暗闇で「やったつもり」の育児の果て~厚木・男児死体遺棄事件②~

もう一人の保護責任者

この事件では幸裕の無責任っぷりばかりがクローズアップされた。法廷でも時に居眠りを長時間していたり、理玖くんの死は「事故のようなもの」と言い放つなど、裁判員らに対する心証も最悪であった。
そんな中、ある時妻のことに話が及んだ際、聞かれてもいないのに「妻は風俗で働いていました、自分は知りませんでした」と言った。
これも、妻は風俗で働くような女だから信用ならないと印象付けたかった、かのようにも報道され、幸裕の責任転嫁の表れととらえられもした。 続きを読む 暗闇で「やったつもり」の育児の果て~厚木・男児死体遺棄事件②~

暗闇で「やったつもり」の育児の果て~厚木・男児死体遺棄事件③~

発覚が遅れたのはなぜか

幸裕は会社に勤め、外部との接触を持っていた。結婚したのはそもそも理玖くんができたからであり、双方の両親や家族だって理玖くんの存在を知っていた。
にもかかわらず、理玖くんの存在が7年以上も誰からも気にされなかった、こんなことってあるんだろうか。

児相が役立たずだったのは今も昔も同じことで、厚木児童相談所もそもそも朝の4時にオムツ姿の裸足の乳児が外で震えているのに、迷子で片づけるくらいだから程度が知れる。

しかし、家族らはどうだったのだろうか。 続きを読む 暗闇で「やったつもり」の育児の果て~厚木・男児死体遺棄事件③~

三つ子ワンオペ育児は情状酌量に値するか?

平成30年1月11日

豊田市内のアパートから、「子供が動かない」と119番通報があった。
救急隊員らが駆け付けたところ、1歳くらいの男児がぐったりとしており、傍らでは通報してきた母親らしき女性が必死に心臓マッサージなどを施していた。

男児は病院へ搬送されたものの、意識不明の重体であった。診察した医師によると、頭がい骨骨折の所見があった。

当初、母親は付き添っていたが、忽然と姿を消す。幼い子どもが生死の境をさまよっているというのに、なぜか母親は黙って自宅へと戻っていた。
ケガの状況などから不審に思った病院が児童相談所(県豊田加茂児童・障害者相談センター)へ通告。その後の調べで、母親が男児を床に複数回叩きつけたことを認めたため、殺人未遂で1月12日に逮捕した。

男児はその後、1月26日に死亡したため、殺人容疑に切り替えて捜査が行われた。当初は幼い乳児を床に叩き付けるという残虐な行為に非難が殺到、母親に対しても当たり前の批判が展開されたが、裁判が始まると、風向きが変わった。

母親が育てていたのは、その男児を含めた「三つ子」だった。

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裁判所をも激怒させた父親の所業といいわけ~大阪・実娘強姦事件~

平成10年5月

その日父親は、9歳の次女と7歳の長男に「遊びに行ってこい」と命じた。朝から妻はパートへと出ていて、これで家には11歳の長女とふたりだけになった。
幼い子どもたちは普段、児童養護施設で暮らしており、週末だけはこうして自宅へと戻るという生活をしていた。
父親は、玄関の鍵を閉め、長女のいる部屋へと向かう。
「この前は入ったで。もう一回、させぇ」
父親の唐突なこの言葉の意味が解らず怪訝な表情の長女に対し、父親はおもむろにズボンと下着を一気に脱いだ。 続きを読む 裁判所をも激怒させた父親の所業といいわけ~大阪・実娘強姦事件~

なぜ彼女は家を出たか~伊勢崎市・主婦監禁暴行餓死事件②~

惹きつけられる女たち

幸夫は逮捕当時こそ報道で顔写真が出ていたが、残念ながら私自身彼の顔を知らない。
当時を知る人によれば、幸夫は見た感じ普通、逮捕当時は小太りな男といった印象、との話がある。
そんな幸夫は、なぜか交際する女性が常にいたという。どこからともなく連れてくる女性は引きも切らず、二十歳で最初の結婚をし、4年後に離婚した後もまた再婚し、それぞれに子供をもうけていた。
結婚した二人の妻を含め、鳥之郷団地の金井家に同居していた女性は少なくとも8人以上はいた。それは近隣の人らが把握できている数であり、それ以外にもまだ関わりのあった女性はいたとみられる。
過去に、秋田の進藤美香の事件について書いた際にも、世の中には外見的、環境的にモテる要素が一切見当たらないにもかかわらず、異性を惹きつけてやまない人間がいるということに触れた。
この金井幸夫という男にも、どうやらそういった部分があったように思う。ただ、「ある条件を備えた女性」限定で。 続きを読む なぜ彼女は家を出たか~伊勢崎市・主婦監禁暴行餓死事件②~