隠してほしかったはずの女が姿を見せた「理由」~愛媛・交際女性殺害死体遺棄事件~

平成24年7月10日


その日、釣りに訪れた男性は川の中になにか岩のようなものがあることに気づいた。
釣りの穴場として何度も訪れたその場所に、そんな岩はなかったと訝しんだ男性が近寄ると、かすかに周囲に漂う異臭が鼻をついた。
岩だと思ったそれは、仰向けの人間の遺体だった。
遺体の一部はすでに白骨化し、水に長時間使っていたとみられた。


警察の捜査の結果、遺体は松山市南白水に暮らしていた生花店従業員・A子さんと判明。

平成24年の1月末から行方が分からなくなっていた。
警察は事件と自殺の両面から捜査していたが、遺体が発見された10日後から行方が分からなくなった男性が事件にかかわっているとみて捜索、7月23日に高知県香南市の路上を歩いていた男性を発見、任意同行した。
その後、女性の遺体を捨てたことを認めたため、死体遺棄で男性を逮捕した。

男と女と、女

逮捕された男は、東温市在住の介護職員・垂水広貴(当時40歳)。
殺害されたA子さんとは、数年前に同じ生花店で働いていた同僚だった。
垂水は、A子さんが行方不明になるより以前に店を辞め、大手介護グループの傘下にある施設で介護職員として勤務していた。
垂水は独身だったが、A子さんには夫と子供がいた。A子さんは生花店での仕事に誇りを持っており、将来的にもこの業界でやっていこうと決めていたという。
しかし、平成24年の1月末、突如行方が分からなくなった。このときは成人しているA子さんが自ら行方をくらましたとも考えられ、事件としては扱われていなかった。
実はA子さんと垂水は不倫関係にあった。
いつからの付き合いかははっきりしないが、垂水の周辺の人々によるとA子さんの存在は知られたものだったという。
垂水自身はバイクで通勤していたというが、雨が降った日などはA子さんらしき女性がよく迎えに来ていたという。
また、垂水のアパートの近隣住民によれば、女性がゴミを出したり身の回りの世話をしていたという。
この女性は「白いワゴンR」に乗っていたことが共通しており、A子さんの所有する車も白のワゴンRだったことから、この女性はA子さんであると思われる。
このような証言からも、A子さんは家庭がありながらかなり頻繁に垂水と会っていたことが窺われた。

しかし、垂水には実はもうひとり交際している女性がいたのだ。
しかも、どうやらこちらの女性がいわゆる「本命」であったようだ。

A子さんもその女性の存在は知っていた。ある時、垂水の自宅でA子さんとその女性が鉢合わせるという修羅場!という状況が起こったこともあるという。
しかし、A子さんはその女性に対して「私は身を引く気はないから」と言い放っていた。

不倫という立場にある人間がここまで言うというのは、通常では考えにくい。愛媛というのは非常に「狭い」町の集合体であり、またこの女性はおそらくA子さんに夫がいることは知っていたと思われる。
そうならば、夫にばらされてしまうという可能性を考えれば、なかなかここまで強気に出ることは難しいはずだ。
A子さんの家庭がすでに崩壊していた可能性もあるが、それにしてもである。

垂水は、女性同士がお互いの存在を知った後も自分から離れて行かないことをある意味しめた、と思っていたのかもしれない。
その後ももう一人の女性が垂水宅にA子さんの車が止まっていることを見てその旨問い詰めた際も、「A子が勝手に居座っている」などと、あたかも自分も困っているのだという風に装って両者を宥める日々であった。

都合よく、うまく二人の女性を渡り歩いているつもりになっていた垂水だったが、事態は抜き差しならない状況になりつつあった。

「私を殺して。そして隠して」

裁判の過程で、垂水は驚くべき主張を展開した。
A子さんから殺害を頼まれたというのだ。しかも、死体を遺棄することまで、A子さんが望んだことであるというのだ。
垂水によれば、A子さんと別の女性のいわば板挟みとなっていたために憔悴し、平成24年の1月21日に、A子さんと会っている際「もう死のうかな」などと口走ったという。
その際、A子さんが「じゃあ、私も。」と応じたため、二人で心中することを決めた。
A子さん自身、仕事上で思い通りにいかないことが多く、悩んでいたと垂水は言う。

しかし、夜になってA子さんから、「広貴君は生きて。」「私を殺して、私を隠して。」と頼まれたというのだ。
垂水はその言葉に従い、A子さんの首を絞めて殺害した後、車に乗せて喜多郡内子町と伊予郡砥部町の境にある川の上流にA子さんを遺棄した。

その後、もう一人の交際女性に対し、「A子とは別れた」と話し、何食わぬ顔で介護の仕事を続けていた。

・・・というのが、垂水が裁判で主張したことであるが、当然、検察は真っ向対立することになる。

A子さんは当時、勤めていた生花店で本意ではない移動の話があったのは事実であるという。
しかし、失踪直前には後任の人に対してきちんと引き継ぎもし、新しい職場での勤務時間帯について相談するなど、前向きな姿勢が見られていた。
また、普段と変わりなく買い物をし、その後自身の口座から生活費としてだろうか、2万円を引き出してもおり、およそ今日明日に命を絶つことを考えているような人間には見えなかった。

さらには、A子さんは父親に対し、失踪直前の18日に手紙を出しており、その内容も原付の保険の更新を依頼するもので、なおかつ自身の今後の仕事への意気込みなども記されていた。
その内容も決して悲観的なものではなく、将来は海外旅行をしよう、といった夢も書かれていた。にもかかわらず、その数日後にA子さんが自ら死を選択するとは家族でなくとも思えなかった。

しかも、心中を持ちかけた垂水には生きてほしいと言い、自分だけを殺してほしい、それだけではなく、失踪したように見せかけてほしいなどと頼むだろうか?
法廷での垂水は、銀縁の眼鏡をかけていたせいか、神経質に見えたというが、弁護人が話をする間も特に表情を変える様子はなかった。

検察も裁判所も、そう主張する垂水と弁護人の真意を図りかねていた。

不法投棄とわいせつ画像

1月21日、垂水はA子さんの首にひもをかけた状態でA子さんから殺してほしいと頼まれたと主張した。

しかし、先にも述べた通りA子さんにはおよそ死を選択せざるを得ないほどの悩みがあったとも思えず、その直前までの行動も、死を身近に感じている人の言動とは相容れなかった。

垂水はその日、A子さんを東温市内の自宅で殺害した後、おそらくA子さんの車を使用して(垂水は車を所有していない)A子さんの遺体を乗せて伊予郡砥部町の山間の道を走った。
東温市から砥部町は車でもすぐで、国道33号線から外れれば途端に山深い道がいくつもあるちょっと複雑な地理である。Nシステムなんてものはない道もたくさんある。
砥部町からは山の中を走れば隣接する喜多郡内子町の山奥に出ることが可能で、このあたりは民家もほとんどない場所が多く、遺体を遺棄するにはもってこいの場所と言えば、そうだ。
はっきりした場所はおそらく垂水もよく覚えていないのではないかと思われるが、ともかく垂水はA子さんの遺体を道路脇から下の斜面へと落とした。

垂水が言うようにこれが嘱託殺人であったならば、愛したA子さんとの別れに際し、尋常ではなく心の動揺、変化があってしかるべきであるが、遺体を遺棄した後の行動は、とても悲しい別れをしたあとの人間がとる行動ではなかった。

実は遺体を遺棄した際、遺体のみならず、A子さんの私物や食器類なども乱雑にその場に遺棄していたのだ。
まるで、いらなくなったゴミをまとめて不法投棄するように。
さらに、A子さんを殺害して遺棄したであろうその時間帯に、なんと垂水は自身の携帯電話に大量のわいせつ画像をダウンロードしていたのだ。
「一緒に死のう」とまで思いつめた人間が、それと同時にわいせつ画像などをチェックする気になるのだろうか。

そして、垂水はもう一人の交際女性に対し、「A子とは別れた」と信じ込ませ、その後その女性と半同棲のような形をとっていた。
実際にA子さんの存在を気にしていた女性は、A子さんをぱったりと見かけなくなったことで垂水の言葉を信じ切っていた。

その頃、あれほど憎かったA子さんは、雪降る山中の川べりで、誰にも気づかれずに朽ちていこうとしていた。
垂水がいうように、「私を隠して」というのがA子さんの願いであったなら、このままその場所で土にかえったであろう。

しかし半年後、A子さんは姿を現した。

私を見つけて

夏になり、川の水量が増したこともあったのか、A子さんの遺体は少しずつ下流へと移動し始めていた。
朽ちかけたその体を必死でつなぎとめ、A子さんはその骸を人目に晒した。
異臭を放ち、禍々しい骸となってもなお、A子さんは下流へとその体を移し、夏のその日、事件を露呈させたのだ。

それはまるで、垂水のいう「私を隠して」といったというA子さんの最期の言葉を嘘だと言わんばかりだった。

たしかに、A子さんは不倫をしていた。裁判でも、遺族の証言や処罰感情などは一切触れられていない。
もしかしたら、すでに家庭は名実ともに壊れていたのかもしれない。
裁判を傍聴した人によれば、遺族らしき人の姿もなかったという。

垂水も、それを知ってか知らずか、裁判で終始、「A子さんの願いをかなえた。A子さんからの申し出がなければ、起こり得なかった事件だ」とのたまった。
この時の弁護人は、本気でそれを信じたのだろうか。
A子さんの首を絞めながら、A子さんの荷物を、A子さんの遺体を山の中にまき散らしながら、同時にエロ画像を見ていたこの男の言葉を。

裁判ではそんな垂水の態度は無反省と断じられ、懲役16年の判決となった。
控訴したという話もないため、おそらく確定したと思われる。

事件前、垂水はもう一人の交際女性に対し、「たとえば、俺があいつ(A子さん)を殺して何年か(刑務所に)入っても待てる?」と聞いていた。
結果として、垂水は16年を塀の中で暮らす羽目になり、出てくるころには60歳間近である。
この男は本気で、たとえ発覚したとしても何年かで済む、さらに、本命の交際相手が待ってくれるとタカをくくっていたのだろう。もしかしたら、最初から嘱託殺人で押し通せると思っていたのかもしれない。
そんな浅はか極まる男の企みを打ち砕いたのは、A子さんの怨念だったというのはオカルトすぎるか。

A子さんから逃れたかったはずの男は、自身の手で、自分とA子さんの赤い糸を固く固く結んでしまった。

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