ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々③~

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間引き型と、アノミー型

今年4月に逝去された日本保健医療大学総長の作田勉氏によると、新生児殺しにはいわゆる古来から行われてきた「間引き」型と、無法律、無規範による「アノミー」型にわけられるという。 続きを読む ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々③~

ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々④~

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見て見ぬふりの夫

平成27年3月7日、那須塩原市の墓地で裸の新生児と思われる遺体が発見された。
遺体には泥が付着し、近くに掘り返したような穴があったことから、警察では誰かがここに埋めたのち、動物が掘り返したとみた。
事件から2か月後、警察は同市内に暮らす坂本美紀(仮名/当時30歳)を死体遺棄容疑で逮捕、美紀は夫とその両親、そして3人の子供と暮らす主婦だった。
遺体は美紀と夫の間にできた4番目の子供で、夫も家族も、美紀の妊娠出産には気づかなかったという。 続きを読む ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々④~

ずるいヤツら~新生児殺しを誘発する人々⑤~

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新生児殺しの理由

いくつかの例を取り上げたが、中絶ではなく生んでから殺害する、遺棄するというのはどういった心理なのか。
作田氏は、出産直後というのは女性も母性愛というものが希薄な時期であるため、と述べている。
特に、アノミー型の場合はそもそも初産である場合が多く、それまでの出産や子育てで経験として得る子供への愛情などは持ち合わせていなくても不思議ではない。
一方で間引き型によるものの中には、不幸にして死亡してしまったものを遺棄したケース、結果として殺害遺棄に至ったものの、写真を撮ったり、母乳を与えるなどかすかな愛情が垣間見えるものが多い。
また、「今しかない」と考えてしまうというのもあるだろう。これ以上そばに置いてしまうと決心が鈍る、そういう思いもあるのではないか。

ではなぜ、中絶しない、出来なかったのか。
これについては、単に中絶費用を捻出できなかった、中絶の意思はあったが時期を逸していた、といったもののほかに、保育士のケースに見られるような、男性側の甚だしい逃げ、無責任、または那須塩原市の遺棄事件のような夫の見て見ぬふり、疑心暗鬼、そういった態度に女性が悩み、希望にすがるうちに日数が経過してしまう、そういったものもある。

さらに、八幡浜市のケースでは、最初こそ費用と思いがけない早産からの問題であったものが、それ以降は中絶をしようと思ってすらいない節がある。
もっというと、二度と同じことをしないように、ではなく、そうなったらまた同じことをすればいい、といった開き直りというか、本人なりの解決策が見て取れる。

ただ、それらの事件に共通するのは、周囲の人間(主に家族、交際相手)の明らかな見て見ぬふりである。

よく、妊娠に気付かなかった、という家族の証言があるが、絶対嘘だ。いや、正確に言うと、妊娠を疑い、またはうすうす感づいていながら、それを本人に「あえて」確認していないのだ。
事実、那須塩原のケースでは、夫は妻の妊娠にも出産にも気付いていた。にもかかわらず、「問題があれば言ってくるだろう」と、すべてを女性側に丸投げしていたのだ。
八幡浜のケースはどうだろう。ほとんどが売春の相手であることから、そもそも妊娠の事実を生物学上の父親が知るすべはなかったわけだが、それ以前に妊娠させる可能性が高い行為をわかっていてやっているのは事実であり、ここにも女性を人間としてみていないのがありありと見て取れる。
実際、映美は公判で、「男性たちはお金を出しているのだからと、ひどいことを言ってきたり私をモノのように扱った」と話した。
もちろん、これは映美にも大きな問題がある。日銭を稼ぐためとはいえ、数千円の上乗せのために妊娠というリスクをとるのはあまりに無謀だ。
たった数千円、などというつもりはない。その数千円のために体を張る女性は他にもいるし、私は彼女たちを浅はかだ、愚かだと馬鹿にはしない。明日払う数千円が捻出できなかった経験があるからだ。幸い、私には頼れる実家があったからよかったが、そうでなかったらその日のうちに風俗の面接を受けていたかもしれない。

せめてピルを飲む、などの予防策はとるべきだったろうが、そもそもその金も映美には惜しかったのだ。もっというと、きちんと病院に行けば処方してもらえるものだという知識も、なかったのかもしれない。
そんな映美のおなかが膨らんだりしぼんだりしているのを、他人が気付くのに同居の父と弟が気付かない、そんなことがあるわけがない。

この父親と弟も、家の中の見たくないものには目をつむり、耳をふさいで生活してきたのだ。何も聞かなければ、知ることもない。気付いていても、それを口外さえしなければ、本人に確認さえしなければ、自分は何も知らなかったのと同じ、彼らは勝手にそう思い込むことで、保身を図ったのだ。
妻や娘に、なにからなにまでを背負わせて。

情報と選択肢の提供

今、緊急避妊薬(アフターピル)を薬局で自由に買えるように、との動きが起きている。
現在では、医師の処方箋のもとでないと服用が原則できない状態(アプリでの診察をうたうものもあるが、原則対面診察(オンライン、医院での診察など)が必要)で、オンライン診療可能な場合でも身分証の登録が必要なことがある。

個人輸入や通販サイトで購入する手もあるが、そもそも本物かどうかの判断は難しく、手元に届くまでには時間もかかる。緊急避妊薬は72時間以内の服用となるため、通販やオンライン診療での配達は場合によっては意味をなさない可能性も高い。

だからこそ、誰もが迅速に緊急避妊薬を薬剤師がいる薬局で購入できるようにしてほしいという声が高まっているのだ。
副作用等は現在ほとんどないとされ、医師の処方箋が必ずしも必要なものでもない。
この利用が今よりもスムーズになれば、中絶手術を受ける際の精神的、肉体的負担は軽減され、費用の面でも格段に経済的だ。
もちろん、これによる弊害もあるにはあるだろう、アホな奴はこれ幸いと避妊をしなくなるかもしれないし、性病の問題もあるかもしれない。
しかし、避妊をしてほしいのに聞き入れない相手はあなたのことを愛してなどいないということをわかるべきだし、この際そういうことも教えればいいのだ。
それよりなにより、緊急避妊薬が普及し、誰もが今よりうんと手軽に使えるようになれば、女性の意思で後からコントロールすることが可能になる。それの何が悪いのか。

岡山の保育士のケースでも、もし、緊急避妊薬が手に入る状況で、かつ、それにたどり着くための手段などを周知できていれば、彼女はこんな悲しい事件を起こさずに済んだかもしれない。
妊娠検査薬を試すにも、それは次の整理が来るか来ないかをはらはらしながら待たなければならず、しかも陽性だったらば中絶手術を受けるか産むかしかないのだ。それがどれほど精神的、肉体的にきついか、わからない人は何も難しくない、簡単なことだうだうだ言わずに黙っていればいいのだ。

他にもある。里親制度、特別養子縁組制度など、法務局でしか見かけないポスターを町中いろんなところでもっと貼ればいいのだ。
学校でもしっかりと教育として取り入れ、子供のころからそういう仕組みがあるということを教えるのだ。
避妊をしなければ1回だけでも妊娠する可能性があるということ、望まないならばSEXには慎重にならなければならないということ、もしも心配な場合は相談できる場所があるということ、緊急避妊薬というものがあるということ、そして、誰も怒ったり白い目で見たりしないよ、むしろ、話してくれてありがとう、えらかったねということも。

その時機を逸しても、中絶は悪ではないということ、育てる気で産んだけれども難しくなったらその子を待っている人に託してもいいんだということ、一人で抱え込む必要はないんだということ、たとえ手放してしまっても、あなたは手放すことでその子の命をつないだんだということ、そういったことをもっともっと情報として出していってほしい。

特別なことではなく、それもありなんだと教え、受け入れることを私たち全員がしていかなければならない。
簡単にはいかないかもしれないが、情報を出し、周知していくことは難しくないはずだ。
どんなデメリットがあろうとも、命懸けで産んだわが子をその手で殺す、そんな結末よりも全然マシなはずだ。

特に、若い女性による新生児殺しは、たとえ社会的に援助の仕組みが整っていたとしても、彼女ら自身にそれを知り、利用する力が欠けているケースが多く、支援を充実させることが解決ではない。
先の女子少年による新生児殺しの場合、18例中16例は、病院にすら行っていない。
パチンコ店のトイレに行くと、DV被害相談支援センターのステッカーが貼られていることがある。これは、誰にも相談できない女性が一人きりでそれに向き合える瞬間を提供している。
そのように、母子支援に取り組む行政や団体にはぜひ、情報や受け皿の周知に励んでもらいたい。ファストフード店、ショッピングセンターのトイレ、ゲームセンターやカラオケ店、図書館やスポーツ施設のトイレなど、いくらでも場所はある。
昔のような、一部の非行少女にだけ起こり得ることではないのだ。むしろ、そうでない少女のほうが、経験している友達がいないことからも途方に暮れることは多いし、親になど口が裂けても言えないだろう。

新生児殺しは、「殺すのではなく生かさない選択」といえる、と、宮城学院女子大学の鈴木由利子非常勤講師は述べている。これは、時代を超えて共通する意識、とも述べている。
もちろん、どんな事情があっても殺人や死体遺棄は許されるものではないが、妊娠を一身に背負わされ、産む産まないの選択すら自由にならず、女であるというだけですべての判断と責任を押し付けられた挙句に、命を削って産んだ我が子を生かさないと決めざるを得なかった彼女たちの涙の陰には、彼女らの苦しみを知っていたくせに黙って知らん顔をし続けた者たちの存在があるということを忘れてはいけない。
それが悪意であろうとなかろうと、彼らはとてつもなく無責任で、ズルかった。

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参考文献
嬰児殺が起きた「家族」に関する実質的研究
発行者 社会福祉法人横浜博萌会 子どもの虹情報研修センター 平成31年3月20日発行

平成22年度 児童の虐待死に関する文献研究
発行者 同上

 


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🔓腐る家~泉南市・一家5人餓死事件~

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平成13年8月16日午後6時

「玄関を開けてください」 泉南市樽井6丁目の民家の玄関先で、警察官らが家の中へ声をかけていた。
この日、この家に暮らす住民の親族から、 「何日も姿を見ていない、家の中から物音もしなくて心配だ」 という相談が泉南署に出ていた。
この住宅には、60代の男性とその妹、そしてその妹の子供5人の計7人が暮らしていたというが、7月頃から家族の姿は近所の人らの目から消えていたという。 警察官らの問いかけに、屋内から「(玄関は)開けません」と、弱弱しい声が聞こえてきた。
「子供がおらんやないか!どこ行った!」
そう叫ぶ警察官らに対し、さらに家の奥から、
「子供はここにおりません」
という答えが返ってきた。
しかし警察官らは、強引に玄関をこじ開け中に入らざるを得なかった。

玄関先には、明らかな死臭が漂っていたのだ。

5人の遺体

警察官らが屋内へ踏み込むと、凄まじい腐敗臭が鼻を衝いた。 家の中は雨戸が閉められ、光は差し込まない。それでも探りながら奥へ進むと、6畳と4畳の間があり、そこには布団が敷き詰められていた。

すべて頭や足は見えなかったが、明らかな人型がそこにはあり、その状況たるや警察官らを恐怖のどん底に叩き落すには十分すぎるものだった。
そして並んだ布団の横に、同じように並べて敷かれた布団の上に座り込んでいる年配の男女がいた。 二人は、この家に暮らす若狭良一さん(仮名/当時66歳)と、その妹のあつ子さん(仮名/当時64歳)とみられた。
警察官が声をかけたが、ふたりは衰弱しているのか立ち上がることができなかったという。 そして、二人の布団の並びにあった布団をめくると、そこには5体の腐乱死体が寝かされていた。

腐乱死体の身元は、行方不明の子供たちであると推測され、その後若狭さんらの口から、その遺体が妹・あつ子さんの5人の子供であると語られた。
「2か月ほど前から、子供たちが次々と死んだ」 そう二人は語ったが、近所の人らの話では、一家は7月の初めまでは以前と変わらぬ風に目撃されていたという。
あつ子さんの子供たちは、長女・すい子さん(当時41歳)、次女・薫さん(当時38歳)、三女・栄子さん(当時29歳)、四女・弘美さん(当時28歳)、そして、末っ子長男の実さん(当時27歳)。
遺体は腐敗が進んではいたが、外傷は見当たらず、いずれも普段着できちんと仰向けに並んで寝かされており、頭からすっぽりと布団が掛けられていた。 死後、1~2か月とみられたが、若狭さんが、「食べ物がなくなり次々と死んでいった」と話していることから、5人の死因は餓死とみられた。

その後の司法解剖では全員が予測通り餓死、6月30日に長女すい子さんが、その翌日に四女弘美さん、7月5日に三女栄子さん、7月10日に長男実さん、次女薫さんは8月1日に死亡したと推定された。
5人全員、消化管内に物がなく、薫さんは肺炎を起こしていた。

通報した若狭さんの弟のほかに、実は若狭家の隣にはあつ子さん以外の妹も住んでいた。 しかし、いずれも近くに住みながら、20~30年兄弟の付き合いはなかったと言い、あつ子さんの子供らの存在もよくは知らなかった。
発見時、若狭さん兄妹は、息もできぬほどの死臭の中で放心状態で座り込んでいたが、話によれば、子供たちが死んでからずっとこうして寄り添っていたのだという。 一方で、若狭さんは警察官に対し、 「この場所は汚れてしまったから清めなくてはならない」 「神さんに清めてもらった」 などと言っており、その精神状態が心配された。
これが年端も行かない子供であるならば、何をどう考えても保護責任者遺棄致死などの虐待を想定するのだろうが、この場合、亡くなっていたのは子供とはいえすでに全員が成人しており、食べ物がなくなったからと言って、年寄より先に若い人間が全員死ぬというのも、どこか腑に落ちなかった。
しかし若狭さん兄妹も極度の栄養失調状態に陥っているのも事実であり、また、家の中には冷蔵庫の中にもどこにも食べるものはなかった。 家族は2か月ほど前から食べ物がなくなり、若狭さんとあつ子さんは子供たちに水を飲ませて飢えをしのがせていたという。

一家は何年も前から仕事をしている人間はだれもおらず、かといって生活保護を申請した形跡もなかった。 また、土地や建物を担保に金融機関から借り入れをしている形跡もなかった。 家族はどうやってこれまで暮らしていたのだろうか。 調べるまでもなく、近隣や若狭さんの別の兄弟らから、一家のこれまでの歩みが語られた。

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【有料部分目次】
塩の家
母の教え
クソ味噌の中野「信念」
義姉の4000万円
不起訴
一家がすがった神さん

🔓流浪の運命共同体~長野・山梨・静岡・男女殺害遺棄事件~

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無念の記者会見

「なぜ母が殺されなければならなかったのか。そしてなぜ、姉がそれに加担したと言われるのか、まったく理解できません。
ふたりは仲の良い母娘でした……」

黒磯市役所で記者会見に応じた男性は、悔し涙をにじませた。
傍らには、妻の姿もあったが、この二人は一歩間違えれば今頃生きていなかったかもしれなかったのである。
ふたりは生き延びたが、入れ替わりに行方不明になった男性の母と姉は、壮絶な人生を送る羽目になってしまった。

平成一五年二月二六日

この日、とある傷害事件で男が逮捕された。
男は昨年に静岡県伊東市内の貸別荘で、当時行動を共にしていた男性とその妻、そして一歳の子供に暴力を振るい怪我をさせたとして、静岡県警から指名手配となっていたのだ。
男の名は、上原聖鶴(当時三五歳)。

ところが調べを進めるうちに、
「長野県内で仲間らとともに二人殺している。遺体は甲府市内のアパートにある」
と供述したため事件は違う展開を見せ始める。
甲府市飯田のウィークリーマンションを捜索したところ、供述通り、室内から男女と思われる遺体を発見した。
上原の供述では、自分以外の仲間もここへ遺体を運んだ行為にかかわっているとしていて、警察は、上原と行動を共にしていた女と、若い男二人も死体遺棄の容疑で逮捕した。

当然警察では二人の殺害にもかかわっている可能性が高いとして調べを進めたところ、男二人は殺害にかかわっていないことが判明。警察は、三月にはいって、上原と女を二人に対する殺人の疑いで再逮捕した。
上原と一緒に逮捕されたのは、高須賀美緒(仮名/当時二七歳)。美緒は、昨年の六月から上原と行動を共にするようになったというが、上原には妻子があった。しかも、その妻子もずっと行動を共にしていたようなのだ。
わかっているだけでも、上原と妻子、美緒、若い男二人、この六人が逮捕当時共同生活を送っていたとみられた。
さらに、上原は美緒と生活を共にし始める前、美緒の弟夫婦とその子供と一緒に生活をしていた。
そして、弟家族と離れた直後、今度は美緒とその母親を呼び出し、まるで入れ替わるかのようにその母娘と生活し始めていたのだ。

では、亡くなった二人はいったい誰で、どんな関係の人間なのか。
遺体はそれぞれ男女一名ずつで、男性は二〇代、女性は五〇代~六〇代とみられた。
遺体の状況は、女性のほうが腐敗が進んでいたことから死亡時期が違うこともわかっていた。
その後の司法解剖の結果、男性は神奈川県厚木市の大学生、中里善蔵さん(当時二一歳)、女性は栃木県黒磯市(現・那須塩原市)在住の高須賀悦子さん(仮名/当時五三歳)と判明。

悦子さんは、美緒の母親だった。上原と美緒は、中里さんと悦子さんを殺害した容疑で再逮捕されたのだった。

発端

事件の始まりをたどっていくと、平成一三年に遡る。
当時、とび職関連の仕事をしていた美緒の弟・英治さん(仮名/当時一九~二〇歳)は、仕事関係で上原と知り合った。
五月ごろ、英治さんは上原からこう聞かされたという。
「俺とお前の名前が暴力団のリストに載ってる。俺が何とかしてやるから、一緒に逃げよう、お前も俺の言うことを聞け」

若い英治さんは、暴力団という言葉と、上原の入れ墨に恐怖を感じ、その言葉を信じてしまう。また、それ以前に上原から借金を申し込まれていた経緯などもあり、上原と行動を共にすることを決意した。
すでに妻子がある身だった英治さんは、驚く妻を説得して妻子とともに上原と合流、そこから一年もの間、車で各地を転々とする生活を余儀なくされていた。
生活は、主に貸別荘などを借りていたが、その費用は英治さんが消費者金融から借金をするなどして都合していたという。

逃亡生活は次第に英治さん一家にとって「何のために逃げているのか」わからないものへと変わっていく。
先に述べたとおり、金銭は英治さんに借金をさせ、足りなくなると英治さんの妻にも借りさせた。
食事は一日に一度となり、幼子を抱えた妻は自分の食事をわが子に与え、一〇キロ近く痩せていたという。
そこまでして英治さん一家を縛っていたのは、暴力団に追われているという嘘と、上原からの暴力だった。

上原は体重が一二〇キロ近くある巨漢で、英治さんは日ごろから暴力を振るわれていた。
ある時からそれは特殊警棒のようなものになり、時には妻にもその暴力は向けられたという。
さらに、英治さんの一歳の子供にも、上原は自分の子供に命令し、叩く、けるなどの暴力を振るわせていた。

また、英治さん一家は常に上原の妻に監視されていた。伊東市内の貸別荘では、窓のすべてに鍵がかけられ、外から粘着テープで目張りされて開けられないように細工されていた。
用事で家族に連絡を取る際も、常にだれかがそばにいて、余計なことを言わないよう見張られていたという。
英治さん夫婦に対しては、それぞれを別の部屋で過ごさせ、お互いに「相手は子供を愛してない」などと吹き込んで疑心暗鬼にさせていた。

平成一四年六月一五日、たまたま上原とともに外出していた英治さんは、今しかないと思い隙を見て逃走する。
妻子のことは気になったが、それでも助けを求めるには逃げるしかなかった。そしてこの判断は正しかった。
伊東市内から妻の実家がある栃木県黒磯市までヒッチハイクをしながら三日かけて英治さんは戻り、そのまま黒磯署に助けを求めた。
事情を知った妻の父と警察署員らとともに、英治さんの案内で伊東市内の貸別荘へ戻り、ようやく英治さんの妻子は救出されたのだった。
発見時の妻は、殴られたような痕が多数あり、全治三週間のけがを負わされていた。

妻子を奪還した英治さんは一八日、心配をかけた母親・悦子さんと姉・美緒にも連絡した。実は英治さん家族が上原と行動を共にし始めた直後、「お前の家族も危ない」と吹き込まれていたことから、黒磯市に暮らす悦子さんと美緒に連絡して、福島の親類宅へ身を寄せるよう伝えていたからだ。
しかし、一度は電話に出た美緒だったが、その日のうちに連絡が取れなくなってしまう。

そして、伊東の貸別荘からは、上原たちの姿も消えていた。

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