本当に辛かったのは、誰か~深谷市・利根川心中未遂事件~

平成27年11月21日

埼玉県熊谷市と深谷市を流れる利根川。
そこに一台の軽乗用車が浅瀬で立ち往生していた。
川岸には、ずぶ濡れで膝を抱えてうずくまる女性。

好きな歌を口ずさみ、空を見上げていると、夜が白々と明けてきた。体は冷え切り、それでも睡魔が襲ってくる。

午前八時。
その頃警察には110番通報が相次いでいた。
「川に不自然な形で車が突っ込んでいる」
「利根川に人のようなものが浮いている」
警察が駆け付けたところ、高齢女性の遺体が川に浮いていた。さらに、上流で高齢男性の遺体も発見された。
川岸でうずくまっていた女性も保護され、調べで3人は親子であることが判明。
軽自動車は女性の所有で、女性の供述から親子で心中を図ったことが分かった。

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本当に辛かったのは、誰か~深谷市・利根川心中未遂事件②~

批判の矛先と雨宮処凛

生活保護を申請しながら、しかもほぼ生活保護受給が決定するであろう状態で一家心中の道を選んだこの事件は、それまでの心中事件とは異なっていた。
このサイトでも取り上げている京都伏見の母子心中未遂事件では、生活保護の受給が出来なかったことも大きな要因と認定されているし、それ以外の介護や貧困が根底にある心中や自殺などでも、役所の怠慢や故意に受理しないと言った現状も問題視されてきた。 続きを読む 本当に辛かったのは、誰か~深谷市・利根川心中未遂事件②~

それがあなたの幸せならば~福井・大野市老夫婦火葬場心中②~

大正生まれ

定栄さんは大正14年生まれ。戦争の時代を生き抜き、日本の戦後を支えた世代である。
全てではないにしろ、この大正生まれの男性は非常に自分に厳しい人が多いように私は感じている。日本男児を絵にかいたようなというか、とにかく他人に迷惑をかけたり、甘えたり、ましてや泣き言を言ったり、そういったことを極端に嫌う人が多いように思う。

実は、私の祖父(大正4年生まれ)もまさにそういった人だった。
戦争へも行き、生きて帰ってからも黙々と日々働き、無駄口をたたかず、長男である私の父が大黒柱として一人前になっても、私の実家の主は80歳を超えたこの祖父であった。
祖父は座って写真に写るとき必ず、ぐっと拳を膝の上で握り、足を大きく開いていた。立ち姿のときは背筋を伸ばして胸を張り、笑顔は見せずにいつも凛々しくあった。
それを祖母は、「偉そうね」と言っては微笑んでいた。 続きを読む それがあなたの幸せならば~福井・大野市老夫婦火葬場心中②~

双葉ハイムで死んだ二人の女①~宇都宮拳銃たてこもり心中事件~

 平成16年5月20日早朝。

電話口で、女は必死で訴えていた。
愛する人が死にそうなこと、先に撃ったのはこの人ではないこと、追い詰めたのは周りだということ。
そのマンション下の国道119号には、ずらりと黒塗りの高級車が列をなし、あきらかに堅気ではない人物の姿もあちこちに見えた。その中に、中年の夫婦の姿も見て取れる。
警察車両もマンションを取り囲んでいる。周囲の道路は封鎖され、すぐ向かいにある中学校は臨時休校、周辺のガソリンスタンドや商店も、閉店を余儀なくされていた。

マンション近くの陸橋のそばで構えていた報道のカメラに、突然、女性の絶叫が聞こえた。名前を叫んだように聞こえた。

そして、間髪入れずに銃声。

宇都宮市一条の双葉ハイム206号室で、その日男と女が死んだ。

その4年前、同じマンションの同じ2階の端の部屋でも、一人の女が死んでいた。

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京都・伏見認知症母親心中未遂事件その顛末①

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2006年、2月。

その日は冷たい雨が降っていた。54歳になる息子は、86歳の母親の車いすを押しながら、思い出深い京都・伏見の桂川遊歩道を歩いていた。
まだ人影もない、真冬の早朝。ふたりは前日の夜中から、あてもなく極寒の冬空の下を彷徨っていた。

「もう生きられへん、ここで終わりやで」
そういう息子に、母は動揺もせずに答えた。

「そうか、あかんか。」

母との最期の言葉をかわし、息子はその母の首に手をかけた。

数時間後、自身も首を切って自殺を図った息子と、息子のそばで息絶えた母親が発見された。息子は死にきれなかった。

京都・伏見で起きたこの事件は、認知症の年老いた母親をたったひとりで抱える息子の苦悩と、福祉サービスの限界などもクローズアップされ、他人事ではないと感じる多くの人から同情が寄せられた。

判決は、懲役2年6か月、執行猶予3年という入れとも言える温情判決であった。
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