Evil and Flowers~新居浜・両親殺害事件⑤~

見過ごされた境界知能

有家医師は剛志の知能指数(IQ)について、73という指数であると鑑定した。
専門医が行う鑑定であるから信頼性は高いに間違いはないが、問題はこの73という数字だった。
知能指数は平均値が100で、85以上の人が知能的に問題のない範囲とされる。
一方、69以下の人は、その数値に応じて軽から重度の知的障害と判定され、その度合いによっては福祉手帳などを持つことが出来る。
50~69の場合は軽度(精神年齢は小学校高学年から中学生程度)、35~49の場合は中度(精神年齢は5歳から8歳程度)、20~34の場合が重度(精神年齢は3歳以上5歳未満)、そして19以下の場合は最重度として精神年齢は3歳以下とされる。 続きを読む Evil and Flowers~新居浜・両親殺害事件⑤~

Evil and Flowers~新居浜・両親殺害事件⑥~

突きつけられた包丁

12月23日。Aさんとの交際は、両親にバレないように朝と晩に連絡を取る、それ以外は連絡しないといった決め事をするなどして密やかに続いていた。
しかし、剛志がした「バレないように」する手段はいささかお粗末だったようだ。
ことあるごとに剛志の携帯チェックをしていた洋子さんは、剛志の通話履歴などからAさんと連絡を取っていることに気付いていた。

(弁護人/以下同:23日に何があったの?)
「Aさんとの関係性を色々聞かれて・・・でー・・・、母の方からまだ続いとんやったら、私ら殺してバラバラにして出ていけ、と言われましたね」

(何時ごろ?)
「実家のリビングで、夜。」

(Aさんの話?離婚の話?)
「主にAさん」

(どこに出て行くなら、と?)
「具体的にはAさんのとこやと・・・・」

(洋子さんの様子は?)
「酒飲んどるけん・・・怒り方は普段以上、だったと・・・。Aさんの話になったときにもちろん怒っとんじゃけど、まぁ、それ以上に・・・」

(言葉だけだった?)
「実際に包丁突き付けられました」

(その包丁は今日ここにある?)
「シルバータイプのやつですかね」

検察官は証拠として提出していた、両親を刺した3本の包丁のうちの1本を見せた。

(その包丁はどうした?)
「父親が止めに入って、流しへ…」

(勝浩さんとはケンカしなかった?)
「掴み合いにはなりました。その後(洋子さんに)包丁突き付けられて…。Aさんに電話するって言いだして、自分がそれ止めて、止めたところで掴みかかってきて…。
形的には殴られて、殴り返した。」

(その夜はその後どうだった?)
「眠れなかった。やっぱり包丁突き付けられたのは初めてやったんで…。むこう(両親の怒り)は収まったんやろうけど、自分では収まり切れてなかった。」

(24日、事故を起こしたよね。なんか言われましたか。)
「23日と同じ事なんすけど、また母から包丁突き付けられました。全く前日と同じ。Aとそんなに一緒におりたいなら、私ら殺してバラバラにしていかんかい!と言われて…」
(お父さんは?)
「おったけど、一方的に母親が話しよったっすね。事故を起こした分も含めて謝った。」
(事故以外に何を謝ったの?)
「やっぱりAさんのこととか・・・その場しのぎで・・・」

私は酒をほとんど飲まないので、この、人と大事な話をするときに酒を飲む人間が好きではない。酒の力を借りなければ言えないようなことなら、それは黙っておいた方が良い。
洋子さんの飲酒は日常的であったのは間違いない。剛志はこのとき以外にも、洋子さんに何か言われたり、されたことを説明するとき、必ず、
「酒飲んどったけん」とか、「酔うとったけんやと思うんスけど」
と言っていた。幼いころから、見慣れたいつもの光景だったのだろう。

しかしこの抜き差しならない親子の衝突があった日から事件当日まで、高平家は「不気味なほど平和」な日々が続いたという。

つかの間の平穏

クリスマスの日には、別居中の妻子にクリスマスプレゼントを渡すため、妻に会った。
この時妻は、剛志の様子がおかしいことに気付いていた。離婚の話を持ち出すと、「それどころやない。はよ帰れや」
とイラついた様子を見せたことで、妻はピンと来たという。
あぁ、また何か悩み事を抱えているな。そう思った妻がそれとなく聞き出すと、職場での悩みや、無断欠勤をしたことで会社の信用を無くした、それを取り戻したいがうまくいかない、などと剛志は話した。
24日に起こした事故のことも悩んでいたようだった。
こんな状態では離婚の話は出来ないと思った妻は、離婚のことはいいから考えすぎるなと励ましたという。
若いのによく出来た妻だ、と思う一方で、ならさっさと離婚届に判ついたれよとも思うが、この時妻はAさんのことを知らなかった可能性もある。証言でも、Aさんとの不倫について妻は一切話していないからだ。
その間に、勝浩さんから剛志に電話がかかっていたが、その時の様子はごく普通に見えたという。

剛志も、離婚の理由を妻にしつこく聞かれた際、「いい加減、わかれや」と言ったというが、もしかしたら「他に好きな女がいる」ということを匂わしたつもりだったのかもしれない。
それ以前にも、妻と同居していた際に寝ている剛志の携帯の画面に、女性とのチャットの記録があるのを妻が発見し問い質していた。
その際に剛志が言ったのは、「嫌われるためにわざとやった」ということだった。
うまく気持ちを伝えられなかったせいか、自分に非がある形でもいいから別れたいと思っていたのか。

結局ふたりはこの日を最後に、会うことはなかった。

1月6日、妻の電話に洋子さんからの着信があった。出られなかったため、剛志にその旨伝えると、「ほっとけ」と言われた。
翌7日には、公正証書について剛志の方からショートメールが届いたという。
そして事件当日、先にも述べたとおり、今日会えないか、といった連絡がきたのが、剛志からの最後の連絡だった。

一方、Aさんには洋子さんからの電話が続いていた。包丁を持ち出した翌日のクリスマスの日には、電話にこそ出られなかったものの、洋子さんからの着信を見たAさんは激怒。
「どうしてまた母親から電話が来るのか」
と剛志に詰め寄ったという。Aさんからしてみれば、ちゃんと離婚するまで付き合えないと言っても別れてくれず、じゃあせめて親にバレないように振舞って、といってもそれも出来ない剛志が理解できない部分もあった。
26日の午前、再び洋子さんからの電話。出なければ一生かかってくると思ったAさんは、仕方なく応対した。
「まだ隠れて会ってるんですか?もう、会社に言いますから。覚悟しといてくださいね」
口調こそ穏やかだったが、洋子さんの言葉は鋭い刃物のようにAさんに突き刺さる。
耐えかねたAさんは、剛志に強い態度で迷惑であることを告げた。

すると、28日にまた洋子さんから電話があった。うんざりしながら電話に出てみると、なんと洋子さんが謝罪したという。
面食らうAさんをよそに、洋子さんはAさんに先日の非礼を詫びた。
状況がつかめなかったAさんだったが、その後剛志から、「親にうまいこと説明した」といった説明を受けた。
おそらく、だが、完全に別れた、Aさんとはもう関係ない、と言った嘘をついたのだと思われる。
それまで煮え切らなかった剛志がはっきりそう言ったことで、洋子さんも信じたのだろう。そして、そんな事とも知らずに失礼な事を言ってしまったと、Aさんに謝罪したのだと思われた。

ともあれ、この日以降、剛志とAさんは30日にデートをし、おそろいのニット帽にブレスレットを買い、キスの写真を携帯で撮影した。年明けにも2度、会うことが出来た。
剛志は既婚者ではあったが、事実上その結婚生活が破綻していたのはおそらく妻も理解していたし、離婚に向けての話し合いも牛の歩みのように遅かったにせよ、進んではいた。
とはいえ不倫状態であることは間違いなく、その点はどう申し開きをしても剛志とAさんに同情できるものではない。分別のある大人であれば、Aさんも剛志を受け入れてはいけなかったし、剛志もAさんに甘えてはいけなかった。

その点について、裁判でも検察官はことあるごとに強調していた。
「両親が叱責するのは、子を持つ親として当たり前のことであり、不倫をやめさせようとしたことに落ち度などない。」
その通りだ。どこの親でも不倫している我が子を応援するはずがないし、時にはそれを受け入れる相手に対する理不尽な怒りも沸くことはあるだろう。
しかし、高平夫妻の指導は不倫を戒めるというレベルとしては、やりすぎ感と同時に何と戦っているのかわからない感が否めなかった。
これがたとえば妻のことを大変にかわいがっていて、妻も離婚したくないと泣きついている、孫もかわいい、とにかく離婚を回避するために、かわいそうな嫁と孫のために、というならばまだわからなくはない。慰謝料、という言葉も理解できる。
だが実際には、高平夫妻は妻をそもそも認めておらず、孫に関してもほとんど交流がなかった状態であった。
剛志の不倫が発覚するより以前から、妻に対して記入済みの離婚届を届けるなど率先して離婚を進めようとしたのも高平夫妻である。
そうであるならば、剛志がたとえ不倫状態であったとしても新しい交際相手が出来ることがこの両親にとってそこまで気に入らないことだとはどうにも思えないのだ。

裁判でも、高平夫妻が「不倫だから」咎めていた、ということではなく、とにかく親の意にそわない剛志の行動が気に入らない、どこかそんな風に思えてならなかった。
ただ洋子さんは確かに激高することもあったが、自分の思うとおりに事が進むと一転、相手に自身の非を認められる一面も持っていた。
あるいは、剛志が「服従」したことで、Aさんへの憎しみが消えうせただけだったのか。

穏やかで幸せな年末年始を過ごした二人だったが、お察しの通り、剛志はその時の写真を洋子さんに見つかってしまう。その写真にあるおそろいのニット帽がいつから家にあるのか、洋子さんはしっかり把握していた。
別れたと聞いたその日以降、二人が会っていたというゆるぎない証拠だった。

地獄の釜のふたが今、閉まろうとしていた。

Evil and Flowers ~新居浜・両親殺害事件⑦~

暴走する「おやごころ」

1月9日は、剛志の休みの日にあたっていて朝から自室で過ごしていた。
先にも述べたとおり、Aさんとの交際は極秘であったため、会うこともままならなかった中でその日は電話で話した後、LINEでやり取りしていたという。

「一緒にいたい。」

Aさんも同じ気持ちではあったが、やはり離婚成立が第一であり、以前約束した2月のAさんのお誕生日までに決着をつけるという約束に話が及んだ。
裁判で読み上げられたAさんの供述調書によれば、Aさんが冷静に話そうとすればするほど、剛志からの返信は熱を帯びていったという。 続きを読む Evil and Flowers ~新居浜・両親殺害事件⑦~

Evil abd Flowers~新居浜・両親殺害事件⑧~

凶行

野菜ジュースを飲んでふと、流しにあった包丁を手に取った剛志は、そのまま左手に包丁を持ち、再び二階の自室へと向かった。
剛志の自室には両親が向かい合うような形でおり、階段を上がってドアに向かって左側に、勝浩さんが立っていたという。
勝浩さんはドアの方を向いておらず、右半身をドア側にする形で立っていた。

剛志はドアを開けると、数秒間、立ち止まる。

「ドア開けて部屋ン中入って・・・入っていきました。父が目の前におったけん・・・。その・・・。手に持っていた包丁で刺しました。」 続きを読む Evil abd Flowers~新居浜・両親殺害事件⑧~

Evil and Flowers~新居浜・両親殺害事件⑨~

恐怖のLINE実況

弁護人からの質問が終わり、検察官からの被告人質問が始まった。
担当したのは、鬼太郎ヘアーがかわいい若い女性検察官。(ちなみに、若い女性の傍聴人は「あの女の人、カッコよかったことない?」と友達と話してた。)

事件当日の朝からの行動を確認し、質問は両親を刺す直前の様子へ。

(検察官:Aさんに電話を掛ける二人を見てどう思った?)
「それに対して怒りを覚えた、ふたりに。うーん・・・仕方ないとは思うけど、まず自分にもっと言えばよかったのでは、と思った」
(検察官:Aさんに電話した後は?)
「・・・。・・・ふたりから・・・。あのー。んと・・・。ボコボコに言われた。」
(検察官:ゴウダさんに電話した?)
「とめた。」
ゴウダさんはその日、確かにその時間に着信があったと証言している。仕事中のため、出ることは出来なかったが、そもそもすぐに剛志が電話を取り上げ切っていたようだった。

(検察官:その後は?)
「・・・。切った時にえっと・・・なんで切るんぞ、と父に言われましたね。」
(検察官:別れろと言われた?殴られた?)
「・・・というか、胸倉掴まれました。」

その後、勝浩さんを刺したときの立ち位置、洋子さんへの暴行などの様子をもう一度確かめるように質問が続く。時折言葉に詰まる剛志に対し、特に突っ込むようなこともなく、そして弁護人も異議を唱える場面もなく話は続いた。

しかしこの後、法廷は異様な雰囲気が支配することになる。

「14時47分、AさんにLINE送ってるよね。これはなんで?」

実は初日の検察側の証拠の提示で、AさんとのLINEのやり取りも明かされていた。
剛志はAさんに、事件当日の14時47分から19時10分までLINEでメッセージを送り続けていた。
Aさんは仕事中であったため、休憩時間などにまとめて返信するなど応対はしていたようだが、当然、剛志がどういう状況下でそのラインを送っていたのかは全く知らない状態だった。

以下、裁判で明かされた当日のLINEのやり取りである。
※ところどころ聞き取れなかった箇所、言葉の間違いの可能性あり。

14:47   “俺さ、A守るためやったらなんでもしちゃる。”
15:08   “最後に会って”

15:00の時点のメッセージには、Aさんも普通に返信していた。
お前のためなら何でもするといった剛志に対し、Aさんは
「もうしてくれとるのに?」
というような返信をしていた。意味をはき違えているかもしれないが、Aさんからすればこれ以上私のために何をするの?という意味だったのだろう。

しかしその後、LINEの内容は明らかに不穏なものへと変化していく。

16:02   “なんでもする。一番厄介なやつ、潰したってこと。”
16:16   “ま、とりあえず両親もうおらん。”
             “今日が一番最後ってこと”
             “とりあえず、完全に黙らせた”
             “もう抵抗できんように”
             “俺にとっても最後の日。親も俺も最後の日。”
16:54   “俺の最後の日に会いたいってこと。今日で親のことは全部終わり。”
17:00   “すごいことした。強いて言うなら地獄に突き落としただけ。”
(このあたりから、検察官が時間を読み間違え始める。17時以降のLINEなのに、15時とずーーーっと言ってた。
   ”とどめさした。やっただけ”
           “ほんとにうっとおしくて存在自体目障り”

Aさんも何かおかしいと気付き、剛志に対して「どういう意味よ?」と返信したが、それに対しては曖昧な返答が続いた。「とどめをさした、やっただけ」という文章にただならぬものを感じたAさんは、「まだ生きとるんやろ??」と聞くも、剛志からは「死んどるかもね」というふざけているのかなんなのかわからない言葉が返ってきた。
焦ったAさんは、「やけん、親どこにおるん?!」と、両親のことを何とか聞き出そうと試みた。
なんども問い質すAさんに対して、剛志は「別に捨ててない」といい、「なら、どこにおるん!」と食い下がるAさんに、「俺の目の前にいまーす」と返した。

そして、不安な気持ちで倒れそうなAさんを恐怖のどん底に叩き落すメッセージが続いた。

 ” 片方、生きとるよ。”

このあたりで、裁判員が頭を抱え始めた。新聞記者らもそれまでメモを取るのに必死だったが、思わず剛志の背中を見つめる人もいた。私は、この法廷自体の空気がなにか邪悪なものに包まれているのではないかと思うほど、息苦しくてたまらなかった。外は晴れているのに、法廷だけがどんよりと暗い、ていうか、黒い。本当にそう思えた。

お察しの通り、剛志は母親の洋子さんを蹴って刺して、洋子さんが気絶している間にLINEを送っていたのだった。そして、息を吹き返すとまた暴行、の繰り返しだった。
実際、洋子さんが絶命したのは、暴行を受け始めてからなんと4時間後であった。
2階で洋子さんを蹴り、背中を刺した後、気を失った洋子さんを抱きかかえて家具にもたれかからせるような体勢で座らせたという。そして、その母親の前でAさんにLINEを送っていた。

(検察官:なんでそんなことをしたの?)
「座らせたのはなんでかよくわからん。」
(検察官:死んだかどうかの確認では?)
「・・・いや、それやったら持ち上げたときに息しよるとかでわかると思うんで、違う。」
剛志が洋子さんのそばでLINEをしたのは、剛志の携帯を洋子さんが持っていたから、という理由もあった。その日、写真を見られて以降は洋子さんがずっと握っていたという。

(検察官:お母さんはLINEしてる間、生きてた?)
「生きてた。胸を刺す前にいったん中断した」
(検察官:送った内容は、母親のこと?)
「そうです。」

剛志は親のことばかり聞いてくるAさんに、「今更親の心配やめよーや。」と返していた。そして、

“ 刺しただけ。もう、いらん。  人が あがきもがきよる ”

とも。

これは、洋子さんのことを指していた。瀕死の状態でもがき苦しむ母親を、剛志は眺めていた。
ただ、なぜこんなメッセージを送ったのかは、全く覚えていないという。いまそれを見せられても、覚えていないと剛志は言い切った。

全く思い出せなかった母の暴言

その後検察官は、12月23日と24日にあった出来事について質問した。

(検察官:12月23日のお母さんからの暴言について、どう思いましたか?)
「・・・。・・・。そういうこと、はじめて言われたんで、まぁ・・・。なんとも言えん気持ではあった。」
(検察官:殺せと言われた?)
「いや・・・。わかんないですね。」
(検察官:その時(12月23日)殺そうと思った?)
「その時は・・・いや・・・そんなんじゃないけど、自分としては怒っていた。」

どうやら検察官は殺意がこの12月23日の時点であったのでは、と言いたげだったが、剛志は否定した。

(検察官:1月9日(事件当日)までにこのことを思い出したことは?)
「思い出すってのは・・・言われたことに対して・・・いや、思い出してはない。」
(検察官:当日は?)
「・・・。うーん、わからないです。思い出したともしてないとも、自分でもはっきり言えない。」
(検察官:当日これを思い出したから、殺したのでは?)
「・・・。・・・。わからない。」
(検察官:じゃあ思い出したのはいつ?)
「・・・思い出した・・・?・・・。・・・。その・・・。当日ごろ、だとは思うけどはっきりはわからない。」

剛志自身、混乱しているのか、思い出す、という検察官の言葉のチョイスに戸惑っているのか、そもそも思い出す、という感覚がなかったのか、とにかく一番困っていた。
検察官は、母の暴言がそもそものきっかけではない、だって思い出したのかどうかすらあやふやだから、と言いたかったのだろうか。
この辺は、洋子さんの暴言をクローズアップすることで裁判員に対し、「こんなひどい事を言われたのだから殺意を持っても不思議ではない」と思わせることもできるが、あんまりやりすぎるとそれは剛志への情状酌量になってしまう。
この時点ではどっちにも転びそうな感じだったが、後の鑑定医のはなしによって、検察が潰したかったであろう洋子さんの言葉が剛志にどのように作用していたのかが判明する。

そして、質問は裁判所からに移った。

向かって右側には、30代前半と思われる若い加藤裁判官。優しそう、かつ、育ちのよさそうな顔立ちに似合った、柔らかく、丁寧でわかりやすい質問が、ゆっくりとした口調で剛志に投げかけられた。

(加藤裁判官/以下、同:野菜ジュースを飲んだときの気持ちは?)
「殺そうとかいう気持ちはありませんでした。」
(じゃあ、いつ殺意が?)
「包丁を持った時」←え?前に言いよったんとちがうやんけーーーー!!!
(なぜ殺意を?)
「刺そうと思って持ったんで・・・」
(突然その感情がわいたのですか?)
「というかその・・・自分の感情を抑えきれんくて・・・えと・・・刺してやろうと。初めてそれで握りました。」←やっぱり刺す、に戻る。なにこれ。
(胸を狙って刺したのですか?)
「・・・。結果的にいえば逆手に持ち替えとるけん。そう思われても仕方ないけど、考えてなかった。」

まただ。自分の気持ちよりも先に、周りにどう見えるか、そうみられても仕方ない、そういう言い方を剛志はする。父親に対して、殺意は持っていなかったと何度も話していたのに、長い質問の中で迎合したのかなんなのか、この時は包丁を持った時に殺意を持っていたと話した。
ものすごい矛盾だと思ったけれど、結局誰もそれ以上突っ込まなかった。

その後、加藤裁判官は、父・勝浩さんへの思いを訊ねた。

「母親と同じ。えーと・・・。ずっと仕事ばっかりで、そりゃ当然やけど、自分の感覚からしたら、んーと・・・。そういう、おもちゃとか、そういうのを与えるんやなしに、直接遊んだりしてほしかったんで。マイナスのイメージしかなかった。小さいころからずっと思ってました。」

それまで見ていた剛志の背中が、途端に幼い子どもの背中に見えた。父と母、自分にとってのすべて。その両方に対して、マイナスのイメージしかなかったと。
これは親として堪えた。勝浩さんは不規則な勤務形態で、なかなか剛志に思い切りかまってやれる時間を取りたくても取れなかったのかもしれない。その穴埋めを、おもちゃを買い与えることでしていたのかもしれない。しかし、それが剛志にとっては全くプラスにはなっていなかった。
反面、そういう剛志はどうなんだ、とも思う。自身の二人の幼い娘に対し、何をしてやったというのか。裁判でも子供への思いはほとんど聞かれなかった。

最後に、女性のクスノキ裁判官が質問した。

(クスノキ裁判官:お母さんは何かあなたに言いましたか?)
「蹴られているとき、この家から出て行けと・・・。最後は・・・いや、ないですね。」

クスノキ裁判官は、何か言いたげだったようにみえたが、そこで質問は終了となった。