彼は本当にやっていないか~愛知・男児連れ去り殺害事件②~

この記事を転載あるいは参考にしたりリライトして利用された場合の利用料金は無料配信記事一律50,000円、有料配信記事は100,000円~です。あとから削除されても利用料金は発生いたします。
但し、条件によって無料でご利用いただけますのでこちらを参考になさるか、jikencase1112@gmail.comまで連絡ください
**********

 

※この記事をYouTubeのシナリオ等に無断利用することを禁じます。
ご利用になりたい場合はこちらをお読みの上、ご連絡ください。

全面自供からの一転否認

河瀬は警察に対し、全面的な自供をしているが、なぜそのような自供をしたのか。
4月13日午前4時20分、警察は河瀬が寝泊まりしていた駐車場へ行き、寝ていた河瀬を起こして豊川警察署への任意同行を求めた。
この際、河瀬はまた嘘をついた。「今日は仕事があるから」と。
しかしその日休みであることはわかっており、警察はその河瀬の嘘からさらに疑いを深めたと思われる。

早朝たたき起こされた河瀬は任意同行に応じ、そのまま担当刑事から普段の生活の状況や車中泊をする理由などを聞かれた。午前6時ころからはポリグラフ検査が実施され、朝食を食べたのちまた取り調べが始まった。
取り調べの際、現場駐車場へ行った理由として、友達と待ち合わせていたとまた河瀬は嘘をついた。すかさず担当刑事が「それは嘘だろう!」と強く問い詰めたところ、同日8時半頃に寝場所を求めて現場駐車場へ行ったと話した。
そして、午前九時ごろに一旦は誘拐と海へ落したなどといったことを自供したものの、10時半ころには再び供述が変わり、連れ出したものの公園に置き去りにしたなどと言った。
その日の午後10時ころまで取り調べは続いたが、河瀬はその間否定を続けていた。
翌日、供述の基づいて現場へ河瀬を連れて行き、置き去りにしたという公園で、担当刑事が「何かまだ話してないことがあるんじゃないのか、このまま連れ去りの罪だけを償っても、一生後悔するよ」などといったところ、河瀬は泣きながら「ごめんなさい、本当は海に捨てました」と自白した。
それに基づき、捨てた場所へ案内させ、図面を作成させるなどしたうえ、4月15日、逮捕となった。
逮捕後、検察官の取り調べ、および担当弁護士らにも犯行を認める旨を話している。

ところが、29日になって、担当弁護士が3回目の接見を行った際、河瀬は突如犯行を否認したという。しかしその日の午後に行われた、それまでとは別の刑事の取り調べに対しては再び犯行を認める供述を行うという、ぶれぶれどころか支離滅裂の様相を呈していた。
裁判でもその点はかなり審議されているが、河瀬は説明がつかないことは否認してその場をやり過ごす、というような心理状態であり、また、否認すると担当刑事が大声で叱責すると言ったことが辛く、その状況に応じて否認したり認めたりを繰り返していたようであった。
そしてその自白に関しても、犯人でなければ知り得ないいわゆる「秘密の暴露」などは一切含まれず、事件の経過を詳細に知り得る刑事らの取り調べに沿うような供述をしていない、とも断定できなかった。
そして、河瀬のその二転三転する自白以外に、河瀬が犯人であるという証拠は一切出ていなかった。

車の位置関係

裁判では多くの人がその時間帯その場にいたことで、車両の位置関係が図で示された。
その複合施設は、当時入口から建物に向かって左端がユニクロ、中央から右がゲームセンター、そしてその建物の向かい側(国道側)にミニストップがあった。
現在は店の名前は違うものの、建物自体は当時のものがそのまま利用されている。
純さんのアストロは、ミニストップ側の駐車場入り口から進入してゲームセンター正面で右折した場所に、バックで駐車してあった。
純さんの車から向かって右前方、3台ほど離れた場所に、AさんとBさんの車が並んで駐車されていた。
高校生の集団Cは、ちょうど純さんの車の真正面にあたるスペースに原付を停めている。
Dさんらの5人グループは、純さんの車の右隣り(ミニストップ側)に駐車し、Eさんらはコンビニの前、そしてFさんは純さんの車と同じ列の南側に駐車したという。

河瀬の自供では、ワゴンRをAさんらの車から2台あけた同じ列に、純さんの車と向き合う形で駐車していたとされる。
また、その日その場所にあずき色のワゴンRが停まっていたというゲームセンターの店員の証言とも一致していた。
たしかに、この位置であれば純さんの車とさほど離れておらず、全開の窓から翔ちゃんが泣き叫んでいればその声は聞こえていた可能性が高い。
しかし裁判では、車を停めていたのは実は純さんの車から50m以上離れたユニクロの前であり、純さんの車を認識していなかったと主張した。
さらに、このゲームセンターの店員の証言も、実際には河瀬がそれまで何度もゲームセンター付近に停車しているのを知っていたために、車がそこにあったのが7月27日の事だったかどうかはあやふやであることも判明した。
そしてそれは、警察がゲームセンターの店員の証言を裏付けるために、河瀬の供述を誘導した、とも見えた。

噴出する疑問点

裁判では河瀬の自供のみが唯一の証拠であり、検察側の主張もそれに沿って行われた。
しかし、裁判が進むにつれ、数々の疑問点がみつかった。

①誰も見ていない不思議
広い駐車場ではあるが、純さんの車は目立っており、かつ、翔ちゃんが泣いていたこともあって複数の人がそれを目撃していた。
また、冒頭に登場したA~Fまでの個人、またはグループの人間は、具体的にその時の様子を覚えており、時間帯などもそれぞれの供述に矛盾がなかった。
たとえばAさんとBさんのカップルは、純さんの車のほぼ正面に駐車しており、向かい合う形になっていた。そして、翔ちゃんの存在にも気づいていたため、純さんの車を気にして見ていたという。停車していた時間は午前3時ころまでで、コンビニで飲み物を買って車内で話をしていた。その間、Cさんら高校生グループの中の数人と、その後Dさんらのグループの女性らが純さんの車に近づき、窓越しに翔ちゃんをあやしているような様子を目撃している。
そして、そのことはCさん、Dさんらのグループもお互いに同じことを証言しており、この3グループにはなんの接点もないことから信憑性は高い。
しかし、この3グループの誰一人として、付近にあずき色のワゴンRがその時間停車していたことを覚えていないのだ。
特に、AさんとBさんは犯行可能時刻の間中、通りかかる車の車種なども詳細に述べており、また、純さんの車に近づく人らの事もしっかりと記憶していた。
にもかかわらず、河瀬の姿も、ワゴンRも記憶にないというのだ。

②信号の話
河瀬の自供によれば、泣いている翔ちゃんを抱き上げて車で連れ去り、まず駐車場の被害側出口から出た後右折、最初の信号が赤であったため停車した、となっている。
しかし、のちの弁護側の調べで、この信号は深夜は点滅信号になることが確認された。
ただの思い違い、とも言えなくはないが、そこで河瀬は停車したことで翔ちゃんの様子をつぶさに観察しているのだ。
もしも勘違いなら、わざわざ信号が赤で止まったから、などと言うだろうか。

③翔ちゃんの検視報告との矛盾
河瀬は翔ちゃんを現場である岸壁沿いの道路のガードレールの海側に立たせると、その背後に立ち、そのまま背後を押して突き落とした、と最初の供述で述べていた。
しかし、その報道がなされた2日後、朝日新聞が犯行当時の海の状態と、翔ちゃんの遺体の状況とを照らし合わせると、突き落としたという供述は無理がある、との報道を新聞紙上で行った。
実は、当時の時間帯は引き潮にあたり、岸壁の下には岩場がむき出しになっていた。岩場は約3m露出しており、もしも河瀬の言うとおり、背後から押すようにして突き落としたのであればほぼ真下、岩場に落下し、翔ちゃんの体には多くの痕跡が見つかったと考えられる。
しかし、翔ちゃんの遺体はいくつかの浅い皮下出血などが認められはしたものの、それらを生じさせたものは「鈍体」であり、岩場のようなごつごつとしたものとは違っていた。
また、紙おむつのみでむき出しであったはずの下半身には新しい傷はなく、岩場に突き落とされたとしたならばそれも考えにくい。
しかし、その新聞報道から2日後、なんと河瀬の供述は一変。「突き落としたのではなく、バスケットボールをパスするような感じで翔ちゃんを海に向かって投げた(?)」に変わり、最終的には「顔の高さくらいまで抱え上げ、投げた」に変わった。いけない、これはどう考えてもいただけない。
これでは翔ちゃんの遺体の状態に沿うように供述を変えたと思われても仕方ないし、そうとしか思えない。
また、現場の岸壁付近は明かりもなく、真夜中に水面に浮いてきたのが見えたりするのだろうかという疑問もある。さらに、ガードレールから1mも幅がない場所で、体重およそ10キロの翔ちゃんを投げるということは、自分自身も足を滑らせる可能性が高く、そもそもそんなに遠くまで投げられるものなのだろうか。

④動機と犯行の乖離
河瀬は駐車場で寝ているところを、翔ちゃんの泣き声でそれを妨げられたことにイライラした、それが動機であると答えていたが、子ども泣き声がうるさいということだけで連れ去り、果ては殺害するという行為に及ぶのは突飛な印象がぬぐえない。
広い駐車場内でCさんらのグループは改造してマフラー音がうるさい原付で駐車場を訪れており、ほかにも騒ぐ客がいた可能性もあり、その中で翔ちゃんの泣き声だけが耳につくというのもよくわからない。そもそも、うるさいのであれば自分が場所を移動すればよく(最初の取り調べでは河瀬は人気のない閉店後のユニクロの前付近に駐車していたと言っている)、わざわざ殺害してまで静かにさせるという行動に移るのはどうにも不自然である。

⑤ありえない時間軸
河瀬は、ワゴンRの中で横になっている時、「バリバリバリ」という音がして、見ると二人乗りのバイクが走っていくのが見えたとし、その視線の向こうに純さんの車が見え、窓が開いていたという供述をしている。そして、バイクを見てからワゴンRを降りて純さんの車に近づくまで、外を見ていないと話した。
しかし、その前段階の供述として、純さんの車の周辺に3人の女性がいて、窓越しに手を振るなどしていたのを見た、さらには自身の車のそばに女性が一人乗っている車があった、とも証言し、図にまで描いていた。それを後になって、別の日に見たことを勘違いしたかもしれないとして訂正した。
その図には、女性らの年齢や車種(エスクードかカルタス)も記され、事実、翔ちゃんに手を振るなどしていた3人組を含むDさんらのグループが乗っていた車はエスクードであった。
少々わかりにくいのだが、河瀬は翔ちゃんの泣き声が30分か、もしかすると1時間程度続いていたとも供述している。それと、原付が走る音を聞いたあと、外を見ていないという供述を前提にすると、原付が同駐車場に来た零時頃の音なのか、1時5分に駐車場を出ていく際の音なのかの判別がつかない。
仮に零時頃の話だとするならば、起き上がるまでに周囲を見ていない、起き上がった際に人気はなかったとしていることから、Dさんらを目撃していないということになる。
また、Cさんらのグループが駐車場を出ていく1時ころの音だったとしたならば、そのCさんらがDさんのエスクードが先に駐車場を出るのを目撃していることから、こちらもやはりDさんら女性3人が手を振る姿を見ることは不可能である。
いずれにしても、翔ちゃんの泣き声を聞いたこと、原付の音を聞いたという供述を前提にした場合、かつ外を見ていないならばDさんらを目撃することは有り得ず、どこからエスクードの話が出たのかわからなくなってくる。逆に、エスクードを見たことが本当なら、なぜ外を見ていないなどというのか。
日にちの勘違いだとしても、この日と同じようにエスクードに乗った女性3人が窓越しに手を振っている姿を別の日に目撃していたというのは、勘違いにしても何ともおかしな話である。

⑥犯行後に犯行現場に戻る不可解
河瀬のワゴンRは、事件後の午前3時に同駐車場において警察が実施したナンバーチェックの際、その駐車場にあったことが確認されている。
ということは、河瀬はその駐車場で翔ちゃんを連れ去り、殺害した後再びその駐車場に戻っていることになる。幼い子どもが行方不明ともなれば、警察が動くということは誰でも容易に想像できることだ。
にもかかわらず、そこへ戻るというのは心情的にあり得るのだろうか。供述では、「現場の様子が気になったため」戻ったとしているが、様子をうかがいたいなら何もその駐車場に止まらずとも確認はできたはずだ。
しかも、もしかしたら誰かに誘拐の現場を見られていたかもしれないのだ。重大な犯罪を犯した人間の心理とはかけ離れているように思える。
さらに、河瀬は事件があった翌日、家族で遊園地などに行ったのち、再びこの駐車場で車中泊をしている。

⑦『はんぺん』という言葉
河瀬は供述の中で、翔ちゃんの衣服について、「はんぺん」を着ていた、と説明している。
実際には翔ちゃんはミッキーマウス柄の甚平を着ていたわけだが、実はこの言い方は河瀬の出身である福井県の方言なのだという。
しかし、河瀬はそういった言い方をする習慣はなかった。というより、その言葉自体を知らなかったのだ。
供述が河瀬によるものであるならば、到底出てこない言葉であるはずで、裁判でもその点は指摘されている。

⑧河瀬の人柄と行動の乖離
河瀬は幼いころより、なにかにつけ「人に迎合する」癖があったという。言い争って主張を通すとか、そういったこととは無縁で、カラスを見て「あれは白だ」と誰かが言えば、「そうだ白だ」といってしまうほどだったというのは河瀬の父親の弁である。
勤務先の運送会社でも、河瀬の評判は悪くない。子ども好きで、他人の子供もかわいがっていた、気が小さくおとなしい、そういった声がほとんどだった。
家庭でも妻に頭が上がらず、居心地が悪いと逃げ出すような男だ。
そんな男が、人に見られる可能性も顧みず他人の車に近づき、あろうことかそこから赤ちゃんを連れだして自分の車に乗せ、そして殺してしまう、それがどうも結びつかない。
純さんの車は当時はやっていたシボレーアストロ。いかつい大型の外車である。
深夜のゲームセンターに、スモークが張られたアストロがあったとして、普通は近づきたくないのではないか。
そんな車に乗っているのはおおよそめんどくさい相手と思って間違いない、絶対そうだ。
もしも河瀬と純さんが知り合いで、因縁めいたものがあったというなら100歩譲ってまだわかるが、二人は見ず知らずの間柄だった。

2006年1月24日。名古屋地裁の伊藤新一郎裁判長は、無罪の判決を言い渡した。

「彼は本当にやっていないか~愛知・男児連れ去り殺害事件②~」への2件のフィードバック

  1. この記事が本当なら、冤罪の可能性が高いと思います。無罪かもしれない人の人生を何と思っているのでしょうか?
    もう一度父親も含めて調べ直すべきです。

    1. スギモトさま
      コメントありがとうございます
      この記事は、裁判所の判決文(名古屋地裁)を元に書いています。したがって、疑問点とされているところなどは事実です。
      もちろん、名古屋高裁ではほとんどと言っていいほど判断が覆っています。
      私は田辺受刑者が絶対にやってない、とまでの確信は持てません。やはり、性格的に弱い人だから、だけではいくらなんでもやってないとは言えません。また、誰も田辺受刑者を見ていなくても、それは犯人についても同じだから、ものすごく不思議な事件だと思っています。
      でも、この状態で有罪になってしまうのはたいへん恐ろしいと思うし、納得ができるものとも言えません。
      そういう意味でも、もう一度しっかり一つ一つ判断して欲しいと思います。

コメントは停止中です。