なぜ彼女は家を出たか~伊勢崎市・主婦監禁暴行餓死事件②~

惹きつけられる女たち

幸夫は逮捕当時こそ報道で顔写真が出ていたが、残念ながら私自身彼の顔を知らない。
当時を知る人によれば、幸夫は見た感じ普通、逮捕当時は小太りな男といった印象、との話がある。
そんな幸夫は、なぜか交際する女性が常にいたという。どこからともなく連れてくる女性は引きも切らず、二十歳で最初の結婚をし、4年後に離婚した後もまた再婚し、それぞれに子供をもうけていた。
結婚した二人の妻を含め、鳥之郷団地の金井家に同居していた女性は少なくとも8人以上はいた。それは近隣の人らが把握できている数であり、それ以外にもまだ関わりのあった女性はいたとみられる。
過去に、秋田の進藤美香の事件について書いた際にも、世の中には外見的、環境的にモテる要素が一切見当たらないにもかかわらず、異性を惹きつけてやまない人間がいるということに触れた。
この金井幸夫という男にも、どうやらそういった部分があったように思う。ただ、「ある条件を備えた女性」限定で。

これは完全に個人的な推測だが、幸夫に惹かれた女性らは、おそらく幸夫と同じような環境、同じような知的水準だったと思われる。
知的障害があるとまでは言えないものの、どこか危うい、そういった、普通学級か特殊学級かで迷ってしまうような水準の女性であったのでは、と勝手に考えている。
そして、そういった女性からは、ひどく魅力的な何かが幸夫にはあったのだと。
三根子さんの家族は、三根子さんの2度にわたる家出について、「ふらふらと出て行ってしまっただけ」と話しているが、私にはそうは思えない。
三根子さんには、幸夫のもとへ行くだけの、行きたいという「理由」があったはずだ。それはなんだったのか。

おそらくそれは、ある種の「居心地の良さ」だったのではないだろうか。

しかし彼女らが抱いた居心地の良さはまやかしであった。同居を始めた女性らは、全員人としての扱いを受けていなかった。金井家の全員が、新参者の女たちを虐げた。家事を押し付け、食べるものも満足に与えなかった。女たちは生傷の絶えない体で、みるみるやせ衰えていった。
父親の賢次だけは、不憫に思ってか近所の食料品店に出向き、こっそり「嫁がもし来たら何か食わせてやってほしい」と金を置いていくことがあった。

しかし、同じ女であり、幸夫の暴力に耐えてきたはずのアイ子と洋子は、その女たちがいることで暴力から逃れられることに気づいていた。
いつの日か、アイ子と洋子は、率先して女たちを虐げるようになっていた。

女たちは、近所の人の助言や助けなどにすがり、子どもまで置いていくということでなんとか金井家から逃れることが出来たが、そのたびに、おそらく金井家の人々は「知恵」をつけて行ったと思われる。
今度こそ、逃がさない。

護られる人の憂鬱

三根子さんは確かに特殊学級にいた生徒ではあるが、その程度というのは軽かったというのも事実である。
ただ、現代においては発達障害や様々な障害が認知されており、昔ならば普通学級の中の「ちょっと変わった子」扱いであった子どもが、場合によっては普通学級で学べなかったり、特別な教育システムを受けることは少なくない。
三根子さんは私より10歳ほど上の世代であるため、私の知る時代よりもさらにそういった認知はなされていなかったと思われる。
にもかかわらず、特殊学級に在籍していたということは、やはり普通学級では難しいと判断されていたのだ。報道や、先述の駒村氏のルポなどでも「配慮」なのか、三根子さんに関しては特殊学級にいなくても問題のなかった人だという論調だ。
しかしよく考えてほしい。ならばなぜ、わざわざ越境通学までしてそこに通ったのか。親の配慮だけでそうなるとも思えず、やはり第三者の判断でもそれがふさわしいと判断されたと考えるのが普通だ。

誤解のないように、だが、特殊学級の生徒だから=普通でなかったから、と言いたいわけではない。
ただそこを認めず三根子さんを語ってしまうと、本当のところがいつまでたっても見えないのでは、と言いたいのだ。
それは三根子さんに対しても失礼というか、健常者が勝手に「そうだよね、こうだったんだよね、ねっ、ねっっ!!」と決めつけてしまうことになってしまうような気がするのだ。三根子さんの気持ちを無視して。

三根子さんは二度に渡って幸せな家庭から「逃げ出した」のだ。その事実を、「ただふらふらと誘いに乗った」で片づけて良いのだろうか。

そこには、手厚く護られる人にしかわからない、一種の「退屈」「居心地の悪さ」があったのではないだろうか。
何かできないことがあっても許され、みんなが理解し優しくしてくれる本来居心地の良いはずの世界。それが、三根子さんには窮屈だったのでは、と考える余地はないだろうか。

三根子さんの家族は皆、三根子さんが健常者とほとんど変わらないと言った。確かにそうだったのだろう。でも、「勝手に家を出たらどうなるか」「結婚している人が他の異性と肉体関係を持つことがどういうことか」といった、抽象的なことまでしっかりと判断できていたのだろうか。出来ていなかったからこその、2度の家出ではなかったか。三根子さんには、後ろめたさや悪気などこれっぽっちもなかったと私は思う。ただ、素のままの自分で居られる幸夫との時間は単純に「楽しかった」のだろう。
本来の家庭では、家事や育児もしっかりこなしていたという三根子さんだが、幸夫の家では家事をしなかったという。それを、アイ子や洋子が咎めても、さらに反抗的になったことが、虐待に拍車をかけた。三根子さんが「家に帰りたい」と思った時はもう遅かった。

久美子ちゃんの家族

私が中学生だった頃、同じ中学には特殊学級が存在していた。クラスには専門の先生がいて、1年から3年まで5人くらい在籍していた。
その中で、同じ年の久美子ちゃんという女の子がいた。彼女は年子の妹と兄がいて、彼女が2年生のときには妹も兄も中学校に在籍していて、3人とも特殊学級にいた。
久美子ちゃんはごく普通の子に見えたが、身だしなみには無頓着だった。髪の毛も洗わず、口の周りの産毛も伸び放題、制服はいつもシワだらけだった。いつもニコニコとしているのが印象に残っている。
兄も同じで、見た感じはどこにでもいる少年だったが、久美子ちゃん同様いつもニコニコしていた。
妹は驚くほどの別嬪だったが、ほとんど学校に来ず、たまに久美子ちゃんを迎えに校門の前で待っているのを見かけることがあった。
特に何の問題もなかったし、時には話すこともあった。会話は普通にできたし、とにかくいつもニコニコしていたから嫌われたりもしていなかった。
それが、ある時噂が立った。当時14歳の妹がどうやら子供を産んだというのだ。もともと学校に来ていなかったため、その真偽は不明で、久美子ちゃん宅の近所に住む生徒の親が言っていた、というレベルだった。
ところが、ある時久美子ちゃんと兄、妹が連れ立って歩いているのが目撃され、そこにベビーカーがあったことで噂が事実だったと判明する。
赤ちゃんの父親は誰なのか、結婚できる年ではないからどうするんだろうね、と話していたら、さらにとんでもない話が出てきた。
「妹の子供の父親は、お兄ちゃんなんだって…」
田舎の中学生には衝撃過ぎる話であった。しかも、その話の出どころは久美子ちゃんらの母親だった。何人もの人が、母親から直接聞いたというのだ。
噂話など信じない私の両親までもが、その話を知っていた。久美子ちゃんの一家は、母親も定職についておらず、父親も存在すら知る者がおらず、家族全員が軽度の知的障害であった。
結局、妹はその後家を離れ、兄もどこかへと姿を消し、久美子ちゃんだけが母親とその家に残っていた。
私たちは高校生になったが、久美子ちゃんは中学を出た後は特に何もしないで家にいた。
会うこともほとんどなかったが、たまにスーパーで見かけることはあった。まったく変わらず、声をかけるとニコニコするのだが、久美子ちゃんはその相手が誰だかわかっていなくても、ニコニコして応じていた。
久美子ちゃんの存在を忘れかけたころ、新聞の社会面に「〇〇町の少女、京都で保護」という見出しが躍った。
それは私の暮らしている町の名前で、そこに暮らす17歳の少女が男の誘いに乗って行方をくらましていたが発見された、というものだった。
小さな町で、この少女の名前はすぐ割れた。久美子ちゃんだった。
久美子ちゃんは何らかの手段で知り合った成人男性に誘われるまま、家族に何も言わず出て行ってしまっていた。母親が警察に相談し、誘拐の可能性も考えて公表されていなかったという。実際には誘った男性もナンパした程度であり、久美子ちゃんも自分の意志でついて行っていた。まさに、「つい、ふらふらと」ついて行ったような感じだった。
後日街で見かけた久美子ちゃんは、やっぱりニコニコしていた。友達が久美子ちゃんに「家出してたの?」とあからさまに聞くと、「家におってもつまらんし」とニコニコして言った。

三根子さんの3年10か月

2度目の家出をした三根子さんは、当初金井家が暮らした鳥之郷団地で幸夫とその長女とで暮らしていた。
しかし、平成10年1月、幸夫は長女と三根子さんを連れて両親と姉が逃げた先である伊勢崎の借家を探し当て、押しかけた。
幸夫から逃げたはずの両親と姉は、再びその家で家族として生活することになった。
当然、三根子さんの家族は方々を探し回っていた。三根子さんの父親が伊勢崎の家を見つけ訪れた際、アイ子はしらじらしく「三根子さんはきていません」と応対した。これもまた、金井家が身につけた「知恵」の一つだったのだろう。さらに言えば、1度目の時にやってきたのは三根子さんの兄と義弟で恐れをなしたが、今回やってきたのは三根子さんの父親であったことから、恐れを抱かなかったのかもしれない。
分別のある常識的な三根子さんの父親は、そういう金井家の人々を信じ、勝手に家の中に押し入るような真似はしなかった。もっともその時、家に押し入らなかったことを家族は後々後悔することになってしまった。
三根子さんは自分の意志ではあったが、奥の部屋に幸夫とともに隠れていたのだ。
三根子さんは金井家で同居を始めた当初から、家事などをしなかったという。そもそも、嫁に来たつもりもお手伝いに来たつもりもないのだから、三根子さんがそれらをしなかったとしても文句を言われる筋合いではない。
しかし、時に三根子さんはアイ子らに口答えをし、大小便の粗相をすることがあり、アイ子らはそのたびに激高した。三根子さんからすればなぜ家事を強要されたり、自由にふるまうことを咎められるのかわからなかっただろう。そしてその三根子さんの抵抗は、アイ子と洋子という、それまで幸夫に虐げられてきた女たちを結託させてしまった。
タバコの火を押し付けたり、殴る蹴るの暴行だけでは飽き足らず、同居してすぐから食事は1日2回であったのが、夏ごろには1日1食となり、平成12年の夏ころからはその1度の食事の量まで減らした。
三根子さんはそれでも生きようと、目を盗んでは残飯などを口にし、何とか命を繋いではいたものの、平成13年になると立って移動することが困難となり始める。
そのため、トイレに間に合わないこともあったが、それがさらに暴行を引き起こさせた。
唯一、父・賢次だけは、三根子さんの容態を察して時折幸夫らに内緒で食事を与えていたという。しかしその量は足りるものではなく、積極的なものでもなかった。
賢次は「このままでは死んでしまうから、今からでも家に帰したらどうか」と幸夫らに提案もしたが、三根子さんが警察に訴え出ることを危惧し、結局まとまらなかった。
このように、三根子さんの身を案じているかのように思えた父親の賢次だが、実は三根子さんが2度ほど金井家から逃げ出したとき、それを阻止したのも賢次だった。
それでも三根子さんは賢次に対し、「姉ちゃん(洋子)がご飯をくれない、叩かれて恐い、家に帰りたい」と懇願していた。家族の中ではまだ世話をしていた賢次が唯一の望みであったのかもしれない。
しかしその2度の脱出失敗で、三根子さんは手足をガムテープなどで縛られ、体の自由を奪われてしまう。

8月に入り、三根子さんは極度のるい痩状態となり、もはや一刻も早く医療機関での治療が必要な状態であった。金井家の人間も、それは理解していた。しかし、だれも積極的に策を講じることはしなかった。いっそ殺して遺体を処分するとか、どこかに放置してしまうとか、そんなことすらも考えつかず、ただひたすら、猛暑の中家の中で朽ち果てていこうとする三根子さんを眺めて過ごした。

そしてその年の11月10日、3年10か月に及ぶ地獄の日々は三根子さんの命と引き換えに終わった。発見当時の体重は、158センチの身長に対し、わずか26キロしかなかった。

誰よりも君を愛す

アメリカの医療ドラマの金字塔、「ER緊急救命室」が日本で初放送された時、ある事件が起こった。シーズン6で、研修医ルーシーが刺殺されるという非常にショッキングかつ、シリーズの中でも1,2を争う名エピソードがあった。しかし、日本での放送時、このエピソードと繋がるエピソードの2話(「誰よりも君を愛す」「悲報」)が削られたのだ。

理由は、放送局(NHK)による「配慮」だった。

このエピソードでは、統合失調症の患者によって担当医だったルーシーとその監督医・カーターが殺傷されたわけだか、それが「統合失調症患者に対する偏見を招く恐れがある」とされたのだ。

バカバカしいにも程がある話で、エピソード内で問われたのは患者に向き合う余裕のない現状、医療従事者の慢心、緊急救命の限界、そして統合失調症患者への接し方やその家族といった、非常に深い内容であり、決して統合失調症患者に偏見を与える内容ではなかった。実際、現在放送中のBSでは普通にノーカットで放送されている。

このように、日本ではハンディを抱えた人に対して過剰ともいえる配慮がなされることがしばしば起こる。健常者と同じに扱えないわけだ。先日、テレビドラマ「相棒」において迫真の演技で見る者の度肝を抜いたシャブ山シャブ子18歳についても、薬物依存更生施設などからクレームが来たという。(´・ω・`)知らんがな。
同じく偏見が云々という話だったが、実際はガチすぎて笑えなかったというのが真相だろう。
実際に、統合失調症患者や薬物依存者による殺傷事件は少なくない。そして、その事件の陰で泣き寝入りせざるを得ない人がどれだけいるか。その人たちに、「病気なんだから仕方ない」と言えるのか。それは言い換えれば、「その時にそこにいたあなた(被害者)が悪い」と言っているも同じだ。
三根子さんと幸夫の事件は、二人が特殊学級に在籍していたことが分かるや否や、地元の新聞以外は沈黙した。辛うじて、父親・賢次の裁判資料が残っているだけである。
ハンディを抱えていても健常者と平等に、同じ扱いをすべき、そういう一方で、健常者とは違う配慮や保護があるのも事実だ。
私は保護はあってもいいと考えるが、犯罪については配慮の必要はないと考える。もちろん、この事件で三根子さんへの配慮があったのは理解できる。しかし、事件の本質を見ようとしたとき、行き過ぎた配慮がかえって本質を見えなくしてしまっているとも感じる。

金井家の裁判はあっという間に判決まで行き、幸夫には懲役12年、アイ子と洋子にはそれぞれ懲役8年、父・賢次には懲役4年が下され確定した。

金井家の人々は、賢次もアイ子も洋子も幸夫も、何かが足りなかった。知的な問題も当然あったが、賢次にしろ洋子にしろ、誰かのサポートがなければ生活は困難であった。しかし行政と関わることはなく、家族がある意味支えあい、歪な形で運営共同体となっていった。
そこへ、同じく何かが足りていなかった女性たちが加わり、さらに歪さを増して転がるように金井家は周囲との隔絶の道をたどり、三根子さんの死でようやく終焉を迎えた。

三根子さんは、確かに夫が言うように、「つい、ふらふらと」ついて行ったのかもしれない。しかし、ふらふらとついて行ったのには、理由があったはずだ。
大切にされてはきた、しかし、どんなお姫様であろうとその生活にふと、退屈な、憂鬱な感情を抱くことはある。そこへ、懐かしい、自分らしく自由だったころを思い出させる声が聞こえたとしたら、それこそ「ふらふらとついて」しまったのかもしれない。

賢次は、幸夫の妹が身元引受人となり、出所後の面倒をみるということも裁判では酌量された。
しかし、妹は賢次を引き取ることはなかった。幸夫の長女についてもどうなったのか杳として知れない。
現在では全員出所しているが、どこでどう暮らしているのかもはや知るすべもない。

 

「なぜ彼女は家を出たか~伊勢崎市・主婦監禁暴行餓死事件②~」への4件のフィードバック

  1. 怖い事件ですよね。
    軽度の知的障害って一番辛いかもしれません。
    重度だと施設に入ったり、保護されるので悪人に近寄らずに済むから。
    軽度だと、利用されるだけされますよね。
    しかし、幸夫みたいな息子どうしたらいいんでしょう。
    姉を友達のおもちゃにする、しかも発端は自分なんですよね。頭おかしすぎる。
    三根子さんも、普通に結婚して退屈でも、そんな家に行かなくても‥ていうのはやはり健常だからの考えなんでしょうか。

    幸夫の父はもう亡くなってるかもしれないけど、娘はどうなったんでしょうね。不幸ですね‥。

    1. 山本譲司氏の「累犯障碍者」という本の最後に、おそらく父・賢次のことであろうルポが載っています。
      日本には、療育手帳を取得している人が41万人となっているようですが、理論上IQ70以下の人間は240万人程度存在するといわれています。軽度の知的障碍者となると、一見してはわからないし、やはり家族としても認めたくない思いがあったり、この金井家のように家族全員にそういった知識がない、のもその要因だと思います。
      彼らはどうすればいいのか。正直どうにもできないと思います。なすすべなんてあるんでしょうか。
      強制的に介入すれば人権侵害だと言われ、放っておけば役所は何をしていたんだと言われ、事件が起きれば沈黙、これではどうにもならない。
      知的障害を持つ人すべてが危険で加害者になるとは言わないけれど、明らかのその傾向はある。思わず犯罪に加担させられてしまうこともある。
      でも、どうしようもないんだと思います。

  2. こちらから再び失礼します。

    まさについ何年か前まで私が関わってきた世界まんまな普段の日常です。

    (現在はお年寄り方面に従事)

    別の所でも書きましたが、軽度の知的障害者の家庭は、手帳持ちではないけど家族も同じく、いや実際はそれ以上な家庭がとても多いのです。

    障害者の支援以前に支援しなければ激ヤバ案件ばかりで、配属されたばかりの頃はこちらの方がメンタルやられて、真剣に重度者中心の入所施設に出戻りたかったですもん(汗)。

    人権云々ちんたら言っている場合じゃないのが、現実の障害者福祉の現場なのです。

    1. まーきちさま

      私も地域の役員などを通じて民生委員の方とも交流があり、また、実父も民生委員をやっていることから、複雑な家庭の存在も理解しています。
      まーきちさんのように、職業を通じての場合はより深く関わられるのでしょうね、お疲れ様です。
      日本で手帳を持っている知的障碍者の方は、医学的にみる知的障碍者の発生確率(?)と照らし合わせると4分の1だとか。
      ということは、いわゆる軽度の知的障碍者の人は相当数いるということが言われていますよね。
      犯罪を犯して初めて知的障害が解るといったケースも少なくないようですし、軽度であれば周囲も本人もわからないのでしょう。
      行政側としても、手の打ちようってあるんでしょうか。まーきちさんのような職業として関わる方も、人権の厚い壁に阻まれるケースが多いでしょうし、難しいですね。

      知的障害があると、被害者になることが多いのかと思っていましたが、加害者になってしまう(本人の悪意の度合いは別として)ことも多いですよね。
      この伊勢崎の事件は真相がほとんど分からないため、記事にするのを躊躇しましたが、出来ればもっと知りたいと思ってます。

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