裁判所をも激怒させた父親の所業といいわけ~大阪・実娘強姦事件~

平成10年5月

その日父親は、9歳の次女と7歳の長男に「遊びに行ってこい」と命じた。朝から妻はパートへと出ていて、これで家には11歳の長女とふたりだけになった。
幼い子どもたちは普段、児童養護施設で暮らしており、週末だけはこうして自宅へと戻るという生活をしていた。
父親は、玄関の鍵を閉め、長女のいる部屋へと向かう。
「この前は入ったで。もう一回、させぇ」
父親の唐突なこの言葉の意味が解らず怪訝な表情の長女に対し、父親はおもむろにズボンと下着を一気に脱いだ。

【お断り】
このサイトでは信憑性の面から基本的に実名で記事を書いているが、この事件に関しては未成年者が被害者であること、被害者が存命しており、いまだPTSDにとらわれていること、加害者が実父であること、なによりも被害者を特定されることが正義とは言えないことからすべて仮名とする。特定に至らない部分(事件発生日時、場所、裁判記録)については出来る限り伏せない。

この事件については、その内容からほとんど記録がない。そのため、新潮45/2005年9月号にノンフィクションライター・新井省吾氏によるドキュメントが掲載されており、その内容からの考察となる。

地獄の日々

長女はそれ以前に、この父親に服を脱がされ、全裸の写真をポラロイドカメラで撮影されるという出来事が起こっていた。ただその時は、長女も就寝中で寝ぼけていたこともあり、さほど意味のある事とは考えていなかったようで、周囲の人に相談するとかそういったこともなかった。
その日、父親が言った「この前は入ったで」という言葉も全く意味が解らなかった長女は、「何が入ったん??」と聞き返した。
直後、父親のとった行動に当然ながら長女は仰天し、悲鳴を上げて逃げ惑った。玄関には鍵がかかっており、とっさのことで長女は慌てふためいてドアを開けられなかった。
父親は逃げる長女の髪をつかみ、そのまま奥の部屋へと引きずっていくと、敷きっぱなしの布団の上に長女を投げ飛ばした。
なおも逃げようとする長女を仰向けに押さえつけ、怒声を浴びせ、右頬、腹部を殴りつけた。
そして、痛みと恐怖で抵抗することをやめた長女に対して、極悪非道な行いをしたのだ。

長女に対し、それ以降も悪魔の所業は行われ続けた。その期間はなんと4年以上である。
養護施設にいた子供たちを引き取ったのも、週末だけではなく気が向いたときにいつでも長女に暴行するためであった。もちろん、目の届くところに置くことで、外部への漏れを防ぐ狙いもあっただろう。
長女は誰にも相談できず、一人絶望の中で日々を過ごすしかなかった。
そもそも、父親はこの長女が誰にも相談しないことをわかっていた。それは、もともと精神的に脆い母親の存在があったからだ。
長女は体調が悪くなると酷いうつ状態に陥る母親を気遣って、家事や弟、妹らの面倒もみていた。母親は体調が良いときは家事もし、パートにも出られるようになるため、娘からすれば少しでも母親の負担を軽くすることが、ひいては自分たちのためにもなるとわかっていたのだ。
そんな母親に、自分が父親に何をされているか、長女が言えるはずもないことをこの父親は知っていたのだ。その上での行いであった。

まだ小学生だった長女は、その意味も理解できぬまま、父親の恐ろしさに負けてされるがままだった。時折、軽蔑のまなざしを父親に向ける以外、長女には抗うすべもなかったのだ。

家族のそれまで

父親はトラック運転手として働き、一つ年上の妻との間には1男2女がいた。妻はもともと精神的に疲弊するとうつ状態に陥ることもあり、その都度夫は看病し、家計を支えるために働いていた。
しかし、妻の看病と3人の幼子の子育ての両立は思いのほかきつく、トラック運転手として稼ぐために必要な体力が消耗され、思うような稼ぎがあげられなくなってきていた。子どもたちはやがて養護施設へ入所することになる。
そんな時、滋賀県内のサービスエリアで仮眠をとる際、何の気なしにアダルトビデオを購入した。内容は、いわゆるロリコンもので、その中でも過激な部類に入るものだった。
もともとそういったものに興味があったわけではなかった。しかしその頃、仕事がうまくいかずに借金がかさみ、かといって今の生活を打開する策があるわけでもなく、日々酒で気を紛らわせるしかない中、週末だけ連れ帰った子どもたちに難癖をつけて殴ることで気が休まることがあった。
そして、初めて見たロリコン物のアダルトビデオの内容に、父親は魅了されてしまった。
抵抗する幼い少女らを徹底的に凌辱する悍ましい以外のなにものでもないその内容が、父親の新しいストレス解消になったのだ。

父親は次から次へと通販でそのたぐいのビデオを取り寄せては、より激しく、過激なものを求めるようになったという。
当初は自慰行為で十分ストレス発散できたが、人というものは欲深いもので、特に性的な欲求に関してはたがが外れてしまう人間というのも存在する。
この父親もそのたぐいの人間であったが、「他人の子では警察沙汰になるから、自分の子を襲った」と、まるで自分には理性のかけらが残っていると言わんばかりであった。

そして、平成10年5月、冒頭の通り長女を痛めつけたあと、4年に及ぶレイプを続けた。
しかし平成13年、突如長女へのレイプはなくなった。

父親は、長女に飽きたのだ。

次女

中学3年生になった長女は、もはや父親からすれば「育ちすぎた」少女であった。
また、精神的にも成長した長女にこれまで通りレイプをし続けてしまうと、外部に露見する可能性を危惧した可能性もある。
もちろん、第一の理由は、興味の対象から外れたということに他ならない。
さらに言えば、身近に次なるターゲットが控えていた。当時12歳の次女であった。

次女に対する暴行は、長女の時より残虐であった。
父親なりの「学習」だったのか、長女のように無理やりことに持ち込むことはしなかった。その手法は、次女に対して裏ビデオを無理やり見せ、次女に性的な欲求を引き起こそうとしたのだ。そうすることで、抵抗されるよりもむしろ次女の方から行為を求めてくることを期待したというから吐き気がする。

家族が出払ったその日、次女にビデオを見るよう命じ、嫌がりながらもそもそも何なのか全くわからない次女がしかたなく見始めると、すかさず次女の背後に体を密着させ、次女の下着を脱がそうとした。
仰天どころの騒ぎではなかったろう次女は、飛びのいてトイレに走り、中から鍵をかけた。
この時も長女のように怒声を浴びせるなどのことはせず、優しい声色で次女に語り掛けた。
「もうせぇへんから。でてこい」
次女とて、自分の父親がまさか自分が嫌がるような、あんないやらしいことをするはずもないと思い込みたかった。
優しく謝る父親を信じ、トイレのドアをそっと開けた瞬間、父親に腕をとられた。12歳の子供が、大人の男の力に勝てるはずもなく、次女は長女と同じように父親に暴行された。
裁判の過程で明らかになった話だが、次女の場合通常の性行為が不可能であったため、父親は無理やり肛門に挿入した。最悪だ。

次女に暴行した後、次女が家族に打ち明けたりする様子がないことに安堵したのか、父親は大胆な行動をとり始める。
妻が睡眠薬を飲んで寝た日は、多少の事では起きないことを利用し、家族が寝静まった頃を見計らい、次女の布団にもぐりこんだ。
それも、父親が「夜這い行為」の妄想をこじらせてのことだ。次女は抵抗すれば家族に知られる、そう思ったのか、必死に我慢していたという。
しかし、次女は長女と同じ部屋に二段ベッドを置いて寝ており、長女は下に寝ていた。
いくら寝ていても、はしごを上る音、さらには上のベッドが軋み、妹の悲痛な涙声が時折聞こえる状況を長女が気づかないはずはなかった。
長女は自分が暴行されなくなったのは、妹の絶望的な犠牲の上での事だと初めて知ることになる。

次女はそれ以外にも、刃物で脅されて暴行されたりもしていた。まるでアダルトビデオの作られたストーリーを再現するかのように、シチュエーションを変えては暴行された。
次女は想像を絶する日々の中で徐々に情緒不安定となり、不登校となってしまう。本人は学校へ行きたかったが、クラスメイトらと自分との境遇の違いを直視できず、さらには子供らしい感情や感覚をクラスメイトらと共有できなくなってしまったために、学校に行けなくなってしまったのだ。
父親は、保護者たる顔つきで「学校に行きなさい」と次女を叱った。しかし、そのあとで必ずこう言った。

「学校さぼるんやったら罰や、やらせてや」

母親の後悔

事件後、母親は娘たちが5年以上にわたって自分の夫からレイプされ続けていた事実を知った。
一つ屋根の下で、ましてや狭いマンションの一室で行われ続けた惨劇に、この母親は全く気付かなかったのだろうか。

ドラマの世界ではたびたびある設定であるが、そんな時、母親はその事実に気づいていながら、黙認していたというケースが多い。それは経済力のない母親が娘を差し出すことで収入源である夫を繋ぎとめると言った心理や、よそで浮気されるくらいなら娘にその役を担ってもらおうという心理もある。
いずれも反吐が出るようなものではあるが、「全く気付かなかった」というよりはまだ、わからなくはない。

この母親の場合、全く気付かなかったのだという。
その要因の一つには、夫であるこの男が、妻とも定期的に性交渉を持っていた点がある。セックスがあるかないか、突然なくなるといったことで夫婦間の「なにか」が解るケースもあるが、この夫婦の場合そうではなかったために気づきにくかったというのは理解できる。
さらに、娘たちの母親への思いが事実を隠してしまったことも一因だろう。たとえば、泣き腫らした娘の顔を見て母親がどうしたのかと聞いても、咄嗟に嘘をついたかもしれない。無理やり明るく振舞うこともあったろうし、なにより父親の目がある以上、恐れをなして何も言えず隠すしかなかったのも容易に想像がつく。

母親にしても、何かがおかしいと思っていたとしても、実の父親にレイプされているという発想にはなり得ないのもわかる。姉妹でケンカでもしたのかな、学校に行きたくないのも学校でのトラブルをまず考えるのが普通であろう。そこを、踏み込んで心を開かせられる母親であれば、そもそもうつ病で何年も苦しい思いをすることもないわけで、精神的に脆かった母親にはそんな強さはなかった。

娘たちは母親に負担をかけまいと、ただひたすら隠し、痛めつけられる日々であった。

長女と次女の決断

次女が父親の餌食になっていることを知った長女は、ある決意を胸に父親に対峙した。
本来なら口もききたくない相手だが、この時ばかりは強い口調で父親に迫った。
「妹の将来を潰す気か!!」
平成14年の9月。長女は父親に、ある交換条件を出した。
妹に金輪際手を出さないでほしい、その代わりに、自分が妹の代わりになると長女は言った。

父親は、長女の出した条件に対し、「承諾した」という。
身代わりになると言った長女に約束を果たさせた。しかし、その裏では長女にわからないような形で次女にもそれまで通りレイプを続けたのだ。
次女には長女に言わないように口止めすることなど容易いことであったろう。この頃にはレイプだけでなく、殴るなどの暴力行為も頻繁に行われていた。幼い次女がその言いなりになったのも無理もない。

平成15年には借金返済に行き詰まり、父親は自己破産し、表向きは離婚もした。しかし、形だけのそれであった。
その頃にはトラック運転手ではなくタクシーの運転手として働いていたので、通常は会社の仮眠室で寝泊まりし、休日前に自宅へと戻り、そのたびに娘らをレイプし続けていた。
思うようにならない人生のイラ立ちをまるで娘たちのせいとでも言わんばかりに、この自分の苦労はすべて娘たちのためなのだから、その報酬としてやっているんだという思いもあったとは本人の弁である。

やがて、約束を反故にされていたことを長女は知ることになった。自分の、それこそ命を懸けたといっても過言ではない申し出を、父親はただの一度も受け入れず、だまし続けていたのだ。
長女と次女は、このころからある相談をしていた。
父親を殺す計画についてである。
次女はこの時、「私は13歳だから大した罪に問われない。だから私が殺す」と言い張った。それを受け入れられない長女とでケンカにもなった。お互いに私が殺す、そういって譲らなかった。

発覚から逮捕、そして裁判所の激怒

長女も次女も、惨憺たる日常の中でもそれなりにしっかりと成長し、外部との接触も特に長女はそれなりにあった。
どちらが父親を殺すかという相談に行き詰った頃、長女は友人に思い切って打ち明けた。
良識あるその友人は、すぐさま周囲の大人、すなわち学校に相談するよう勧め、学校にも伝えられた。にわかには信じがたい話であり、なおかつ家庭内の問題ということもあって、場合によってはうやむやにされかねないことが心配されたが、学校も常識的な判断をする力を持っていたことが幸いした。
学校から児童相談所に話が持ち込まれ、児童相談所はすぐさま姉妹と下の弟を保護した。
ことが大きくなることを恐れたのか、それとも「玩具」を取り上げられて逆上したのか、父親はなんと包丁もを持って児相へ殴り込んだ。そのことで警察が動くこととなり、父親は平成16年3月10日に逮捕となる。

哀れな母親は、この時初めて娘たちの身に起きていたことを知ることとなった。

取り調べに対して父親の言い分は腹が立つを通り越して唖然とするものでしかなかった。性的虐待を数年間にわたってし続けていたにもかかわらず、「やめたかった、でもやめられなかった」とのたまい、「子供たちのことは心から愛していた」と泣いたという。何の涙?ねぇ、愛してるってどういうこと?担当した刑事も検察官も憤慨どころでは済まなかった。
”愛していました、という意味は、被害女児らを我が子として慈しみ、その幸福を願うというのではなく、被害女児らを所有し、犬のように躾けて、愛玩しつつ、自己の用途に供するというものであった”(論告要旨より)
検察官は裁判で怒り心頭であった。

長女と次女は、それぞれ裁判でビデオリンクシステムを利用し、思いのたけをこう吐露した。

”あいつを死刑にしてほしいです、死刑が無理なら一生、刑務所から出てこれないようにしてほしいです。刑務所では、あいつのごはんを少なくして、いつもおなかがすいてどうしようもないようにしてほしいです”

”あいつと同じ血が自分の躰に流れているのが嫌だ、出来ることなら体の血を全て入れ替えたい”

峻烈な思いをやっとの思いでぶちまけた姉妹の悲しみとは裏腹に、当の父親はなんとも恥知らずな手紙を妻にあてている。

”A子、B子(姉妹の実名)、決して一人で抱え込まないでください。時間がやわらげてくれぬような悲しみは、ひとつもないのです。”

・・・はぁ?
内容を考えれば、誰であってもこんなお花畑の言葉をかけられるはずもない。こんなことを言える人間はクズだ。消えない痛み、癒されない傷があるということを知らないのに、偉ぶって傷ついた人を諭すような人間はクズだ。
ただ、これを書いたのは、その苦しみ、悲しみ、痛みをこれでもかと与え続けた張本人であるから手に負えない。手紙はまだ続く。

”私は子供たちが生まれたときは、どれだけ嬉しかったか。何があっても子供たちを守ってあげたい、そして子供たちの望むことは何でもしてあげたい。いつも、子供達の笑顔を見ていたい。そのためには、どんな努力も惜しまないつもりです”

何をどう考えたらこんな手紙を書けたのか。誰か理解できる人がいたら教えてほしいものだ。何か脳に障害があるのだろうか。ここまで自己中心的な人間はテレフォン人生相談でもめったにお目にかかれない。

平成16年11月30日、大阪地裁の朝山芳史裁判長は求刑15年に対し、なんと懲役18年の判決を出した。
「もっとも信頼すべき父親から究極の虐待を受けた娘二人の屈辱感、悲しみ、無力感は筆舌に尽くしがたい。求刑は軽すぎる」
との判決理由であったが、本音でいえば18年でもいかがなものかといった勢いであった。それこそ、長女の願い通り、死刑にしてやりたいと誰もが思っていた。
恥知らずの父親も、さすがに控訴はしなかった。

帰りを待つ母親

母親は大阪市内のそのマンションで一人、ゴミに埋もれて暮らしている。月に8万円ほどの生活保護を受け、夫によって娘らが犯され続けたその家で、母はその夫の帰りを待っていた。
逮捕後に夫から届いたその手紙は、大切にとってあった。来た手紙には返事も欠かさない。取材した新井省吾氏に、
「待つ、つもりなんですか?」
そう聞かれて、母親は空を見つめてぼんやりと呟いた。
「う~ん、よう、わからへん。」

ヘビースモーカーの母親は、生活保護費の3分の1をタバコに費やすという。
一時期は仕事にも就けていた母親は、事件後這い上がることのできない闇に堕ちてしまった。9階にある自宅マンションのベランダから、数10メートル下の固い地面を何時間も見つめることもあった。
もともと偽装とはいえ離婚状態にあったわけで、戸籍上は夫ではない。しかし、母親は娘を精神的に殺したその父親である夫を、なぜか庇う素振りも見せる。

このような特殊としか言いようのない感情は、実は虐待を行った夫を持つ妻には時としてみられるようだ。
平成13年、援助交際目的の教師によって手錠をされた上、車に監禁され、逃げようとして中国自動車道上に転落し死亡した女子中学生の家庭も、似ていた。
事件後、被害者が実の父親から性的虐待を受けていたという話が持ち上がったのだ。決して無責任なゴシップではなく、被害者を慕う妹の話だった。
彼女の母親もまた、虐待していた夫と離れることもせず、自分がいかに不幸なのかにこだわる自己憐憫の人であった。
業を煮やした取材者が思わず、「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!!」と詰め寄っても、じゃあどうしろっていうのよ、と開き直った。
ひとりで生きることよりも、どんな形であれ現状を維持することを選ぶ女はいるものだ。それは経済的な事情もあるが、それ以上にひとりになることが単純にできないのだろう。常に男がいなければ、生きていくことが出来ないタイプの女はいる。たとえその相手が極悪非道でも、たった一つの優しさなどにすがり、まるでそれが本質なのだといわんばかりに。

この事件の母親も、過去の何事もなかった頃の家族の幻影にすがって生きているようだった。
その母親の幻想が、どれだけ娘たちを傷つけているかをわかってはいないようだった。
いまだに、生まれた直後の娘を抱く夫の写真を愛おしく見つめる母親。その姿を娘たちがどう思うのか、そこまで気は回らないようだ。

「でも、ほかに行くところもないし、あの人も帰る場所はここしかないから…」

離れて暮らす娘たちは、必死に自分の人生を取り戻そうと努力し、一生懸命生きていた。
それでも、月に一度は必ず母親を見舞い、実家に顔を見せるという。
にもかかわらず、娘たちをレイプしたその夫を、この家に迎え入れるつもりだろうか。
事件からすでに15年が経過。もしかしたらこの男は出所しているかもしれない。

娘たちはどうしているだろうか。
父親のことは知ったことではないが、どうかこの姉妹の今が、穏やかな幸せにあふれていることを願うばかりだ。
ていうか、この親父は死ね。

 

「裁判所をも激怒させた父親の所業といいわけ~大阪・実娘強姦事件~」への6件のフィードバック

  1. いつも欠かさず読ませて頂いています。

    この親父、この母親、どちらにも虫唾が走る。
    もう本当に腹が立って仕方ない。
    私も子供が居ますが全員女の子、こんな時は特に離婚していて良かったと思えてしまいます。

    何故こんなにもひどい仕打ちを…
    何故絶対にしてはいけない事を平気でやれるのか…理解できません。

    母親も自分が一番なのでしょう。

    私の知るところでは、義父にイタズラされてる娘が耐えきれなくなり実の母に訴えた時…母親の言った言葉は…「義理では良くある事なんだよ」だった。
    母親大好きだった娘は母親を信じ切っていた。でもその日から母親に嫌悪感を抱き、冷静に母親を見て生きた。
    振り返れば何事も自分が一番の女だったそう。
    この母親も娘たちの苦しみよりも自分が一番なんじゃないかと思えて仕方ないです…

    1. 来栖美弥さま
      いつもありがとうございます。
      今回は更新が遅くなったのですが、この記事をまとめるのに大変な時間を要しました。
      表現をどうすればよいのか、ぼかしてしまうのは簡単ですが、そうすることが果たして良いのかどうか。
      この父親の所業をきちんと伝えることも大切、でも、それでもすべてを書くことは不可能です。
      それほどまでに、酷い、酷すぎる仕打ちです。
      文中に、精神的に殺された、と書きましたが、そんな言葉でもぬるい。この姉妹が味わった地獄は、殺人に匹敵します。
      来栖さんが書かれたように、目をつむってしまう、黙殺してしまう母親もいると聞きます。
      この事件の姉妹は、母を思うがゆえに耐えてしまった。でも、本当に母親は知らなかったのかな、と疑問に思います。
      ルポによれば、母親は涙を流して自分を責めていたそうですが、精神を崩壊させることで逃げているような気もします。
      さらに私が恐ろしいと思うのは、おそらくこのような事件は、実はもっとたくさんあるんだろうな、ということです。
      表に出ないだけで、生きながら死んでいるような日々を送っている人が今もいると思うと、腹が立つやら情けないやら、もうどうにもなりませんね。

  2. キモいキモい‥、何万回言っても足りない男ですね。
    実の娘にそういう欲を抱くのがそもそもわからないし。
    普通吐き気しませんか?生理的に。普通じゃないからそういうことするんでしょうけど。
    娘達は、人に打ち明けて助かって本当に良かったです。
    そのまま子供産まされて実父を殺した女性も居ましたよね。
    確か執行猶予ついたような。温情判決で。
    このオヤジは殺されていいんだけど、娘達に前科が付くのがかわいそう過ぎるので。

    そして母親なんですけど、ちょっと知的に問題あるんじゃないですかね。軽度知的障害っぽい。
    ゴミに埋もれてタバコ吸って、何やってんだか。
    そんな母親を見舞う娘達も本当にいい子ですね。
    私なら見捨てますね確実に。

    1. ちい さま
      コメントありがとうございます。
      この記事は全く筆が進まず苦労しました。殺人などに比べれば軽いと思われがちですが、それでも裁判所は懲役18年を下したことで、殺人に匹敵する罪なのだと示したと思います。
      母親は病気だという点を差っ引いても、キモイです。でも、哀れな人だという思いもある、同じ女、母親として、弱くて哀れな女だなぁと。
      屑以下の男であっても、縋らなければならないなんて。

  3. この親父、なかなかの「悪党」ですね。

    恐らく妻と結婚したのも、精神的に弱い面を持っている事をわかって結婚したのではと思いますよ。

    自分の都合がいいように、圧力かけていいなりにする。

    大体、妻が精神的に弱いのに3人も子供を作るのか!自身の性欲を満たした結果なのでしょう。

    結局、子供は施設行き。やった!と思っていたのでしょうね。

    ロリコン趣味の件ですが、性癖というのは「性の癖」と考えています。癖が付いてしまったら、なかなか直らないです。何せ癖ですから。

    これ、虐待の延長なんでしょうね。殴る代わりのレイプ。凄いなあ。

    この妻は知った時、どう思ったのだろう?「ウソだ!信じたくない」でしょうね。

    精神的に病気な訳ですから、一人で生きていくのはしんどいのでしょう。

    人間には「頼る人」と「頼らない人」に分けられると思います。何でも自分でやる人と人にすがる人ね。

    この妻はすがるタイプだったのでしょう。子供を施設に預けてしまうし。

    あと、長男。傷付いただろうな。お姉ちゃんを守ってやれなかったんだもん。今、どんな思いなんだろうな?

    悪党親父、もう子供たちには逆らえないでしょう。所詮は弱いものにしか向かっていかないと思います。

    この作品書いていて、気持ち的に大丈夫でしたか?

    1. ひめじの さま
      コメントいつもありがとうございます。
      えぇ、もう気分が悪いどころの話ではありませんでしたよ、姉妹の地獄の日々を思うと、胸がかきむしられてしまう思いでした。
      ただ、よき友人や学校、児相の動きがあったことで命に関わる自体に発展しなかったことだけが良かったと思える点でしょうか。
      こんなクソ親でも、殺してしまえば一生背負う羽目になる。

      母親はほんとに知らなかったんですかね。そんな鈍感なことってあるのかなと思いつつ、あのように記事に書きましたが、事実を知っても出所を待つその感覚は、形は違えどDVで支配下に置かれた人に近いのかなと思ったり。
      さらに言うと、実は全く逆で、支配していたのはむしろこの母親だったんでは?とすら思います。

      小児性愛などの類は私も癖だと思います、病気じゃなくて。病気はいつか治るかもしれませんが、癖は無理ですね。

      岐阜の事件も酷いですね。親から子への性的虐待は何よりも厳罰化して欲しい。他人からの暴行よりもキツいですよ。

      今書いているのが苫小牧のネグレクトですが、こっちはほんとに筆が進みません。泣きたい。なんでこんなことにと思いつつ、その遥か上を行く母親とその周囲の人間の有り得なさ。
      これ社会の問題なのか?と思ってしまいました。
      乞うご期待。

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