三つ子ワンオペ育児は情状酌量に値するか?

平成30年1月11日

豊田市内のアパートから、「子供が動かない」と119番通報があった。
救急隊員らが駆け付けたところ、1歳くらいの男児がぐったりとしており、傍らでは通報してきた母親らしき女性が必死に心臓マッサージなどを施していた。

男児は病院へ搬送されたものの、意識不明の重体であった。診察した医師によると、頭がい骨骨折の所見があった。

当初、母親は付き添っていたが、忽然と姿を消す。幼い子どもが生死の境をさまよっているというのに、なぜか母親は黙って自宅へと戻っていた。
ケガの状況などから不審に思った病院が児童相談所(県豊田加茂児童・障害者相談センター)へ通告。その後の調べで、母親が男児を床に複数回叩きつけたことを認めたため、殺人未遂で1月12日に逮捕した。

男児はその後、1月26日に死亡したため、殺人容疑に切り替えて捜査が行われた。当初は幼い乳児を床に叩き付けるという残虐な行為に非難が殺到、母親に対しても当たり前の批判が展開されたが、裁判が始まると、風向きが変わった。

母親が育てていたのは、その男児を含めた「三つ子」だった。

湧き上がる同情の声

殺人容疑での捜査だったが、その段階で殺意の認定が困難であるということで、傷害致死での起訴となった。
母親は罪を認めており、取り調べにも素直に応じていたし、殺人ではなく傷害致死、という点でも検察がかなり母親の心情を酌んだと受け止めてよいだろう。
平成31年3月。
名古屋地裁岡崎支部は、この母親に対し、懲役3年6か月(求刑6年)の実刑を言い渡した。執行猶予はなかった。

かなり母親寄りの温情判決であると理解したのだが、世間は一気に母親への同情論であふれた。三つ子を母親がほぼ一人で育てる、いわゆる「ワンオペ育児」の実態が裁判の過程でわかったからであった。

裁判長は、「うつ病になる中、負担が大きい3つ子の育児を懸命に行ったことに同情はできる」としたものの、抵抗できない我が子を床にたたきつけるという行為の重大さを考えれば「執行猶予をつけるほど軽い事案ではない」とした。
これが、直情的な人々を脊髄反射させてしまったようだ。

多胎育児支援団体などが早々と母親への支援を打ち出し、減刑を求める署名活動まで始まった。案の定、というか、怒りの矛先は行政や育児サポート機関、ひいては父親や、全く関係ない世の中の父親という立場の人にまで向けられた。

母親の「ワンオペ育児」

ワンオペという言葉は、思い返せば牛丼チェーン店大手の「すき家」で広く行われてきたひとり勤務の実態が明らかになったことで知られた言葉である。
本来は、ひとりで勤務することをただ単に指す言葉だったが、今では「キャパオーバーであるにもかかわらず、ひとりでの作業を強要される状態」を意味しているように思う。
この母親の件でも、そういう意味で使われているとみてよいだろう。

育児の経験がある人ならわかるだろうが、生まれて間もない赤ちゃんはとにかく「泣く」。というか、泣く以外に手段を持たないわけで、腹が減った、眠い、つまらない、うんこが出た、暑い、寒い、なんかかゆい、なんかムカつく、とにかくありとあらゆることを訴える時に、泣きまくるのだ。
加えて、オムツ交換、お風呂、授乳、寝かしつけなど、とにかくやることが多い。特に、授乳については母乳であろうとミルクであろうと、3時間おきから始まって次第に感覚はあいてくるものの、それでも母親の生活リズムなどガン無視で要求されるものだ。
ひとりを相手にするだけでもこれだけの手間がかかるところ、この母親のケースは三つ子である。ということは、全てが3倍、しかも同時にやれるわけではなく、それぞれがバラバラに要求をしてくるわけで、下手したら寝る時間すらなくなったとしても不思議ではない。
しかも、赤ちゃんというのはぐっすり寝ていても一人が泣き始めるとまるで連鎖するかのように一斉に泣き始めたりするのだ。

この母親は、その三つ子の育児をほとんどひとりで行っていたのだという。
不幸だったのは、その三つ子のうちの次男の発育が思わしくなかったということだ。よく泣き、ミルクを吐くことも多く、いわゆる「手のかかる子ども」だった。
母親はその次男に対していつのころからか苦手意識を抱いていた。そしてそれが、「ちゃんと母親をやれていない」として、自分を責める要因にもなっていった。
次第に落ち込むことが多くなった母親は、事件直前にうつ状態になっていたという。同時に泣かれると、もうどうしていいのかわからなかった。

見えてこない夫の存在と支援

もちろん、母親は外部に助けを求めた。訪問してきた保健師には、育児の過酷さから不安を訴えたところ、「ファミリーサポート」の利用をすすめられた。
しかし、三つ子を抱えて面談に行くことは不可能で、結局利用しなかった。

父親はどうだったのだろう。
詳細はわかっていないが、事件当日夫が出勤した午後8時すぎに事件を起こしていることから、夜勤のある仕事、あるいは変則的なシフトの仕事であると想像できる。
とすれば、生活リズムの違いからそもそも父親が育児に積極的に参加するのは厳しかったかもしれない。
ただ、この父親は育児休暇を取った。
出産後、愛知県内の実家へ戻っていたという母親だが、3~4か月経った5月に夫が半年の育児休暇を取得したことで自宅へと戻ったという。
しかし、この夫の育児休暇が戦力になったかというと、ならなかったと裁判で明かされた。

母親によれば、夫があやそうと抱いても泣き止まない、というか、むしろ泣く、そういう状況から早々と夫に任せることは難しいと思ったようだ。
また、よくある話ではあるがオムツ交換も満足にできなかったらしい。手伝ってもらうのはありがたいが、きちんとできていないと結局やり直しせざるを得ないことを考えると、自分でやった方が早いと思う人も少なくない。
この母親も、不器用な夫に任せるくらいなら自分でやろうとしたのだろうか、次第に夫を頼らなくなった。

ほとんど戦力にならなかった夫の育児休暇が明けると、さらに母親の負担は色濃くなった。実際にはそうでもなかったのかもしれないが、たとえ戦力にならない夫でも手がある分いないよりはマシだったわけで、その夫が仕事に復帰すると以前にも増して負担になるように感じたのは容易に想像がつく。

おそらく、周囲に同じような多胎育児をしている人はいなかっただろうし、そもそもネットなどで悩みを共有したり、相談したりといった時間さえ、この母親にはなかったはずだ。
実家の両親は多忙で、頼ることもできなかった。
満身創痍の母親は、もはや正常な判断は難しかった。

投げ落として「気持ちが落ち着いた」

壮絶な三つ子の子育ての中で、一番つらかったのは泣き声だった。これは確かにわかる。あの、何をしても泣き止んでくれないというのは、なんというか母親失格、と烙印を押されているに近い感覚に陥るものだ。
言葉も通じない、どんなに抱きしめてもあやしても、まるで反抗するかのように泣き叫ばれると、耳を塞いでしまいたくなるのだ。
そんな時、「赤ちゃんは泣くのが普通だ」と思えれば楽になる。私は子育てを終えた今ならば、赤ちゃんが泣きわめこうが泣いたって怖くないもんね!と笑っていられる。
しかし、子育て真っ最中のときは、そんなこと思えなかったし、このまま死んでしまうんじゃないかというわけのわからない恐怖にも襲われた。

この母親も同じく、赤ちゃんに泣かれることが辛かったという。
その日、次男の泣き声に動悸が激しくなった母親は、次男を抱き上げるとそのまま床に落とした。裁判では、「叩きつける」と表現され、頭がい骨骨折ということを考えると、ただ落としたとは言えないだろう。
1度落とした時点では、次男はさらに泣き叫んだ。そして、もう一度抱き上げ、再び落とした後、次男は泣くのをやめた。

その時の気持ちを、母親は「気持ちが落ち着いた」と証言する。

それほどまでに、我が子の泣き声は母親を苛んでいたのだろう。

その後の展開は冒頭の通りである。
病院から自宅へ戻った妻の話を、夫はどんな思いで聞いたのだろうか。不妊治療の末に授かった、待ち望んだ我が子だったのではないのか。
どこでどう間違えたのか。

直情的な人々

判決が出た後、多胎育児支援団体を皮切りに、母親に対して過剰ともいえる擁護論が噴出した。
Twitterなどでも、三つ子ママに必要だったもの、というハッシュタグがつけられ、広く意見が集められた。マスコミなどで紹介されるその声は、9割方母親に対する同情の声であった。

私はそれに何とも言えない気持ち悪さを感じる。

多胎育児支援団体は、裁判も傍聴し声高に母親への支援のなさを嘆くが、そもそもそれは自分たちの存在意義を疑問視することにならないか。
なんのために存在している団体なのか。行政を叩く前に、自分たちの活動を見直すということにはならないのだろうか。

同じ母親として他人事とは思えず同情する人たちもそうだ。
あなたたち、だからって子供殺す??殺す意思はないにしても、実際に怪我をさせるほど叩いたり蹴ったり投げ落としたりする気持ちがわかるの??私はわからない。
子育て中、泣き止まない子供に途方に暮れた経験はあるし、自分が母親失格なのではないかと落ち込んだことも何度もある。だからそれはわかる。

しかし、だからといって子どもに危害を加えて黙らせる、泣き止ませるなどと言う考えはない。
こんなことを言うと、三つ子を育てたことないからだ!と言われるが、ならば三つ子以上を育てた人だけの世界を作ってくれ。多胎育児支援団体にもっと啓もう活動をやれと言ってくれ。

虐待して死なせる親も多いけれど、その人たちにだって言い分はあったかもしれない。今回、三つ子というキーワードがそれらと分けているのかもしれないが、それを過度に考慮するのはおかしい。
子育てに悩んで、思わず叩いて怪我をさせてしまった母親は虐待母で、三つ子育児に疲れた母親が子供を投げ落として殺したのには同情するの?
先日、泣き叫ぶ幼子を虐待する母親の様子がネットに広まったが、あの子は殺されてない。泣いていたけど、生きている。あの母親の言い分は誰もきかず、酷いと罵られ、この母親はかわいそうだと同情される。

泣き止まないから叩いた、そんな内縁の夫はボロカスに叩くのに、必死でやってきたという母親は擁護対象なのか。

同情している人は、おそらく本当は恵まれた子育てをしている人たちなのだろうと感じる。他人事ではないと言いながら、実は他人事だからそんな自分に酔った言葉が出るのだろう。
他人事だからこそ、赤ちゃんを殺した母親に同情を寄せられるのだ。

当の母親は、残された「次男より普通」の子供との今後の生活にすでに思いを馳せている。
ここでも子供たちの存在は無視されたままだ。子どもは母親が好き、母親と一緒にいるべき、そんな「常識」に凝り固まった人々によって、子供は危険にさらされる。
この母親は、子供を殺すという、子育てにおいて最悪の選択をしたのだ。過ちであったとはいえ、その事実は変わらない。
そんな人間に、再び子育てを任せようと思える神経が解らない。

もっと言えば、母親と子どもを結び付けようとする人の存在が、そもそも母親を追い詰めているのではないのか。

親は無くとも子は育つとは、よくいったものだといつも思う。

子殺しを軽く扱うな

日本ではなぜか、親が子を殺すことに時として同情的な見方をすることがある。
子供の将来を悲観して、子供を道連れに死んでいく親もいれば、子どもの扱いに困って死なせる親もいる。
どっちも、子供を殺したことに変わりはない。
一緒に死ぬならまだしも、今回の事件は心中でもなければ子供の将来を悲観したわけでもない。
確かに大変な状況であったのは間違いないが、それがどれだけの「いいわけ」になるというのか。

厳しい言い方をしてしまえば、甘かった以外のなにものでもない。
実家に頼れないのも、不妊治療の場合多胎の可能性があるということもわかっていたし、三つ子を産むと決めたのも、夫に頼るのをやめたのも、自分なのだ。
世の中には、出来もしないことを一人で抱え込んで自滅する人もいる。もっといえば、そうすることで自分の存在意義を自己確認する人もいる。
この母親がそうだとは言わないが、少なくともできもしないことを抱え込んだのは当てはまると思う。

母親には執行猶予を、残された子供たちと関わりながら反省と贖罪の人生を送らせるべきという声が多数というが、正直気持ち悪い。
世間の同情の声に勇気づけられたのかどうなのか、「反省している」はずの母親は控訴の意向を示し、ネット上で頑張りますと「声明文」まで出した。

この母親に今一番言いたいのは、お前は悲劇のヒロインじゃねぇんだよ、ということだけだ。

「三つ子ワンオペ育児は情状酌量に値するか?」への12件のフィードバック

  1. 三つ子の大変さは、本当にすごいと思うけど、だったら最悪施設に預かってもらうとか、殺さない方法はいくらでもある。役所に相談するだけでも機関教えてもらえるだろうし。
    赤ちゃんを叩きつけて殺して同情されて強気になってるのが理解不能ですね。
    ネットで声明文とか、バカかと。

    騒いでる団体も、それより赤ちゃん預かってあげれば?としか思えません。
    ボランティアで預かってあげる組織でも立ち上げればいいのに。

    1. ちい さま

      そうなんです。だからって殺すかよ?!なんですよ。
      もちろん本人は殺意の立証もされていないから、殺すつもりはなくて、ただただ黙って欲しい、泣き止んで欲しかったのだと思います。
      でも、2回も落としてるんですよね。1度だけなら、咄嗟に、というのも分かるけれど、1度落としておそらく火がついたようにさらに泣き叫んだ我が子を拾い上げ、もう一度落としてる。
      母親に執行猶予をと言っている人もホント気持ち悪い。
      こんな母親にそのまま子育てさせる気なんですかね。
      また赤ちゃんが泣いたらどうするんでしょう。

  2. どうなんだろう。と思います。
    三つ子どころか子育て経験すらないのですが、話を聞く限り自分が同じ状態だったらと想像した時に、明日は我が身かなとも思いました。

    うちは主人が自営業で休まれると生活ができません。日中は車移動が多い仕事なので育児手伝ってもらって寝不足で事故でも起こされたらと思うと手伝ってとも言いづらい。で、頼れる身内もいないよなると同じことになりそうだなと。

    まず、キャパオーバーって認識できてないんだと思います。
    そういう人って結構多くないですか?
    経験を積んだ人なら、こっからここまでが自分の限界ってわかりますけど、それって難しい事だと思いますよ。職場でもキャパオーバーな量の仕事抱えてる人多いです。
    自分が頑張ったらなんとかできる。って感じで、深夜まで残業。
    ろくに寝れてない日が続いてたら思考回路もまともに働かなくなってくると思いますし。選んだ訳じゃなく、選択肢が他にあるという考えが浮かばない。身内が無理なら他人に頼るという発想がない。もしくは、人様に迷惑かけちゃいけないと思ってる。

    三つ子とわかった時点で、私なら諦めて
    堕胎するかもしれませんが、それもどうなんだろうな。と自分で思います。
    生まれる前なら殺人じゃないのかなって。
    親子心中もありえません。身勝手すぎます。殺したと言う罪を背負って生きてくべきだと思います。

    執行猶予、私も思いません。まず、そんな環境と精神状態で子供のもとに返してって発言は無責任過ぎる。今は子供と離す時期だと思います。
    産後鬱も併発してるだろうし、女性ホルモンの量が出産前の量に戻って、なおかつ環境を整えてからだと思います。

    この件だけじゃなく、刑罰を受けることによって、前に進めることもあるんじゃないのかな。と、頭をよぎりました。
    罪は消えないけど、罰を受けないって罪悪感に苛まれそうです。

    1. みにょん さま

      コメントありがとうございます。
      認識できない、そうですね。経験がないからわからない、それもそうだと思います。
      ただ、私の感覚で言うと、それを「バカ」と呼びます。想像力の欠如というか、考えたらわかるやろ、と。
      世の中には「働き者の無能」というのがいて、とにかく頑張るし一生懸命だし、一見、責任感のある人に見えるんだけれど、出来ない、まったくもって使えない人がいます。
      でも本人はめちゃめちゃやる気があるため、「出来ます!やります!」となってしまう。
      いやむしろ、「私がやらなきゃダメなんです!」とまで思っている。
      そんな人だったのかなぁとも感じます。

      私ならば堕胎を選択します。
      命の選別?そもそも不妊治療自体、神様の領域に片足突っ込んでる訳ですからね。
      欲張りな人だったのかもしれないとも思います。子供が欲しい、最後のチャンスだから三つ子でもいい!
      育てられるの?やってみせる!でも不安になってきたぞ、でももう戻れないし・・・

      可哀想な人であるとは思います。
      最後の部分、まさにそうです。このサイトでも書いてますが、まともな人ほど罪の意識に苛まれるでしょう、あの京都母子心中の片桐さんのように。

      でもこの母親はその心配はなさそうですよ、結構前向きな人のようですから(笑)

  3. え‥?
    投げおとしたくなる気持ち分からない‥?
    睡眠時間一時間の想像つきませんか‥?
    相当寝てくれる赤ちゃんお持ちだったんですね、よかったですね‥

    堕胎、できますか?本当に?
    不妊治療のご経験がないんですね‥
    流産のご経験もないのかな?よかったですね‥

    一番の被害者は子、母親達はよく分かっていると思いますよ。大前提として話してるからわざわざ書かないけれど‥

    他人事?自分に酔った?
    いろんな意見があるんですね。経験してないことは、理解しづらいものですね。
    現状の社会状態では、子育てするのはギリギリ状態だ、なんとかしなければと多くの母親が感じているんでしょう。

    1. まず、私は不妊治療の経験もあれば死産の経験もありますよ。決めつけの意味がわかりませんが。
      あなたは泣いてる赤ちゃんを投げ落とす気持ちがわかるのですね、カウンセリングを奨めます。
      経験していないことはわからない?あなた虐待してます?
      直ぐに子供から離れてください。
      そしてゆっくり休んでください。
      あなたがいなくても子供は立派に育ちます。

    2. ちょっと横から失礼。

      >え‥?
      投げおとしたくなる気持ち分からない‥?

      私も理解できません。
      いくらイライラしたとしても「あぁもう無理、投げ落としたい!!」なんて
      思うかね、普通。
      そんなことしたらどうなるかっていうことが先にも来なくなってるんだったら
      ほんと病院行った方がいい。
      わかってるよ、あくまでも「投げ落としたい」っていう「気持ち」であって
      実際投げ落としてはいないことくらい。
      でも思わない。

      >睡眠時間一時間の想像つきませんか‥?

      つきますよ、育児ではなかったけど介護と看護が
      重なって転寝程度しかできなくて最後の方フラフラしながら
      仕事と両立したことあるけどきついよそりゃ。
      寝られないっていうのは思った以上につらいからね。ほんとに。
      そのうえ赤ちゃん×3(しかも音量調整不可)だから
      その泣きっぷり次第ではストレスMAXになるのは容易に想像できる。

      だからって「落とそう」(私のケースであれば首絞めてやろうってことですかね)なんて
      考えは浮かびませんけどね。

      >堕胎、できますか?本当に?
      不妊治療のご経験がないんですね‥
      流産のご経験もないのかな?よかったですね‥

      主に嫌味を書くためにわざわざコメントしたんですかねw
      不妊治療はしたことないけど、とても大変だと聞く。
      でも、その経験があったとしてこの事件と何の関係が?
      不妊治療を第三者が経験したかどうかなどコメントに書く必要ないと思うけど。
      寧ろそれがあって授かった子なのに、って話にしかなりませんが。

      >経験してないことは、理解しづらいものですね。

      普通そうでしょ。してないのに100%理解できる人なんていないよ。
      できると言い張る人は単なる偽善者ですよ。
      経験してないのに殺人者に同情できるってことは
      あなたは殺人を犯したことがあるんでしょうか?
      子供の泣き声がひどいから「殺したい」とか思ったことあるんでしょうか。

      問題は「殺人」なのであって、その過程がどんなに過酷でも
      じゃあみながみな同じことやってんのか?
      みながみな同じ選択をしても今回みたいな反応するのか?
      きっとしないね、「3倍」に反応してるだけだろうから。
      1人だったらきっと「私だったら~」とか誰も聞いてもないのに
      自分の子育て発表していい母親アピールも忘れずに、子供殺した母親を批難するでしょ。

      DVでもそうだし監禁事件でもそう。
      DV受けたことある?はたかれる程度じゃなく入院するほど酷いDV.
      あれだってよくわかりもしないくせに「逃げればいいのに」とか「離婚すればいいのに」とか
      宣う奴が多いけど、
      そんな簡単だったら悩まないでしょ、って話。
      で、どんなにDV受けてたって、暴力ふるってるやつに反撃して殺そうなんて
      考える人の方が少数派でしょ。
      まず逃げ道を探そうとするんだよ、普通は。
      「早く死ねばいいのに」と瞬間的に思ったとしても、
      だからって自分が「やろう」なんて考えには至らない。
      従って、殺人の経験がない私には、殺した人の気持ちなど微塵も理解できません。
      せいぜい想像する程度。それでもできるだけいろんな方向で想像する。
      決めつけではなく。

      直情的な人の多くは非常に視野が狭く、想像力が欠落してる人が
      多いと私はよく思う。
      だからよく知りもしない人のことを思い込みだけで非難したり(必要以上に)
      同情的になったり(必要以上に)。
      バカみたいに同士募ったり(拡散希望w)。
      背景を知りもしないのにとりあえず第一報の段階で大騒ぎ。
      そして続報の内容次第では激しい掌返しのうえで同情若しくは批判。

      自分の感情だけが正しい物であるという前提のもとで
      物を言うので始末に負えない人が多い。ほんとに文字通り過ぎるw

      1. 私も気になってたんです。
        この方、経験があるってことなんですかねぇ?虐待やそれに近いことを。
        それを悔いるでもなく、正当化なさってる。闇を感じずにいられません。
        虐待などを行う多くの親は、とにかく子供を離さない。親権がものを言う日本では厄介。
        殺したいほどしんどいなら、それこそ尼崎虐待母・勢田知子の母親が言うように病院に置いてきた方がいくらも救いがある。
        多胎育児支援団体も、どんな活動してるんでしょうか。
        声高に擁護する人たちには疑問符だらけです。

  4. なんで子殺しが軽いかというと子は親のものという認識だからです。
    とっくに成人した犯人の親がマスコミの前に引っ張り出されて謝罪する国だから。
    小さい子がよその大人にぶつかってその子が謝ってもそばにいた母親も謝らないとあなたも少しはもやもやするのでは?
    子供の権利が強固な欧米圏では親まで謝らないです。
    よその子にちょっとした迷惑をかけられて、その子が謝っても、そばにいた母親も謝ることを期待する、それが子供の権利を軽んじることに通ずるのです。
    親子心中という欧米圏にはない概念について調べるといろいろ出てきます。

    1. かりんさま
      コメントありがとうございます。
      恐らくそれは皆わかっていると思いますよ、過去には尊属殺人なる法律があったわけですし。
      親が謝る謝らないは人それぞれ感覚が違うでしょうし、そもそも「いや親がちゃんと躾とけや」と思う人もいますから。
      子供のした事の話と、子殺しの話を混同するのは私には違和感があります。

  5. 不妊治療で出来た三つ子ちゃんだったんでしたっけ
    欲しくて欲しくて堪らなくてやっと出来た子だったのに…
    悲しい

    1. とま さま
      コメントありがとうございます。
      そうです、不妊治療の結果授かった赤ちゃんたちでした。
      私も不妊治療の経験があるので知っていますが、多胎のリスクも説明されますし、思いもよらない三つ子、ではなかったはずなんですね。
      先日、控訴審判決が出ましたが、一審の時とは打って変わって話題にすらなりませんでした。執行猶予はありません。
      子供たちがどうか幸せに生きてくれることを願うだけです。

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