病める女~愛知・藤岡町男児せっかん死事件③~




訴因変更

検察は裁判所からの求めに一応は応じる形で、平成14年10月21日の論告求刑において、起訴状に「知人女性との共謀による」との訴因を予備的に追加した。
しかし、この時点でも検察は、
「疑わしきは被告人の利益との原則から訴因を追加したが、あくまで梅村被告の単独犯行と考えている」
との姿勢を崩していなかった。
事件から相当の月日がたっており、この時点で亮子以外の人間が拓哉君の死にかかわっているという物的証拠は一切なかった。
また、公判における亮子と美幸の供述を照らし合わせても、美幸が拓哉君を縛るよう言った可能性はあるにしても、それを拒否せず同調したことに酌量の余地はない、とした。

弁護側は、不採用となったものの事前に行われた亮子の精神鑑定で心的外傷による解離性障害という診断がなされたこと、美幸によるマインドコントロールで心神耗弱状態だったと主張し、猶予付き判決を求めた。
検察も弁護側も美幸の関与をある意味認めながら、その程度、動機などの捉え方の違いが浮き彫りになった。

検察は、拓哉君の行動障害を悩んだ亮子が暴走した、という話は理解できるが、なぜそれに美幸が加担し、拓哉君を率先して追い込むのか、何の利益にもならないことを美幸がする動機が見いだせなかった。
弁護側は、そもそも拓哉君が「本当に行動障害だったのか」という疑念を抱いていた。しかし医師の診断があるはずではないのか。

実はここに、大きな問題が隠されていた。




作られた「行動障害」

亮子は取り調べにおいても裁判においても、そして家族や医師らにも、拓哉君の数々の問題行動を話している。
これまでにも述べたが、妹や飼い犬を虐める、友達(美幸の子)を邪険に扱う、親や義母の金を盗む、さらにはそれを叱られると報復のような形で家族の布団を水浸しにしたり、自室の壁に赤ペンで罵詈雑言を書きなぐる、そういったことが実際に起こっていた。
医師らもそういった行動があるという前提で診断し、結果、行動障害という診断がなされていた。

しかし。

診察をした豊田市こども発達センターの医師は、拓哉君と二人きりで面談した際の拓哉君の言葉を証言した。
「お母さんが、僕の知らないことを『僕がやった』というんだ」
拓哉君はこう訴えていた。
実は、亮子が言う拓哉君の問題行動は、亮子自身その場を見ていないものがほとんどだった。
家族の財布から金がなくなるというのも、最初は数え間違い、気のせいかもしれないという程度だった。しかし、それを美幸に相談した際、拓哉君がとったのでは?と言われたから、拓哉君の仕業だと思い込んだ。
拓哉君を問い詰めるたび、拓哉君は否定したが、ある時、拓哉君の自室から持っているはずのない金が出てきたことで、亮子は確信した。




また、部屋が水浸しになっていた日も同じだ。その日は美幸が家にいて、拓哉君の様子を見にひとりで2階へ上がった。そして、降りてきた際に「部屋が水浸しになっているよ」と美幸が言ったのだ。慌てて2階へあがると、家族が使用する布団に水がぶちまけられていた。
「拓哉君がやったのね…」
亮子は美幸の言葉を疑うことすらしなかった。というより、美幸から「亮子ちゃんは拓哉君と会話しちゃダメ」と言われていたため、拓哉君に対し確認すらしなかった。
美幸の子供とのトラブルについては、裁判で証人として出廷した空手教室の講師が、「そんなトラブルは起こっていない」と証言した。

さらに、部屋の壁の落書き。拓哉君は医師に対し、そんなことしていないと訴えていた。これも、美幸が家に来ていた日に、美幸が発見して教えてくれたものだった。
なにもかも、美幸が来た日に起こっていて、それを発見したのも全部美幸だった。
美幸は梅村家を自宅同然に出入りしていて、勝手に部屋を行き来することも当たり前だった。
拓哉君の自室から金が出てきたのも、包丁が置いてあったのも、すべて美幸が梅村家に頻繁に出入りするようになった後に起こったことだった。

拓哉君は本当に行動障害だったのか。確かに妹らを虐めることはあったのだろう、しかしそれ以外のことは、美幸が「拓哉君がやった」と断言、もしくはそうではないかと示唆したことばかりだった。
行動障害と報道された際、学校関係者が違和感を覚えたのも、無理はない。そもそも、拓哉君は「やっていなかった」可能性が高かった。
弁護人は、拓哉君の行動障害については美幸のでっちあげであり、「誤診」と言い切った。診察した医師までもが、「判決が確定するまでは…」と言葉を濁す始末だった。




共同正犯

平成15年1月20日、名古屋地裁岡崎支部は、求刑懲役5年に対し、懲役2年6月の判決を出した。
執行猶予はつかなかったが、未決拘留日数中、なんと660日をその刑に参入した。
さらに、判決で堀毅彦裁判長は、美幸が裁判で証言した自身の正当性もことごとく否定、拓哉君を縛ることを考え、亮子に指示したのは美幸であるとし、美幸を共犯、「まさに実行共同正犯」と認定、また、拓哉君の問題行動とされた水をまき散らす、壁への落書きについては、拓哉君のしたこととは認められないとした。

美幸の供述は、具体的かつ自信に満ち溢れたものだったが、肝心の事件が起こる10月13日から16日にかけての供述が変遷していた。亮子や雄二さん、他の関係者らの供述やその他客観的な証拠と合致しない部分が多く、それを指摘されるところころとそれに合わせるように供述が変わっていたのだ。
事件直後の聴取において、13日から16日にかけて梅村家には行っていないと話していたにもかかわらず、実際には雄二さんや子供たちが梅村家に何度も美幸が来ていたことを証言していた。
さらに、ガソリンスタンドの同僚が、16日に亮子との電話の内容を漏れ聞いていたが、そこには美幸が証言した亮子や拓哉君を思いやるような会話内容とは違い、「死後硬直が始まってるならもう無理ね」といったことを美幸が話していたこともわかっていた。
拓哉君が縛られたその日も、美幸は確かに仕事には行っていたが、午後2時過ぎには退勤していた。
梅村家には行ってない、と行っていたのが、いややっぱり行ってました、でも数分で拓哉君を見ていない、となり、それが最終的には2階の子供部屋でカーテン越しにベランダの拓哉君を見たがそれだけだ、に変わっていった。

亮子が逮捕されると、すぐさま亮子の子供らを手元に置き、亮子に心配いらないとメールしていたが、それはまさに「人質」をとったに等しかった。
事実、そのメールを見ていた亮子は、弁護人らに美幸の関与を聞かれても、美幸の嘘を知らされても、美幸に何かあれば子供たちが困ると思い込み、言えなかったのだ。ここでも美幸の思惑はドンピシャではまっていた。
処分保留で釈放された夫の雄二さんが、報道関係者の質問に対し
「話したいことはあるが今は勘弁してくれ」
と言ったその言葉の意味は、まさにこのことを表していたのだ。

亮子は判決文を聞きながら、美幸の共犯が認められる段になるとこらえきれずに嗚咽を漏らしたという。
美幸に依存し、信じ切っていたために、亮子は普通の子供と何ら変わらない拓哉君を問題児であると思い込み、さらには将来的に重大な事件を起こしかねない恐ろしい子供だと決めつけ、暴走してしまった。美幸はそんな亮子に対し、拓哉君のあることないことを吹き込み続け、挙句、ありもしない拓哉君の問題行動をでっちあげたのだ。

亮子の訴えは認められたが、それでも疑問は残った。
なぜ美幸はそこまでして拓哉君に悪意を抱いていたのか。




病める人々

弁護側は未決拘留日数が大幅に算入されたことや、それでもなお自分を責める亮子の立場を考え、控訴は見送った。

対する検察は、苦渋の決断を迫られた。
刑事裁判で被告人以外の第三者が共同正犯と認められたことは、民事のそれとは比べ物にならない。当然再捜査は行われたが、時間の経過には勝てなかった。
検察内部でも、「共同正犯とまで言われたのだから、とりあえず起訴すれば有罪になるんじゃないか」といった乱暴な意見まで飛び出していたという。
しかし結局、美幸の立件は見送られた。さらに、亮子に対しても控訴の理由が見当たらないとして控訴断念。亮子と美幸を共同正犯とした一審の判決は確定したが、ここで、拓哉君の事件は幕を下ろすこととなってしまった。

美幸はなぜ、拓哉君に悪意を向けたのか。
裁判所は、美幸には拓哉君に対する「何らかの悪意があった」と推認したが、美幸が関与を否定している以上、正確に把握することは不可能とした。

亮子との関係においても、架空の男性を用いて金銭を受け取ったという点のみが、美幸が「被告に近づいた思惑」と指摘されたのみで、それ以外の点は言及されなかった。
他人の子供を、でっちあげまでして虐待するという、他に類を見ない事件だったが、真相は解明されることはなかった。




美幸はなぜ、拓哉君に悪意を向けたのか。

ふたりは亮子が逮捕されたのちも、手紙のやり取りを行っていた。
「親愛なる妹へ。」
亮子は美幸に対し、こう書いていた。一方の美幸も、「ふたりでひとり」「死ぬまで一緒だよね」「私には亮子ちゃんが必要」といった言葉を返している。
キャラクターの便せんに綴られたそれらは、どこか普通の友人同士のそれとは異質なようなものにも思える。
特に、美幸の亮子に対するそれは、執着のようにも見えた。美幸は何がしたかったのだろうか。亮子と拓哉君母子を、ありもしないことをでっちあげてまで引き裂き、挙句、亮子を犯罪者にまでした。
亮子は事件後、カウンセリングを受け、解離性同一性障害と診断された。まさに、拓哉君に診断されたものと同じだったが、こちらは本物だった。
病んでいたのは、拓哉君ではなく、亮子と美幸だった。もっと言えば、亮子を取り巻く夫や義母らも、なんらかの病に陥っていたからこそ、この異常な事態を気付くことも、見抜くことも、相談することもできなかった。

「関係ありませんから。」
亮子に対する判決が出たその日、共同正犯と認定された美幸は、夫を通じてこうコメントした。
美幸は不起訴となり、以降罪に問われる可能性はなくなった。しかし、亮子の判決が確定している以上、美幸が拓哉君を死に追いやったことは認定され、確定している。
これを、美幸の家族らはどう思うのだろうか。地方都市の中のさらに小さな町で、美幸はどう周囲に取り繕ったのか。夫や子供たちは、母を、妻を信じ切れたのだろうか。今も家族として暮らしているのだろうか。

拓哉君は、診察をした医師に対し、心の内を訴えていた。

「僕は、おかあさんとにこにこして暮らしていきたいんだ……」

10歳の拓哉君の心の叫びは2年以上経過して、ようやく聞き届けられた。
たった10年の、短い人生と引き換えにして。

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「病める女~愛知・藤岡町男児せっかん死事件③~」への6件のフィードバック

  1. まずは拓哉君が可哀想で仕方がないです。

    うちの子供と同い年。うちもたまに理解不能な行動を取りますが、信じていますのですが、病院に連れていくとかはしません。絶対に。

    そう言えば、私もこの事(10歳前後)はおかしな行動をしていました。家族からしてみたら、頭がおかしいと思われても仕方ありませんでした。実際に夜中まで外に放り出された事もあります。その時は、父親が家のなかにいれてもらいました。

    やっぱり、子供を信じるべきです。例え何度裏切られても。回りも子供のためなら、自分の心情なんてどうでもいいです。子供第一なんです。

    涙出そうです。

    美幸について。拓哉君が憎かったのか?そうじゃないと仮定して考えてみます。

    亮子の家庭を壊したかった。ただ既に夫側とうまくいっておらず、離婚寸前との事。あと壊す理由も特に見当たらない。

    亮子を破滅させたかった。我が子を殺させる。普通だったら命まで破滅してしまいます。でも、手紙のやり取りで励ましている所をみると、そうではないと思えます。関係を続けたいと思っていたと。

    あとは亮子を自分の物にしたかった。愛人か下僕か。愛は感じないから下僕にしたかったのか。相談に乗りながら心を操作していく。自分の思い通りに操る。その事で快感を覚える。今の自分の考えはこれかな?と。

    最後に拓哉君を診断した医者が「問題ない」と言ってくれていたらどうなっていたか。救えていたかも。

    医者の診断も正しいと思います。でも、我が子とちゃんと向かい合って、自分で感じた事を信じたいと思いました。

    1. ひめじの さま
      いつもコメントありがとうございます。

      本当に、他人の悪意でこんなことにまで発展するとは…
      私は美幸の目的がなんだったのか、未だに答えは出ません。
      が、ひめじのさんが最後に書かれていた、心を支配して言わば下僕のようにしたかった、というのは当たっているような気がします。
      手紙は、執着の表れと同時に、甘い言葉で相手を操ろうとする印象を受けますし、母親にとって美幸が頼りになる存在だったのと同じで、美幸にとっても、自分のアドバイスをバカみたいに信じ込んで行動する亮子の存在によって、自己を認識していたのかなぁとか。

      頼りにされることがなによりも快感だったのかな、とか。

      助けられなかったのは本当に残念です。

  2. いつも興味深い記事をありがとうございます。
    文章も読みやすくて 今回も一気に読んでしまいました。
    事実は小説よりも奇なりというか、まるでホラー小説を読んでいるかのような薄寒さを感じました。
    10歳の男の子はただただかわいそうです。

    この事件「殺人者はいかに誕生したか」という、刑事被告人の心理鑑定を行なっている人が書いた本の一番最後に紹介されていた事件かと思います(私は、別の事件に興味があって読んだので、こちらの事件は知りませんでした。)。
    本では亮子の心理鑑定が主で、事件についてここまで詳しい記載はなく、気になっていたので、こちらの記事で詳細を知ることができてよかったです。
    逆に、亮子の病理(供述が変遷していることについて、亮子が元から解離性障害を患っていたこと、亮子の父親は性的問題行動のある人で、亮子自身も過去に父親から性的虐待を受けていた可能性があることなど)についての記載がありました(もうご存知でしたら、申し訳ござません。)。

    これからも更新を楽しみにしております。

    1. ハル さま
      コメントありがとうございます!
      早速Amazonで「殺人者はいかに誕生したか」購入いたしました。
      これは読んでいなかったので、教えてくださりありがとうございます。
      亮子の過去に、父親とのそんな因縁があったとは…
      記事にはしていませんが、拓哉くんの行動などをその父親と相談したりしてるんですよね。
      残された妹たちも、夫がいるにもかかわらず(離婚の予定だったからだとは思いますが)、その父親に預けています。
      貴重な情報、ありがとうございます、また今後ともよろしくお願いいたします。

  3. 更新お疲れ様です。今回も、良質な記事をありがとうございます。
    そして、管理人様……先日は色々とお疲れ様でした。何かお力添え出来ればと思っていたのですが、ただの傍観に陥ってしまい申し訳ないです。

    今回の事件ですが、美幸の過去や家族関係等が不透明なのでその辺に何かありそうな気はしますね。邪推ですが。
    ただ、以前アップされていた社宅殺人のような「隣の芝生は青い」や、金銭目的のような「理解はしないが納得はできる」動機ではない、何やらおぞましいものを感じました。近いものをあげるとすれば、「高知・愛媛同居男性殺害」の神野被告を想起させます。歪んだ他者支配欲に、女子高生的な「私たちズッ友だよね?」的な湿っぽさが加わったような……不気味、この一言です。

    「行為障害」の当事者を知っていますし、自分や親族もその前段階と言われるADHDです。しかし、今回被害者になった子の言動は(後になって見るからかもしれませんが)到底そうとは思えない。
    精神医療が未発達だった頃の話とは承知していますが、療育センターから大学病院まで出ておいて何を誤診しているのか、と思います。親にある意味冤罪を着せられ、意味もわからず折檻され命を閉じた被害者の子が可哀想でなりません。

    今回も、興味無い事件をありがとうございました。いつも自分の知らない事件を取り上げてくださるので、更新が楽しみです。

    1. 笹かまぼこ さま

      いつも読んでいただき、そしてお気遣いもいただき心から感謝致します。
      ありがとうございます。

      さて、今回の事件ですが、児童虐待案件としてはいくつかネットにも情報があったのですが、知人女性の疑惑についてはゼロでした。
      判決文と当時の新聞記事をかき集めて分かったことをまとめたのですが、最後まで美幸の心のうちは分かりませんでした…
      おっしゃる通り、愛媛の同居男性傷害致死事件に通じる印象はあります。友達、というかたちだけど実際はお互いが依存しあい、それがズレていくというか。
      依存する人々の事件をみると、依存していたとされる人よりも、むしろ頼られ依存される側の人の方が、実は相手に執着しているといったケースがあるように思います。
      今回も、拓哉君への悪意より、美幸の亮子に対する執着が気にかかりました。
      しかし2年間も見知らぬ男へ弁当を作り続けるあたり、かなり深刻だったのでしょうね。
      拓哉君のご冥福を心から祈りたいです。

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