不可解な愛の流刑地~池田市・自衛官心中事件②~




不可解な心変わり

尾ケ井さんは本当に死を受け入れたのだろうか。
被害者を悪く言うつもりは毛頭ないが、尾ケ井さんが本当に自ら死を望んだのかどうかを考える上で、いくつか気になる点がある。

まず、新しい交際男性の存在である。
この男性は、先述の通り、同僚の女性自衛官から紹介された人物であるが、どうも真剣な交際というより、遊び友達という感覚での紹介だったようなのだ。
にもかかわらず、尾ケ井さんは自分からその男性に交際を申し込んだ。
しかし遠く離れて会うこともままならない藤田との不倫も続けていた。要するに二股だ。
しかも、同僚の女性自衛官にも、実母にも、「本命は新しい交際相手」であると明言していた。
そんな、奔放なと言ってしまうと語弊があるが、そういった女性が別れようとしている男と突然心中などするものだろうか。

また、藤田と会っていた2月17日から事件の日まで、二人はどっぷりと二人だけの時間を過ごしていたわけでもない。
この間、尾ケ井さんは自動車教習の予定を入れており、藤田が運転するレンタカーで教習所に行っているのだ。

さらに、事件当日の2月19日も、尾ケ井さんは午前中教習所へ行き、その際実母に電話で来月予定している北海道旅行についての話をしていた。もちろん、この時なにかをにおわせるような発言もなければ、変わった様子も一切なかったのだ。

その後ふたりは、新大阪駅近くのラブホテルにチェックインした。

規則で、駐屯地には2月19日の午後11時までに戻らなければならず、駐屯地に戻るためには、姫路駅からバスに乗る必要があった。そのバスの最終が午後8時30分であるため、逆算すると新大阪の駅を午後6時から7時までに発車する列車に乗らなければ、姫路駅発の午後8時30分のバスに乗れないことになる。
新大阪駅近くのラブホテルにチェックインしたのも、おそらくそのあとの予定をスムーズに、かつ、少しでも長く一緒にいるためのことだと推測できる。

しかしその日、なぜか尾ケ井さんは夕方5時半にホテルを出たにもかかわらず、そのまま藤田とレンタカーで伊丹へと向かってしまう。

この時系列を見れば、少なくとも新大阪駅近くのラブホテルにチェックインした時点では、尾ケ井さんは駐屯地に戻るつもりだったと言える。
もっと言うと、5時半にチェックアウトした時点でも、戻るつもりだったはずだ。

尾ケ井さんはなぜ、急に駐屯地へ戻ることをやめたのか。




「一緒にだったら死んであげることできるよ」

その後二人は、伊丹市内のドラッグストアに向かった。店内で睡眠薬だけ購入している点で、二人は心中を決意しての行動であるともいえる。
ということは、新大阪近くのホテルを出て、藤田の運転するレンタカーの中で、尾ケ井さんはその日駐屯地に戻らないと決め、なおかつ、ドラッグストアに到着するまでには、藤田と一緒に死ぬと決めていた、ということになる。

本当だろうか。

検察は、睡眠薬を購入したことについて、心中するとかそういうことではなく、日ごろから眠れないなどと訴えていた藤田のためにと購入した、と主張したが、規則を破ってまでそこまでする必要性があるとは思えないという点から、裁判所はこれを退けた。

また藤田自身も、その日の行動と尾ケ井さんの心境の変化についてこう供述していた。
午後5時ころ、チェックアウトする段になって、今後どうするかという話をしたところ、尾ケ井さんは除隊しても藤田が暮らす横須賀には行かれないと言ったという。
落胆した藤田が、「(自分は)ずっと死ぬって言ってきたけど、結局何もできなかった」と言うと、尾ケ井さんが、
「一緒になられへんかったね。一緒にだったら死んであげることができるよ。」
と、唐突に言ったというのだ。

藤田は驚いて、なぜそんなことを言うのかと問うと、尾ケ井さんは「私、いつもこんなんやから。」と言った。

藤田はこの尾ケ井さんの言葉を聞き、ありがたい(!)と思い、心中を決意したと話していた。

尾ケ井さんは相手の意見に飲まれたり、流されたりすることは確かにあったという。しかし、それでも唐突すぎやしないか。
自分を慈しみ育ててくれた母を悲しませるようなことを、はたしてできるような女性だっただろうか。

二人はその後、睡眠薬を全量わけて飲んだというが、そもそも致死量に達する量でもなく、1種類はどれだけ飲んでも人体に影響がない漢方薬だった。
薬を飲んでから、手首を切ったり風呂場で首を吊ったりしてみたというが、結局ふたりとも死ぬことはできず、午前零時を過ぎたころ、尾ケ井さんがベッドに横になり、
「首を絞めて」
と頼んできたという。
藤田が「ほんとうにええんか。」と聞くと、尾ケ井さんは「いいよ」と頷いた。




暴走

裁判でも、尾ケ井さんが一緒に死んでもいいと言った、とするには、それまでの尾ケ井さんの藤田に対する言動からも「被告人の供述の不自然さが否めず、そこに至る経過や被告人の被害者への働きかけについて、被告人がすべてを明らかにしているかは疑問が残る。」としている。

想像でしかないが、藤田は嘘は言っていないと思われる。しかし、本当のことを全部は話してないのではないか、とも思う。

藤田はホテルに滞在中、尾ケ井さんの目を盗んで尾ケ井さんの携帯から交際相手へ電話していた。
そして、自分が尾ケ井さんと交際しているのだと、自分と尾ケ井さんとの関係を誇示して見せた。
実はそれより前にも、藤田は交際相手の男性に対し、尾ケ井さんとの交際をやめるよう迫っていたのだ。しかもその際、交際をやめなければ就職(交際相手の自衛官は警察官採用試験に合格しており、関東の警察関係で就職する予定だった)できないようにしてやるなどと、脅迫までしていた。

一方この交際相手は、「誰と交際するかは尾ケ井さんが決めること」と思っており、藤田からそのような電話を受けても受け流していたという。
さすがに脅迫電話があった後は、紹介者の女性自衛官に対し、「尾ケ井さんの真意はどこにあるのか」といった相談をしていたようだが、その時尾ケ井さんははっきりと、
「藤田さんとは別れる。」
と、女性自衛官に伝えている。

ホテルから電話を受けた後も、交際男性は尾ケ井さんが決めることだからと、そのあとも尾ケ井さんに連絡はあえて取らなかった。
若い男性には珍しいほど、冷静である。裁判でもそれは、「淡白な態度」と表現された。

ここに、なにか隠されているような気がするのだ。

藤田は交際相手の男性のこの冷静さを、利用した可能性はないのだろうか。
尾ケ井さんに対し、あの男はお前のことなど本気ではない、その証拠に、お前の気持ちを確認しようとすらしないじゃないか……
そんなようなことを尾ケ井さんに対し、意図はどうあれ言ったことはないのだろうか。

12月の話し合いの後、二人が直接会うことはなかったわけだが、その間、藤田はもはや理性を失いかけていた。
年末には「どんな手を使ってでも必ず帰ってこさせてみせる」などとメールし、2月17~19日には必ず会うと約束をさせた。
尾ケ井さんがメールの返信をしない、電話に出ないというときには、
「マナー(モード)け、返事くるまで(携帯を)鳴らすからな」
留守電に切り替わらないときには、
「留守電にもならなくした!」
というちょっと恐怖を感じるメールを送るようになっていた。
もちろん、ことあるごとに仕事が手につかない、食事ができない、眠れない、死にたいというメールも送られていた。





尾ケ井さんは実母らに相談していたが、「怖くはないが困っている」という感じだったという。
一方、交際男性とはゆっくりと距離を深めており、平成18年に入って彼氏、彼女と呼べる間柄に発展していたようだ。
2月に入り、バレンタインデーの直前にデートした際、尾ケ井さんは彼にチョコを渡していた。
交際男性が同僚の女性自衛官に、藤田と自分とどちらが尾ケ井さんの本命なのかと質問したのはこのころだった。深まりゆく交際を続けてよいのか、確認したかったと思われる。

バレンタインデーは藤田にとって散々だった。
尾ケ井さんから、しつこ過ぎるのはストーカーと同じではないかと言われたのである。
藤田はそれに対し、「ストーカーでもなんでも呼べば良い」と開き直った。
その後、もう尾ケ井さんとは修復不可能と感じた藤田は、以下のようなメールを送る。

「寝れない。日曜日別れるまで恋人を演じてもらえないですか」
「最後の我が儘はミニ(デニム)姿が観たいです」

ミニ、しかもデニム指定。なんだこれは。
藤田は死を考えていたというが、最後の我が儘がミニ!(デニム)!!
こんなメールを受け取った直後に、尾ケ井さんが藤田と心中するとはやはり思えない。

が、しかし、尾ケ井さんはそんな私の想像を打ち砕く、揺れる心の内を手帳に書きつけていたのだ。

捨てきれなかった「情」

尾ケ井さんは藤田とのやり取りに辟易しながらも、また、交際男性との関係を深めながらも、心のどこかでは常に藤田の存在があった。

藤田は平成18年に入ると、連絡が取れない尾ケ井さんのかわりに、尾ケ井さんの実母に鬼電を入れていた。
それは時に無言電話のこともあったと言い、それを藤田に問いただすと、「疑うな」と激怒されたという。
その日の手帳には以下のように記されてあった。

「きのうの晩におかあさんと、藤田さんからTELがいっぱいあった。無言電話が家(おそらく尾ケ井さんの実家)にかかってきたらしい。うたがうなって(言われても)、あれだけ脅してたら、そう思われてもしかたないやん。(中略)で結局論点がずれていって、あの人(藤田)のいいなりになる。全然冷静じゃないし。」

この文章にも、尾ケ井さんが藤田にずっと丸め込まれてきたことが記されてある。やはり、尾ケ井さんは藤田にいいように言いくるめられてしまったのではないか。心中も、藤田がそう仕向けたのではないのか。

しかし、その手帳に記された最後の文章は、尾ケ井さんという女性と藤田との関係をこれ以上ないほどに言い表していた。

「そんななのに、かわいいネクタイ見つけて買ってしまった」

尾ケ井さんは藤田に対して憤りや徒労感を抱きつつも、それをしのぐほどの思いを持ち合わせていた。
この一文がなければ、おそらく承諾殺人は成立しなかったのではないかとすら思う。
裁判でも、尾ケ井さんが殺害に同意したという藤田の供述を鵜呑みにはできないとしながらも、それでもこの一文の威力は大きかった。

結果として、不可解ともいえる尾ケ井さんの心変わりは、尾ケ井さんの性格とこの手帳の一文で、「消極的な形で心中に合意したことも全く考えられないわけではない」とされたのだ。
さらに藤田は自首が認められた。しかしながら、承諾殺人とはいえ最も重い範疇のものとされ、懲役6年6月(法定刑は6月以上7年以下)となった。

その後控訴したという情報がないため、おそらくこのまま確定したと思われる(※詳細が分かり次第追記します)が、尾ケ井さんの遺族は納得できたのだろうか。

確かに尾ケ井さんは藤田に対して一抹の情を捨てきれなかった。それはやはり尾ケ井さんの性格ゆえのことだろうし、最後のつもりで会ったかつて愛した人が落ち込み、やつれていたとしたら、そしてもしもそこで、なんらかの「策略」があったとしたら。
尾ケ井さんがそんななのに見つけて買ってしまったかわいいネクタイは、あの日尾ケ井さんの首を絞めるために使われた。

藤田は懲戒免職処分となったが、離婚した元妻が子供とともに藤田の帰りを待ち社会復帰の手助けをすると申し出たという。
尾ケ井さんだけがいなくなった今、藤田とその家族は笑えているのだろうか。

 


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「不可解な愛の流刑地~池田市・自衛官心中事件②~」への7件のフィードバック

  1. これまた人間の妙を感じる事件ですね。

    八方美人な人はいるものですが、それも過ぎると毒となるということでしょうか。
    とは言え、被害者の方はまだ若かったので、流されてしまったのかなとも思います。
    歳を取れば、そういう人達を上手く扱う方法を…って、歳を取ってもその辺が変わらない人もいるわけで、やっぱり環境と素質なんですかね。

    加害者は、出所後支えてくれる家族もいるということで、社会復帰を目指して欲しいですね。
    元家族とは言え、手助けすると宣言したのは、こうなる前は良き夫だったのでしょうか?

    何にせよ、自分の芯を持って生きていきたいと思いました。

    1. もりぞー さま

      コメントありがとうございます。
      若いからこそ、衝動的に、どちらかを選べないから死を、という話になってしまった可能性はあると思いますが、それにしてもあまりに唐突な心変わりはやはり解せませんね。

      加害者はおそらく家族にとっては良き夫、良き父だったとは思いますが、その結果がこれかと思うと何をもって良き人と言うのか、よく分からないですね。
      事件より前に、妻は夫の不貞、しかも職場にも知られるという「失態」を知っています。その挙句に、不倫相手を殺害というのは、私ならば屈辱というかあーもう考えたくない笑

      今どうしているかは不明ですが、被害者の冥福を祈り続ける日であって欲しいです。

  2. 尾ヶ井さんは何考えてるんだか分からないですけど(他に彼氏になりそうな人も居るのに不倫をやめないとか)、妻が一番意味不明ですね。
    不倫された上にその相手を殺した男をまた支えるって‥。
    日野の不倫放火事件も、夫婦は別れずさらに子供が生まれてますし、ろくでもない夫を捨てない妻って結構いるんですね。

    1. ちい さま
      いつもコメントありがとうございます!
      もしかしたら、尾ケ井さんは周りが思っている以上に悩み抜いていたのかもしれません。
      藤田とは別れなければならない、でも、どうしてもどうしても思いきれない・・・
      藤田は藤田で訳の分からんこと言うし、新しい交際相手は、なんというか淡々としているというか、おそらく尾ケ井さんにとって新しい交際相手は「そんなに好きじゃない」相手だったのかなと。
      母も仕事も捨てて藤田について行くことも、藤田を捨てることも出来ない、ならばもうここで終わってもいいかな、そんな気持ちがあの日芽生えたのかもしれません。
      もちろん、藤田が話していないことがあの日あったのかもしれない。
      2人にしか、もう分からないことですね・・・

      妻も妻ではありますが、やはり尾ケ井さんを死なせたのにおめおめと元妻に証言してもらう藤田はホントに最低だと思いました
      なら最初から不倫なんかするなよ、ですね

  3. はじめまして。
    とても興味深く拝見しました。

    被告は、尾ヶ井さんを愛しているなら、死なせるのではなく、
    自分から手放して、新しい人生を応援してあげて欲しかった。
    でもそう綺麗事とはいかないものなのですね…。

    1. みさき さま
      はじめまして、コメントありがとうございます。

      どうも男性は、愛した女性が自分から離れていくことがどうにも耐えられない、そして大変なことをしでかすというケースが多いように思います。
      一方で女性は相手の男性ではなく、新しい彼女を攻撃しがち、というのも興味深いことだと思ってます。

      仰る通り、恋愛に絡む事件はなかなかきれいごとでは済まないもので、誰しも相手によっては加害者にも被害者にもなりうるのかな、などと考えたりします。

      今後とも、気になる記事がありましたら是非、コメントお待ちしてます!

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