嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件①~

平成15年6月2日

「被告人は、無罪。」

この日、横浜地裁で行われたとある放火殺人事件の判決公判の主文が読み上げられると、法廷内はどよめいた。
傍聴席の最前列で固唾をのんでこの時を待っていた初老の夫婦は、手をぐっと握りしめたまま目を閉じた。
「美穂ちゃん…」
心の中で愛しい娘への思いが溢れる。あの日、「これでやっと自由になれる!」と大の字になって寝ころび、微笑んだ娘。
夫婦の最愛の娘は翌日、自宅アパートで焼死体となって発見された。
しかし、その時娘は一人ではなかった。別れると決めていた交際相手の男性がその部屋にいたのだ。しかも、男性は娘が無理心中を図ったと言った。

「そんなことがあるはずがない。自殺など、ましてやあの男と無理心中を図るなど、断じてあり得ない!」

両親には確信があった。さらに、事件の3年後に両親が起こした民事裁判では、一審から一貫して男性が殺害したと認定され、すでに最高裁で確定していたのだ。
にもかかわらず、この日の刑事裁判で男性は無罪とされた。 続きを読む 嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件①~

嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件②~

逃げ帰った娘

美穂さんが佐々木とアパートで暮らし始めた翌年の8月3日。
飯島家に突如美穂さんが帰ってきた。

それまでも実家に来ることはあったが、この日はまるで「逃げ帰ってきた」ような状態だった。どうしたのかと驚く両親に対し、美穂さんはおもむろに右胸の辺りをはだけ、「もうこれ以上、体に傷をつけられるのは嫌!」と訴えた。
美穂さんの右胸には、なんとタバコを押し付けたような痕があった。仰天した両親は、直後に電話をかけてきた佐々木を飯島家に呼びつけた。
佐々木は神妙だったという。正座して、言葉遣いも丁寧だった。
そんな佐々木を前に、父は厳しさを込めてこう伝えた。
「これ以上暴力を振るうのであれば別れなさい。」
美穂さんも自らTシャツの襟を下げ、傷跡を佐々木に示したうえで、
「体に傷をつけられるのは嫌だ」
と訴えた。 続きを読む 嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件②~

嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件③~

娘の決意

美穂さんは2度目の家出以降、傍目にもふさぎ込むことが増えていた。
中学時代からの親友のAさんによれば、「いつも監視されていてどうやって逃げればいいのかわからない」と美穂さんがうなだれていたという。
Aさんはそれまでも、美穂さんの体の傷のことなどを心配し、友人として見守ってきた。ただ、佐々木によって交友関係を制限されていたため、深く知ることは難しかったようだ。
秋以降、Aさんが自身の結婚式のことなどの相談で美穂さんのアパートを訪れることがあった。その際、美穂さんは佐々木と別れたいということをはっきりと口にしていたという。 続きを読む 嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件③~

嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件④~

汚名

「娘さんのことで話がありますので連絡をください」
父の会社に藤沢北署から連絡がきたのは、14日の午後3時ころだった。
外に出ていた父親は、そのメモを見て胸騒ぎをおさえつつ急いで電話を掛けた。そして、最愛の娘が死亡したことを知った。

母親が娘の死を知ったのはさらに後になる。携帯電話が普及していなかった時代、社員旅行で夕方藤沢に戻った母は、駅に迎えに来ると言っていたはずの娘と連絡が取れず、結局一人で家に帰った。しかし家には誰もおらず、どうしたのかと思っていたところへ、娘の死が知らされたのだ。 続きを読む 嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件④~

嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件⑤~

いけしゃあしゃあ

美穂さんの父は、美穂さんが埋葬されて以降、毎日欠かさず花を持って美穂さんの墓へ行き、そこで語り掛けたり本を読むなどして美穂さんと過ごしてきた。

民事裁判を起こした後の平成10年、一度美穂さんの眠る墓地で父は佐々木と行き会ったという。
父の横を素通りした佐々木は、美穂さんの墓にぺこっと軽く頭を下げた。
父は心を鎮め、佐々木に向き合ってこう伝えた。
「何が起きたのかを知りたい。だからあなたを訴えました。」
すると佐々木は、
「真実を話しているつもりですけどね。(地裁の民事裁判で自分が敗訴したとしても)高裁も最高裁もありますから。」
と事も無げに言い放った。
不安な自分を強がっているようにも思えるし、諦めようとしない両親に対し、侮蔑的な意味でのまぁせいぜい頑張れよ、という風にも聞こえる。
ただ、墓地で佐々木と対峙した父親は、
「彼はもしかしたら、美穂に許しを請いに来たのかもしれない」
と複雑な、そして佐々木の人間の心に一縷の望みを託していた。 続きを読む 嗤う男の化けの皮~藤沢市・OL放火殺人事件⑤~