病める女~愛知・藤岡町・男児せっかん死事件④~




臨床心理士

この記事を公開した直後、読んでくださった方より情報をいただいた。
虐待や人格障害、心理療法の分野が専門の臨床心理士・長谷川博一氏の著書、「殺人者はいかに誕生したか」に、この亮子と美幸の事件が掲載されているということだった。
事件後、亮子に面談し心理鑑定を行った長谷川氏が、亮子が解離性同一性障害を発症した原因などを記しているとのことだったが、気になる言葉があった。

どうやら、亮子は過去に父親との間でなにかあったのではないか、というものだった。

早速取り寄せて読んでみたところ、判決文では言及されていないものの、亮子がなぜ美幸にそこまで操られてしまったのかについて重要なことがいくつも書かれていた。

欠落した記憶

亮子は、美幸に請われるがまま何度も金を渡していたが、それはひと月で10回以上、100万円以上(総額300万円以上)を郵便局のATMから引き出していたにもかかわらず、亮子にその記憶はなかった。
それ以外にも、拓哉君をどうやって縛ったとか、なぜ縛ることにしたのかなども当初全く記憶になく、頭が真っ白になるという状況が続いていたという。
長谷川氏はじっくり、わかりやすい言葉を用いながら、時に共感を示すなどして亮子に向き合ったところ、亮子は少しずつ記憶を取り戻していった。

しかし、すべてを思い出すことはできず、「とにかくお金をおろさなくちゃいけないとは思っていた」「しつけのためにしなければならないと思っていた」にとどまった。




亮子は事件の前後の記憶だけでなく、幼少期の記憶も覚えていないことが多かった。
たとえば、「〇〇へ行った」という記憶はあるのだが、その後が続かない。そこで誰と、なにをしたか、そういったことを全く思い出せないのだ。
根気よく面談を続けること7回目。この日、亮子はこんな話を長谷川氏にし始めた。
「洗濯をしている時、部屋の天井付近から自分を眺めているんです」
「見ている自分は初めて出てきました。見られている自分は、今までの自分です。ラジコンで操縦されている自分で、思考していません。見ている自分は、思考しています」
長谷川氏によれば、これはまさしく離人の症状であり、かつ、その体験を認識し、「見る自分」が回復してくると、それ以降、ふたつの「自分」は統合されていくのだという。
10回目の面談時には、ついにもう一人の見る自分が、操縦されていた自分の中に入り込み、亮子は本来の思考できる自分に戻れた。

11回目の面談で、亮子はこう話した。
「これって、私の裁判なんですね。初めて裁判官の顔が見えました。弁護士さんの咳払いとか息が、初めて聞こえました。」
亮子が自分を取り戻したことで亮子の供述は信用性が認められ、裁判所は検察に対して訴因変更を促すことになる。




病める父親

美幸については、長谷川氏は直接かかわっていないため美幸の心理や目的などについては謎のままだ。
ただ、長谷川氏は、美幸がどれほど他人を操る能力に長けていたとしても、その他人に我が子を殺害させるほどの力があったかというとそれは考えにくいという。
そこには、亮子が美幸と会う以前から離人の症状を持っていて、自己判断が不得意、かつ被暗示性が高いという要素は不可欠だったと話す。
長谷川氏は、それまでの面談での結果から、亮子は父親から虐待、それも性的虐待を受けていたのではないか、と推測していた。
ただそれを亮子に確認するには時間的にも難しく、もっと言うと亮子自身が壊れてしまう可能性もあったためにその時点では難しかった。

そこで、長谷川氏は亮子の実家を訪ねている。
記事にも書いたが、亮子には兄夫婦がいた。彼らは実家で両親と同居しており、母親は目が不自由なうえにその当時は寝たきりだったという。
父親が不在だったものの、兄夫婦は長谷川氏の推測を裏付ける証言をしてくれた。

亮子が子供の頃、父親と風呂に入っていたこと、そして、父親自身、これまでに何度も女性に対して性的ないたずらをしてきた可能性が高いことを兄は話した。
女の子がいつごろまで父親や異性の兄弟と風呂に入るかは議論があると思うが、この一見なんてことない家族の日常も、場合によっては、それ以外の条件を合わせていくと、性的虐待の裏付けになる場合があるのだろう。
特に子供が幼ければ幼いほど、異性の親による行為は時に笑い話やほほえましいエピソードとして語られることがあるが、その中には性的虐待と言えるものも含まれている。風呂はその温床だ。

また、父親の性的な問題の裏付けとして、家族が帰宅した際、玄関に全裸の女性がいたこともあったという。
どうやら、父親は近所で知的障害のある女性にいたずらしたのではないかとのことだった。
さらに事件後も、親せきの家に上がり込み、寝ていた姪にいたずらしようとしてなんと通報されていたのだ。もう確定でいいだろう。
長谷川氏は父親とも面談したいと思っていたようだったが、のちに帰宅した父親の顔を見て、「会ってはいけない」と感じたというから、これは想像を超える。
病んでいたのは女たちだけではない、その父もまた、病める人だった。

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参考文献
「殺人者はいかに誕生したか」 長谷川博一 著
新潮社

コメントでこの本を教えてくださったハルさま。有意義な情報をありがとうございました。
心からお礼申し上げます。




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