時、「おとなになったらいつでもおいで、〇〇(再婚相手の連れ子)は頑張っているよ」と言ったという(出典 前略、殺人者たち 小林俊之著)。

父親は、事件後の取材で、「娘には10年ほど会っていなかった」「こんなことになるなら、渡さなければよかった」と話した。
母親は、これが許せないそうだ。実際に娘の非行や長男の入院などで前夫を頼ったことがあったが、「関係ない」と一蹴された。
たしかに、何もしなかったくせにその言い草はないだろうというのは分からなくはないが、それでもしっかり育てていればこんなことになっていないわけで、ここでも「私だけが悪いわけじゃない」と声高に訴える母親の本意はあからさまだ。しかも、その前夫の証言の中にあった、「娘(少女A)が母親について行くといったとき、『でもママ、ごはんつくってくれるかなぁ』と呟いた」ことには反論していないため、事実なのだろう。そういう部分はスルーして、自分が納得できないことだけをあげつらうことに終始している。
極めつけは、子だくさんになった原因が「夫が暴れるからSEXを拒否できなかった」ということだそうだが、聞いてねーし、どうでもいいし、てか、前夫の子である少女Aが4歳のころ離婚しておいてなんでその下にさらに二人子どもができてるのか、おばちゃんには理解不能である。

鈴木さんへの責任転嫁

この点については、婦人公論の紙面以外でもこの母親は訴えていることから、よほど腹に据えかねているのだろうことはよくわかる。
しかし、「それとこの事件と一体何の関係が?」と思わざるを得ない。全然関係ない。会ってない父親のせいなのか?昔の、事件とは何の関係もない女友達の連絡先を教えた婦警のせいなのか?
母親はこうも言う、「鈴木さんに対しては複雑な思いです。年齢から考えて、どうして家に帰したり私に連絡したりしなかったのか。そうしてくれていれば、そもそもこの事件は起きていなかった」と。
すげぇなおい、清々しさすら感じるこの、責任転嫁っぷりはどこから出るのか。
100歩譲ってそういう感情を持たざるを得ないのは理解できるとしても、それ言うか?遺族もいて、言うか??

鈴木さんはたしかに褒められた大人ではなかった。勤務先の飲食店では、ご法度だったお店の女の子との交際が明るみになって店舗を移動させられた経緯もあった。
また、鈴木さんのアパートでは、事件の半年ほど前、鈴木さんの部屋から女性の泣き声が聞こえ、どうやら別れ話がもつれているようだったという近隣の人の話もある。この時期、少女Aは無関係であるため、他の女性だろう。
被害者となったB子さんとも、交際していたという話もあるが、裁判では前妻とやり直す予定だったという話が出ている。
失踪癖(?)があったという鈴木さんは、前妻との間に一女がいたが、度重なる家出で離婚となっていた。しかし、前妻によれば平成16年に鈴木さんとやり直すことになっており、その日を心待ちにしていたようだ。
鈴木さんの実母も、この前妻の話を裏付ける証言をしている。「戻ってきたらしっかりと監督し、お金を貯めて家族の再生を手助けするつもりだったと言った。
しかし、鈴木さんは片方では少女Aのことを真剣に好きだったという証言もある。尾形に脅されても、殺されそうになっても少女Aと肉体的な関係はなかったと鈴木さんは言っていた。
一方で、会社の上司によれば、二人の関係として追いかけていたのは少女Aの方だったという。というのも、尾形との話し合いで少女Aと尾形との間に肉体関係があることを察した鈴木さんは、携帯電話を壊してしまっている。
その後、連絡の手段をなくした鈴木さんに対して、店に少女Aが頻繁に電話していた。関係を保とうとしたのは、ほかならぬ少女Aの方だった。
もちろんそれは、自分に好意を寄せる鈴木さんを利用しただけで、少女Aにはほかに好きな人がいた。以前から付き合いのあったその少年とは、大量のプリクラを撮っていて、母親もそれを知っていた。
しかし、あろうことか母親は、そのプリクラの相手こそが尾形だと勘違いしたのだ。事実、ある週刊誌には尾形との出会いが中学2年生頃という話が掲載された。ほかでもない、勘違いした母親が週刊誌に語っていたからだ。

少女Aは結婚したがっていたという。でも、今はまだ無理だから、と母親に言っていた。それは誰のことを指すのだろうか。母親は、今は無理という娘の話から、事件後、妻子のある尾形のことを指していたと話したが、同時に、少女Aが施設から出た直後、入れ替わるように逮捕された少年の事を持ち出し、「彼に会えなくなったからやけくそになったの?」と聞いたところ、少女Aは頷いた。
もはや支離滅裂、誰が誰を好きで、何がどうなっているのかさっぱりわからない。尾形自身、少女Aを俺の女だと言って鈴木さんを殺害したのに、少女Aはただの稼ぎの道具にしか思っていなかったとも話す。

そう、鈴木さんは、実体のない恋愛ごっこに巻き込まれ、引くに引けなくなった尾形と少女Aによって殺害されたのだ。そしてそれは、巻き添えになった3人の女性も同じだ。

被害女性の思い

被害女性と鈴木さんらが勤務していた飲食店のサービスが世間の好奇の的となった。

夕刊フジの取材に答えた鈴木さんらが勤務する店の店長は、勤務先の店を「セクキャバ」と表現した。
本庄市の駅前にあったというその店は、当時では珍しかったお触りOKの店で、座敷でお酒を飲んだり料理を食べながら、女の子たちに触れるというシステムだった。
そのため、被害女性に対しても意味ありげな発言をする人もいた。もちろん、そういった職種に眉を顰める人の感覚も理解できるが、だからといってこの事件に巻き込まれても当然であるはずもなければ、彼女らには一片の落ち度もなかった。

C子さん方に同居していたD子さんは、そもそも鈴木さんの事も知らなかった。彼女は好きなバンドが共通のC子さん方に同居していただけで、今回の事件に巻き込まれた。
事件直後は恐怖のあまり、記憶が欠落した状態だったという。

自身も巻き添えとなり、殺されかけた、それなのに、D子さんはC子さんの死について自責の念に駆られていた。
特殊な飲食店で働いてはいたが、ヘルパーの資格も取り、ボランティアにも積極的だったC子さんは、両親の誇りであった。そして、親友であったD子さんには、たった一人の大切な友達であった。
心のやさしい、良い娘に成長してくれたと喜んでいたのに、顔面が腫れ上がり、歯が折られ、首には強く絞められた痕が残った無残な遺体となった娘に対面した両親の悲嘆は想像を絶する。
尾形とも少女Aとも全く面識のなかったC子さんは、高温のトランクに押し込められ、1時間以上も絶望を味わったあげくに殺害された。
C子さんの母親は、「極刑でなければ正義ではない。私たちは被告人らの顔など見たくはない」と峻烈な処罰感情を隠さなかった。

物置に放置されて一命をとりとめたB子さんには、幼い息子がいた。
首を絞められたとき、「もう子供に会えないのかな」と漠然と考えたという。D子さんは命こそとりとめたが、鈴木さんが殺害される一部始終を見せられており、また、その直前の何事も起こっていなかった時点の鈴木さんと接しており、なおかつ自分自身も瀕死の重傷を負わされることとなったことを考えると、死を凌駕するほどの苦しみを味わったといえよう。
さらには、拉致された場所でC子さんが殺害されるのも目撃させられた。
筆舌に尽くしがたい経験をしたB子さんは、気丈にも裁判で意見陳述をした。その言葉は、鈴木さんやC子さんへの思いに始まり、尾形や少女Aらへの強烈な怒りであった。

母親の「自戒」と「でも」

少女Aの母親は、事件後も家族の絆は深いままだとある意味得意気というか、とにかく的外れ、遺族らの感情を逆なでしまくる発言に終始している。
もちろん、事件から10年以上経過し、少女Aは出所しているだろうし、心から悔いているかもしれない。
しかし、反省し悔い改めたからなんだというのだろう。
鈴木さんを死なせ、C子さんを死なせ、B子さんとD子さんには回復不能といえる傷を負わせた挙句、尾形英紀を死刑台に追いやった事実は変わらない。
鈴木さん殺害の現場では顔を背けることもなく、尾形を煽り、尾形がうっかり握ったパイプハンガーの指紋を拭きとった。

さらには、悶絶する鈴木さんを踏みつけもした。
女性らを拉致して美の山公園へ移動した後も、尾形がD子さんに暴行を加えている間、後部座席にいたB子さんが逃げないように見張り、C子さん殺害の際には、わざわざ息絶えたかどうか確認しに行っている。
母親は、「幼いころから父親が兄姉に暴力を振るっているのを見て育ったから、尾形の暴力を目の当たりにして委縮していたのだ」とかわいそうがる。
そんないたいけな少女が、血まみれで痙攣するC子さんを見に行き、世話になった鈴木さんが腸を出してもだえ苦しんでいるときに足蹴にしたり出来るのだろうか。委縮してないじゃん、全然。

B子さんも、「車の中で、チーフ(鈴木さん)を殺害した時の様子や、私をどうやって殺すかなどを話して笑いあっていた」と憤る。
そこには、委縮する少女Aではなく、舌を出して口の端を歪めるバカ女の姿しか見えない。
鈴木さんが少女Aに劣情を催したことが事件のきっかけだというが、当の鈴木さんは先にも述べたとおり、殺害される段にいたっても、その事実を認めなかった。
本当に鈴木さんは、そんなことしたのだろうか?そもそも、そんな事実はなかったのではないか。
事件後、尾形に送られて帰宅した少年は、尾形の車が去ると号泣していたという。初めて会った人間と行動を共にしただけで、殺人の現場を目撃し、自身も罪に問われることとなってしまった。

少女Aの母親は、娘の罪を認めながらも、どこか被害者でもあるのだと言わんばかりの告白をした。
少女Aを担当した弁護士によれば、少女Aは本心をうまく言葉に表せられないのだそうだ。悪いと思っていても、それを伝える言葉を知らないとは、同情より先に嫌悪感が募る。
それはこの母親も同じで、悪いと思っていながら自身を正当化し、他人の言動に全てを転嫁することも、本人はまったくそういうつもりはないのだろう。娘が悪い、私が悪い、でも・・・一事が万事こうだ。

少女Aは自身の裁判に、田舎のヤンキー御用達ブランド「ガルフィー」のジャージで現れた。あの、千葉・少女撲殺事件の主犯・石橋広宣が好んで着用し、「ガルのぶ」なる造語まで生まれたあの伝説のブランドである。
裁判を傍聴した事件記者、小林俊之氏が少女Aの母親にあの格好はいいんですかと尋ねたところ、「顰蹙買うのわかってて着てるからしょうがないんです」と答えた。
案の定、毎回そのお気に入りのジャージで登場する少女Aに対しては、法廷は顰蹙の嵐であった。
反省している、悪いことをしたと口では言う少女Aは、顰蹙を買うとわかっていてもお気に入りのガルジャーを着続けた。その心境はどう見るべきか。

母親は、首に縄をつけてでも止めさせればよかったとそれまでの娘の行動を嘆いて見せたはずだったが、服装を整えることすら、させることが出来ない母親であった。

子育てを間違った、婦人公論でそう自戒した母親の言葉は、ただひたすら薄っぺらく、殺害された鈴木さんに責任転嫁するあたり、事の重大さを全くわかっていない、いや、わかる知能を持ち合わせていないのだろうと考えると、この親にしてこの子ありと思わざるを得ない
2010年、尾形が死刑執行されたことを、少女Aはテレビで知ったという。
鈴木さん、C子さん、そして尾形はこの世から去り、双方の遺族、B子さんとD子さん、その家族は忘れることのできない傷を心身に負わされた。
少女Aは現在、資格を取って働いているという。彼女だけは、しっかり前向きに生きられているということか。

 

「そそのかした少女の母の正気の沙汰~熊谷・男女4人殺傷事件②~」への4件のフィードバック

  1. あけましておめでとうございます。
    今年もよろしくお願いします。

    暗澹たる気分になりますね。
    自分や家族が無事に普通に暮らしてるのが奇跡なのかと思えてきます。
    自分の娘が、こんなグレたりしたらどうしようと思います。家庭環境が普通の家だったらAや尾形は普通の人になってたのでしょうか?

    Aの母も父も酷い人間ですね。
    子供にそんな虐待したり性的なことを見せてたら歪むに決まってますけど。
    二人とも他人事のような自分のせいじゃないような口ぶりですねー。
    Aが普通の家庭で可愛がられてたら、こんな風にはならなかったのかとか考えてしまいます。

    鈴木さんと、関係無いのに巻き込まれた女性達が本当に気の毒でなりません。

    1. ちいさま

      今年もよろしくお願いします。更新頻度は遅めですが、気長に待っていただけると嬉しいです。
      さて、この熊谷殺傷事件ですが、おそらくですが少女Aも尾形も、「本気で」殺す、という風には思っていなかったのではと思います。
      文中にもあるように、その場のノリというか勢いというか、ボコボコにしてやるという意味合いでのヤる、だったと私は思います。
      誤算だったのは、それは尾形の人格にもよるでしょうし、少女Aの、それこそ未成年者ゆえの浅はかで幼稚な考えが結果的に「煽った」ことになったのだと思います。
      もちろん、だから罪が軽くなるわけでもないし、少女Aは未成年でなければ相当重い罪になっていたとも思います。
      集団心理とまではいかないけれど、馬鹿な人間ほど、その場のノリを大事にするものです。
      それにしても、引くに引けなくなったから殺害されたというのは、あまりに気の毒ですね。

  2. はじめまして。
    安芸の男と申します。

    Aの母親のインタビューを読んで、
    馬鹿な味方は敵よりたちが悪い、というのを見事に体現していると実感しました。
    Aが尾形と組んで殺傷事件を起こし、逮捕されたのは確かに自業自得ですが、
    母親としては自分が苦労して生んだ娘が悪く言われてばかりなのは嫌だ、ちゃんと良い所もあると世間に訴えたかったのは、少しだけ理解できます。

    ところが実際には、
    殺傷事件を起こす前まで娘にきちんと向き合うこともせず、
    Aが勝手に外泊して誰と付き合おうが見て見ぬふりを続け、
    当のインタビューでは自分の過去や息子の犯罪歴、夫との確執など、殺傷事件と直接関連しない点に固執し、
    あげく被害者をよく知りもせず無責任に批判しています。

    Aについて肝心な点ではまるで無知なのに、歯の浮くような保護者アピールと自己賛美、周囲の人間叩きによって、Aと自分を必死に正当化している様は、まさに馬鹿な味方と言えるでしょう。
    自分にとって反面教師とすべき存在だと思っています。

    1. 安芸の男 さま
      コメントありがとうございます。
      この事件は当初からこの少女Aの存在感は知られていましたね。
      たまたま過去の資料の中に、母親の手記があったので尾形のことよりも少女Aに焦点を当てるつもりでした。
      が、実際にはその母親の手記に圧倒された(もちろん、悪い意味で)のが本音です。
      確かに、どんなに悪いことをしでかした娘でも、いい所を知って欲しいと思う親の心は分からなくはないですね。この母親に限らず、千葉で戸籍上の妻を殺害した鈴木広宣の母親も同じです。
      一方で、秋田の男児殺害で進藤美香と共に逮捕された畠山の母親は、もしも本当に息子がやったのならば、この母の元に返してくれずとも良い、殺して良い、と言い切りました。
      どちらも親の心でしょうね。
      ただ、どんなにいい子だったか、そんな悪い子じゃなかったとどれだけ訴えたところで、被害者からしてみればふざけるなとしか言えません。
      中には、被害者にも相当の落ち度がある場合もありますが、この熊谷の連続殺傷の場合、鈴木さんも、ましてや女性3人には全く落ち度がない。
      にも関わらず、鈴木さんに恨み言を言えてしまう、それを世間に公開できてしまう神経は私にはわかりません。
      安芸の男さんがおっしゃるように、馬鹿な味方は見方がいないよりもある意味キツイですよね。
      今後ともよろしくお願いします。

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