美女と野獣のなれの果て~館林ストーカー殺人事件②~

再会と200万円

12月に入り、群馬県警は栃木県警から鈴木さんに関するトラブルの引継ぎを行う。
その後、2週間ほど後に実際の住所を把握し、その数日後にようやく鈴木さん本人に安否確認を行っていた。
やけにのんきな対応にも思えるが、鈴木さん自身が警察からの忠告に対し反応が薄かったこと、永井に前科がなかったこと、暴力団員でもなかったことなどからこのような対応であったのだろうと推測する。
現に、鈴木さんは12月の終わり、なんと永井と直接面会している。
これは永井による申し出であったが、本来はストーカー規制法に引っかかるため会えないはずだが、「金銭トラブルを解決するため」という永井の方便によって、警察も許可せざるを得なかった。
鈴木さん自身も、お金である程度解決できるならばやむなしとも考えたのだろう、父親同伴で佐野市内の飲食店で永井と対面している。
その際、警察によって永井は身体検査も受けており、鈴木さんとしても今日こそは別れ話に決着をつけたい、そんな思いで臨んだ話し合いだったが、決裂した。

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双葉ハイムで死んだ二人の女①~宇都宮拳銃たてこもり心中事件~

 平成16年5月20日早朝。

電話口で、女は必死で訴えていた。
愛する人が死にそうなこと、先に撃ったのはこの人ではないこと、追い詰めたのは周りだということ。
そのマンション下の国道119号には、ずらりと黒塗りの高級車が列をなし、あきらかに堅気ではない人物の姿もあちこちに見えた。その中に、中年の夫婦の姿も見て取れる。
警察車両もマンションを取り囲んでいる。周囲の道路は封鎖され、すぐ向かいにある中学校は臨時休校、周辺のガソリンスタンドや商店も、閉店を余儀なくされていた。

マンション近くの陸橋のそばで構えていた報道のカメラに、突然、女性の絶叫が聞こえた。名前を叫んだように聞こえた。

そして、間髪入れずに銃声。

宇都宮市一条の双葉ハイム206号室で、その日男と女が死んだ。

その4年前、同じマンションの同じ2階の端の部屋でも、一人の女が死んでいた。

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私を捨てるなら、死んで。~木更津年下夫殺害遺棄事件~

平成15年10月8日午前。

母親は、前夜から夫が帰っていないと中学生の娘にうろたえた表情で伝えていた。
でも、帰ってくるかもしれないからと、いつも通りお弁当も作った母親を、娘はどんな目で見ていたのだろうか。
「お母さん。お義父さんはもう帰ってこないんじゃないの…」
心の中では、娘とて両親の不仲には気づいていたのではないだろうか。

翌9日、警察から「夫の車が塩浜公園で燃えている」と伝えられた。
夫の父親とともに警察で事情をきかれ、「昨日から夫が帰宅していない」と心配そうに捜索願を出した。

ぼんやり考えていた。
明々後日は、息子の3歳の誕生日。こんなことになってしまって、息子がかわいそう。
でも、息子は「いちごのお姉さん」のほうが好きなのかしら。
どうしてこうなってしまったんだろう。あんなに私を求めてくれたあのひとは、遠くに行ってしまった…

10月12日、「夫を殺して池に棄てました」。

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私を捨てるなら、死んで。~木更津年下夫殺害死体遺棄事件③~

光子と私

私は光子と似ている。30代半ばで離婚し、子供を連れてバツイチになった。その後、職場に出入りしていた9歳年下の現夫と再婚しているが、光子と同じように当初は周囲の反対があった。
とはいっても、私の場合は反対していたのは私の愚かさを知っていた私の両親であり、夫に対して「こんな娘ではあなたが苦労する」といって反対していたのだ。
また、夫の両親、兄、親類はなぜか私を好いてくれた。一度は極道の世界にまで足を踏み入れた息子には、年の離れた姉さん女房がちょうど良いと思ったのかもしれない。

結婚して7年になるが、幸い、夫は高校生になる私の息子の良き理解者として、今もしっかりと家族の大黒柱でいてくれているし、夫としても私にちゃんと向き合ってくれていると思っている。

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はじめに。

思えば子供のころから事件モノが好きだった。

刑事ドラマや怖い映画も好きだったし、新聞の事件欄に目を通すのは日課だった。
私は1970年代の生まれだが、昭和末期のその頃というのは、校内暴力の嵐が吹き荒れ、子どもが親を金属バットで殴り殺すとか、受験を苦に自殺するとか、とにかく未成年が荒れに荒れていたと記憶している。
幸い、私自身はせいぜい先輩に呼び出される程度のことで、大きなトラブルに巻き込まれるといったことはなかった。親も健在だ。
昔の事件は陰惨差が際立つものが多かった…

新聞報道でも、今のように「容疑者」扱いなどはなく、名前は呼び捨て、加害者は顔写真入りで新聞に掲載されるのが当たり前。
ワイドショーは今のような生ぬるさはなく、被害者の葬儀に突撃は当たり前、加害者の親を捕まえてマイクを突き付けるのも当たり前だった。
テレビが娯楽の頂点だったから、リポーターも強かった。
そのせいで辛く悲しい思いをする人も多かっただろうけれど、今よりも規制が甘かったから犯罪マニア(?)には貴重な情報源だったのも事実。

私も人生半ばを過ぎ、記憶に残る事件も少しずつ薄れ始めている。
そこで、自分のためにも過去の「個人的に忘れられない事件」をまとめてみようと思う。

事件の大きさはあまり関係なく、有名なものでも取り上げないこともあるし、多くの人は知らないようなマイナーな事件を取り上げることもある。